6.女王との邂逅
ロケーション:魔界・スプレッタシー海中域・ブルルキャピーテ王国・オドリビーチェ村属『村立オキシダイト発掘プラントB棟』
ドリュッシーの部下が運転する兵員輸送車から、わいにゃんとその五名の部下は襲撃のあったオキシダイト発掘プラントの入口に下り立った。
ブルルキャピーテ王国に所属する他の村と同様に、村は全体が半透明のドームで覆われ、その中を、ドーム上空に浮かぶ、魔法で作られたミニ嵐によって送り出されたなまぬるい風がゆるやかに流れている。
海底の村であるにも関わらず、村には全体を照らす明かりがある。
海底には地上の光など届かないから、それも当然、魔法によって灯された人口光だ。
太陽光を模したその光は、眩しすぎず、かといって暗すぎることもない。
わいにゃんは頭上を見上げるが、しかしそこに、光源らしいものは見当らない。
そのことに少し疑問を抱くが、よくよく考えてみればこれは魔法光なのだから、太陽のように特定の光源を持たないのも当然の話だ。
通常わいにゃんが使うサイズの光魔法では光源を気にすることはない。
けれどもここで使われているような村一つを覆うような巨大な光の魔法は地上では珍しく、どうしても太陽と比べてしまう。
わいにゃんの隣では。
「うわー、海底なのに工場があるのって思った以上にヘンな感じ!」
ロングテイルが、無邪気な感想を口にする。
「しかし、このヘンな感じの工場で、魔界中に流通するオキシダイトのおよそ九割が生産されているんだよ。そのことを考えると、なかなか感慨深いものを感じるね」
KBが、ロングテイルにそう解説する一方で。
「大きい……」
「すごく……大きいわね。ふふ」
何故か興奮した様子で感想を述べ合うキーアとクレイアのアラクネ姉妹。
これは誰にも言っていないことだが、二人は工場マニアだ。
わいにゃんだけが、それを知っている。
と。
「私もここに来たのは始めてです。ブルルキャピーテでは、配達やおつかい等の用事を除けば他の村を訪れることは滅多にありませんから」
そういうかなぽんの言葉に、わいにゃんはうなずく。
「なるほど。つまり、外部からここに入ったことのある人間は少ないってことか」
「ええ。この村に限らず、ブルルキャピーテでは大抵そうです。私たちには夢の園がありますから、誰かと話をする用事ができたときも、わざわざ別の村を訪れる必要がないのです」
発掘プラントは、王国に所属するオドリビーチェ村によって運営されている。
こうした村は、ブルルキャピーテにおける一つの経済単位として機能している。
プラントを経営する村、食物を生産する村、産業に従事する村。
様々な役割分担が村単位でなされており、それぞれの村にはその分野のエキスパートが揃っている。
王国においては、そうした村の一つ一つが王国という巨大な経済系を支えるためになくてはならない細胞であり、臓器となる。
そして、ブルルキャピーテ王国において、エネルギー採掘部門を担当する三つの村の一つが、オドリビーチェ村である。
「それでは、入りましょう。案内人を用意しております」
ドルッシーがそう促すと、工場長、という赤いヘルメットを被った男がうなずいて、手を差し出した。
わいにゃんが、その手を握る。
現場で長年働いていた人間に特有の、がっしりした手。
「はじめまして。プラントの工場長、デメストラです」
デメストラはこの場における自分の役割を十分に心得ているらしく、そう簡潔に挨拶をしたあと、早速プラント内部に向かった。
三十分後。
プラント内部。
警備室。
70インチのテレビの前で、丸椅子に腰を下ろしたわいにゃん一味が、テレビに映された粗い画像を食い入るように見詰めている。
背景では、どこかの動力源から継続的に発せられた、ごうん、ごうん、といううねりが内部の様々な場所で反響し、増幅され、複雑な音響場を作り上げている。
まるで生き物の体内のようだ、と、わいにゃんはそんなことを考えながら、たった今見た映像について考えている。
「以上が、警備員のヘッドセットに取り付けられていたカメラが録画した映像です。この警備員は撮影が趣味で、我々の許可を得て、カメラをヘルメットに内蔵し、撮影を行っていました。カメラの存在に襲撃者は気付かなかったのでしょう。いい男でしたが、残念です。襲撃に先立ち、現場に向けられていた監視カメラは全て破壊されたため、これが我々の持つ唯一の映像です」
工場長デメストラがそう告げ、録画を一時停止する。
「もう一度、頭からお願いします」
わいにゃんの言葉に、デメストラは無言でうなずき、頭出しした映像を再び再生する。
その映像には、撮影者である一人の警備員が同僚の死体を発見し、直後に撮影者である彼自身が殺害されるまでの様子が撮られていた。
