3.ブリーフィング
【登場人物】
わいにゃん:主人公。堕天使属。子爵。男性。
ロングテイル:わいにゃんの部下。戦天使属。女性。
KB:わいにゃんの部下。力天使属。男性。
サウザン:わいにゃんの部下のオペレーター。吸血鬼属。女性。
キーア:わいにゃんの部下。アラクネ(魔界の蜘蛛)属。クレイアの姉妹。
クレイア:わいにゃんの部下。アラクネ属。キーアの姉妹。
かなぽん:ミア女王の配下だが現在はわいにゃんの部下。セイレーン属。女性。
ミア女王:ブルルキャビーテ王国女王。セイレーン属。
ドルッシー:ミア女王の配下。セイレーン属。男性。
ロケーション:魔界・リングレット地域・魔桜エリア・わいにゃんキャッスル
通話が終わり、しばらくした後、わいにゃんは一人、ホロ=フォン室を出る。
廊下を渡り、かつての第二食堂を改造したオペレーションルームに入る。
扉を開けると、朝早いこの時間であるにも関わらず、その部屋の明かりは灯っている。
アウトプットしたデータの山を両手で抱えてあたりを走り回る髪丁稚悪魔のリリパッド達の喚声が響く室内。
電源の入ったメインパソコンの前では、一人の吸血属の女性が、昔ながらの丸眼鏡にモニターの光を反射させながら素早い指の動きでかちゃかちゃとキーボードをタイプしている。
「サウザン」
わいにゃんは、オペレーターに呼びかける。
「残念なお知らせだ。ワガママプリンセスの要請でお使いイベントが発生した。今から超特急で装備一式をパッケージしてブルルキャピーテに向かう」
その宣告が突然であったにも関わらず、サウザンは表情も変えずに淡々と答える。
「了解です。編成は?」
キーボードを叩きながら、顔を上げることなくそう返答したサウザンに対し、わいにゃんは簡潔に指示を出す。
「チームBにかなぽんを加えてくれ。通常の市街戦を想定した装備でいい。ただ、万が一に備えて人数分の水中用装備とDAQ(水中ドローン)も欲しい」
サウザンはうなずき、手元のコントロールパネルのボタンをいくつか押す。
それらのボタンはわいにゃんキャッスルに住むわいにゃんの部下たちの個室のモニター、および携帯するス魔ホに繋がっている。
目覚ましのブザーを鳴らすことで招集がかかったことを伝えるのだ。
招集には、日常的なブリーフィング等の開催を意味するグリーンライト、緊急性はないが出動の可能性があることを示すイエローライト、緊急の事態により直ちに出動する必要のあるレッドライトがある。
なお、招集されていないメンバーには、各色と白のライトが交互に点滅することで、現在の城内での状況を伝えるようになっている。
装備の内容についてなど、一言メッセージを添えることも可能で、当然のことながら、今回、ライトの色は赤だ。
いずれにせよ、ライトが点滅したときは、何色であろうが全員が集合するのが原則だ。
「サウザン、ブルルキャピーテに関する基本情報を『なる早』で集めてくれ。情報はできるだけ頭に入れておきたい。近年の経済情勢、周辺の武力勢力、他国との関係、エネルギープラント関連を含むすべての情報が対象だ。あのお姫様が絡め手を使うタイプとは思わないが、今回の件に関して、王女があえて説明していない裏の事情があったりしたら困る。いざ向こうに着いたとき、話が違うなんて羽目に陥るのは御免被りたいことだからな」
「集収済みです。ミア女王からご連絡が入ったと聞き、集めておきました。データは項目ごとに分類し、わいにゃん様の端末に送信済みです。抜けに関しては、補完して順次更新します」
サウザンは優秀だ。仕事が早いだけでなく、機転が効き、状況に対し時分で最適な判断を下せる。
「助かる」
そう言って、わいにゃんは早速ぽっけから自前の情報タブレットを引っ張り出し、サウザンによって更新されたデータにざっと目を通す。
その間に、荷物を整えたわいにゃん一味の配下がオペレーションルームに姿を現わした。
面々は、このような時のために出しっ放しにして並べてある折り畳み式のパイプ椅子に次々と腰を下ろす。
椅子の数は全部で17。そこに座った人数も十七。
一見したところでは頼りない数字に思えるが、しかし一人一人が高度な技倆を持つ戦闘員だ。
全員が揃ったのを見計らい、わいにゃんは早速口を切る。
