家族
窓からの日はとうの前に落ち、家の中を据え置きのランプが明るく照らす。
部屋にはあと数ヶ月は出番の無い暖炉が冷たいままあり、壁にかけられたかつての英雄の絵画を明るく照らす。
その部屋の中央の丸テーブルには豪華では無いが上質な素材で作られた温かな食事が並んでいた。
席に付く者の髪は皆、赤い。
「ごちそうさまでした。」
まだ家族が食事をする中、夕食の席をまっ先に立つ。
「あら、オレーヴ今日は随分早いのね。」
四人で囲んだテーブル、オレーヴの隣に座る女性がまっ先に声をかけた。
さらにその女性の隣、オレーヴの向かいに座る男が続く。
その姿は昼間奥の部屋から出てきた男、この国の王だ。
「テンフェ、オレーヴはこれからもう一仕事だよ。」
その声は優しく、一国の王のものではなく、一家の父の声色。
「あら?…ああ!そういうことね!頑張ってオレーヴ!」
まるで運動会を応援する母親のような言い方をオレーヴに向ける。
この女性がオレーヴの母であるということは紛れもない事実なのだが。
「そうと決まれば後でお茶を淹れるわ!」
「そこまでしてくれなくて大丈夫だよ、母さん。」
オレーヴは苦笑した。
「いくら夏でも夜は冷えるし、温かい飲み物と甘いものは疲れた時に一番なのよ?」
息子の冷たい反応にテンフェは不満げに頬を膨らませた。
今まで黙っていた彼女のもう一人の息子がとうとう声をあげた。
「かあ様は夜更かしが苦手でしょう?それに睡眠時間が短いのはお肌の大敵ですよ。」
オレーヴの弟、赤の国現王第二子のサゲイン・ジェフォーズは淡々と事実を述べた。
口調こそオレーヴと大違いだが、声色とその赤い髪と瞳はオレーヴにそっくりだ。
「そうそう、折角式典にむけて素敵な服を用意してもらったんだから母さんも素敵な状態でいないと。」
「そうかしら?…そうね!折角新調したんだもの!」
分かりやすく、予想通りの解答に二人の息子たちはほっとため息をついた。
兄は弟に向かって今後について詫びる。
「作業台は部屋に隣接してないけど、もしかしたら音がするかもしれない。」
「気にしないでください。にい様もあまり無理はせず。」
「ありがとう。」
「なにかあったら一声かけてください。日を跨ぐあたりまでは部屋で読書をしていると思いますので。」
「ああ。」
そそくさとオレーヴが部屋を出ていく。
続いて彼の出ていったドアが重たい音を立てて閉じた。
残された家族三人は次期王についてそれぞれの意見を述べた。
「無理をしてしまいそうで心配だわ。」
「大丈夫だよ、もうオレーヴも17歳だぞ。」
「にい様は体力もありますし、体調管理はしっかりできます。もし一人で大変でも協力してくださる方々はにい様の周りにはたくさんいますし。」
ノックをする音がした。
それはオレーヴの左後方にあるドアの方からではなく、右後方の窓から。
時刻は人が外を出歩くにはとうに遅く、まして来客者はドアからではない。
作業台での手を一旦止めて、手元の明かりに使っていたランプを持って窓へと視線を向ける。
もう一度ノックをする音がした。
ランプを持ったまま近付いていき、その窓を開ける。
「ナチュム!?なんでこんな時間に?」
「やっと少し時間ができたの。」
そこにいたのは16歳の少女、緑の国のナチュム・アフェイル次期女王だった。
「それにしてもどうして…」
「最近ほとんど家の人以外と話せてなかったし、一番近いのはオレーヴの家だから。」
久しぶりに会った友人にナチュムはごきげんで、ランプの明かりに照らされた顔はいつも以上ににこにこしていた。
「確かに一番家は近いけど…家で休んでいるほうがいいんじゃないか?」
「家にいたほうが疲れるわ。お母様私より熱心に服を選んでいるのよ?こないだ決めたはずなのに。」
戸惑いしか出てこないが、ここまで来ると笑うしかない。
「夜更かししてるとお肌に悪いらしいぞ。」
先ほどのサゲインの受け売りをそっくそのままナチュムに向ける。
だがそれはあっけなくばれてしまう。
「またサゲインの受け売りね。オルこそ早く寝ないとクマできちゃうわよ?」
「はいはい。」
「なにしてたの?サゲインに習ってやっと読書でもはじめたのかしら?」
笑いながらナチュムが部屋を覗こうとする。
やんわりとオレーヴはそれを制した。
なんせ部屋の中には今まさに製作途中の彼女への献上品があるのだから。
「もう。隠し事。」
「プレゼント。」
国に献上するものには余りにも穏やかすぎる表現だが、ナチュムはすぐに納得した。
「楽しみにしておくわ。」
一呼吸おいて、彼女は続ける。
「そろそろ帰る。あんまり遅いと怒られちゃう。」
「ちょっと待って、送ってく。」
「大丈夫。すぐだし私腕に自信はあるもの。じゃあねオル!」
オレーヴの返事を聞く前にナチュムは走り去る。
オレーヴが送っていかないと心配で仕方ないというのを知っていてのことだ。
窓から入ってくるのは晩夏の温かい微風と、ナチュムの髪の香りだけだった。