case6 名前の派手な男(1)
「おはようございま〜す。」
いつもより幾分か呑気な声のトーンで如月が事務所に訪れる。
「おはよう、いつになくフワフワしてるな。なんかいいことでもあったか?」
「いえ、なにも?でもまあ、これから何かいいことあればなぁ〜って。」
会話になっているようでほとんど会話になってない言葉を交わす。探偵曰く、例えしょうもないことだとしても会話をしておくことは大事らしい。以前のように反りが合わなくなってしまったり、ケーキを買わされることになるのは御免だということなのだろう。
「これから少し仕事に行ってくる。今回は状況が状況だ、留守番で頼む。」
探偵はいつもの口調で一言告げると上着を手に取り玄関を出て行った。
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事務所の掃除を終え、時間ができた如月は鞄から本を取り出した。本来ならスマートフォンを取り出すのが一般的ではあるが、探偵の留守中に仕事が舞い込んでこないとは限らない。少しでもイメージは良く保っておきたい、という思いから本を持ち歩くようになった。
「…よし、誰もいない。」
周りを確認すると如月は探偵が普段デスクで資料を纏める時に座っている椅子に腰を下ろした。資料に飽きた探偵がよく背もたれに体を預けて寝ているのを以前から見ていた如月は椅子の感触が気になっていたのだ。二、三度背中を預けては体制を戻し、なるほどと何かに納得したように頷き、読書に入る。何分経っただろうか、パソコンがつきっぱなしであることに気づいた如月は電源を落とそうとマウスを動かす。そしてサイトの書き込みが増えていることにも気づいた。
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「戻った。留守の間、なにか起こったか?」
仕事から帰ってきたときはいつも留守中の確認から入る。そして今回はそれが意味を成すこととなった。
「そうですね、サイトに新たな書き込みが増えてました。今連絡を取り合っているところです。」
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「俺…さ、名前が派手というか…ちょっとおかしいんだよね。ほら…騎士って書いてナイトって読ませるような、さ?ああいうやつ。」
『依頼人』は社会人の男性、高校卒業後に工場に就職したはいいものの、自分が名前で呼ばれることにストレスを感じ爆発寸前であった。
「俗に言うキラキラネームってやつか、それは大変だな…自殺したいほどに精神にくるのか。」
「昔は良かったさ?友達からはかっこいいだのなんだの言われて。でもいつまでもそうじゃないだろ?職場で毎日変わった名前で呼ばれていい気分とは言えないさ。病院で名前を呼ばれてみろ?体調だって悪化しかねないさ…親もなんでこんな名前つけたんだかなぁ…。」
探偵はキラキラネームたるものに縁は無かったが言われてみれば確かに、と納得できる点ばかりであった。『依頼人』にとってはそれが死への道を歩かせるのに充分な理由になってしまっている。……そう言えば俺の助手はどうなのだ、と探偵は如月を横目で見た。名前に如月とつける人間は意外と少ないと考える。当の本人はというと探偵の視線に気づくと少々不思議な顔をし、その視線の意味に気づいた後ジトーっとした目でこちらを睨み返すのであった。




