第四章「鉢合わせのバトル」-2
弥生市上空約500mを航行中、物干しざおの先ではクロノが興味深げにあっちこっち見下ろしては、感動の言葉を漏らしている。
「わぁ~・・・夜の街はキラキラしていて、きれいだね!」
「あれ、カラスだから空からの景色って見慣れているんじゃないの?」
「う~ん。だって、夜は寝てるもん。」
そっか。カラスって夜行性じゃなかったんだっけ。
クロノは景色に満足したのか僕の方を向いて
「今日のお仕事は何ですか?」
と問いかけてくる。初めてなので、うきうきしているみたい。
なんだか、餌を目の前にして待てをされている犬みたいな感覚になってきた。
「そうだね。今日は巡回かな。特に今のところ悪さしそうな気配もしないし」
「そうなんだ!じゃあ今日は二人で夜のフライトデートだね」
「う~ん。違うね。どこで誤解しちゃったのかな?」
「えぇ、違うの?師匠がデート楽しんで来いって言ってたよ」
「父さん・・・」
使い魔とくっつけたがっているのか?あの人は・・・。
そんなやり取りをしながら巡回している。
肌寒いのはカイロでカバーしているけど、風は冷たい。
もうちょっと貼り付け式にしておくべきだったか。
なんて考えていると。何かが目の前に急激に迫ってくる。
「うわぁ、あぶない!」
慌てて急ブレーキをかけ物干しざおを止める。
こんなわざとらしい意地悪をするのは一人しかいない。
草薙伊莉栖だ。
「こんなところでお会いするなんて・・・なんと運の悪い。昼間といい今日は一日中最悪な日ですわ」
「ずいぶんな言い方だね・・・草薙さん」
「それにしても、あなたの乗っているのはなんですの?見たことありませんわ。箒に乗らないなんてずいぶん魔法少女をバカにしておりますのね」
物干しを知らないのか・・・。さすがお嬢様。
「そういうわけじゃないけど、利便性と―――」
「愚弄するのもいい加減にしてくださいます?もやしを見ていると目が腐ります」
そっか腐っていくんだ・・・。
クロノはそのやり取りを見ていて、伊莉栖を敵とみなしたのかキッと睨みつけている。
自分の主が侮辱されているのだからかもしれない。
「お嬢様、そのような汚い言葉は慎むべきですよ」
落ち着きを持った言葉が僕と伊莉栖の間に割って入る。
言葉の主は、伊莉栖の乗る箒の先端にちょこんと座っているシャム猫からだ。
このシャム猫は「ソワール」という名前で、猪突猛進の気がある、伊莉栖をうまくコントロールしている使い魔である。
頻繁に衝突する僕と伊莉栖の(一方的に伊莉栖の方からだが)仲裁に入ってくれる、良識ある猫の使い魔だ。
どっちが使い魔かわからない時もある。
使い魔というより伊莉栖の操縦役といった方が意味的には正しいのかな。
「賀茂様、わが主の非礼、ご容赦ください。なにぶん、あなた様の事となると―――」
「ソワール!それ以上のもやしへの謝罪は許しません。第一、もやしが喧嘩を仕掛けてきているんですから」
いやいや、そっちだよ。
僕は何もしてないし。
「申し訳ありません。口が過ぎました。お許しください。お嬢様―――」
シャム猫が伊莉栖に向かって恭しく首を垂れる。
「分かればよろしいですわ」
ソワールは伊莉栖と違って普通に会話できるんだけどなぁ・・・。
二人を見ているとそう思いたくなってしまう。
その時僕の体が嫌な気配を感じ取った。
「ん・・・!」
同じく伊莉栖も気配を感じ取ったのだろう、しきりに周囲を見回している。
「あれは・・・・」
川沿いの土手から禍々しい気配を感じる。
今日は出たのか・・・。
すぐさま向かおうと方向転換させようとすると、それ遮る様にまた伊莉栖が邪魔をしてきた。
「今回はわたくしが退治してご覧差し上げますわ」
別にいいけど、わざわざ進路を切らなくてもいいじゃない。
仕方ない。退治すると報酬と共に成績も上がり、それに伴ってクラスも上がっていく。僕も成績は気になるところだけど、ここは譲ってあげよう。
「わかったよ。草薙さん。じゃあ支援はしないけど、後方待機しているね」