撮影者は剣状の武器で腹部を刺された後、たった一撃で胴体が両断された。
それを見た瞬間、その場にいるわいにゃんの一味の空気が変わった。
表情にこそ変化はないものの、呼吸と心拍の速度が落ち、身体は自動的に『戦闘』に備える。
そこにあるあらゆる情報を取り込もうと、映像全体を視野に入れながら、同時に細部にまで神経を集中させる。
男の上半身が下半身から斬り離され、地面に落ちる。
最後に、撮影者を見下ろす三人のテロリストの姿が映り、そのまま立ち去る。
その際、ちらり、と画面に映り込んだのは、一人の特徴的な脚。
「KB、何か分かるか?」
わいにゃんがそう尋ねると。
「かなりの手練れだ」
わいにゃんの隣で、KBは、思わずうなるように、それだけの言葉を返す。
光量を補正されているとは言え、暗い通路の、極めて不鮮明な映像。
そこから得られる情報は、極めて少ない。
しかし分かることもある。
実戦経験のある警備員に存在を悟らせないまま襲撃するスニーキングスキル。
襲撃者の数はたったの三名。
そのうちの一人は、斬られた者に、斬られたことすら気づかせない一撃の鋭さを持った凄腕。
KB自身も剣士だ。
だから、敵の技倆が分かる。
この敵は、強い。
それは決して本人の腕だけでなく、切れ味を強化したり動きを加速するような、強い魔力を帯びた武器を使用しているせいなのかもしれない。
しかし、KBは実戦において、使い手の腕がいいのか、武器がいいのかは関係ないと考えている。
敵の強さの根拠が、本人のテクニックであろうが、それとも武器に付与された効果であろうが、強さに違いはない。
本人がいかに未熟であろうが、一秒で五人を葬り去ることができるような強い武器を手にしているのなら、そいつは強敵だ。
戦場に出たことのない道場剣術のみを学んだ連中は、えてして本人の技術のみを重要視したがる。
もちろん、腕を磨くことは悪いことではない。
どんな筆を使っても芸術的な文字を描く書道家のように、本当に強い達人は強い武器など持たなくても十分に強い。
けれども、どんな凄腕も、五十メートル先で素人が構えたライフルにはかなわない。
どんな剣術の達人も、亜音速で飛来する銃弾に頭を狙われれば一発で絶命するだろう。
それが、戦場における強さだ。
戦いが終わり、最後に生きていたら、それは強いということだ。
戦闘技術は必要だが、それだけでは勝てない。
卑怯な騙し手や罠、心理戦を想定した強さが戦場での強さなのだ。
そして、この敵は、そういう戦いに慣れている。
KBは、敵の動きを見てそう直感した。
KBは直感をかなり外すほうだし、今回ばかりは外れればいいとさえ思う。
しかし、残念ながら、今回ばかりは思い通りにはいかないだろう。
工場長の話では、警備員を含め三十二名もの人数が抵抗する間もなくあっけなく殺害されたらしい。
それも、一箇所に集められた後で一度に殺戮されたわけではない。
プラント内、各員が配置された場所にて、警備していたり作業していたりするところを、警告の声を上げる暇もなく殺されたのだ。
つまりこの敵は、誰にも見付かることなくプラント内を動き回り、先に姿を見られる前に、先制してそれだけの数の人間を殺害したのである。
それも、たった三人で。
手練の犯行だ。
高い練度を保つ特殊部隊に在籍していた連中である可能性が高い。
「勝てるか?」
わいにゃんからなされた、そのそっけない質問に、KBは淡々とした調子で返す。
「一対一でギリギリの勝負だろう。うまくやれば勝てるが、おそらく負ける。三対一では確実に無理だ。全員がこのレベルの腕前だとしてな」
「そうか」
わいにゃんは、事実としてその言葉を受けとる。
「なら、考える必要があるな」
奇襲、策略、罠、誘導。
それらも考慮に入れる。
わいにゃんの目的は、勝つことだ。
よっぽどのことでない限り、手段は選ばない。
わいにゃんがそう考えている間。
「敵がわずか三人というのは、正確な数字なのですか?」
そのように尋ねるKBに、工場長は答えを返す。
「ええ。根拠は二つ。一つは映像データに写り込んでいたテロリストの数。もう一つは、残された武器の痕跡です。元MDAPD(魔界デビル&エンジェル警察)の捜査員の経歴がある我々の警備員の話では、使用された凶器は三種類。いずれも特徴的な痕跡を残す武器であり、間違えることはありません」
「つまり、少なくとも武器が三種類ある、ということですね」
KBは、工場長の言葉を慎重に確認する。
三種類の武器がある、ということは、三人の敵がいる、ということとイコールではない。
武器は三種類でも同じ武器を使う敵が複数いれば敵の数は三より増えるし、あるいは一人の敵が複数の武器を使用している場合もある。
だから、武器の種類の数は敵の数とは関係ない。
