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第二章「恩返しに」-2

「とりあえず、これ着て」

 Tシャツとスウェットをクロノに手渡す。

 彼女は手渡されたそれを見つめながら訝しげにしている。

「着なきゃダメ?」

 上目遣いで来ましたよ。

「だめ!」

 退いてはいけない気がした。色々な意味で負けてしまう。

「はぁ~い・・・」

 クロノは諦めがついたのかそれを抱えてすくっと立ち上がった。

「僕は、後ろ向いているから着替え終わったら教えてね」

「はぁ~い・・・」

 ガサゴソと肌と繊維のこすれる音が聞こえる。

 これはこれで・・・。いやいや。

「これ、胸がきつい~」

 背後で不満を漏らすクロノ。

「仕方ないだろ。ちょっと我慢してくれよ」

 着るのに手こずっているのか、それとも僕の「無用な」緊張のためか、一秒が長く感じる。

 と、背中にまたもややわらかいものが押し付けられる。布越しが妙に艶めかしい。

「ユウ、着替え終わったよ。これからはユウの使い魔だから、一生懸命手伝うね・・・」

 耳元で囁く様に告げた後、フゥーと息を吹きかけられた。

「わわっ、何するんだ!」

「あれ?これするとユウが喜ぶって、師匠が言っていたよ。イチコロだって」

 師匠ってだれ?

 もしかして父さんの事かな。

 そういえば、クロノを送ってきたのも父さんだし・・・。

 行動を共にしていたってことか?

「と、とりあえず。僕はいいからちょっと離れて」

 クロノの腕を掴んで引きはがそうと試みる。

「やだぁ~。これからはユウと一緒なんだもん!やだぁ~~」

 じたばたしながら抵抗するクロノ。

 彼女の腕が次第に僕の首に巻き付く様な形になり、スリーパーホールド完成。

 足も絡めていい感じに胴締めも極まっている。

 息もできないしこのままだと・・・。死んでしまう。

 ギブアップの意思表示であるタップを散々するもクロノは気付いてくれない。むしろ誤解されているようだ。

「ちょ、ちょっと・・・クロ・・・」

「いや!離れないもん!」

「わ、わかったから・・・死んで・・・」

 あぁ~、何かお花畑が見えてきた・・・。

 15年の短い人生だったなぁ・・・。

 意識がいよいよ遠くなってきた・・・。

 

