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【ALTER LIFE】その番号の先で

作者: ALTER_763
掲載日:2026/06/26

初執筆、初投稿です。

3000~5000字の想定でしたが、気づけば万近くなってました。

ネオンぎらつく繁華街。

飲み屋、カラオケ、クラブ、ラブホテル。

夜を楽しむためのものなら大抵揃っている。

眠らない街なんて言葉も、今じゃ珍しくない。

そんな賑やかな空気の温度が、ほんの少し下がるような境界線あたりの外れにある公園。

たいして広くも無い、ベンチが二、三脚とブランコを含む遊具が少しあるだけ。

空いてる適当なベンチに俺は腰をかけた。

コンビニのレジ袋からロング缶のビールとスナック菓子を取り出し、缶のプルタブに早速指をかける。

今晩はここで晩酌をするつもりだ。普段はこんな場所で飲むなんてこと滅多にしない。

大体は家で飲むし、外に出ても当然店に行く。

家に帰っても動画を見るだけ。 店に行っても同じ顔ぶれ。

だから今日は、なんとなく違うことをしたかった。

いや、今の状況でなくとも良かったのだが、少なくとも普段とは異なる行動を起こさなければいけないと思ったのだ。

俺はただの普通の社会人。5年ほど同じ会社に勤め、同じルーティンを繰り返す。

たまには隙間を縫って遊ぶなどしていたが、身体が保たなくなるとすぐに分かった。

会社で少し評価が上がると仕事は増える。

気付けば一日の予定は隙間なく埋まっていた。

そんな状況なのは俺だけでは無い。働く者は大体そうなのだ。

俗にいう社会の歯車というやつになったのだ。

ある意味何者かにはなれたとも受け取れるが、端的に言うと現状はこの一言に詰まっている。

「あー、つまんねぇ」

カシュッ

いつだって心地よい缶ビールの開封音にほんの少しだけ昂りながら、勢いよく半分ほど飲んだ。


「どったのにーさん」

ベンチの横から知らない女性の声が聞こえた。

声をかけられたのか……普通夜の公園で飲酒してるやつに声かけるか?

