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ブサイクでも可愛いがいい!!

作者: ゆっくりと稲穂

原案:祐栗ゆっくり

執筆:千羽稲穂


 昔から何をしても悪い方にことが動いた。


 体育の成績は5段階で一番最底辺の1をキープ。勉強は努力しても努力しても中くらいの点数しか取れず、苦汁をなめた。そしてとにかく女子にもてなかった!! 僕は今年高校一年生、ピカピカの15歳なわけだがこの年になっても未だに童貞を貫いてしまっている。その原因というのが、僕の趣味に当たるものと僕の子の面構えのギャップにある。


 僕の顔はとにかくブサイクで、鏡を見るたびに僕自身が失神してしまうほどだ。しかし、僕の両親は普通の顔をしているわけで、この僕の顔は遺伝ではなく突然変異をしているとしか思えない。そうすると誰のせいにもできない。僕はこの顔で生まれてきてしまったことを、両親のせいにも、誰のせいにも出来ずに、このやるせない悲しみを背負って生きてきた。


 今朝なんか鏡が僕の顔で割れてしまった。僕が嫌々鏡を覗き込んだら、その鏡でさえ「おい、ブサイク。俺はもうお前の顔なんかみたくねぇ。お前の顔を見るぐらいなら、俺は自殺してやる」ってな感じで、ぴしっとひびが入り、がらがらと崩れ落ちたんだ。


 人生が嫌になる。


 いつも妹はいやらしい目で僕を見て来るし、両親なんか食卓で顔を合わすたびに憐みの目で「今日のエビフライおいしいよ。私のを上げる」とか言って好きでもないエビフライを分けてくる。学校ではクラスの奴らから奇異の目で見られ、裏でこそこそと悪口を言われる。

 そりゃあ、こんな突然変異した顔を持って生まれた僕が悪いのは分かっているよ。


 しかし、僕だってこんな悲しみだけで生きていけるわけではない。ともすれば首を吊るぐらいブサイクな僕が生きているのは、この人生にオアシスを見出しているからだ。それが僕の趣味、『かわいいいいいいいいいいいいい』もの集めだ。この『かわいいいいいいいいいいいいいい』だが、エロ本並みに部屋にわんさか隠している。机の引き出しにはエロ本とこの『かわいいいいいいいい』熊さんのぬいぐるみ。机の引き出しにはエロ本と『かわいいいいいいいい』きらきらしたビーズがふんだんについたネックレス。そして、ベッドの下にはエロ本と『かわいいいいいいい』ふりふりのレースがついたクッションが。


 これを見て日々を潤わせ、なんとか生きてきた。

 ふっ、この日々を思うと汚い汗と彩り豊かな『かわいい』者達が思い出される。


 そんな『かわいい』だが、いつも買う場所や、時間には細心の注意を払っている。買う場所は商店街。マスクをし、サングラスをはめて買う。これなら誰だか分からない。そして時間、クラスメイトには気づかれぬよう、登下校時間以降の三時間は近寄らず、夜になってから閉店ギリギリに駆けこむ。それが言わばここ十年あらって、見出したコツだ。


 今日はそんな『かわいい』を買うためちょっと遠出しようと思っている。狙うはショッピングモール。そこにセールである『かわいい』象さんを買いに行くのだ。しかも、登下校時間から三時間以内で、だ。まだ生徒は寄り道やらで、沢山いるだろう。それでも今日の僕は行くのだ。この趣味のため、人生のため。生きるため。


「おにいちゃーんどこ行くの?」


 きゅっと靴紐を結んで、マスクをはめて重装備な僕に妹が話しかける。

 戦地に赴くと言うのに、なかなか幸先が悪いな。


「ふっ、ちょっと勉強しにな」

「そのマスクとサングラス、きちんとしてる?」


 お前がサングラスとマスクしなきゃ死ぬとか泣いたから、この通りしっかりしてる。


「ちょっと待って、心配だし私も行く」


 どたばたと妹が用意している隙に急いで僕は家を出た。


『かわいい』この趣味が妹にばれたら困るじゃないか!!!



