ゲーム脳、自分の武器を手に入れる。
食事も終わり、二人はようやく自己紹介を始めることにした。……遅いよ。
まあ、お互いにステータスが見えるので相手の情報を知っている訳だが。挨拶と自己紹介は人間関係の基本だからね。
「俺は……一応、勇者だ。タクって呼べ」
最初に、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いたのは勇者だった。その珍妙な名前からは考えられない常識人っぷりが逆に涙を誘う。彼にとって自分の名前を口にするのは血反吐を吐くほどツラいものなのだろう。
しかし、どこまでも残念なゲーム脳である杏里は彼の苦悶など知らず、能天気に自分の名前を答えた。
「ええーと、井沢杏里です。……天才ゲーマーか、運命を紡ぎし者とでも呼んでくれたまえ」
最後はフッと自分的に不敵な笑みを浮かべて、またしても謎の二つ名を口にする杏里。……コイツは一体いくつ名前があるんだ。しかも、どれもイタい感じのばっかり。
「分かった、アンリだな」
さすがに杏里の奇行には慣れたのか、勇者はもう一々ツッコまなかった。
「まさかのマル無視っ!?」
「で、お前がこの世界にいることについてだが……」
「さらなるスルー!? ……この世界が私を必要としていた、それだけのことさ!」
勇者の御座なりな対応にもめげず、杏里はグッと親指を立てる。アニメやマンガなら、ここで彼女の歯がキラーンと光るところだが……歯に特殊加工はしていないのか、そんな面白現象は起こらなかった。
ついでに言うと、杏里にCMに出演できるような歯の白さはない。トリップ補正でエフェクトが出たりもしない。
「はいはい。さっきも聞いたが、どうやって帰るつもりなんだ?」
「さあ?」
杏里は“分かんない”と、ぶりっ子のように首をコテンと傾げて見せた。……可愛くない。
「………………」
その仕草にイラッとした勇者は杏里の頭を軽く殴る。もちろん、本気は出さない。出したら杏里死んじゃうからね。レベル差的な問題で。
「ひでぶっ!」
一方、殴られた杏里は世紀末の覇者的な何かに経絡秘孔を突かれたかのような奇声を発して、机に突っ伏した。
その“断末魔の叫び”久しぶりに聞いたわ。……そのネタは古過ぎると思うよ。
「お前、もうちょっと真っ当に生きろよ」
「ふっ、私はすでに10以上の世界を救っている。そんな小さき枠に収まる人間ではないのだよ」
残念なものを見る勇者の視線には気付かず、杏里はお決まりの謎のポーズをとる。
杏里は救うのと同じか、それ以上に多くの世界を破滅に追いやっているはずだ。BADENDを見る的な目的で。……彼女の人生はほとんど“ゲーム機”の中に収まっていると言っても過言ではない。
「何キャラだ、お前は! ……はぁ。
帰る方法のことだけどな。分からないなら俺が探して来てやろうか?」
「ええっ!? ……別に、帰れなくても良いよ?」
なぜか異様に優しく問い掛けてくる勇者に、杏里はアッサリとそう答えた。
彼女にとってはここが夢の国だ。魔法だって溢れている。……攻撃魔法が多いけど。しかし、二次元をリアルに体験できるという点で、魅力ではT県の某テーマパークにも負けないはず。
「むしろ帰れ。世界の平和のために」
どうやら、勇者は早急に杏里を元の世界に帰したいらしい。
「あ~、でも帰らないと積みゲーも新作もあるし~。私を待ってる世界は多いんだよな~」
“いやー、人気者はツラいね”と得意顔をする杏里は、平和のために云々は華麗にスルーし、家に置いて来たゲームやマンガを思い浮かべる。……彼女を待っているのは母親の説教ぐらいだ。
「ああ、そうだな。早く帰った方が良い。……帰る方法は俺が探してやる。