そんなことを思いながら声の方へ振り向く。

「ん?……仕事ばっかでつまんねーなって……」

そこには俺より少し年下に見える女が、 コンビニ袋を下げて立っていた。

銀髪のショートカット。腹の見えるトップスにショートパンツ。

夏を先取りしたような格好だった。

「お〜色々溜まってる感じだ」

「そ。これから1人で大宴会ってわけだ」

俺は自分のコンビニ袋を指で少し広げ、適当に見繕ったつまみの一つを取り出して見せた。

「いいねえ。あ、ちょうどいいや」

彼女は辺りを見回した。

他に空いているベンチはいくらでもある。

にもかかわらず、当然のように俺の隣へ腰掛けた。

持っていたコンビニ袋を漁り、缶チューハイを取り出す。

「…ん?」

「あたしもこれから家で飲むとこだったの。混ぜてよ」

あまりにも慣れない展開で思考が一瞬フリーズした。突拍子が無さすぎる……。

「知らない人と飲むの、よくやるのか?」

「全然。今日はなんか大丈夫そうだったから」

だが、刺激のない毎日に飽きていた俺はその提案を受け入れることにし、缶を持った手を少し前に突き出した。

「ふーん。ま、やるか!」

「ふふ、ノリいいね。ほいっ」

「「かんぱーい」」

その時の俺は知らなかった。

ただの晩酌相手だと思っていた女のことを、こんなに長く探すことになるなんて。



一晩飲んだ俺たちは、その日から不定期に合流し遊ぶようになった。

飲み、歌い、時には終電を逃した。

休みの日には買い物に連れ出され、気付けば知らない服を見立てられていた。

わざわざウチに来てダラダラ寝転ぶ程度には仲が深まっていった。

そうしていく中で彼女のことを少しずつ知っていった。

俺より3つほど年下。

名前は新波。

新しい波と書いて"にいな"。

海を見るのが好きだから、気に入ってる名だとか言っていた。

そう言ってスマホに保存された海の写真を何枚も見せられたのを覚えている。

「まぁ、名前は親が付けたんじゃないけどね」

と笑っていた。

生後1年ほどで両親と死別し、施設育ち。

そこから引き取り手先のお店を手伝いながら育ったという。

施設の話になると時々言葉を濁すことがあったが、その時は深く聞かなかった。

なかなか波乱の人生を歩んでいる割に、人との距離を詰めるのが上手かった。

彼女はよく笑うし、よくしゃべる。それでいて静かな時も居心地が良い。

少しずつ、生活に跡を残していく彼女に惹かれていくのを感じていた。

新波はどうなんだろう。

そんなことを考える程度には。


時刻は夜9時。

いつものように適当に見つけた店で飲み、次はどうしようかとフラフラ歩いていた。

腹はある程度満たされたし、いつもなら遊べる場所に行くか家で映画見て感想戦をする頃合いだった。

ただ彼女は、店を出る前あたりから少しそわそわしてるような気がした。

動作というよりも表情だろうか。深刻な雰囲気でもないが。

「あのさ、次いくとこなんだけど」

「なにか思いついたか?」

「えっと......ウチ、きてみない?」


辿り着いた先は少し古めの、各フロアにいくつか店舗が入りそうな雑居ビル。

二人横並びできるくらいの外階段を上り、2Fの奥へと新波に続いて向かう。

“燦”と書かれた看板のある入口へと辿り着いた。

「エステだっけ」

「そうだね」

彼女は一呼吸だけ入れて入口を開いた。

店舗の中は聞いてた通り中国エステのような内装で、しかしながらエステ専門と言い切るには不自然な空気をしていた。

簡易ベッドを敷き背の高いパーテーションで遮ったプライベートのかけらもない個室部屋がいくつかあり、フロアのメインライトによって暗めのピンク色で照らされていた。

年齢幅の広い女性だけがそこにたくさんいた。

多分"そういう場所"だ。

彼女はそのうちの一部屋を「開けてくれる?」と元いた人を外に出そうとしていた。

周りの女性たちは少し驚いたような表情で、こちらを見てヒソヒソ話し合っている。

そのうちの一人が新波へ気さくに声をかけた。

「新波ちゃんおかえり。今日はどうしちゃったのさ」

「なにが?」

「アンタが男連れてくるとか初めてじゃない?」

「そうだっけ」

「そうだよ。客じゃなさそうだし、もしかしてカレシ?」

彼女は少し考えたあと、こちらを覗き込んだ。

なぜか少しだけ楽しそうだった。

「どうだろうね?」

そこでこっちを見ないでくれ。

「なんかわかんないけどさ、それなら奥使えば?」

「なら、そうしようかな。お婆にも会っておきたいし」

彼女は開けようとしていた部屋の前を通り過ぎ、そのまま奥の扉を開けた。

その先には、年老いてなお昔の美貌を感じさせる女性がいた。

そして俺を見るなり目を見開いた。

信じられないものを見るような目で、俺と新波の顔を何度も見比べている。

こちらに詰め寄ってくる。少し怖いが一歩引くのをぐっとこらえた。

「ほー……」

「なるほどねぇ 」

「アンタがねぇ」

何かぶつぶつ言いながら物色されていた時間はどれくらいあっただろうか。

最後には納得したような顔で

「コイツがわざわざ連れてきた男なんて今まで見たことないんだ。良くしてやってくれ」

とだけ言い残し、先ほど俺たちがいた部屋の方へ去っていった。

それだけでいいのか。

気を使ってくれたのか、奥の部屋では全員で食事に行く雰囲気のにぎやかな声がしていた。

「別にいいってのに......と思ったけど。アンタは流石に色々やりづらいもんね」

「そんな耳赤くしながら言うなよ......いてっ」

「うるさい」


“奥の部屋”と呼ばれるそこには、さっきの部屋とは異なり居心地の良い空間になっていた。

サイズも大きいしっかりとしたベッドが鎮座し、浴室もすぐそこに構えられている。

安心感を誘う香の煙が舞う。

木の枝を合わせて作ったような小ぶりな間接照明がピンク色を放ち、部屋を妖艶な場として演出していた。

VIP部屋とでもいうべきだろうか。

新波はベッドに腰掛け、手招きしている。

近づくと彼女は質問を投げてきた。

「店のこと、意外だった?」

「まぁ、少し」

彼女のすぐ横に腰かけてみる。

ギシ......と音を立てたベッドは心地よく体重を受け入れる。

「引いた?」

「別に」

少し間が開いて、俺の手の甲に手のひらを重ねた。

一瞬だけ、震えていたような気がした。

そしてだんだんと強く、掴む。

何かを確かめるように。

「ひとつだけ、見せてないものがあったんだ」

「なんだ?」

新波は落ち着いた手つきで、よく着ている薄手の上着を右腕側だけゆっくりと脱いだ。

考えてみれば、彼女の上腕を見るのは初めてだった。

そこにはタバコ箱ほどの大きさの見慣れない刻印がある。

その下には――00217。

ナンバーのような数字が刻まれていた。

「タトゥーか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「物心ついた時にはあったの。多分施設のときだろうね」

