第五章「福田さんの待ち伏せ」
「クロノ~そろそろ起きないと遅刻するよ~」
ノックして部屋越しにクロノに声をかけてみる。
反応がない・・・。
う~ん。開けるべきか否か・・・。
腕時計を見ると8時・・・。
ぼーっとしているとすぐに10分なんて過ぎてしまう。
強制執行とばかりにクロノの部屋のドアを開けると、クロノの気配がない。
ただ、よくよく見ると布団の一部が大きく膨れ上がっている。
恐る恐るそれをめくってみると、カラスのままの丸くなってクロノがすやすやと寝ていた。
「クロノ、クロノ。起きろ」
ちょんちょんと人差し指でクロノの頭をつついてみる。
些細な刺激だったつもりなのだが、クロノは目をパッチリ開けてびっくりしたようにくちばしを開けたまま僕を見ている。
「なんで、ユウがいるの?」
「当たり前だろ、クロノ・・・。いつまで寝ているんだ?もう8時すぎだぞ」
「えぇ~、もうちょっと早く教えてよ~。いじわるぅ・・・」
なんで僕が責められるんだ・・・。
「転校二日目からいきなり遅刻はまずいぞ。僕も巻き添えで遅刻は御免だから、先に行くね」
にっこりとほほ笑む。
「えぇ!裏切りだよぉ」
う~ん。何かこいつが遅刻しないような方法・・・。
あぁ、あった。微妙だけど。
「クロノ、カラスのまま学校へ飛んでいけば?」
「へっ?なんで?」
「いや、飛んだら速くない?」
「だけど、ユウは?」
「僕は、もう出て行くからまだ間に合うし。大丈夫」
「着替え・・・」
人間になったらこいつは全裸だ。痴女だ。
「そうだね・・・」
僕は何気なく部屋の隅に丁寧に掛けられた制服に目を向けた。
「そうだ、鞄に詰めてもって飛んで行ったらいいじゃない?」
「そっか!人間になった時に着替えればいいんだね。ユウ、頭いい!」
「人目につかないところで変身するんだぞ。それだけは注意な」
「うん!わかった!」
「よし、いい子だ。じゃあ僕は先に行くね」
「私も後から追いかけるね」
「じゃあそういう事で。あと戸締りをお願いね」
よろしくとばかりに敬礼し、部屋を出た。
「私の方が先に着くからねぇ~」
閉まった部屋からクロノの元気そうな声が耳に入ってくる。
ろくに寝てないのに返事だけは元気だなぁ。あいつ。
クロノが元気なのと対称的に僕は重たい瞼を必死でこする。
結局睡眠時間が3時間か・・・。
あぁ~。体育で体力測定とか言っていたな。長距離走だっけ・・・。
途中で倒れないだろうか・・・。
朝っぱらから鬱全開で学校へ向かっていると、三叉路の角で黄色いリボンを結んだ女の子が立っている。
福田さんだ。
誰か待っているのかな、時計を気にしつつ、きょろきょろ誰かを探している。
昨日、思いっきり顔を平手打ちされているので気まずいなぁ。
知らんぷりして通り過ぎる方法を考えなくては。
と、僕が足を止めると、福田さんがこちらに気付いて走ってくるではないか。
昨日の今日なのできっと気まずいだろうと思っていたけど意外な行動だ。
「あの、賀茂君。お、おはよう」
「う、うん。おはよう。今日もいい天気だね」
不自然すぎるが無難に話題を振ってみる。
突拍子なさすぎたか、彼女は一瞬あっけにとられていたが、すぐに真面目な表情に戻った。
「その・・・昨日はごめんなさい。その・・・あんなことして」
「いやいや、こっちこそごめんね。あの時の言い訳させてもらえたら誤解も解けると思うし。それより誰か待っているの?」
「え?あのね・・・昨日の事謝りたかったから・・・。ここで待っていれば賀茂君も通ると思って・・・」
僕待ちでしたか・・・なんだか申し訳ないなぁ。
「そっか。じゃあ歩きながらでいいから言い訳させて」
「えぇ、わかったわ」
「賀茂さん、そんなにすべり台が大好きなんですね」
「そうなんだよ。子供を押し退けて滑るもんだから・・・」
丁度、公園に差し掛かったところで、足を止める。
納得はしてくれたみたいで、僕としてはほっとする。
「どっちも賀茂なんですよね。あの、紛らわしいので賀茂君の事、下の名前で呼んでもいいですか?」
「へっ?ま、まぁ、構わないよ」
思いがけない申し出にドキッとする。
「じ、じゃあ・・・ゆ、優雅君」
「はい」
福田さんは顔を赤らめ、上目遣いに僕の様子を窺ってくる。
ちょっとこの雰囲気恥ずかしい。
「あのさ、クロノの事も下の名前で呼んでね。その、紛らわしいし」