だから…………帰ったら俺の名前を変えろ」
「たくあんって名前、ヤなの?」
後半は声を低くして言った勇者に、杏里は心底不思議そうに問い掛けた。
たぶん、彼女は出会い頭にも“名前を変えろ”と詰め寄られたことを忘れ去っている。名付けに対して反省の気持ちが微塵もない所為だろう。
「初めっから嫌だ、つってただろうが!!」
「ええ~、チャック・クエストって途中で名前変えれたかな~」
「知らん。根性でどうにかしろ」
「うわぁ、たくあん昭和臭い。あと、私の辞書に“根性”の文字はないから!」
「誰が昭和だ!! ゲーム知識を覚える前に、自分の辞書の落丁をどうにかしろ!」
怒鳴られても全く気にすることなく、杏里は話を変えた。都合が悪いことは誤魔化して流す主義らしい。……コイツにはまず常識を叩き込むべきだ。
「それで? どうやって帰る方法探すの?」
「そうだな……まずは情報収集ってとこだろう。この近くのギルドからあたってみるか」
「ギ・ル・ド!!! キター!!!!!」
勇者の言葉を聞いた杏里は目をキラキラと輝かせ、座っていた椅子から立ち上がらんばかりの勢いで両手を挙げた。跳ね上がるテンション。もう誰にも杏里は止められない。
「静かにしろ! ……店の中だぞ」
いきなり奇声を上げた杏里に、変なモノを見るような目を向ける食堂の客達と店主。
勇者は杏里の頭に手刀をくらわせて、周りに軽く頭を下げた。……お疲れ様です。
「私をギルドに連れてって!!!」
「……大人しく留守番してろ。ギルドはお前が行くようなところじゃない」
「だーいじょーぶっ! 私にはたくあんいるし。ケットの森で拾った聖剣エクスカリバーもあるし」
「まだ持ってたのか、その枝。早く捨てろよ」
勇者は聖剣を掲げる杏里に“何ゴミ持って来てんの?”と呆れた目を向ける。
お前……まだソレ持ってたの? さっさとポイしなさい、ポイ。
「こ、これは、まだ封印が解けてないだけで……」
「はいはい。それはお前じゃ解けない封印だから、諦めろ」
勇者の目が堪えたのか杏里はゴニョゴニョと口の中で反論するが、アッサリと聖剣を取り上げられてしまった。
「ああぁあぁ、私のエクスカリバーがっ!」
「…………はぁ」
溜め息を吐きながら、勇者はアイテムボックスにポイッと聖剣――もうゴミで良くね?――を放り込む。
「……………………」
ただの木の枝を取り上げられた杏里は恨みがましい目で勇者をジィィィィと見つめる。まるで、オモチャを取られた子どものような反応だ。
「……………………。……そんな目で見ても返さないぞ?」
「………………自分はダムナティオ持ってる癖に。それ、私が二徹して手に入れたのに。装備できるようにレベル上げたのも私なのに。私なのに。……私なのに」
「いや、ゲームばっかしてないで寝ろよ。……はぁ、仕方ねえなぁ」
何度も恨みがましく“私なのに”と小声で呟く杏里に辟易したのか、勇者は溜め息混じりにアイテムボックスから武器を取り出した。
刃がないどころか、怪我をしないように柔らかい素材に変えられている玩具の剣は、チャック・クエストが誇るネタ武器・ダメナティオだ。こういうの、どのゲームにもだいたいあるよね?
「ふっ、その聖剣は我にこそ相応し……って、ダメな方かーいっ!!!」
ノリツッコミ乙。
「それで十分だろ? 武器は子どもの玩具じゃないんだ」
「そんなーっ!!!!」
こうして、杏里は自分の武器を手に入れた。……戦闘には全く使えないものだったが。
回を増すごとにヒドくなる主人公・杏里。正直書いててメチャクチャ楽しいです。……作者がwww
しかし、ネタ盛り込み過ぎかなぁ?
読者の皆さんが付いてこれてるのかとても不安です。 ←そんな話書くなよ。