「朝早くすまない。早速だが、対テロ任務だ。今からブルルキャピーテ王国に向かう。オキシダイト関連施設が襲われ、純オキシダイトが盗まれた。敵の実行犯は正体不明の少数精鋭で、つまりは俺達向けの任務だ。個人での犯行か、バックに組織がついているかは不明。ミア女王からは、事態に『対応』してくれ、との要請だ。『対応』ってのはどうとでも取れる言葉だが、要するに、実行犯を無力化し、オキシダイトを奪還しろってことだ」
わいにゃんの言葉に、一同はざわつく。
それを無視して、わいにゃんは続ける。
「と言っても現場は『事後』だ。さし当たっての仕事は、襲撃後の現場検証がメインになるだろう。人数は必要ない。敵に組織の後ろ立てがなかった場合、正体を付き止められるかすらも怪しい。長びくようなら、現場をそのままMDAPD(魔界デビル&エンジェル警察)に引き渡すことになる。最悪の場合、ミア女王には泣き寝入りしてもらうことになる。俺達は別に福祉慈善事業をやってるわけじゃないし、やる事は他にもあるからな。とは言え、展開によっては戦闘もあり得るし、状況によっては長期に渡って向こうに留まる可能性もある。サウザン、『紅い月』の予想は?」
まるでわいにゃんの言葉を予期していたかのように、サウザンは間を置かずに答えを口にする。
「魔桜エリア上空のレッドエーテル濃度からの予測値では、およそ一月後です」
つまり、鎮圧に戦力が必要となる『紅い月』の夜がくるまでには、まだ時間がある。
「だそうだ。ってことは、長くても、一月以内で終わらせろってことだ。『紅い月』に対処した後、再び向こうに戻るなんてことは御免こうむりたい話だからな。今回はまずチームBで向かう」
チームBの人員は五名。
魔界の蜘蛛であるアラクネ属のキーアとクレイア
戦天使属のロングテイル。
そして、力天使属のKB。
そこに、チームリーダーであるわいにゃんが加わる。
わいにゃんは、話を続ける。
「これが先鋒チームで、場合によっては追加人員を呼ぶことになる。現場がブルルキャピーテであることを考慮して、かなぽんも参加してもらいたい。残りはお留守番だ。領地を空にするわけにはいかないからな。もし都合の悪い奴がいたら挙手をしろ」
ブルルキャピーテ王国は、セイレーン属であるかなぽんの故郷でもある。
と。
わいにゃんの言葉に、一つの手が上がる。
「なんだ、ロングテイル」
「えっとー、ウチ、来週は、楽しみにしてた彼氏とのデートの約束があるんだけど……」
その言葉に対し。
何かを言おうとして口を開きかけたわいにゃんより先に、巨大な剣を背中に差した一人の天使がテイルに尋ねる。
「それは、チームの任務より優先されるほど大事な用事なのか? いや、責めているわけじゃないぞ。お前は戦術の要だからな。無理強いをするつもりはないけど、戦場ではお前に背中を任せたいんだ」
その言葉に、ロングテイルは少し迷った様子で腕を組む。
「むー……。イケメンのKB先輩にそう言われると……。分かった。デートはキャンセルする」
そのやりとりを見て、わいにゃんは、うなずいて答える。
「悪いな。約束はできないが、できるだけ早く終わらせるつもりだ」
わいにゃんはそう言ったあと、一旦そこで口を切り、他に手を上げるメンバーがいないことを確認し、話を続ける。
「繰り返すが、今回の目的は対テロ任務だ。つまり、現場の分析、襲撃に対する警戒、敵勢力の詳細が判明した場合の強襲。現段階では、この三点が俺たちのとる行動になる。敵は話を聞くかぎりかなりの手練れで、俺個人の感覚では、テロリストに偽装したどこぞの国の特殊部隊による工作の可能性も否定できない。そのあたりの分析はサウザンに任せるとして……」
そう言って、パソコンに向かってキーボードを叩くサウザンに顔を向ける。
彼女は時分の名前が呼ばれたことを理解していることを示すため、わいにゃんに視線を合わせながら、紅いネイルを塗った右手の指を眼鏡のつるにそっと当て、小さくうなずき、再び作業に戻る。
「今回の相手は数だけ揃えた生半可な連中じゃない。油断したらこっちに死人が出る任務だ。そのことを忘れるな。概要は以上だ。これ以上の細かいことは、各自の端末に情報を送るから読んでおけ。あとは、移動中の時間を使って話し合おう。何か質問はあるか?」
