第一章「箱の中から使い魔」-1
ピピピッと電子音が遠くでなっている気がする。起きろと言わんばかりに目覚まし時計の音が迫ってくる。
「ね、ねむい・・・」
けたたましく鳴り響く目覚まし時計をストップさせて、何気なく時間を見ると8時10分を指しているではないか。
「やばっ、遅刻する!」
ホームルームが始まる8時半まで三十分もない。
朝ごはんを作って食べる余裕はない。僕は、制服に着替え、鞄を片手に玄関のドアを開けて一呼吸、冷静に今の状況を分析する。
僕の通う市立弥生高校は徒歩で20分、ダッシュすれば10分で着ける。
そして今が8時15分・・・。髪の毛をセットする時間なんてない。
寝不足の体に走るのは堪えるけど・・・仕方ないか。
「よし!行きますか!」
両手で顔をたたき、学校へ向かって走り出した。
シャツははだけたまま、よれよれのみっともない恰好だけど、後で直せばいいや。
髪の毛の方に気を取られていたし・・・。仕方ないか。
寝不足でのダッシュはやはりつらい。ぎりぎりチャイムが鳴る前に教室に着くことができた。
「ユウが肩で息をしているなんて珍しいね」
「ね、寝坊してさ・・・はぁはぁ・・・」
僕の前の席に座っていた木戸勝が振り返り声をかけてきた。
彼は僕の事を「ユウ」と呼んでくれる数少ない友達の一人。小、中、高と10年来の親友。
中学校から陸上部に所属していて、高校でも続けている。将来は、オリンピックのマラソン競技で優勝することらしい。壮大な夢を持つ親友を羨ましく思う部分もあるけど、彼の動機は「顔が売れればモテるじゃん?」ということみたい。
不純と言えば不純だがそれも立派な動機だ。
「まぁまぁ座りなね。真面目なお前らしくない」
「勝なら僕の家と学校だったらトレーニングにもならない距離だろうけど、しんどいわぁ」
「確かに。アップにもならん」
「そ、そう・・・はぁはぁ・・・」
彼にバッサリと切られた僕は笑うしかない。
なにせ彼は、高校一年生にして市の選抜にも選ばれている。高校入学の際、長距離の競合校から引っ張りだこだったみだいだが、「坊主が嫌だ」「鉢巻が邪魔だ」と言って全て断り、ここ弥生高校に通うことにしたある意味変わり種である。
ただ、環境に左右されず勝自身の足でステップアップしてこうとする心いきと、これと決めたら一切ぶれない前向きな気持ちを持っているところを僕は見習いたいと思っている。
「でさ、ユウ。ちょっとこれを・・・」
勝がスマホを手に何かを僕にみせようとしたところ・・・。
「はぃ~~~。ホームルーム始めますよぉ。席についてくださいねぇ~」
少々間の抜けた声で松本浜代先生が出席簿片手に入ってきた。可愛い声と一見小学生と間違う体型、そして名前からハムちゃんという愛称で親しまれている。
ハムちゃんは、声がかかっても向き直らない勝に向かって
「木戸く~ん。向き直ってくれないと泣いちゃいますよぉ~」
本当に泣かんばかりの表情で訴えかける。本音なのか演技なのか解らないところもまたハムちゃんの魅力。
「す、すみません。ハム・・・松本先生!」
慌てて勝が立ち上がる。叱られた子供の様に、ピンと直立不動。そこは向き直るだけで良いと思うんだけど。
「木戸く~ん。立たなくていいですよぉ~」
「す、すみません!」
テンパった行動に恥ずかしさを覚えたのか、顔を真っ赤にしながらどかっと席に座る。
照れ隠しなのか、僕の方に顔を向けながら、
「ユウ、さっきの話の続きは昼休みな。おれ史上初の事件だ」
「う、うん」
俺史上ってと突っ込みたくなるのを抑えた。後でゆっくり聞いてあげよう。
昼休みを知らせる4時限目終了のチャイムが鳴り響く。教室内は弁当派、学食派それぞれバラバラと動き始める。4月も半ば、この頃になると少なからず友達と呼べるものも増えてくる。僕は・・・新しい友達作りに若干出遅れ気味になってきていて校内で何気ない会話ができる友達は勝くらい。
