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立春まで  作者: 若松ユウ
7/12

#006「たまには真面目に」

@観察池

サクラ「昨夜の冷え込みで、キレイに氷が張ったね」

タイラ「もっと分厚ければ、この上でスケートできそうだけどな」

タイラ、池の周囲をうろつく。

タイラ「どこかで錦鯉が氷漬けになってたりしないか?」

サクラ「その心配は無さそうだよ。凍ってるのは表面だけだから」

タイラ「ここまで冷えるとわかってれば、バケツに水を張ったり、道路の水を撒いたりしたんだけどな」

サクラ「そんなことしたらイタズラでは済まないから、やめときなよ。相談室で菊池先生と個人懇談したいの?」

タイラ「嫌なこと言うなよ。面を突き合わせるのは、国語の時間だけで充分だ」

タイラ、懐から錠菓を出す。

タイラ「お寒い親父ギャグの験担ぎ。一つ、いるか?」

サクラ「この週末は、いよいよ大学入試センター試験本番だもんね。いるよ」

サクラ、タイラから一錠、受け取る。

サクラ「ありがとう。雪で交通機関が止まらなければ良いけど」

タイラ「どういたしまして。来年は俺たちの番なんだよな」

二人、錠菓を食べる。

サクラ「当たり前だけど、味は同じだね」

タイラ「あぁ、レモン味だな。ここへ来る前の話に戻しても良いか?」

サクラ「外国人に道を聞かれてアタフタした話?」

タイラ「違う違う。老人は、お喋り好きだって話」

サクラ「そっちの話か。寡黙なご長寿も多いから、タイラくんは偶然、そういう高齢者に遭遇しただけだと思うところだけど。ま、いいや。昨日、郵便局に行ったんだよね?」

タイラ「そう。俺の前に順番が来た爺さんが、何もしてないのにエーティーエムが融通利かなくなったから始まって、天気が悪いから関節が痛むとか、孫に渡すから新札が良いとか、質問と世間話と要望をゴチャ混ぜにして長々とクッチャベッては、延々と窓口を塞ぐものだから、頭にきてさ」

サクラ「郵便局にも不定愁訴専用窓口が欲しいね」

タイラ「だいたい、何もしてないのに壊れる機械はないっての。ここは、オカルト映画の世界ではないんだぞ」

サクラ「フフッ。謎の超常現象だね」

タイラ「結局、暗証番号を間違えてたのが原因だったみたいでさ。四桁くらい、ちゃんと覚えておいて欲しいものだぜ」

サクラ「七桁くらいまでは機械的に暗記できるだろうけど、九桁くらいになったら、何かしらの語呂合わせが必要だね。一夜一夜に人見頃。産医師、異国に向こう。野菜室冷凍庫」

タイラ「何だ、それは?」

サクラ「最後は僕のオリジナルだけど、一つ目はルート二の、二つ目は円周率の覚え方だよ」

タイラ「フゥン。何でも数字ひとつで済むようになったら楽だろうな。ピッポッパッ。はい、一丁上がり」

サクラ「そうかな? たしかに国際的にはカード社会化が進んでいて、硬貨や紙幣の使用頻度が減って、利便性や透明性は高まってきてるのかもしれないけど、情報管理の安全性が揺らいだり、社会的弱者の閉め出しに繋がったりしないかという懸念は拭えないよ」

タイラ「個人情報が悪用されたら、恐ろしいことになるもんな」

サクラ「成人した国民はクレジットカードを持つことが当然とされて、それがマイナンバーと連動して政府に管理されるようになってご覧よ。学校なり会社なり、何らかの組織に属さないと生きられない社会になるのが目に見えてるでしょう?」

タイラ「待ってくれ、橘。理解が追いつかないんだが」

サクラ、タイラの制止を無視して続ける。

サクラ「何も知ろうとせず、何も考えず、上から言われたことを疑わずに生きていける人間には天国かもしれないよ。でも、知識を尊重し、思考をはたらかせ、疑問をいだく人間が軽蔑される社会は地獄だと思うんだ。僕は、その、ケホッ、ケホッ」

タイラ、サクラの背中をさする。

タイラ「ヒートアップしすぎだ」

タイラ、鞄から缶飲料を取り出す。

タイラ「ホラ、これを飲んで、いつもの冷静な橘サクラに戻れ」

タイラ、プルタップを起こし、缶を渡す。サクラ、缶を受け取り、ひと口飲む。

サクラ「ありがとう、タイラくん。クールダウンできたよ」

タイラ「ホット飲料だけどな。考えは、まとまったか?」

サクラ、しばし池を眺めてから一言。

サクラ「ユートピアとディストピアは、薄氷一枚の差でしかない。たった一問のマークミスが合否を決め、その後の人生を大きく左右するように」

タイラ「なるほど。奇妙なものだな」


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