「そうしてくださる?もやしは黙って『なよなよ』していてくださいませ」
最後の言葉が余計だよ・・・。まったくこのお嬢様は・・・。
彼女は『その気配』のする川沿いの土手を急降下を始めた。
それを追って、ゆっくりと僕たちもそこへ向かって降りていく。
ソロで活動している僕と伊莉栖だから、間近で彼女の戦いを見ることはない。
勉強にもなるし、どれくらいの実力なのかも見ていればわかるだろう。
僕の方が魔力は強いが、魔力と実戦は必ずしも比例しない。相手によって戦術を臨機応変に変えていけば、少ない魔力でも相手を殲滅できる。
こちらとしてはクロノの初陣でもあるし、悪霊の類との戦いを経験させるいい機会だったけど。
仕方ないか。
「いいの?ユウ。あの人に先越されちゃっているよ?」
「いいよ。一つ二つ差がでたところで変わらないと思うよ。それよりこれから戦う敵をよく観察して。実戦は一度きりじゃないんだから」
「うん。わかった~。見てるねぇ~」
クロノは底抜けに明るい。
土手からゆっくりと移動し橋のたもとにそれはいた。
悪霊の類にはいろいろなタイプがいる。人型、獣型、スライム型と大きく分けて3タイプに分けられる。
伊莉栖と対峙しているものは、無形状型で人の妬みや憎しみを糧として吸収し、厄災を広範囲に引き起こすものだ。その姿を柔軟に変化させるのも対峙する方にとっては厄介なタイプではある。
それに、放っておくとたちが一般人を多く巻き込むことになるので少々めんどくさいタイプでもある。
「およそ直径3メートル位か。大きいし動ける様になっている。これは面倒だなぁ」
伊莉栖の邪魔にならないようにそっと後方に降り立つと、僕は腕組みをしながらその悪霊を分析する。
意外というのも、スライム型の成長はほかの型と違って成長が遅い。というのも、特定のものを襲いながら増幅していくわけはなく、小さい間は動くことができず、植物の様にとどまってマイナスの感情を吸収していくからだ。
それが、急激にここまで成長するなんて・・・。
今まで巡回をしていて気が付かなかったというのは、僕ら魔法少女の落ち度でもある。
芽は常につぶしていかなくてはいけないのだから―――
先に降り立っている伊莉栖は、周囲に魔法結界を展開させる。
一般人に僕らの動きを感じられないようにするためだ。
魔法少女はあくまで秘密裏なのだ。
彼女は展開を終えると悪霊に向かって
「さぁ、穢れしものよ。わたくし魔法少女シャイニー・ミラージュ草薙伊莉栖がお相手いたしますわ」
と得意げに言い放った。
えぇ、名乗っちゃうの?いちいち戦いに名乗りをあげるなんて、騎士道や武士道じゃないんだけど・・・。
「ねぇ、ユウ」
「クロノ、どうしたの?」
「ユウもああいう事するの?」
「いやいや、しないよ。恥ずかしいじゃん。それに必要ないし」
「そっかぁ。でもかっこいいと思うけどなぁ」
クロノは不満げに伊莉栖の方へ目を向けた。
悪霊も伊莉栖の気配に気づいたのだろう。徐々に体全体が伊莉栖の方向に動いている。
「先手必勝ですわ。我に仕えし炎の聖霊よ。我にその力を」
彼女はミラージュブレスを杖に変化させ、それに炎を宿らせた。
杖の先から煌々と焼き尽くさんばかりの炎が燃え盛っている。
ふむ、伊莉栖は炎を得意とするタイプか・・・。後方支援という名の観察なので、冷静に分析できる。
対して、悪霊もその体から触手を無数に纏いまさに臨戦態勢をとっている。
「燃やし尽くせ!ファイヤーボール!!」
伊莉栖が杖を一振りすると、炎が無数の塊となって悪霊に襲い掛かる。
着弾と共に煙が上がる。
「勝負ありですわ!」
得意げに胸を張る伊莉栖だが、なんとなく手ごたえが感じられなかった。
本当に終わったのかな。頭に疑問が浮かぶ。
煙の中からスライムが現れた。若干形を崩していたがすぐに修復を始めている。
「なっ、なんですの?まだ、滅せてない・・・」
やっぱりだ。当たって入るけど浅いんだ。
「くっ」
彼女は悔しそうに唇を噛んでいる。
そんな場合ではないだろうに・・・。意外と悠長?