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!』


  START ◀


  EXIT


 ====================================



 舞台はショッピングモール。カップルどもがひしめき合う、激戦地。いつもは商店街からでない僕だが今回ばかりは此処へ来た。それも心のオアシス、RAIONさんのため。


 シリーズ物はコンプリートする主義だ。RAIONさんも僕が中学生三年から追っているシリーズ物のぬいぐるみの一つだ。当時の僕は、ピンクを基調とした色合いと、ところどころにミシン目がある見た目にやられて、全十個もあるぬいぐるみを即座に買い集めた。ただ今回ばかりはその買い集めも寂れた商店街では賄いきれなくなり、こうしてショッピングモールにはせ参じてしまった所存でございます。


 って、びびってんな僕。新たな場所を開拓だと思えば、何ともないはずだ。いけるいける。あれ、足が笑ってるぞ。がたがた音を立てているぞ。ようやくここまで来たってのに、このショッピングモールの一本道を渡る度胸さえないのか。ええい。頑張れ。頑張れ僕。そのまま突っ切ればいいのに……


「これ~かわいいよね~」

「いいんじゃねぇ? 可愛いんじゃねぇ?」

「これもかわいいよね~」

「いいんじゃねぇ? 普通に可愛いんじゃねぇ?」

「あ゛? はっきり言えよ。どっちが可愛いんだ。はっきりしねぇなら、あんたと別れるから」

「すんませんっ! どっちも可愛くないです!」


 何でクラスメイトの、しかもカップルが居るんだ。最悪だああ。

 ここさえ突っ切れば、『かわいい』ショップも目の前なのに、いちゃいちゃしてんじゃねぇ。そこどけよおおお。

 もう帰りたい。



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!』


  START


  EXIT   ◀


 ====================================



 いやいやいや、待て待て待て。思いとどまるんだ僕。まだ勝機はある。そう、こう考えればいい。あのカップルさえどければ、目的のファンシーショップに辿りつける。僕だってバレなきゃいい話だ。こんなカップルに僕の趣味が遮られてたまるものか。僕のこの趣味が地球の滅亡の引き金になろうとも、僕はこの趣味を断固続ける。僕はこの趣味においては自由だ。なんぴとたりとも邪魔させない。


 状況は芳しくない。


 まずここからファンシーショップまでは一本道だ。僕が居る此処は、トイレの入り口。いろんな人が入っていく。そして僕を虫けらみたいに見ている。そうさ僕の顔は虫けら以下さ。そんなことは今はどうでもいい。状況を見るんだ。


 トイレの入り口のからひょっこりと顔を出して、あのカップルを見る。

 二軒先の服屋にカップルは居る。方や金髪女子に、方や金髪ピアス男子。


 うわっ、ちゃらいなあ。


 なんてぼやきは置いておいて。

 あいつらを動かすにはどうすれば……


 金髪女子は時間を気にしている。ピアス男子はお金を気にしている。

 なんだか可哀そうに見えてくるが、まだまだ眺め続ける。


 どうすればどうすれば……


 口からまた呟きが漏れ出し、トイレから出た夫人がまた僕を奇異な目を向け、出て行った。そうして時間を費やせど、あのカップルはどきそうにない。


 こうなったら壁を走って、向こう側に行くか。それとも、僕の大ジャンプでカップルの上を行くか。しかし、頑張っても体育1な僕の成績だ。それはやめておいた方が良さそうだ。と、なると限られてくるのはあいつらの視線を避けることだ。とりあえず今はマスクを取り、サングラスを外して視界を明るくさせよう。そうすれば、何か糸口が見えるかもしれない。


 目を凝らし、カップルの周囲に目を配る。僕が通るであろうルートに線を引っぱってみるが、無理だ。不可能に近いルートしか残っていない。

 何か使える物はないか。周りの人は少ないし、あれに身を隠すことは出来ない。ならば、物はどうだ。障害物があれば、いけるのでは。


 ぴーん


 僕の頭の上に明かりがともった。それは明らかな勝機で、僕の視界に新たなルートが更新される。


 これならいける。



 ―――stage1 カップルから視線を逸らせ。



 自分の所持金を確認する。丁度一万円程度。これでは少ないかもしれない。小銭で九千九百円ある。この作戦は小銭が決め手となる。この際、お金がかかるのは仕方ない。手痛い出費だが可愛い物のためだ。行くぞ。


 まず、小銭をある程度だけだす。手に握りしめた小銭は重さがある。これをする前にサングラスもマスクも装着済みだ。次に、握りしめた小銭を、一気にぶちまける。カップルの視線はその小銭に目がいく。小銭はコロコロと床を伝うだけだ。僕はその隙に駆けだすんだ。案の定カップルはぶちまけた小銭を見た。