「敵の数が問題か?」
KBに、わいにゃんは尋ねる。数は問題に決まっている。それを本当に疑問に思ったわけではない。意見なら何でも聞いておきたいのだ。
「ああ。技倆が分かる。それに、尋問対象者が多ければ全容の解明がそれだけ容易くなる」
その答えは、わいにゃんの想定内だったらしく、彼は黙ってうなずく。KBが敵の数を気にしているのは、戦うべき敵の陣容や技倆を知る必要がある、という話とは別に、情報源が欲しいからだ。
敵が多ければ多いほど、その敵を捕獲するチャンスが増え、尋問もやりやすくなる。
「まあ、それも、殺さずに捕まえられればの話だけどな」
続いて、感情の込もらないそんなKBの言葉。
それにわいにゃんは再度うなずいて同意を示してから、続ける。
「そうだな。しかし、俺はそれよりもむしろ、こいつらの正体の方が気になる」
「えっ、正体なら分かってるっしょ?」
唐突に割り込んだロングテイルの言葉に、わいにゃんは肯定の意を示す。
「ああ。こいつらがどういう種族なのかってことは、機械化された脚のパーツを目にした瞬間から分かってる」
それは祝詞。
「戦場の華。その前にあって全ての敵は徒花。鮮花なる戦禍、邪悪の屠り。天界の栄光に祝福されし尖兵にして先鋭なる命の大刈鎌」
よどみなく口をついて出る言葉は、はるかに渡る遠い昔より真実を約束された一連の語り調子。
「機械天使」
そこまで続けてはじめてためらいを見せたわいにゃんは、しかし覚悟を決めたように、最後の一語を、言い切る。
「『スレイル』」
ため息。
「ああそうだ。スレイル。相手にするにはくそ厄介な連中だ」
機械天使スレイル。
その名の通り、全身を機械化した天使たちの総称。
何よりも戦いを好み、そしてそれ以上に勝利を好む。
鍛錬に継ぐ鍛錬。
戦闘に継ぐ戦闘。
それを経て砥ぎ済まされた純粋な強さの追求の果てに、肉体の限界を確信した彼女たちは、それを突破するために、機械化という思想に至った戦争の申し子。
肉体を機械へと置換し、そこに強力な装備を内蔵し、究極の速さ、究極の強さ、そして飽くなき勝利への執念を自身という形に鋳造したようなその生き様。
闘争においては殺戮を、戦争においては蹂躙を。
狂騒的に、躁的に、戦いを尊び、争いを喜び、諍いを楽しみ、殺し合いに胸を踊らせ、目の色を変える。
戦闘時の酸素運搬能力を高めるために、スレイルは血の色すら赤ではない。
だから、目的はただ一つ。
敵を見付け、それを打ち破る。
それのみ。
「でもさー、いくらスレイルが戦い好きだからって、無実の人たちをテロに巻き込むってのはナシっしょ?」
わいにゃんは、うなずく。
「まあな。そもそも、スレイルが好戦的なのは、あくまで戦争っていう大義名分があっての話だ。大戦が終わって五十七年が過ぎた今となってはその力を発揮する場所も限られている。そのことはスレイル達本人が一番理解してるだろうし、その上で状況に順応してもいる。天界や魔界を問わず、スレイルには乱暴で粗暴な印象の連中が多いし、実際俺も苦手だったりするわけだが、しかし、だからと言って、むやみやたらに他人を傷つけたりするようなことはしない」
KBは、腕を組みながら言う。
「それはその通りだと思う。スレイルだからテロを起こしたんじゃあない。テロを起こしたのがたまたまスレイルだっただけだ。だから問題は、このスレイルがどういう素性の連中か、ということだろう」
その言葉を受けて、わいにゃんは。
「犯行声明のようなものは?」
工場長デメストラとドリュッシーに顔を向け、そう尋ねる。
「現在のところ、そのようなものは受け取っておりません」
それを聞いたわいにゃんは、KBにつられて腕を組みながら眉をしかめる。
それは、考えごとをする時の癖でもある。
「なるほど。ってことは、連中は何が目的だ……?」
テロの目的。
それは主に、破壊、殺害、プロパガンダだ。
敵の重要施設を破壊する。
敵の重要人物を殺害する。
あるいは、それらを通してショックを与え、敵の精神に揺さぶりをかけるとともに、破壊を通して味方の戦意を高揚させる。
「破壊、か。プラントは確かに破壊された。しかし、ここを破壊したところでたかが発掘プラントだ。何の政治的主張にも繋がらない。それに、破壊は部分的で、襲撃区域を修復すれば、たやすく稼動を再開できる……」
「おそらく、資源の奪略か、と。大量の精製済みオキシダイトが奪われております」
わいにゃんは、うなずく。
「ええ、十中八九、その線でほぼ間違いないでしょう。しかし、何か裏の意図がある可能性も否定できない。つまり、資源奪還を陽動にしたという線ですが……、しかし、これ以上は、ここで考えていても仕方のない話です。概要は分かりました。今から襲撃現場に入り、実地検証に移りましょう」