ゲーム脳、自分のキャラと遭遇する。
話が進むごとにイロイロと酷さが増していく気がする。……主に、主人公の。
しかし、コレ、本当に伏字使わなくて大丈夫?
ポヨン、ポヨンと跳ねながら自分を取り囲むスライム達を前に、杏里はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……も、もしかして、キングスライムにっ!?」
それ、違うゲームだから。
この状況でも全く危機感を抱かないあたり、さすがゲーム脳だ。頭のつくりが常人とは異なっている。
ジリジリとにじり寄って来るスライム達に期待に満ち溢れた目を向ける杏里の前に、突然一人の青年が現れた。
背を向けているため顔は分からないが、輝くような金髪をしている。風にたなびく藍色のマントと相俟って、乙女ゲームのヒーロー登場シーンを思い起こさせた。きっと彼は美形だろう。後ろ姿がすでにイケメンだ。
「バカかっ!! 武器も持たずにダンジョンに入るんじゃない!」
そう言って、青年は手に持った白く煌めく美しい大剣でスライム達を一掃した。
一撃で倒されてしまったスライム達は、アイテムを残し消えていく。別に、起き上がりこちらを見たりはしなかった。
「大丈夫か?」
剣を鞘に収め、振り向く。
こちらを向いた青年はやはり美形だった。テンプレな金髪青眼に甘く整った顔立ちという、“これぞ、ヒーロー!”と拍手したくなるような人物である。
しかし、そんな乙女であればトキメかずにはいられないだろうシチュエーションを前に、杏里の心は別のものに鷲掴みにされていた。
「うひょっ、それは聖剣ダムナティオ!!!」
チャック・クエストにおける勇者の最終装備であり、彼女が画面越しに舐め回すように見ていたお気に入りの聖剣だ。
一瞬しか見えなかったが、物凄くカッコ良かった。もう一度見せてくれないかなと、杏里は持ち主へと視線を向ける。
「……って、あれ? 何か見覚えが……」
垂れてきた涎を拭いながら、青年の顔をジィィィと見つめてみた。はて、一体どこのゲームのキャラだったか。三次元になっていると分かりにくい。
「う゛~ん」
奇っ怪な言動に続いて今度は唸りだした杏里に、青年は怪訝そうな顔をする。魔法でもかけられたのかもしれない。相手、レベル2のスライムだったけど。
「……はっ!」
そんな彼の様子に気付かず唸っていた杏里は、ようやく思い出したのか、カッと目を見開いた。
青年をビシッと指を差し叫ぶ。……人を指差しちゃいけません。
「あーっ!! たくあん!!!」
指を差された青年は、その杏里の呼び掛けにギョッとした。目を見開いて彼女の顔を凝視する。
「お前、なぜその名を……まさか!? ……お前かーっ!!」
“ここで会ったが百年目!”とばかりに叫び、その青年は常人の目には留まらぬ程の素早い動きで杏里の首根っこを掴んだ。
「お前、お前……っ!! 俺の名前を変えろ、今すぐっ!!!」
ガクガクと杏里を揺さぶっている青年は、チャック・クエストの主人公。杏里が操作していたプレイヤーキャラクターであり、この世界では魔王を倒した勇者として称えられている存在だ。
美し過ぎるキャラデザの所為か、もとからそういう設定なのか、かなりの美形。杏里がカンストさせていることもあり、恐るべきチート野郎になっている。
そんな彼の名は……たくあん。
杏里の酷過ぎるネーミングセンスの被害者だった。
◇◇◇
“はわわわわっ”と奇声を発する杏里から手を放し、勇者は気を落ち着けようと息を吐く。
しかし、当の杏里は本人から“名前を変えろ!”と詰め寄られたにも関わらず、悪びれた様子もなくのたまった。
「え~、ヤダよ。イイじゃん、たくあん。ステキじゃ~ん」
勇者はその言葉に顔を引き攣らせる。もう、杏里は首を絞められても仕方ないと思う。むしろ、絞められろ。
不満げに口を突き出す杏里にイラッとしたのか、勇者はその唇をつまんで引っ張った。
「どこがだ!! ……もう良い。とりあえず、その話は置いておく。
で、何でここにいるんだ? お前はプレイヤーだろ」
「ふっ、次元の放浪者たるこの私を、世界は必要としていたのだっ!!!」
勇者の尤もな疑問に、杏里は謎のポーズを決めながら叫んだ。中二乙。
お前の二つ名は“宿命を負いし者”じゃなかったのか。幻の人造言語エスペラント語を使っても隠せないネーミングセンスの無さが涙を誘う。しかも、ヒキコモリの癖に“放浪者”とか片腹痛いわ。
「異世界トリップしちゃいました☆ イエーイ!!」
自身のイタさに気付くことなく、杏里は得意げな顔でWピースを作って、ウィンクを飛ばす。……両目瞑っちゃって、ただの変な顔になってるけど。
「はあ? ……マジかよ。つか、何でそんなにテンション高いんだ。少しは落ち込め」
「ホワイ? なぜ私が落ち込むんだい、たくあんクン?」
発音の怪しい英語を駆使し、肩を竦めてみせる杏里に、勇者は再びイラッとした。
「何キャラだ、お前は!! あと、たくあんって呼ぶな!」
「えっ、ホームズ的な?」
「名探偵に手を付いて謝れ! ……ったく。それで、帰る方法は分かってるのか? 分かってるなら、さっさと帰って俺の名前を変えてこい。お前のネーミングセンスには任せられないが……確か、公式が推してる名前があっただろ」
公式が推している名前は“フォルティス”だ。決して、ご飯の御供な感じの漬物ではない。
だが、勇者に“たくあん”と付けるプレイヤーは一定数いるし、“ああああ”とかネタ系の名前も多い。……ゲームキャラも大変だな。
「んーん。知んない。だって、さっき来たばっかだもん。ほら、頑張って採取した薬草!!」
キャラの心プレイヤー知らず。
話の後半はアッサリ流して、杏里はドヤァーと薬草を掲げて見せる。ちょっとは話聞いてやれよ。
「そこがハゲてんのはお前の所為か! 異世界来て早々何やってんだ!!」
勇者はペシッと杏里が持っている薬草をはたき落とした。
彼女の所為で、ケットの森に不毛の大地ができている。他の冒険者のことは考えない、落ちているアイテムはすかさず拾う、それがプレイヤーの基本だ。ネコばば? 何ソレ、オイシイノ?