 そうだろ。この小銭が欲しいだろ。


「あーーーーー」

「小銭だわ小銭」


 しめしめ。今のうちに彼らの後ろを渡るとしよう。


「「小銭小銭」」


 はしゃいでいる。低能なちゃらちゃらやろうにはお似合いの光景だ。


「早く拾いなさいよ」

「拾っているさ」

「これを落とした人に届けるんだから」

「分かっているとも」


 通り過ぎたところで、せっせと拾っている二人をぼんやりと見るが、なにか罪悪感がある。僕はなにもしてないよ。むしろ、お金を上げたのと同様だから、褒められていいぐらいじゃないかしらってばよ。


 変な汗がでてきた。

 僕は間違っていない。いない。イナイ。


 とりあえず進もう。俺は進むことでしかこの罪悪感を拭えないんだ。そう信じて進もう。この障害物を越した先はもう何もない。僕とは関係ない奴が歩いているだけだ。背後のカップルには悟られぬよう、早めにここは去った方が良さそうだ。精神的にも彼らを見続けるのは悪い。



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!』


  CONTINUE ◀


 ====================================



 カップルと言う嵐が過ぎ去った後、俺はいくばくかの障害を抜けやっとのことでオアシスに辿り着いた。この障害とはいろいろ言いたいことはあるが、全て金が解決してくれたから割愛する。一つ言えることは金がこの世の全て。全て金が解決してくれると言うことだ。わははは。この難関をのりこえたのなら、俺に怖い物なんてない。俺の懐にはまだ金が残っている。金だ。金をよこせ。俺は金で生きてやる。ふはははは。


 …て、違う。


 狂うな。あくまで俺の目的は心のオアシス、RAIONちゃんだ。あのRAIONのかわいいぬいぐるみが頬を触れた感覚を想像せよ。俺はそのために生きているんだ。死んだって、あの場に行き着いてやる。死んだって、俺はそのぬいぐるみに幽霊として宿り、一生この世を恨み、滅ぼしてやる。金が全てだと最後は言い残し、成仏してやる。あれ? これもまた違う気がする。


 まあ、いい。


 やっと辿り着いた。先ほどの違和感など、目の前のファンシーショップに比べれば重要度で行くとカメとすっぽんぐらい違う。考えていたことが馬鹿らしい。今から迎えに行くからな。RIONちゃん。


 ファンシーショップは見た目がもう俺好みの可愛さで飾られていた。入り口にはレースがふんだんに使われた大きなぬいぐるみでお出迎えしてくれている。棚には俺がシリーズをコンプリートしているぬいぐるみの数々があり、その横には今回買いに来た新作がたんまり置かれている。そいつらは俺を歓迎してくれている。どれだけ待たせるんだと叫んでいる。


 お金が許す限り何個でも買いたいところだが、もうほとんど残っていないんだ。許してくれ。代わりに俺の苦労話を上げるから。

 ここまでいろいろあったんだ。カップルにはお恵みをあげたし、ショッピングモールに現れた謎のぶさいくな犬のぬいぐるみに写真をねだられて、マスクを外したらぎゅっと抱きしめられて、肩をぽんぽんされた。美人妻特集を見ていた服が破けそうなおばさんには僕の顔を見てけっと唾を吐き、見下し、妹にはぶさいくで泣かれもした。泣かれた原因のヤンキー並みのいかすサングラスと黒の帽子で、通報されてその後素顔を警察にさらしたら、その場で頭を下げられた後土下座までされて謝られた。その状況を見ていた通行人に再び通報されて、いろいろな人に土下座をさせる危ない人になったことだってある。

 ここでゴールイン。おめでとう。拍手喝采の中を俺は、僕から俺になり成長した姿で、君たちの前に…


「お兄ちゃーん」


 前に、立派に、毅然と…


「あっ、いたー。やっぱり勉強なんて嘘だったんだね。心配したんだよー」


 何の迷いもなく、躊躇わず、一直線に…


「お兄ちゃーん、おーい」



 ――stage2 妹襲来



 ああああああああああああああああああああ

 ええええええええええええええええええ


 いやいやいや。


 聞きなれた声を聞いた。恐る恐る後ろを振り返ると案の定あの、僕の妹が手を振って近づいて来る。僕の妹だぞ。しかもさっき引き離したはずのカップルまで引き連れてきている。妹に関しては猛スピードで。走って来ないでほしい。走るな。はしーるなー。廊下は走ってはいけないルールを知っているだろう。だから、だから…、そうじゃなくて…