誰かに入れられたってことなんだろうか。

「施設もここも、誰も知らないって教えてくれないんだよね」

「謎だな」

「特になにかあるわけでもないしね」

実際意味の分からない話だ。

少なくとも本人が隠しているわけではなさそうだった。

彼女は、少しだけ自信なさげに視線を落とす。

「......引いた?」

得体のしれない事情を抱えるなら、本来関わり方を変えるのがいいのかもしれない。

でも。

「......別に」

新波の腕を引っ張り抱き寄せた。

一瞬だけ体が強張る。

すぐに力が抜けた。

「っ......そっか」



あの日の出来事から距離感に変化が起きた俺たちだったが、外面だけでいえばそう大きく変わっていなかった。

いつものように遊び、いつものように飲んで、いつものようにゴロゴロする。

「埋もれたカフェを発掘するんじゃ!」

そんな出だしで今日も外をうろついていた。

それよりも、俺自身の生活が大きく変わった。

「数か月前に比べたら、えらい違いだな」

「なにが?」

「お前と出会う前のこと」

新波は少しキョトンとしたあと、納得したような表情になった。

「あ~、あの時も声かけるまで死にそうな顔してたもんね」

「......実際死んでるのと大して変わらん。働くゾンビってとこだな」

「なにそれ」

新波は笑った。

けれど、そのあと少しだけ黙った。


15時。

少し遅めの昼食を取り、カフェを後にした。

近所を舞台に盛りに盛った創作都市伝説を披露し合うという、くだらない会に満足して俺たちは帰路につくところだった。

「だからその公園の獣人はただの大型犬だって」

「いや絶対違うね。週末だけ二足歩行になる」

「意味分からん」

通り過ぎた交番のあたりから、ふと警官の会話が聞こえた。

「先輩、あの人って研修で......」

「ばかお前、指さすな」

様子が気になった俺は警官の方を振り返った。

新人っぽい警官の方が、こちらの方を指さしていた。

「......は?」

口頭で止めていたもう一人の警官がマズイと思ったか、指さしをやめさせようと制した。

そのときだった。

「っ......!!」

声にならない小さな叫びを、俺は見逃さなかった。

新波の方を向くと、表情が強張り固まっていた。

そして次の瞬間、彼女は走り出した。

意味が分からないが、俺も慌てて追いかける。

「おい!どうしたんだよ!」

「っ......ついてこないで!」

「はぁ!?」


「ハァ......ハァ......足早すぎだろあいつ......どこいったんだよ......」

追いかけている途中で人ごみに遭遇し、抜けたときにははぐれていた。

繁華街の中じゃ流石にもうどの道に駆け込んだかなど分かるわけもない。

足で探すのは無理だと判断し、彼女に電話をかけてみる。

あの様子だと出るかわからないが......。

『prrr……prrrピッ』

十コール目に差しかかった頃、ようやく応答があった。

『はい』

「いや、はいじゃないが。何があったんだよ」

『......』

答えない。ならこちらは待つほかない。

『あたしを指してたんだ』

「さっきの警官の事か」

『刻印がね、本当になにも無いわけないって、ずっと考えてた......』

『何かに見られてる気は、昔からしてたんだ』

嫌な予感がした。

胃の奥がゆっくり冷えていく。

「......俺からも逃げるこたねーだろ」

『巻き込みたくなかったの。だから......』

言うなって。

『ごめんね、ばいばい』

「おいっまて」

『ツー。ツー。ツー。ツー......』

無機質な電子音だけが、耳に残り続けていた。


あの電話以降、何度かけても新波が出ることはなかった。

「どこ行ったんだあいつ。帰ってるといいが...」

だが、俺は育ちの家を知ってしまっている。

あの様子だと、今日は帰らないだろう。

状況は複雑、というか意味不明だ。

一旦、落ち着いて整理すべきだろう。

今日の出来事を中心に、関わりのある情報を脳内で並べてゆく。

いつ、誰につけられたのか不明な模様とナンバーの刻印。

施設と引き取り先のエステ店育ち。

施設の幼少期には既に刻印はあった。

施設も、引き取ったエステ屋の人間も知らないと言って詳細は不明。

新波は、それがただの謎で終わるわけがないと怪しんでいた。

『何かに見られてる気は、昔からしてたんだ』

過剰な疑いだった可能性もあった。

今まで何も起きなかったからだ。

だからこそ、新波は俺に打ち明けてくれた。

『......引いた?』

あの時の新波は、自信なさそうに震えていた。

自分が何かに監視されているかもしれないと、思っていた。

そして今日、疑いでしかなかったそれは現実となった。

『先輩、あの人って研修で......』

……新波にとってはなんという悪夢、って感じだろうか。

よりにもよって警官だ。

ただの個人ではなく、公的機関が絡んでいるとなれば話が違う。

対処できるかすら分からない話に膨れ上がったということだ。

そして新波は、何かの監視対象に俺も含まれる可能性を危惧して。

『ごめんね、ばいばい』

去って行ってしまった。

「警察絡みか......どうにかできるのか、これは」

警察側は何を監視しているのか分からない。

敵か、味方か。

直接聞き出そうとしようもんなら無事でいれるかわからないな。

新波は俺を巻き込まないために切り離してくれた。

実際、こんな訳の分からない話にわざわざ関わる必要はない。

……だけど。

『......別に』

とっくの昔に、もう関わらないなんて考えは捨てている。

新波のいない日々に戻るのは、考える気も起きなかった。

情報を整理してみたものの、やはり警察に直に問いに行くのは難しそうに思える。

刻印絡みで認識されているか分からないが、その場合は俺は無関係の人間だ。

「となると、あそこしかないか」


その夜、記憶を頼りに辿り着いた場所は、エステ店。

新波の育った場所。

新波を育てたあの"お婆"なら、何か知っているかもしれない。

店の入り口を開く。

チリンチリンと入場を示す音が店に響き、キャストの一人が顔を出した。

「はぁ~い、いらっしゃ......って、あの時のカレシくんじゃない」

「彼氏では無いんですが......あの、”お婆”って呼んでる人いますか」

「お婆?いるよ。てか新波いないの?」

「......昼にいなくなったんです。多分腕のことで」

「......えぇ!?」

その言葉を発した時、女性はひどく驚いた表情をした。

しかし、俺の想定したものとはどこか違う。

驚いたのは失踪そのものではなく、理由の方だった。

この人は、新波がいなくなったことには、驚いていない?

