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立春まで  作者: 若松ユウ
4/12

#003「ちゃっかり者」

@百貨店

タイラ「橘。俺は修学旅行で着て行く服を買おうって言ったんだぞ?」

サクラ「そうだよ。だから、こうして試着して回ってるんじゃないか」

サクラ、店員に洋服を手渡す。

サクラ「これと同じサイズのスラックスで、ブラックはありますか?」

タイラ「よくもまぁ、平気な顔して試着できるものだな。桁が二つ三つ違うせいで、生きた心地がしないというのに」

サクラ「実際に試してみないと、一流品の本当の良さは分からないものだよ、タイラくん」

タイラ「落として汚したらとか、破いたり穴を開けたりしないかとか、万が一に弁償する破目にならないかと思うと、心配でたまらない。ここは心臓に悪すぎる」

サクラ「故意の破損で無ければ咎められないよ。どうかな? カッコイイと思わない?」

タイラ「カッコイイことは認める。でも、恐ろしくて値札を見られない」

サクラ「ブラウンとネイビーだけですか。どうもありがとう。また来ますね」

二人、店を出る。

サクラ「それでは、次のお店に」

タイラ「まだ見て回るのかよ」

サクラ「これを機に審美眼が養おうではありませんか」

サクラ、壁のポスターに注目。

サクラ「催し物会場では、絵画展を開いてるんだ。ちょっと覗いてみようか」

サクラ、エスカレーターを駆けのぼる。タイラ、サクラを追いかける。

タイラ「待てよ、橘。まだ一着も買ってないぞ」

  *

サクラ「紅花と梔子。着色料と添加物。カドミウム顔料のチョークパステルは、疾病の元。研究者肌、芸術家肌に生活力なし」

タイラ「メロンソーダにブルーハワイ。なぁ、橘」

サクラ「何かな、タイラくん」

タイラ「はじめの目的を忘れてないか?」

サクラ「忘れてないよ。飲み終わって一呼吸おいたら、駅の東側に移動するよ」

タイラ「何だ。それなら、始めから東口で待ち合わせれば良かったじゃないか。買いもしないのにウロツキ回ったりしてさ。あの店員たちに、陰で何を言われてるやら」

サクラ「それは被害妄想だよ、タイラくん。買わないなら来るなというような横柄な態度のお店は、長期的な視野に欠けるから、早晩に潰れるよ」

タイラ「でもさ」

サクラ「何がカッコイイ物なのか、何がすぐれた物なのかを体感した上でないと、ツマラナイ量産品を掴まされるよ、タイラくん。安物買いの銭失いしても良いの?」

タイラ「だけど」

サクラ「最後まで聞いてよ。それに、向こうで基本アイテムを揃えたあと、もう一度ここに戻るつもりなんだ。うまく取り入れれば、ブランドは強みになるからね」

タイラ「え? そんな大金が、どこにあるんだ?」

サクラ「ブランド品を買うのに、大金は必要ないよ」

タイラ「ストップ。俺にも理解できるように説明してくれ」

サクラ、頬杖を突き、ストローで飲み物をかき回しながら話す。

サクラ「上から下までファストファッションで固めても、そこそこカッコよく見えるだろうけど、量産品だから他人とダブりやすいんだよね。だから、そこに一点だけ個性的なアイテムを追加した方が、グンと良くなると思うんだ。ブランド品でも小物類なら、お手頃な物があったでしょう?」

タイラ「まぁ、一つだけなら何とか手が届きそうなものがあったな。なるほど」

サクラ、グラスに残った飲み物を干す。

サクラ「これで一つ賢くなったかな?」

タイラ「あぁ。勉強になった」

サクラ「ところで、タイラくん」

タイラ「何だ、橘」

サクラ「知識の供与には相応の対価が欲しいんだよね。ギブアンドテイク」

サクラ、伝票をチラ見する。タイラ、苦々しい顔で伝票を掴む。

タイラ「分かった。ここは俺が払う」

サクラ「ごちそうさま。ちょっと、お手洗いに行ってくるね」


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