「タンマ」



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!』


  START


  EXIT   ◀◀◀◀◀◀◀


 ====================================



 連打連打連打。スケープだ。エスケープ。もう片足はファンシーショップに入ってる。此処から離れると逆に妹に怪しまれる。いや、まだ手はあるはず。俺の手には金がある。

 小銭を握る。

 ちょっと待て待て。俺が今これをぶちまけても注意を逸らせない。あいつはこっちに近づく。俺の姿をロックオンして離さない。あの視線からは逃げられない。……嘘だろ。とりあえず撤退だ。今日は無理だった。諦めよう。足を動かして……


 あれ? 動かない。


 足が笑ってやがる。もしかして……これって詰んでる? あれ? 嫌な汗がドバっと頬を伝ってる。汗のせいで服がはりついてる。べたべたして気持ち悪い。なんだこれ。もう笑うしかない。


 ふ…ふふ。ふふふふふ。

 妹よおおおおお。妹おおおおおお。妹妹。



 来るなあああああああああああああああああああああああああ。



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!(妹編)』


  START ◀


  EXIT   


 ====================================



 お兄ちゃんの部屋は何にもないように見えて、何かある気がする。何か、と聞かれたら反応に困る。見つけられないのだ。それが何か、何であるか、どんなものでも私は受け入れる覚悟はあるのに、上手に隠されていて、私じゃあ見つけられない。それがお兄ちゃんにとって、どんないい物か考えるだけで嫉妬に狂いそうになる。



 だって、私はお兄ちゃんが大好きなんだもの。



 お兄ちゃんのお気に入りは全て知りたいし、お兄ちゃんの嫌いは全部調べ上げたい。どんなにいかがわしいところでも見ていたいし、ずっとお兄ちゃんの傍に居たい。そしてお兄ちゃんの顔をずっと眺めるんだ。


 お兄ちゃんの顔はみんな嫌いだって言う。みんな一様に『ブサイク』なんて蔑む。この顔のどこが? とっても『ブサイク』だけど、とってもかわいいじゃない。私はイケメンより、ブサイクより、可愛いこの顔がいいの。この顔の魅力に気づかないみんなのがよく分からない。


 玄関にいるお兄ちゃんの背中を見て、焦る。こんな時間からどこ行くんだろう。お兄ちゃんは可愛いから、誰かが告白してくるかもしれないじゃない。しっかりマスクとサングラスをしているから、誰もよって来ないと思うけど、それでも気になる。大丈夫なんだろうかって、心配になる。哀愁漂うこの背中は、まるで戦地に赴く兵士のようで、気が気でない。


「おにーちゃん。どこ行くの?」

 声色が低くなっている。


 お兄ちゃんが私から離れていくのが気に入らない。お兄ちゃんと常に一緒に居たいのに、こうして離れていってしまうのは、嫌だ。勉強に、なんていうけど、そこで誰かがお兄ちゃんの隣に座るのを想像しただけで寒気がする。もしその隣の人が、胸が大きいお姉ちゃんだったとして、「この祐栗ゆうくり指数が分からないの」なんて言いだしたら、優しいお兄ちゃんはすかさず祐栗ゆうくりが何かを教えるのかもしれない。そして、そのお姉さんは、お兄ちゃんの魅力に気が付いてしまう。

 私の胸はどれくらいだったっけ。小さい。いやいや、お兄ちゃんはきっと貧乳も好みに入っているから大丈夫。


 でも最悪の事態も考えなきゃ。こうしちゃいられない。


「私も行く」


 ぎゅっとこぶしを握り締め、私のお兄ちゃんを守るのを決心したんだ。

 でも、私が用意が終わって玄関を見たら、お兄ちゃんは既に居なかった。


 これはいけない。私のお兄ちゃんが誰かに奪われる。いけないいけない。私の可愛いものが。私のオアシスが。


 …って、これも実は大丈夫。


 こんな非常事態に備えてしっかりとお兄ちゃんのいつもつけているサングラスにGPSを付けている。それを辿れば、どんな迷子だって、お兄ちゃんの元にありつける。全てはお兄ちゃん中心に回っているんだ。みんなそこにありつこうとするのは普通だよね。

