最後の昏き世界にて
その内容ならテンプレの範疇じゃね?と言われたので書いてみるっ
長く雪に閉ざされた辛い冬を乗り越え、まもなく春の訪れを迎えようかというこの日。私は人生最後の時を迎えようとしているのであろうと思う。
意識ははっきりとしている。だが老いた身体は思うようには動かず、かねてより患っている病により身体中に痛みが走る。
医師の持ってきた薬や城の魔法使いたちが使う魔法がなければ痛みに悲鳴をあげていたことだろう。
このような待遇を受けられるのも、私が長くこの国を治め続けた王であるからであろうか。
私は本来この世界に産まれた存在ではない。脅威に対して自ら立ち向かう選択をせず、異界の人間に縋る道を選んだ者たち。そんな彼らを助けるために私はこの国の勇者として呼び出されたのだ。
当時の私は通っていた中学校にも馴染めず、休憩時間には一人教室で本を読み、授業が終われば一目散に自宅へ帰ってネットの世界に没頭する少年であった。
家族仲はそこまで良くはなく、大好きであった異世界召喚ものの小説通りな展開に心躍らせ、元の世界への未練など微塵もなかった。
私を呼び出した王に指示されるがまま、装備を整え仲間を募り、国中を旅しながら敵を倒し続けた。この国へと侵攻を続ける隣国の兵士たちを。
彼らも鍛えられた強者たちであったのだろうが、都合よく私に与えられた力はそれらを軽く凌駕し、まるで相手にはならなかった。
旅は楽しかった。見知らぬ世界の見知らぬ土地を巡り、住民たちから英雄と称えられ、旅をした仲間と友情を育み恋もした。その理由など露とも考えず、ただひたすらに戦い続けた。
次第に隣国を押し返し、最終的には自らのこの手で敵国の王を討ったのが18の時であったか。
凱旋のパレードは華やかであった。通りを埋め尽くす人の山に舞い散る花吹雪。黄色い歓声と称賛の声。私がこの世界から最も必要とされていると感じた瞬間だ。
そんな国の英雄である私に対して王はお決まりの褒美として実の娘を差しだす。その意味はこの国を王として統治せよという指示であり、私はそれに従った。
異議などあろうはずもない、それこそ私が元の世界に居た時から望み続けたものなのだから。
最初の妻として王女を。第2の妻として最初から旅を共にしていた女兵士を。第3の妻として旅先で身分を知らないにも関わらず親切にし続けてくれた酒場の娘を迎え入れた。
それぞれに式を挙げたがみな見事なもので、凱旋のパレードにも劣らぬ豪奢なもの。
ほどなくして3人の妻たち可愛い我が子を産み、私にとってその時こそが人生最良の時であったと今でも断言できる。この世界に召喚されて本当に良かった。この場所こそが本来私が居るべき世界であるのだと。そう確信したのだ。
しかし現実は無情なものだ。
滅ぼし併合したはずの隣国は再び息を吹き返したのだ、その土地の民によって。
私が討った王の一粒種が民たちに匿われ続け大きく成長し、故国を復興させんと旗を挙げたのだ。
脅威となる隣国が居なくなり腑抜けた兵たちは次々討たれ多くの命を散らしてしまう。
当然私はそれを治めるべく戦力を結集し鎮圧に向かい、結果それは成功した。
最後に私の前に引きずられてきた前王の息子はまだ成人を迎えたかどうかといった若者であり、その目には憎悪の感情を滾らせていた。
武器も取り上げられ、手足を縛られた若者は私をこの世界に来て初めて恐怖させる。
その恐怖からか、その場で腰に挿した剣を使い若者を一刀のもとに叩ききった私には王たる矜持も威厳も持ち合わせていたのか。それは今でもわからない。
ただ一つ言えるのは、この反乱以降私の理想とする世界は崩れていったということだ。
反乱の起きた土地を再統治するために向かった貴族や騎士たちは、反乱の芽を潰すという名目で多くの住民や謀反を起こした者たちの家族、そしてまったく関係のない者たちまでをも手に掛けた。
それが本当に謀反を企んだ者たちならば、非情ではあるがそういったことも今後のためには必要なのであろう。だが彼らはそうではなく、自らの私腹を肥やすのに協力しない者たちを罪人として処刑していた。
当然私は連中を処断したのだが、それには数年以上の月日を費やした。連中の後ろには王宮内の有力と言える貴族も関わっていたからだ。そう、この国は私が人並み以上の幸福を享受している間に……いや、それ以前から腐敗を始めていたのだ。
それらの多くを一掃するまでにさらに数年。私はその時点で40を越えていた。
ようやく腐敗の根の多くを除けたであろうかと安堵し始めた頃、王女であった妻が病に倒れる。
処置の甲斐もなく息を引き取り、私は悲観に暮れた。
そんな時にこれまで燻り続けていた後継者を誰にするのかという難問が顔を出す。妻の死によって、いつか私が没するという可能性について多くの者が目を向けるようになったのだ。
第1の妻からは女児しか産まれず、男子継承を是とする国の伝統から第3の妻が産んだ2人目の子供である長男を後継者にという声が貴族から聞こえた。
しかし3番目の妻は庶民の出であり血筋は相応しくないという者たちも多く居た。それを言ってしまえば私などどうなってしまうのであろうとは思ったものだが。
結局は長男と、第1子である長女のどちらを王、もしくは女王に据えるかで宮廷内は二分されていく。私の考えなど誰も聞こうともせずにだ。