「では、これなら・・・フレアウインド!」
炎を帯びた突風がスライムを蛇が獲物に巻き付く。
火柱は5メートルを超えているだろう。大きなものだ。
「これでもう終わりですわ・・・えっ?」
徐々にそれが小さくなっていくが、やはりというかなんというか、何事もなかったかのようにそこにはスライムが悠然と存在していた。
「なぜあれで・・・ぐふぅ」
攻撃が効いていないことに落胆している伊莉栖に無情にもスライムから飛び出した触手が無情にもみぞおちに一撃を加えていき 彼女は20メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「なんか苦戦してない?手助けしないの?」
つぶらな瞳でクロノが僕に訴えかける。
クロノの訴えることも分かる。ただ・・・それでいいのか。
「う~ん。助けに入った方がいい気がするけど、草薙さん、僕に対しての敵対心すごいし、どうしたものかな」
「そんなに、のんびりしていて良いの?あの人多分負けちゃうよ」
「そうだね・・・」
あまり気が進まない。手出し無用と言われているのに助けるとプライドの高い伊莉栖の事だから後でなんといわれるか・・・。
先ほどの一撃で動きが鈍くなったのか、彼女はファイヤーボールで抵抗するもスライムはことごとくそれらをはじいていく。
逆に、触手を無数に伸ばし伊莉栖を絡め取ってしまった。
触手に巻き付かれてろくに息もできないのだろう、徐々に力がなくなっていくのがわかる。
くそっ、もう見ていられない。
僕の足は巻き付かれた彼女へ向かって走っていた。
「ブレスチェンジ。ミラージュソード・ディベロップ!」
僕のブレスレットが光を放ち、剣へ姿を変える。
とりあえず、伊莉栖を助けなくちゃ。
「触手なら・・・切断するしかないでしょ!!」
巻き付く触手に向けて僕はミラージュソードを振り下ろし薙ぎ払う。
伊莉栖に取りついていた触手は地面に落ちて霧散していく。
どさっと地面に落とされる伊莉栖が恨めしさ満点の目で僕を見つめてきた。
「けほっ、わたくしが戦っているのに・・・ごほっ。邪魔立ては―――」
「ごめん。後でいっぱい土下座でもなんでもするから。僕も参戦する!」
「えっ?いや、まっ―――」
いつもと違う僕を初めて見たのだろう、あっけにとられている。構うものか。
倒れて蹂躙されるのを黙って見ていることなんて僕には出来ない。
「術式展開!」
僕は腰のサイドポーチから霊符を目の前に展開させた。
賀茂家は元々陰陽道の出で、この手の術は父さんから嫌というほど叩き込まれた。
「わ、わたくしは退きませんわ」
伊莉栖はガクガクと膝に力が入らないみたいだが必死に立ち上がろうとしている。
「草薙さん、ここは退け!あとは僕が何とかする。ソワール!」
「はい、優雅様」
「草薙さんの目の前に防御結界を」
「かしこまりました。優雅様。・・・お優しいのですね」
「そんなんじゃないよ。ソワール」
恥ずかしさを隠しながらシャム猫に答える。
「さて、ここからは僕の番です。クロノ、彼女たちをカバーして」
「あい!」
「賀茂式霊符!邪なるものよ、怨念を鎮め、冥府へ帰れ!」
目の前に展開させていた霊符からレーザーの様にスライムに向けて発射される。
スライムも応戦するものの閃光を受けことごとく触手がはじけ飛んでいく。
一応無力化させたところかな・・・。
「まぁ僕も魔法少女だし・・・」
少女というところに引っかかる僕がいる。皮肉な笑みを誰にも見せないよう作ってから意を決し、
「ミラージュソード・アジャスト。アローへチェンジ!」
剣が光の弓矢に姿を変える。
「これで最後ですよ。スライムさん。散りなさい、ミラージュアロー!」
僕はスライムの上空に向けて絞った矢を放つ。