 さあ、お兄ちゃんを追って三千里。いくらでも私は歩くよ。



 ―――stage1 お兄ちゃんの行き先



 携帯の画面にある、お兄ちゃんポイントに向かう。商店街を抜けているところらしい。赤い点のお兄ちゃんの印は動き続けている。いつもの歩調で、それでいて人込みを避けるようにしているみたい。ぷるぷると赤い印が震えることもある。これはお兄ちゃんがサングラスを外した信号だ。上手くGPSが読み取れなくて、信号が震えるんだ。外さないでほしいって泣いて、縋りついたのに、外してる。ちょっと不安になる。

 これは一刻も早くお兄ちゃんの元に辿りつかなきゃ。


 勉強って言ってたけど、案外寄り道をしてるなあ。まあ、勉強自体嘘だと思うけど、一体どこへ行くのだろ。出来れば先回りしたいから、お兄ちゃんの行き先を分かっていたい。お兄ちゃんの行く先を検討を付けようにも、今まで歩んだ道のりとまるで違うからぜんぜんわからない。誰か知り合いが居れば、行く手を阻めるのに。


 お兄ちゃんが商店街を抜けた数分後私は、その道を追うように歩く。


 商店街にはお兄ちゃんに似合わないファンシーな店や、いつも友達と寄り道しているコロッケやさんがある。一先ずそこに行って、コロッケ二つ買って片手に持ち、食べながら歩く。もう一つはお兄ちゃんの分だから食べない。お兄ちゃんにこのコロッケを上げて、半分個とか出来ればもらいものだしね。

 いけない。変なよだれがでてきた。よだれは拭って、此処は考えよう。


 まず、お兄ちゃんはいつもこの商店街で歩くことが多い。帰って来た時は大荷物で、その中にこのコロッケもあったりしている。商店街にはきらびやかな本屋さんや、食べ物屋さんがたくさんあるから、学生はいつもここで寄り道している。お兄ちゃんはいつもどこに寄っているのか、実のところ分かっていない。それほどまでに多くの場所に寄るから。そこから今日の行く先を推測するのは難しい。最近は商店街に来ることもなかった。

 うーん。しょっぱなから躓いてしまった。


 こうなるとGPSを追っているしかなくない。先回りは諦めよう。お兄ちゃんの後を全速力で追えば、先回りしなくてもいいしね。それじゃあ、ひとまず、靴の紐をきつくしめて、クラウチングスタートをきろう。



 ―――stsge2 お兄ちゃんを追え



 GPSを確認。お兄ちゃんはショッピングモールに入ったもよう。なら、ここからショッピングモールまで、走ろう。お兄ちゃんがそこから離れていったら、その時はその時。

 位置について、よーい……



 どんっっ!!!!



 商店街の真ん中を突っ走った。

 こっちに向かって歩いて来るカップルは私の行くだろう道から、避けた。だから、無理やりに頭突きしに行った。次に来たカップルは唾を吐き、通り過ぎた。次に来た『RAION』と書かれたファンシーなキャラキャップを被る少年を蹴り飛ばし、帽子をひったくり、そこらのごみ箱に捨てた。孵卵臭がしたが、今はお兄ちゃんが先決だ。すぐに向かわなければ、お兄ちゃんが取られてしまう。ゆっくり行く暇はない。


 風に乗り、いや風になった気分ですぐにショッピングモールに行き着く。


 大型のショッピングモール内はGPSがきかない。確かにここにいることは分かっているけれど、GPSはショッピングモールという表示で止まってしまっている。だから、このショッピングモール内を走って探し回るしかない。

 もう一回喝を入れて、中にはいっていく。


 ゆっくりしていたら、お兄ちゃんを取られちゃう。取られたらあのぬいぐるみじみたライオンが描かれたキャラキャップのように生ごみ臭がするゴミ箱に捨てられた気分になる。それは避けなければならない。ライオンキャップは回避だ。