まぁ、焦らなくてもいいかとも思っている。100人の友達より1人の親友を持つことの方がよいに違いない。
そんな勝が学食からどっさりとパンを抱えて戻ってきた。彼は購買派。僕は弁当派。しかし、今日は作り損ねて勝にお願いしていた。
勝は、真剣な表情で僕の前に座り、買ってきたパンに手を付けることなく話を切り出してきた。
「オレ、生まれて初めて恋をした!」
「おぉ~。勝がついに目覚めたか。おめでとう。」
パチパチと拍手をする。完全に他人事だ。
「からかうなよ。真剣なんだからさ」
いつも冗談を言う陽気な勝とは違う目をしている。久々に見る目だ。
「わかったよ。聞こう。どんな娘なんだ?そのお前の初恋の相手は」
「それがな・・・。これをちょっと見てみろ」
そういうとおもむろにスマホを取り出して画像を見せてきた。
「ぷぅわっ」
写っている画像に僕は思わず噴いてしまった。
僕だ・・・僕が写っている。
「汚ねっ。何するんだよ」
勝は、とっさにスマホに飛んだ唾をふき取った。
「い、いや。あまりに手の込んだ画像だったからびっくりしただけだよ」
「何を言っているんだよ。俺が加工なんて技術あるわけないだろ」
確かに、ザ・体育会系の勝がそんなことができるわけない。
「久々にハントラに熱中しててさ。気が付いたら2時過ぎになっていたんだよ」
「勝にしては珍しく遅いのな」
「まぁそこはおいておこう。それで、空気を入れ替えて寝ようと思って窓を開けたら、月明かりをバックにこの娘が飛んでたんだ」
「そ、そう・・・ふ、不思議なことがある・・・あるもんだね」
「で、思わず撮ったわけだ。で、どう思う?」
勝が飛び掛からんばかりに、僕の机を掴み迫ってくる。正直怖い・・・。
「ど、どうって・・・。不思議なことがある・・・あるもんだねぇ・・・」
額から変な汗が出ているのが分かる。親友とはいえばれるのはまずい。
「はっ?何言っているんだ、ユウ。聞きたいのはこれを見てお前は可愛いかどうなのか、そういうことがききたいんだよ」
「そ、そっち?」
「そっちってなんだよ、それ!」
「いやいや、気にしないでよ」
勝はいぶかしげに眉をひそめる。明らかに会話がかみ合っていない。かみ合ってほしくない。
「この画面を見る限り顔とか写ってないよ。それなのに可愛いと?どうして判断できるんだよ」
「それはなぁ・・・俺の勘だ!」
どうだと言わんばかりに胸を張っている。その勘は、あらぬ方向に行ってますよ・・・勝・・・。
正直に僕が「その画像に写る女の子っぽいのは僕だ」と言えればここで終わると思うのだが、結果として色々大切なものも終わってしまう。
取り繕っておこう・・・。
「そ、その・・・勝、いいんじゃないか?」
「そうか!ユウ!お前も賛成してくれるか!」
非常に複雑な気持ちだ。
親友が、僕の魔法少女姿を見て恋しているんだから。
そして、それが初恋だというんだから目も当てられない。
「あのな・・・勝・・・いや、いいや」
その初恋は大抵実らないものだよと言ってやろうと思ったが、あと一歩のところで踏みとどまった。純粋な気持ちを汚してはいけない。
「なんだよ。さっきからお前、きょどりすぎだぞ」
「そ、そんなことないじょ・・・・」
「じょ」って・・・確かに動揺しすぎだ。
同意してくれないことに不満を覚えているのか勝は、乱暴にパンをかじりついている。
「ま、まぁ・・・。お、応援はしているよ」
そういうと勝は口いっぱいにほおばっているパンを牛乳で流し込み僕の手を握り
「ありがとう!ユウ!俺、頑張るよ!」
「う、うん・・・」
彼の熱意に満ちた目をまともに見ることができず、逃げる様に視線を黒板へ視線を外す。
はぁ・・・。
親友が僕の「コスプレ姿」に一目ぼれしてしまいました・・・。
誰かこの純粋な男子高校生の目を覚ましてやってください。世の中にはたくさん美しい人、可愛い人がたくさんいます。道を外させないでください・・・。
僕は湧き出る感情を受け流す様に、窓から見える風景に彼の幸せを祈った。




