離れることのできない作家(3)
「俺、先生の小説が大好きですよ。世界観というか…雰囲気がしっかりしてて。」
「ありがとうございます、呼び出した理由はそれですか?」
それだけのために呼び出したのか、と怪訝そうな顔をする『依頼人』。忙しい中呼び出したのだ、それ意外にもちゃんと理由があってのこと。
「もちろん、それだけじゃないです。以前、自殺について話しましたよね。でも本当は、いまだに迷ってるのでは?」
「まあ、迷ってるかそうでないかといえば迷っているでしょうね。」
存外素直に認めた作家を見つめつつ、探偵は更に続けた。
「以前、作家は始まりと終わりの繰り返しだって言ってましたよね。貴方自身はもっとたくさんの作品を作りたいんだと思いますよ。終わりを迎えた時、いろんな思いがありますよね?それが…楽しいって思っているのでは…?」
『依頼人』の表現と助手の発言、それらを混ぜ合わせた結果、死に対して迷っているという結論に至った。
「…物語を終えた時。その時作り上げてきた世界が目の前に広がるんです。それが楽しくて文字を紡いでいたら…いつのまにか仕事という、遠くに来てしまってました。これで良いのか…と何度も思いながら。」
『依頼人』から吐き出される不安や恐怖に似た何か、少し捻られた表現のひとつひとつを理解しながら探偵は答えた。
「それで良いかはわかりません、でも物語を終えたときの景色は今もまだ見れるじゃないですか。仕事になるってのは、そこから先が増えただけ。終わりが少し遠くなっただけなんです、怖いことじゃありません。ここまで頑張ってきたのは貴方の本を読んでればわかります。ここで終わるのは…あー、動き出した時計の針でしたよね?それを止めるのはつまらないのでは?」
以前使っていた表現を借りてみたが、やはり不恰好だ。やはりこういうものは本職の人間が使ってこその表現なのだろう。
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「『依頼人』の作家さん、元気になって帰ってきましたね。ところで、表現が独特だったからか私、わかんなかったんですけど…。」
「そこは…まあ、フィーリングが大事になるさ。多分『依頼人』は物語を書くことについてのギフテッドがあったんじゃないかな。だから表現が自由でそれを仕事って縛られるのが嫌だったんだと思う。仕事になってもやることは変わらないって気づけば簡単なもんだがな。」
そう言いながら探偵は小説を読み始める。手に取った小説の奥付部分にはサインが書かれていた。