 ショッピングモールに入ると、どこからか『助けて―』と悲鳴が聞こえて来た。私は、そこに顔を向けてしまった。



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!(妹編)』


  CONTINUE ◀


 ====================================



 お金が散らばっていた。それも小銭だけ。ころころと転がる十円玉を追って、一組のカップルが右往左往していた。女性の方は『助けて―』と何度も繰り返し、転がり続ける十円玉を追って、その場を何度も回っている。男性の方は、女性の傍で野垂れ死にしているように仰向けになっていった。その顔は清々しい。その近くに寄って、私が「くーん」となけば「もう無理だよラスカル」と意味不明なことを呟きそうだった。そもそも私そんな最後嫌いだし、お兄ちゃんとしか一緒に死にたくない。


 そう言えば、今朝鏡がお兄ちゃんの可愛さにやられて、バラバラに粉砕したっけ。私もあーいうふうに逝けたらいいな。いつだってそういう態勢に入っているんだけど、お兄ちゃんは恥ずかしがり屋で、私を避けるから、死ぬに死ねない。「もうお兄ちゃんったら、このこのー」っていつも妄想はしているんだけどね。


「あーん」とか食べ物をいつか餌付け出来たらいいなあ。そうだ今日はコロッケ買って来たから、できなくはない。やってしまおうかな。


 って、そんなことどうでもよくて。


「助けてー、この小銭を交番に届けなきゃならないのに、取れないの」


 女性の方は、唇の色濃い口紅をなめる。その目には涙が浮かんでいた。


 でもでも、私には関係ないよね。だって、お兄ちゃんより最優先させることなんてこの世にはないんだから。


 と、通り過ぎようとした時、鼻に慣れた匂いがついた。しかも今あの女性が追っている十円玉からだ。もしかしてって思って、もう一回すんとかぐと、お兄ちゃんの甘くて、生臭い良い匂いが香っていた。


 お兄ちゃんの体臭はチェック済みだ。それは使い捨てられて腐ったシャンプーみたいな匂いで、とても哀愁漂うかわいい特徴的な匂いなんだ。それもそのはず、ボディーソープにはわかめのエキスがふんだんに使われた良い匂いのものと、シャンプーは私がお兄ちゃんのために選んだ、『腐った卵の燃えカス的匂い☆』と表記された良い匂いの物を使っているからミックスされて天国に行ける幸せな匂いがお兄ちゃんからするんだもの。最高デショ。


 私がそれを間違うはずはない。


 すぐに十円玉を引っつかみ、女性の前に立ちはだかった。胸を張り、この女の人を睨みつける。もしかしてお兄ちゃんと関わりあるとか? それだったら排除しないと。


「あ、ありがとう」


 その女性は嘘くさく笑って見せた。この笑顔は私を引っ掻ける嘘だ。お兄ちゃんの魅力に取りつかれたのを隠そうと必死になっているに違いない。


「あら?」

 女性はこてんと頭を傾げた。


「この十円玉は何なんですか?」


 そんなとぼけたって、知らない。こいつは敵だ。私の脳内で標的Xに認定されている。次の返答次第では、首を絞めにかからなければならない。


「あらら?」

「この十……」

「あなた、祐栗ゆうくり君の妹さん?」


 ほら、来た。隣で伸びている彼氏よりやっぱりお兄ちゃんでしょ。お兄ちゃんって罪な男。


「だったら、何ですか」


 戦闘態勢にはいる。あの細く柔い首に目がけて、今、すぐにでも飛びかかるんだ。


「私、祐栗君のクラスメイトなの」

「クラスメイト?」

「ええ、でも奇遇ね。こんなところに一人で何をしに?」


 手が伸びる。私からお兄ちゃんとの距離を詰めようって作戦だね。させないんだから。私がお兄ちゃんを守る。


「お兄ちゃんを探しに来たんです。この十円玉どうしたんですか?」


「えっ? この小銭?」


「ええ、これはお兄ちゃんの小銭です。あなたは何でこれを……」


「あら、そうなの。じゃあ、祐栗くんに返さないと」


「それで、あなたはお兄ちゃんとの距離を縮めようと……」


「そうと分かれば、探さないとね。こら、そこで寝てないで、起きて祐栗くんを探すわよ」


 言葉が遮られてばっかりで私の手の力が抜けてしまった。どういったわけか、この人は根っからの善人らしい。しかも、隣で寝そべっている金髪ヤンキーの彼氏とラブラブだ。今も、この女性の鞄や買った服を全部持っているし、女性はニコニコと男性に笑いかけている。この様子なら大丈夫。認めてあげよう。私のお兄ちゃんい近づく権利を。