再びロングテイルが手を上げる。
「『乗り物』は?」
「折角のブルルキャピーテだからな。『リトルホエール』を使いたいところだが、あれは対軍用の重巡だ。小規模のテロリスト集団を相手取るには大袈裟すぎる。スプレッタシー海域までC201で飛んだ後、そこから先はブルルキャピーテのお迎えで王国に向かう」
C201兵員輸送ヘリコプター。
最大搭乗人員数は32名で、備えつけの椅子を下ろせば車両や重量のある装備も乗せることができる。
輸送に特化したヘリであるため武装はなく強襲には弱いが、比較的安全なエリアでの長距離輸送には適した乗り物である。
これはわいにゃんの個人資産であり、一度動かすたびにメンテナンスや燃料の費用が莫迦にならないが、今回の出動の費用に関してはミア女王陛下が面倒を見てくれるはずだ。
しかし残念なことに、荷物を目的地に送り届けることのみを最優先に設計されたこのヘリは、乗りごこちなどまったく考えられていない。
そのことを知っているロングテイルはすかさず文句を垂れる。
「げ、最悪。あれ、お尻が痛いし、うるさいし、臭いし、乗ったあとはお肌の張りが悪くなるしで、嫌いなんですけど!」
「文句言うな。それに、本格的なドンパチになれば、あの乗りごごちがたまらなく懐かしくなる。何せ、家に帰るための唯一の手段なんだからな」
わいにゃんの言葉を聞いたロングテイルは、ありえない、というような顔をしてわいにゃんの顔を見たあと、うんざりしたようにため息をつきながら、肩をすくめて視線を反らした。
「よし、それじゃ出発する奴は、各自装備をまとめてヘリに乗り込め。出発は30分後だ。トイレには行っとけよ。片道4時間の道のりだ。パーキングエリアなんて気が利いたもんはないからな」
ヘリは、ほぼわいにゃんの言葉どおり、3時間47分で到着した。
「お疲れ」
ヘリから下りたわいにゃんは、ヘリを操縦してきた二人のパイロットに声をかける。
「どうも」
「これくらい、別にどうってことないわ」
キーアとクレイア。
アラクネと呼ばれる、蜘蛛の種族の双子である。
二人は操縦で身体中の筋肉が凝ったらしく、メインの人の手足と、背中から伸びたサブ的な四本の多脚に力を込めて伸びをしている。
二人は今回の遠征に参加するチームBの一員でもある。
と、ヘリのタラップを下りたわいにゃんに、一人の中年男性が一礼し、声をかける。
「これは、わいにゃん子爵。ようこそお越し下さいました。私は、ブルルキャピーテ王国のニア女王陛下にお仕え致しておりますドルッシーと申します。お目にかかれて光栄の至りです。以前、我々の同胞パルテ=ノーテの命の危機をお救い頂いたご武勇はニア女王陛下直々に伝え聞いております」
それに対し、わいにゃんもまた、作法にのっとった一礼を行い、返答を返す。
「ご丁寧なお出迎え、重畳の至りです。はじめてお目にかかります、わいにゃん子爵と申します。この度は、不貞の輩の手により不幸な事故が起きたこと、誠に残念に思います。ミア女王陛下の振るわれる力と比べればまことに微力な身ながら、事態の解決のため力を尽くさせて頂きたいと思い、参上致しました」
わいにゃんも、ドルッシーのことは聞いている。
ミア女王陛下の執事。
ブルルキャピーテにおける女王付きの執事のランクは左大臣レベルだ。
つまり、大抵のことに融通が利く。
本来ならば、現場に出てくるような人間ではないはずだ。
しかし、ブルルキャピーテにおいて、執事とは主人の代理人としての権限を持ち合わせる存在である。
そんなドルッシーをここに寄越したのは、わいにゃんに不都合はさせない、というミア女王からのメッセージなのだろう。
ドルッシーは言う。
「魔界においてその名も高きわいにゃん子爵のお力をお借りできれるならば、これほど頼もしいこともありますまい。実際、ミア女王は非常にお喜びのご様子です。ここから先は私どものの水中挺にて、くれぐれも丁重にお連れするよう、ニア女王様より言いつかっております。遠路はるばる、お疲れのことと存じます。艇内には旅の疲れを癒すスパ等の設備もご用意致しておりますので、お寛ぎ頂ければと思います」
ヘリから下りたチームBの面々は、それぞれ自分用の装備をまとめた荷物を水中艇に運ぶ。