「へぇ~……」

「そういうことなんだ」

どこか既視感がある光景だ......。

すると女性はなにやら嬉しそうな表情になっていた。

「やっぱカレシくん、だいぶ特別なんだね」

「いやだから彼氏じゃ」

「奥にお婆いるから!ほらカレシくんこっちおいで」

……もういいか。

誘導されるままにあの日過ごした”奥の部屋”へ辿り着く。

「お婆、お客さんだよ」

扉を開くと、あの日と変わらぬ様子で”お婆”が椅子に座っていた。

「おやアンタか、いらっしゃい。一人?」

気さくにはなしかけてくれる”お婆”に俺はどこか安心していた。

同時に、少しの違和感も感じ取っていた。

「はい。聞きたいことがあって」

「何が聞きたい?」

ひとつ深呼吸して、俺は口を開く。

「......新波の、刻印について何か知ってませんか」


新波が刻印についてなにも知らないのを教えてくれたこと。

今日の昼、新波が走り去るまでにあった出来事。

俺が知る限りの出来事と、それを知りたい理由を説明した。

“お婆”は最後まで話を聞いてくれた。

途中、少し嬉しそうにしていたのは気のせいだろうか。

「なるほどね」

最後まで話すと、”お婆”は真剣な面持ちでこちらを向きなおした。

「それでアンタは、どうしてそこまで知りたい?」

シンプルな問いだった。

理由はここまでで話した。

だが、”お婆”が本当に聞きたいのはそこじゃなかった。

そんなこと、呼吸を整える必要もない。

「新波と共に、生きていきたいからです」

“お婆”はしばらく俺を見ていた。

何かを測るように。

やがて小さく笑う。

「ふふ、分かった。手筈は整えて置くから、明日の13時ここに来な」

「分かりました」

なにか手間がかかることなのだろうか。

「じゃあ今日は、失礼します」

俺は頭を下げ振り返り、扉に手をかけた。

「ああそれと」

何かを言い忘れた様子の”お婆”が笑顔でこう言った。

「ああいうのは、本人にもちゃんと言ってやりな」

「......はい」


翌日。

お婆に告げられた時間に改めてエステ店へ赴く。

何かが分かるのだろうか。

俺はまた、新波に会えるのだろうか。

そんなことを考えながら店の入口を開ける。

「あ、きたきた。いらっしゃいカレシくん。奥で待ってるよ」

「ありがとうございます」

コンコン

「失礼します」

ノックをし“奥の部屋”へ入る。

そこにはお婆と......予想外の人がいた。

「「こんにちは」」

あの時の、警官二人。

どうしてこの場に?