「・・・ュウ?ユウ?」

「んあ?」

 クラクラする頭で意識を戻すと目の前には目に涙を一杯溜めたクロノが見下ろしている。

「ん・・・大丈夫だ・・・から・・・」

 ゆっくりと体を起こす。

「ごめんなさい。クロノ、ユウと会えるのが待ち遠しくって、うれしくてつい・・・」

「わ、わかったよ。こっちこそ、なんかごめんな」

 くしゃくしゃと彼女の黒髪をなでる。ぽろぽろと零れ落ちる真珠の様にクロノが瞳から涙を流している。

 それを見て、思わず彼女を抱きしめてしまった。

 本気で心配してくれた彼女の気持ちに僕は応えなくてはいけない。

 懐かしさと愛しさが混ざっているのだろう。そんな気分に駆り立てられる。

「よし、わかった。クロノ。君と契約しよう!」

「ほんと?こんなクロノでも良いの?」

「契約しない理由はないよ。ただ・・・」

「ただ?」

「ただ、立会人がいないな」

 使い魔との契約には第三者の立会人の承認が必要になる。

 もちろん、「ただ」の人間ではその役を果たすことはできない。

 魔力を持った者の承認がなければ契約自体できない。

「う~ん。どうしようかな・・・」

 玄関からドカドカと足音が聞こえてきた。

「親父様の帰還だぞ!茶を出しやがれい!」

 リビングのドアが開くと同時に父さんの声が響き渡った。

「英雄さん、もうちょっと静かに・・・でもそこがワイルドで素敵です」

 後ろから、母さんの声も聞こえる。

 ちょうどいいところに帰ってきた。

「お、これから良いところか。邪魔してすまんな」

 何事もなかったかのように、ドアを閉めようとする父さん。

 ちょっと待ってくれ・・・。

「どうしたの?英雄さん、中に入らないの?」

「いや、今はいらないほうがいいぞ。我らの息子が大人の階段を一つ登ろうとしているところだったぁ・・・」

「あら、それはそれは・・・。母としてはもうちょっと後でも・・・」

 そろーっと扉が開いて母さんの頭が半分出てきた。目が合うと気まずそうに閉められた。

「思春期だから仕方ないだろう!そっとしておいてやれ」

「そうね・・・じゃあもう少したってから・・・」

 こっちにダダ漏れの夫婦のやり取りが聞こえてくる。

「そんなんじゃないから!早く入ってよ!」

 僕は居たたまれなくなり、ドアを開け二人に向かって乱暴に言い放った。

「こ、これが反抗期かしら。母さん悲しいわ」

「泣くな、夏海。こうして男は大人になっていくんだ」

 違う!そんなんじゃない。

「とりあえず、入って!父さんに聞きたいこともあるし、お願いしたいこともあるんだから!」

「お、おう・・・」

 普段、こんなに語気を荒げたりしないので二人はびっくりして顔をお互い見合わせている。

「父さん、クロノとの使い魔契約の立会人をしてください。お願いします」

「夜の立会人は生々しいから嫌だぞ?」

「しばくぞ、親父!」

「わかった。わかったから・・・冗談だよ。じょ・う・だ・ん。ちょっと待ってろ」

 焚き付けるのがうまい父さんだから・・・。茶目っ気たっぷりで言ったつもりなのかもしれないが、こっちはマジ切れだ。

 

「立会人賀茂英雄の名において、これより使い魔との契約を行う。」

 僕とクロノは父さんの作った魔法陣の中に向かい合って立っている。

 赤く輝く空間を形成している陣は不思議と温かみを感じる。

 キッチンから心配そうに母さんが様子をうかがっている。

「賀茂優雅。汝はそこにいる、人ならざる者クロノを使い魔として使役していくことを認めるか」

「はい」

 クロノの目を見てはっきりと答える。

「人ならざる者、クロノ。汝は賀茂優雅を主として仕えることを誓うか」

「はい」

 彼女のまた、僕を見て答える。少し笑顔がうかがえる。

「それでは、賀茂優雅。手を・・・」

 使い魔との契約には必ず、主になる者の血を媒介にするため、己の体から血を分け与える必要がある。そして、使い魔になる者は、血を入れることで魔力を共有し、本物の使い魔として主の手助けを行っていく。それは、強制力を持っており、使い魔の意思に関係なく主の言う通りに動かすこともできる。

 僕は、右手を父さんに差し出した。

「痛いし。結構出るぞ」

「もう決めたことだから・・・いいよ。父さん、続けて」

「わかった・・・」

 真剣な目をする父さんを見るのは久しぶりだ。何年振りだろうか・・・。

 すると、父さんは、ナイフを取り出して、刃を僕の右手首に添えるとなでる様に切った。

 血が勢いよく天井高く吹き上がる。痛みはあまり感じないが、その血の勢いに驚く。

「人ならざる者、クロノ。賀茂優雅を主としてその血を浴び、忠誠の言葉を述べよ」

「わたくし、クロノは使い魔として主、賀茂優雅様にお仕えすることを誓います」

 血を浴びて顔が真っ赤になっているクロノは、はっきりと言い切った。

「これにて契約の儀を終える!」

 すると、陣が赤みを増して僕とクロノを包み込む。

 やっぱり出血量が多いのかどんどん気が遠くなってくる・・・。

 本日二度目の薄れていく意識の中で、クロノがやさしく包み込んでくれている気がした。

 僕の意識はそこで途絶えた。

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