「お兄ちゃん、どこに居るか分かりますか。多分此処に居ると思うんですけど」

「そうね……祐栗くんは、その……特徴的な顔をしているから、居たらすぐに分かるんだけど」

「そうですよね。お兄ちゃんの顔って可愛いですよね」


 十円玉をパーカーのポケットに入れ、その女性と歩き出した。こうして見るととても気品がある雰囲気を持っていて好感が持てる。私にお姉さんがいたら、こんな感じなんだろうなって思った。そして後ろについて来るちゃらちゃらしているこいつは弟、私もほしかったな、こんな姉とこき使える弟。


 ふと気づいて、女性のポケットを見ると、ぱんぱんに膨れあがっていた。お兄ちゃん臭がするから、きっとあの十円玉以外の小銭を入れてもらっているんだろう。こんなに多くの小銭を落とすなんて、天然でまた萌える。


 にししっと笑っていたら、女性が困った顔していた。


「助けて―」


 そんな風に歩いていたら、またまた声がして振り向いた。



 ====================================


 『ブサイクでも可愛いがいい!』


  CONTINUEしかない! ◀


 ====================================



「おにいちゃーん」


 手を振っている妹の姿に後ろにはあのカップル。俺の顔を見て、渋い顔をしている。どうしてそう露骨に嫌な顔をするのだ。妹が来なければこんなことにならなかったのに。


「やっと、捕まえたっ!」


 どしんっと、胸に妹が飛びつく。足が動かないせいで、倒れそうになるがなんとか持ちこたえた。ばくばくと高鳴る心臓が、妹が来たせいでもっと大きくなる。もう妹にも聞こえているのではないのだろうか。


「どどどどうしてこんなところに?」


 どもっている。確実に怯えている。俺、もとい僕はこの妹の襲来で頭の中の警報機が鳴り続けている。僕はこれから一体どうすれば。この目の前のオアシスは、もう気づかれたのだろうか。


「追って来たんだよ。誰にもお兄ちゃんを見られないように、私が見張らなきゃね」


 そうか、そこまで僕の顔はみんなに見られたくないのか。ちょっと涙が出てきそうだ。辛い。妹までそんな対象として見られているなんて。


「その後ろの二人は?」


 僕は妹が連れて来た二人を指さす。

 あの最初の難関だった二人を連れて来た。それは最初の難関の犠牲が一気に崩壊したと言う印だった。つまり、これまでの努力は水の泡。どうもお疲れさまでしたと言うことだ。やばい。本気で泣く。


「私達はこの落とした小銭を、落とし主に渡そうと思ってきたの」


 ポケットから大量の小銭を女の方が出す。手一杯にあるあの小銭は戻ってきた。それは喜ばしい事だが、でも目の前のオアシスが……


「お兄ちゃん、実は不思議なことがあってね」妹が意地悪に笑った。昔から妹がこうして口角を上げてにししと笑っている時、恐ろしい事しか起こらなかった。「此処に着いてから、小銭が落ちている出来事が三件あって、全員お人好しで、私がそれはお兄ちゃんのですよって言ったら、全員お兄ちゃんに返したいって言ってくれたんだ」


 まさかまさか……

 カップルの背後のあの押し寄せるあの人の波は、それじゃないだろうな。


「だから、ほら」


 妹が手を向けたさきは案の定僕が金で対処した人達で、もうどうしようもなかった。


「そう言えば、お兄ちゃん。どうしてこんなところにいるの?」妹がファンシーショップの看板をちらりと見ると、顔を歪めて、蔑むように睨んだ。


「だっさ」


 その言葉は僕の心をひどくえぐり、思考を停止させた。


「お兄ちゃんはきっと、間違ってこんな場所に来ちゃったんだよね」


「……あ、ああ、まあ」


 頭がすっからかんになった僕は適当に返事をしてしまう。

 そしてずりずりと、妹に引かれていき、ファンシーショップから遠ざかっていった。このオアシスから、あの地獄の人込みの中へ。僕の顔を、ゴミとしか思えない、あの群衆の群れの視線の中へ晒すために、妹はいとわない。


 ああ、さよなら。可愛い者達よ。僕は今日卒業します。



 この妹の襲来は、避けようがないや。



 頬に熱い物を感じて僕の脳内にあるテロップを流した。



 ――GAME OVER――



「あっ、後で一緒にコロッケ食べよう」

 妹が手に提げている、ビニール袋を揺らした。

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