「あああっ、私の薬草が!! ……もう~、別にイイじゃん。どーせ、明日には生えるんだし」
「生えるか、このバカ!! ゲームと現実を混同するな!」
「えっ!? ここ、チャック・クエストの世界でしょ!?」
杏里は勇者の言葉に“この私が愛する世界を間違えるはずが……っ”と呻く。
「ここはエテルニタ。お前が知ってるゲームに似てるが、同一のものじゃない」
「……? でも、たくあんいるじゃん」
「お前がゲームをクリアした瞬間から、もう別のものになってる。
俺は勇者の記憶があるだけで、たくあんじゃない。だいたい、そんな名前付ける親がいるか」
最近はDQNネームも増えているので、“多苦闇”とかいるかもしれない。……いや、さすがにないか。
「そ、それって……私のゲームへの愛が二次元に新たな命を吹き込んだってことっ!?
ふふふふふ、我ながら恐ろしい程の才能だ。やはり、天才ゲーマーに不可能はなかった!!!」
「俺の話聞いてなかっただろ。…………はぁ。お前、どうやって元の世界に帰るつもりなんだ?」
謎のポーズをとる杏里にMPを削られたのか、勇者は深い深ーい溜め息を吐いた。
きっと、一々ツッコんでいたら話が進まないことに気付いたのだろう。
「へあ? 帰るって?」
「…………は?」
心底不思議そうに聞き返えしてくる杏里に、勇者はポッカーンとする。
えっ、コイツ何言ってんの?
「私、まだ世界救ってないよ? 魔王を倒すためにレベルも早く上げなきゃだし」
その言葉にショックを受けたように少し固まってから、勇者は顔を盛大に引き攣らせ、掠れた声で杏里に問い掛けた。
「………………………話、聞いてたか?」
「聞いてたよ~。それより、たくあん。パーティ組んでよ!」
杏里の能天気な声を聞き、肩を振るわせる勇者の本日一番の大声が辺りに響く。
「……っ、誰が組むか!!!」
エコーがかかる程の声に驚いたのか、どこからか鳥がバサバサと羽ばたき逃げて行く音が聞こえてきた。
言われた本人は目を真ん丸にして、フーフーと肩で息をする勇者を見つめている。その顔は、自分がなぜ怒鳴られたのか全く理解していなかった。
「もう魔王は俺が倒してる。世界は救われてんだよ、さっさと帰れ」
「な、なん……だと!?」
驚愕の事実。
それではクエストが始められないではないか。折角、薬草(緑)も採取したのに。聖剣も拾ったのに。
信じられないとばかりに杏里は勇者に詰め寄った。
「じゃあ、私は何を目的に冒険をすれば良いの!?」
「知るか。元の世界に帰って、画面越しに大冒険でもしてろ」
「そんなぁーっ!!!」
平和なケットの森に杏里の悲痛な声が響き渡る。
どうやら、彼女の冒険は始まらないどころか、用意すらされていなかったようだ。
この話を書いてるときに、ネットで“二つ名”を調べてたんですけど(オイ、お前何やってんの?)、そしたら二つ名メーカーなるものを見つけまして。
井沢杏里で作ったら、二重覚醒になりました。……自分のキャラの名前を面白がって入れるとか(恥)。
あっ、ちなみに遊雨季は、嗜虐奇術師でした。……自分のユーザ名を(ry
あー、あと、たくあんのDQNネームを考えるのが大変だったな。
堕狗闇とか、炊餡とか、澤安とか、黄色漬とかイロイロ考えたんですけどね。
たくあんのアノ食感を表して保璃歩梨で、たくあんにするか結構真剣に悩みました。……うん、あのときは自分を見失っていたんだ。
でも、泡姫と黄熊もありなんだから、“黄色い漬け物”で“たくあん”も良いと思う。