困惑している俺を見て、”先輩”の警官が話し出す。

「あの日は申し訳ないことをした。諸々の事情を説明させてくれ」

「......はい」


警官は、おそらく全てと言っていい裏側の事情を話してくれた。

政府は少子化対策の研究として、大規模な遺伝情報追跡プロジェクトを行っている。

どのような環境で育ち、どのような人間関係を築き、どのような相手と結ばれるのか。

遺伝的傾向と人生の関連性を調査していた。

新波の腕に刻まれていた刻印とシリアルは、その監視対象であることの証。

収集した調査データは、最終的に国民のカップル成立率向上や離別率低下を目的として、マッチングアプリ企業や今後の施策、相性研究にも活用される予定。

現状は秘密裏の研究ではあるものの、施策開始後は公開される。

カップル成立に関して相性で強制力を持たせることはなく、あくまでも補助の想定だという。


拍子抜けした。

結果的に、新波の監視対象という予測は合っていた。

しかしながら、別に危害が加わるわけでもない。

ただ人生の行く末をサンプルとして見られているだけであった。

対象者は全国各地に住んでいるため、各地域の警官は近隣地区の居住者データをなんとなく知っている。

あの日の新人警官はボロを出して対象者に感づかれてしまった、というわけだ。

「よかった......」

想定外の内容の中でも最も安全な事実に、俺は安堵せざるを得なかった。

「ってことは、育ちの施設もお婆も......」

「あぁ、知っていたよ。ただ、教えることができなかった」

対象者の保護者をはじめとした、生活を共にする関係者には、簡易的なレポートが義務付けられていたそうだ。

「それで警戒心を持つなら意味ないと思うんだが、あたしは口出しできないからね」

それはまぁ、そうだ。

とりあえず、危険性はなくなった。

新波を探さないと。

「育て親からの申告で、君は関係者として扱うことになった。何か聞きたいことはあるかい」

「居場所って分からないんですか」

「リアルタイムで追うってのは難しいな。保護者のレポート頼みになる」

「そうですか......」

ただDNA調査をしているだけなら、流石に難しいか。

「よく行く場所とかだけでも絞れたら......あ」

新波と出会った頃の会話を思い出す。

『新波。新しい波って書いて"にいな"』

『泳ぎたいわけじゃないんだけど、海、見るの好きなんだ』

「海......」

それを聞いたお婆が、小さく笑った。

「あの子が一番好きな海の場所なら教えてやれるよ。頻度は知らないけどね」

「お願いします。そこに行ってみます 」

それともう一つ、必要なことがあった。

あいつが一人で悩む理由は、もう無い。

「お巡りさん。お願いしたいことがあります」



突然の別れから1か月が経とうとしていた。

俺は辞めることになるかもしれないことを覚悟しながら職場を休職した。

突然のことで上司には驚かれてしまった。

当然、理由を聞かれる。

『人探しのために』

上司はしばらく間をおいて質問をした。

『大切な人か?』

『はい』

俺は即答した。

『ならいい、そのうち帰ってきな』

と快諾してくれた。

初めて、あの上司を格好いいと思った。


とある田舎の沿いにある浜辺。

繁華街から大きく隔離された場所。

海から5分ほど車を走らせたところに部屋を借り、海辺で彼女を待つ日々を過ごしている。

写真でしか見たことがないほどに綺麗な場所。

お婆が言うには、新波はこの海が一番好きみたいだ。

浜辺へ繋がる高台に車を停める。

今日もまた、同じ景色だと思った。

だが......違った。

「っ......!」

白い浜辺。

穏やかな波。

そして......。

そこに、彼女がいた。

浜辺で、静かに海を眺めていた。

俺は昂る気持ちを抑え込み、歩いて距離を近づけていく。

やがて歩み寄る足音に彼女は振り返り、俺を認識した。

目と目が合う。

新波は目を見開き、止まる。

お互いに、しばらく何も発せずにいた。

