case9 わからない人間(1)
「探偵さん、以前の仕事の資料をまとめたので、目を通しておいてください。」
私立探偵としての仕事もだいぶ落ち着いてきた。不定期でやってくる忙しい時期を終えた探偵は最近新しく本を読み始めた。如月曰く、
「私がそれっぽい雰囲気を出すために事務所ではスマホは控えて読書をしてるのに最近流行りの作家さんも知らないなんて…。私だって、ここに就職って形で人との関わりが少なくなってるんですから、そういうのを語り合える人が欲しいんですよ?だから、探偵さんも本を読みましょう!」
と半ば無理矢理読書を始めることとなった。とは言っても抵抗があったのはほんの最初だけ。読み進めてみると言葉が紡ぎ出す本の世界にみるみる引き込まれていった。如月が言うには最近有名になった新人作家らしいが、読みやすい割に内容がしっかりしてる。『依頼人』がくるまでの時間、読書をするだけでとても頭が良くなった気分だ。
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「いらっしゃい、どうぞおかけください。」
小説の影響か言葉が丁寧になっているような気もするが、黙っていよう。と心の中で唱えた如月は、このあと提供するもののために水を火にかけはじめた。
「コーヒーと紅茶がありますが、どちらになさいますか?」
「紅茶で、お願いします…。」
いつもと同じように、少しして紅茶を『依頼人』へと差し出す。探偵さんの方を見ると笑ってしまいそうなのでそちらには向かずにそっと紅茶を差し出す。
「サイトの方で少し話したとは思いますが、自殺しようと思った理由をお話しください。自分達を介して楽になれるのであれば幸いです。」
「僕は…何がしたいのかわからなくて。気力がないのにいろんなことにお金を使って…散財?するぐらいなら、いっそのこと死んでしまおうかと…思ってます。」
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「私、この仕事してるとよく思うんですよ。『依頼人』の方の自殺の理由って、そんなに重くない気がするんですよ…。いや、えっと、『依頼人』の方の自殺の理由を軽く見てるわけではないんです。けど…そんなに落ち込まなくてもいいと言うか…。」
如月の言いたいこともわからなくもない、と探偵は心の中で思う。担当してきた『依頼人』は責任を感じすぎている、一般人であれば自殺まではいかないだろう。だがそれが全てではない、と探偵は心の中で更に付け加えた。
「たしかに如月の言ってることは間違ってはいないかもな。でも、それだけ追い込まれているんだ。ストレス、人間関係、学校の課題なんかでもそうだ。何かしらの理由で追い込まれてる時に失敗したら…人は死を選びかねない。」
探偵の言葉にはたしかな重みがあった。だがイマイチ理解ができない。以前の如月は自殺しようと考えていたがその時の感覚が思い出せない。良くも悪くも今の空気、居心地に慣れてしまったのだろうか…。