それがスライムの頭上で爆発し、無数の光の矢がスライムへ向けて降り注いだ。
雨の様な矢の中でスライムは力なく崩れていった。
「任務完了・・・」
静かに自分へお疲れさまと囁いた。
ふぅ、一息つく。まだ魔法結界は生きているので、周囲にばれることはない。
もうちょっとこの雰囲気を味わいたい。何とも言えない達成感を。
守ったという充実感を―――
さて帰るか。
何気なく振り返ると体を震わせて弱弱しい姿を見せながらも僕を睨みつけている伊莉栖がそこにいた。
彼女の魔法衣はボロボロになっていて見るに堪えない。
プライドがズタズタにされ、力の差をまざまざと感じたのだから。彼女としてはきっと、悔しいという言葉以上のものが心に宿っているに違いない。
キッと僕を見つめ
「わたくしの獲物でしたのに・・・」
負け惜しみの一つも言いたくなる気持ちも分かる。逆だったら僕もそうするに違いない。
ただ、僕は彼女に草薙伊莉栖と協力して街を守ってほしいと思っている。
「その・・・。ごめんね。でもさ、協力していこうよ。みんなのためにも、そして君のためにも・・・」
「わたくしは・・・母上のために・・・わたくしは・・・」
放心状態で、こちらの投げかけに答える余裕すらないみたい。
「優雅様、この度は本当に助かりました。ありがとうございました」
代わりにソワールが僕に感謝の念を伝えてくれる。
伊莉栖もいい使い魔を従えている。
「こちらこそ、もうちょっと早く介入すればよかったね。ごめん。それより、草薙さんを・・・」
「はい。それでは失礼いたします。このお礼はいずれ・・・」
ソワールは伊莉栖に帰るよう促し、彼女たちはゆっくりと飛んでいった。
伊莉栖は何を訴えようとしていたのだろう、遠くなる彼女たちを見ながら考える。
他人の家の事情に首を突っ込むつもりはないけど、ちょっと気になるな。
あそこまで、僕に対して執着する理由が知りたい。
まぁ、でも僕の家庭も突っ込まれると色々大変だから、それはそれとしておこうか。
ボーっと立っていると、クロノが肩に乗っかってきた。
「ユウってすごい強いんだね。感動しちゃった!」
そういってこのカラスは首筋にじゃれついてくる。
褒められることになれていない僕にとってそれは非常にこそばゆい。
「クロノ。くすぐったいからやめて。」
「えぇ~。クロノは気持ちいいのに。ユウは気持ちよくないの」
ぐりぐりと首筋にクロノがすり寄ってくる。
いつまでもやり続けそうなので、このカラスを肩から引きはがし、両手で悪さをしないようがっしりとでもやさしくつかんだ。
「よし、僕たちも帰ろう」
そのまま、物干しざおに跨りゆっくりと離陸を行う。
「ユウ~。おなか減ったぁ~」
「えっ、もうですか・・・さっき食べたじゃない」
「えぇ?でも今、12時過ぎているよ」
「へっ?」
何気なく時計を見ると12時過ぎだ。
はぁ・・・今夜も寝不足確定か。
ガクッとうなだれる。
「ユウ~。敵を倒したのになんで元気ないの?」
「睡眠不足が確定したからに決まってるでしょ。帰ったら1時近いよ」
「そっかぁ、じゃあまたご飯だね」
「また食べるの?」
「今度は、カレーが良いなぁ」
かみ合っていない会話をしながら、ゆっくり家路についた。
初陣としてはクロノに何も経験させてあげなかった気がするけど、まぁ良いか。
家に戻ると両親が起きていて、「お赤飯できてるわよ」と張り切る母と「今日はめでたい」と飲んだくれている父さんが待っていてくれた。
使い魔と初めての仕事をよろこんでいるのだろうけど。
明日からまた海外なのに、息子の魔法少女っぷりに満足しているんだろう。二人ともめちゃくちゃ上機嫌だった。
おかげでベッドに入った時間は4時を回っていた。
はぁ・・・どの授業寝てしまおうか・・・。
入学間もないのにもうサボろうとする僕がいる。




