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ねぇ、リリィ、オムライス作ってよ  作者: 寂しい里
リリィとミアの章
7/20

心配しないで


 一角龍に襲われた日の夜、わたしは自分の部屋に籠もっていた。

 本当なら夕食を作らなければいけない時間だ。ミアがお腹を空かせているはずだ。

 でも、部屋から出ることは出来なかった。ミアに合わせる顔がないし、何より左腕を失ったミアを見ることがつらかった。

 わかっている。これはひどく自分勝手なことだって。

 だけど、もう少し、時間が欲しい。わたしはどうすればミアに償えるのか。それがわかるまで、日常に戻ることは出来ない。

 毛布を頭から被りながら体育座りをしていた。すると、こんこんと遠慮がちにドアを叩く音がする。

「リリィ?」

 たぶんお腹が空いたんだろう。なのにわたしが夕食を作らないから尋ねて来たんだ。

 ああ、わかってるのに。こんなところで悩んでいる前に、夕食を作ったほうがよっぽどミアのためになるって。

 ああ、わたしは弱い人間だなぁ。動くことが、出来ない。

「……リリィ。ごめん。ちょっと話がある、から開けてほしい」

 いつになく弱々しいミアの声に驚いて正気に戻る。何かよくわからないけど、大変なことが起こる。そんなことを直感した。

 慌ててドアの鍵を外すと、遠慮がちにミアがドアを開いた。

 思わず左腕を見る。

 そこには、左腕があった。

「……え?」

 もしかして夢、だった? いやいや、そんなわけはない。でも、どこからどう見てもそれは正真正銘ミアの左腕で。

「左腕は大丈夫だから。魔法で補えるし……何も問題ない」

 左腕の肌から剥がれおちるように黒蝶が数羽飛び立った。そっか……ミアには魔法があるんだった。

 でも、わたしは見逃さなかった。見逃せなかった。ミアは嘘をつく時に唇を軽く噛む。今も、噛んでいた。

 たぶん、問題ないっていうのが嘘なんだろう。きっと左腕を生成しておくのに、たくさんの魔力がいるんだと思う。なくなったものを代用しているんだ。それくらいの代償はあって当然のはず。わたしに心配かけないために、嘘をついているんだ。

 ……ミアの嘘は優しいな。

 だから、わたしも気付かないふりをした。

「それで……他にも話があって」

「……他にも?」

 てっきり、左腕はもう大丈夫だという話をしに来たものだと思っていたけど、他にも話があるらしい。そういえばミアがこうして改まった形で話をしてくるのは初めてだ。

 嫌な予感がした。

「明日から……三日くらい帰ってこれない、と思う」

 ミアはわたしの方をチラチラ上目遣いで見ながら、


「心配しないで、大丈夫だから」


 右手で黒髪をいじりつつ言う。

 ミアがわざわざ心配するな、と言うことは心配するようなことがあるということだ。

 三日くらい帰ってこれないというのは、たぶんまた『戦い』に行くからだろう。ということはこの場合の『心配するようなこと』は……。

 ミアの身に、危険が及ぶということ。

「……何と、戦うの?」

 色々聞きたいことがあったけど、咄嗟に出てきたのはそんなつまらないことだった。

「……禁忌種っていうヤツで……『新しく命を創造出来る』龍、みたい」

 禁忌種。聞いたことがない言葉だ。でもきっととんでもなく危ない龍なんだろう。今日襲ってきた一角龍なんか比べものにならないほどの。

 そんなのと戦ったら、ミア、死んじゃうんじゃないの……?

 疑問を飲み込んで、代わりに言った。どうしても言いたかったことを。絶対に断られることを。


「――わたしも、連れてって」


 ミアは驚いて目を見開いて、そして悲しそうに首を振った。

「それはダメ。大丈夫、私は必ず帰ってくる」

 無表情に、約束する、とミアは呟いた。

「……手伝ってくれる人はいるの?」

「……いない」

「……じゃあ、さ。わたしを召喚したみたいに、すっごい強い魔法使いを召喚してさ、その人を連れていけば……」

「……それは出来ない。召喚魔法は、この世界とは別の世界で死んだ人しか召喚出来ないから」

「なら、この世界の強い魔法使いに頼み込んで……」

 突然、温かいものに抱きすくめられた。ミアの温かさがわたしの胸に飛び込んできた。きつく、愛おしげに、離さないように、抱きしめられた。

「大丈夫。絶対リリィの元に帰ってくるよ」

「……絶対、だよ? 死んじゃったら、嫌だからね?」

「わかった。死なない。約束する」

「約束、破ったら、二度とオムライス…………作ってあげないんだから……」

「……わかった」

 ミアが耳元で約束してくれる。熱をもった吐息が耳たぶを撫でて、ミアをいつもよりずっと近く感じた。好きだ、と思った。わたしっていう存在はミアのためにあるんだ。そんなことを強く思った。

「……リリィ」

「なに?」

「……お腹空いた」

 ミアのお腹がぐぅっと鳴る。さすがに恥ずかしいのか真っ赤な顔でミアは口を尖らせた。

「……リリィが、早く作ってくれないから」

「あはは、すぐに準備するね!」

 ミアの温もりを少し名残惜しく思いながら、わたしは台所に向かった。

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