勝手に自らの取り入らんとする候補を据えようと、相手の陣営に対して罵声を浴びせ続ける貴族たちの姿は滑稽であった。そしてそれを諌めることのできぬ私自身もまた無様な存在であったのであろう。
そのうちに長男と長女両者が刺客に狙われ、危うい目にあった時になって初めて私は決断をし声に出した。長男を自身の後継者に指名すると。
それで一応ゴタゴタは収まりはしたものの、それから30年近くが経った現在でもその火種は燻っている。肝心の長女などはとっくに他国へと嫁に行ってしまったというのに。
「王と言えども所詮はこんなものか……」
ベッドで横になったまま声に出して呟くと幾分か気が晴れるかとは思ったが、そうはいかないようだ。
我ながら力のない声だと思う。数年前まではあれほど大きな声で家臣たちを叱咤していたというのに。
「どうされましたか父上?」
そう問うのは末の娘だ。私の身体を案じて毎日隣で様子を見てくれる、心優しい娘だ。
この子の母親は旅で知り合った酒場の娘であった3番目の妻だ。少しだけくすんだ赤毛やほっそりとした面持ちがよく母親に似ている。
既に他界しているが、この子の母には辛い思いをさせてしまった。後継者争いに我が子が巻き込まれた時の痛ましい表情は今でも忘れられない。
晩年死の淵に立つ妻が言っていた「王の妻じゃなくてもいい……私は貴方と一緒に人並みの幸せが欲しかっただけ」という言葉は今でも夢に現れ私を苦しめている。
この子も既に他家へと嫁いでいるが、そこで幸せな一生を送ることを願うばかりだ。
「なんでもないのだよ……私の愛しい子」
そう言って力の入りきらぬ手を上げ顔へと触れると、娘はその目へと大粒の涙を湛えた。
解っているのであろう、私の生がもう間もなく終わろうとしていると。
コンコンコンっ
誰かが部屋を訪ねて来た。こんな年寄りを尋ねるなどどんな物好きであろうか。
娘が立ち上がり扉を開けると、そこに立っていたのは長男であった。深刻な表情を浮かべている様子からして、私になにか助言を求めようとやって来たのであろう。
「父上、相談したいことがございまして……」
「この老いぼれにできることなどもうないであろうに」
「そのようなことはございません! この国にはまだ父上のお力が必要なのです」
その言葉が心から出たものか、それとも私を励まそうとしているものなのか。その両者かもしれないが。
「それで何用なのだ?」
「はい、南方での治水についてなのですが……」
「それはお前に一任すると申したはずだ。いつまでも私に頼るでない」
「しかしっ!」
「もうお前は立派な大人なのだ。それに息子も成人したような歳ではないか。お前がしっかりしないでこの国はどうする? 私亡き後この国を背負って立つのはお前なのだぞ」
その言葉に返す言葉を持たなかったのか、息子は歯を食いしばり「失礼いたしました」と礼をすると部屋から去って行った。
これも優しい子だ。本来ならば王などという責を背負わせるのが忍びないほどに。しかしあの子に任せなければならないのが現実。私の去った後の国がどうなっていくかはわからないが、信頼のできる家臣たちを見つけ登用しておいた、彼らと共にしっかりと治めてくれればいいのだが……。
「我が娘よ……」
「はい、父上」
「お前の夫には既に伝えていることではあるが、もう一度お前の口から頼んではくれまいか。次代の王をよく支え、時には諌めて欲しいと……」
「…………賜りました」
それだけ聞ければ十分だ。この子の夫となった男は義に厚くも清濁併せ持った人物だ。きっとあの子を支えてくれるであろう。
「少し疲れた……しばし一人にしてはくれぬか? 考えたいこともある」
「……はい。外におります、何かあればお呼び下さい」
息子と同じく歯を食いしばり何かに耐えるように退出する。このあたりは良く似た兄妹だと思い、頬が僅かに緩むのを感じた。
おそらく娘は自らが離れている間に私の命が尽きる可能性を考えているのであろう。
「ふう……」
息を吐き出し窓から外を見れば日が暮れようとしている。沈む夕日を見ながら思う。確か向こうで見た最後の景色も夕日であっただろうか、と。
学校からの帰宅途中に召喚されたのだが、もしも……もしもあの時召喚されたのが私でなかったならば、私はいったいどんな人生を歩んでいたのであろうか……。
召喚されていなければこちらで最愛の妻や子供たち、可愛い孫たちにも会えなかった。共に死線を潜り抜けた戦友にも、感情のままに行動しようとした私を立場を越えて諌めてくれた忠臣にも。
だがそれと同じくらい価値のある人たちに出会えたのではないか。そんなことを思う。
来た時には歓喜し、あれほどまで未練のなかったはずであった故郷が今はこんなにも恋しい。
次に目を覚ませばおぼろげな記憶に残る我が家に居るのではないか、教室でした居眠りの最中に見た長い夢であったのではないか。そんな妄想が頭を巡る。
もしもそうであったならどうしてやろう。
縁がないと思っていたクラスメイトに話しかけてみようか。なにか部活でも始めてみるのも良いかもしれない。喧嘩がちであった父にコーヒーでも淹れてあげようか。
そんな想像をして含み笑いが漏れるのを感じた。
楽しい妄想はとめどなく続く。
太陽は完全にその姿を隠し外は夜の闇に覆われ、室内を淡く照らす蝋燭もその火を絶やす。
しばらく聞こえ続けた含み笑いではあるが、昏い室内でその力を徐々に弱めていくのであった。