ドリュッシーは、用意した人夫に荷物を運搬させることを提案したが、わいにゃん一行はそれをあっさりと断る。
機材を使わないと移動できない重量のある警備タレットを除き、自分の荷物は自分の手で運ぶことを選んだ。
自分でできることを他人任せにした場合、思わぬところでミスが発生することを経験から学んでいるのである。
ただし、その中でもキーアとクレイアのアラクネ姉妹だけは、そのようなこだわりがないのか荷物の運搬を任せていた。
歩きながら、キーアとクレイアは互いにひそひそ話を代わす。
「わいにゃんって、有名なの?」
「知らない。けど、ドルッシーさんはわいにゃんを有名人みたいに扱ってた」
「パルテ=ノーテって人、知ってる?」
「知らない。けど、ドルッシーさんはわいにゃんが助けたって言ってた」
その二人の会話に、チームBに同行したセイレーン属のかなぽんが加わる。
「パルテ=ノーテ様は、ミア女王陛下の従兄弟に当たる方であり、王位継承第8位に相当する方、すなわち王族です。以前、旅先で悪徳ラーメン業者に拉致され海鮮トンコツラーメンの出汁に使われるという事件があり、わいにゃん様がそれを解決したことで、ミア女王様がわいにゃん様に感謝なされました」
「えっと……、トンコツラーメンの……」
「……出汁?」
若干引き気味の二人だか、気にする様子もなく、かなぽんは続ける。
「『海鮮』トンコツラーメンです。私たちセイレーンは広い意味で魚の種族ですので、煮込むことによって良質の出汁が取れるのです」
「へえ、道理で……」
「かなぽんの後のお風呂のお湯は少しおいしいと思った……」
「……普段からお風呂のお湯を飲んでるんですか?」
少し呆れ気味のかなぽんだったが、気をとり直して話を続ける。
「しかしまあいずれにせよ、そのことで感激したミア女王様は、感謝のしるしとしてわいにゃん様に『重巡洋艦リトルホエール』をお与えになると同時に、ミア女王陛下の配下であった私を、役立つようにと、わいにゃん様のもとにお送りになったのです」
「なるほど……。わいにゃん、やるね」
「ただのカッコつけマンかと思いきや、ちゃんと人助けしてたんだね。えらいえらい」
「それじゃ、今回、かなぽんは」
「久しぶりの里帰りってこと?」
かなぽんは、小首をかしげながら、キーアとクレイアのその言葉について少し考えたあと。
にっこり笑い、「そういうことになるのかもしれませんね」と答えた。
そんな三人の前では。
「あーびびったー! ドルッシーさん、セバスチャンって感じで超焦ったわマジ! あんな言葉遣いアニメとかでしか見たことないからどうなることかと思ったー! よしお、ちゃんと貴族っぽい言葉遣いできんじゃん!」
テイルは、隣を歩くわいにゃんの腕をひじでつつきながら、小声と言うにはひそひそ声になりきれていないボリュームの声で、そう囁く。
「おい莫迦お前やめろ、だいたい何だよセバスチャンって。まあ言いたいことは分からんでもないが、そうやったら大声出したらドルッシーさんに聞こえちゃってはずかCだろ!」
そんな二人の隣で、KBが補足する。
「昔はともかく、今のよしおはこれでも魔界貴族だからな。人知れず、貴族の喋り方の練習をしたり、涙ぐましい努力をしているんだろう」
「おいおいマジかよやめろよKB、別に恥ずかしくないはずなのに、そういう風に客観的に言われるとなぜかかなり恥ずかしい気がしてくるんだけど!?」
KBは、さっぱり分からないというように肩をすくめる。
「わあ、さすがKB兄さま、そういうさりげない肩のすくめも肩カックイー!」
テイルの黄色い声が響く。
前に立って案内役を務めるドルッシーは、三人の声を聞いてか聞かずか、口もとに楽しげな笑みを優しく浮かべている。
しばらく歩くと十人乗りのカートがあり、それに乗り込んで数分すると、一行は潜水艇が待つ船着場に到着する。
「うわ、うわ、すっご、なにこれ、艇、って言うか、豪華客船のレベルじゃん!」
テイルの言葉の通り、その船は、サイズこそ小さいものの、装飾に凝った非常に優雅な流線型のスタイルをしていた。
音も立てずに開く扉の前に立ち、ドルッシーは言う。
「改めまして、皆さま、ようこそブルルキャピーテ王国へ。ここからは、王族専用潜水艇『シーフォース・アルファ』にて、目的地までのしばしの旅をお楽しみ下さい」