「新波」

「......うん」


田舎ですぐに駆け込めるような場所もないからか、彼女はその場から離れるようなそぶりは見せず話をしてくれた。

俺はお婆と警官から聞いた、彼女と刻印にまつわる全てを話す。

「えぇ~~...…くだらなすぎない?あたしいつかヤッバイ仕事押し付けられたりするんだとか思ってたのに」

そりゃそうだ。

目に見える意味深な模様と数字だけ刻まれて何かを疑わない方がおかしいといえばおかしい。

考えうる限りでは最も安全なオチだった。

しかし、新波は続けた。

「でもまぁ、思ったよりは平和な話だったけどさ。……監視されてるようなものに変わりはないんだよね」

「……ああ」

「......そっか」

新波は海へ視線を戻した。

波の音だけがしばらく続く。

何かを言い淀んでいる。

その横顔は、ひどく寂しそうに見えた。

「でもさ」

「うん」

表面的な害はなくとも、内情を明かされようとも。

新波はあの日から、より重く事実を受け止めていたようだった。

「やっぱり監視されてるって思うと嫌なんだよね」

新波は苦笑した。

俺はそこで口を開いた。

「聞いてほしい」


『お巡りさん。お願いしたいことがあります』

『なんでも言ってくれ』

『俺にも刻印を入れてください 』


俺はあの日の新波のように、着ていた上着の右腕側だけをゆっくりと脱いで見せた。

そこには、以前にはなかった俺の腕に新波と同じ刻印がしっかりと刻まれている。

その下には――04041。

管理ナンバーが示されていた。

再会できても新波は監視されている立場を気にするだろう。

なら、同じ被検体になればいい。

俺は警官に頼み込み、自ら志願した被験者となった。

「……え?」

新波の顔から血の気が引いた。

「なんで」

「なんでそんなことしたの」

新波は刻印から目を離せず、やがて顔をそらした。

言葉が出てこないようだった。

俺はひと呼吸おいて、ありのままをぶつける準備を終わらせた。

「お前がいいんだ」

「っ......!」

「育ちとか、監視下とかどうでもいい」

元々、なんとなく毎日を過ごしてた。

……でも今は違う。

お前といる時間だけは、特別だった。

「俺には、もうお前がいないこれからを想像できなかった」

未来に役立つなら、それはそれでいい。

でも、それは後付けだ。

俺が刻印を入れた理由は、そんなことじゃない。

新波はこちらを向きなおした。

「俺自身が嫌じゃなければ......俺と」

「やだ」

一瞬、心臓が止まった気がした。

「……最後まで言わせてくれよ」

「名前」

「は?」

「名前でよんでくれなきゃヤダ」

今まで一度もなかった、とんでもなく乙女なオーダー。

照れ隠しか目を少し下に伏せていた。

深呼吸して、今度は彼女の手を取りながら言ってみる。

「新波」

「っ…はい」

彼女の方がピクッと跳ね、視線もオロオロと動いたのち、こちらの目をまっすぐに捉えた。

その瞳は、もうどこにも逃げていなかった。

「新波。俺と――――」

見ていただきありがとうございます。

『その番号の先で』は5月半ばに思い付き、ふと作品に仕上げてみたくなったので隙間時間で肉付けし仕上がったものです。


『ALTER LIFE』は、一つの世界に様々な生き方や出来事を集めた群像劇として展開したいと思ってます。

次作のプロットはまだ出来てないので、今作と同じように2か月とかかかるかもしれません。


主人公の名前は一応あって、拓海たくみといいます。

作中の命名は新波発端で、海を連想する名前が中心です。

作中で語ってない要素で新波が海を見るのが好きな理由は、そのほとんどが解明されておらず、監視対象の自分と異なると感じたから。

逆説的に海は今でも研究対象なんですが、その場合長い歴史で解明されてない強かさ、ということでカウンターとさせていただきます。

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