「うん、そうするね。でも、なんでだろう、賀茂・・・クロノさんって不思議なかんじがするの」
「な、なんで?」
「それが何なのかわからないけど、なんとなくね、なんとなく・・・。人間っぽくないっていうか。どういっていいかわからないんだけど―――」
あれ、福田さんって霊感強いタイプなのかな。
でも、まぁ普通の女子高生っぽくはないよね。
「ただの変わり者だよ。クロノは」
「そうなのかな・・・。みえ・・・」
福田さんの声が急に小さくなったので聞こえなかった。
「えっ?何が?」
「あっ、いや何でも・・・でも、優雅君なら良いかな。これから話すことで、私を変な目で見ないでくれる?」
「内容にもよるけど・・・多分変わらないと思うよ」
「私ね、霊っていうのかな、もののけもそうかもしれないけど、視えるというか感じることができるの。そこにいるって・・・」
「へ、へぇ。すごいね」
「驚かないの?」
「いや、ちょっと驚いているよ」
「ちょっとなの?」
「ちょっとじゃないよ。やっぱり」
「そう・・・」
福田さんは悲しそうに顔を伏せる。
「でもさ、それってすごい事じゃない?」
「えっ?優雅君は信じてくれるの?だって、普通は見えないんだよ?」
「まぁ、そうかもしれないけど。福田さん本人がそういうんだから視えるんでしょ?」
「良かった・・・優雅君は信じてくれるんだ・・・」
「ま、まあね」
実際、僕はそいつらと対峙している訳だし否定するつもりはない。
「視えるというより感じると言った方がいいのかな。小さい頃それが原因で、友達から嘘つきって苛められたりして。それに、迷惑もかけたから・・・」
「そっか、辛かったね」
「そうね。霊感が他の人より強いというのがあるのかも。今も注意しているし、身を守る術は習得したのだけど・・・」
「だけど?」
「去年の話だけど、私自身が取りつかれそうになって、その時魔女の格好をした人に助けられたの」
うわ~・・・それ僕だ。取りつかれかけている女の子から悪霊を引きはがして退治した記憶がよみがえってきた。
灯台下暗しだったかぁ、僕。
「そ、そっか・・・それは大変だったね」
平静を装って、当たり障りのない返答するが、急に額から汗が拭き足してきた。
「その時助けてもらった人にお礼が言いたいなって。すぐに飛び立って行ってしまったから」
ツーッと汗が頬まで流れてくるのを感じる。助けた本人と会話していますなんて言えない。
「それでね―――」
まだ続くのか・・・その会話。こちらに気にしない感じで福田さんは話を続ける。拒否されなかったのがよっぽどうれしかったんだろうな。
「昨日の夜なんだけど、胸騒ぎがして寝れなくて境内へ出て空を眺めていたの」
ん・・・。これは何かまずい雰囲気ですぞ、賀茂優雅。
流れる汗が一向に止まる気配がない。
「空を飛んでいる人を見つけたの。でも、なぜか力なさそうで、フラフラしている雰囲気だったわ」
聞いている感じだと、ボロボロになった伊莉栖の帰還を偶然見つけたっぽい。
僕じゃなくてよかったぁ。でも、二日連続で一般人ばれしていることについて後あとで真琴さんから説教が待っているんだろうなぁ。
説教長いんだよなぁあの人・・・。
「でね!」
「はっ、はい」
「魔女っているんだって、確信したの」
目を爛々と輝かせて僕に訴えかける。大人しい福田さんと同一人物と思えないくらいに両手を胸に当て迫ってきた。
引いている僕に気が付いたのだろう、恥ずかしそうにもじもじしながらまた元の福田さんにもどった。
「で、でもさ。視える話といい魔女の話といい、なんで僕にそんな秘密を話してくれるの?」
「なんでって・・・その・・・優雅君なら、優雅君になら話してもいいかなって」
「そっか・・・」
「それに私、優雅君の事―――」
その時、遠くにHRの予鈴のチャイムが聞こえた。
「福田さん、まずいよ。遅刻する!走ろう!」
「えっ!はい・・・」
何を言いかけたのかわからないけど、彼女は少ししょんぼりしながら僕の後をついてきてくれた。
骨折り坂をダッシュは少々どころではなく厳しい。
何とか本鈴前までには教室に着いたけど、肩で息をする僕を勝が『運動不足』の一言で一刀両断してくれました。
睡眠不足プラス運動不足、この後体力測定・・・今日は体がもつのだろうか。
クロノが遠くから自慢げに僕を見ている。
アドバイスしたとはいえ悔しい。




