7話~陛下襲来~
実家に出していた手紙の返信が来た。
私からの手紙にひとまず安心したとのことが書かれている。ついでに、おっさん(実父)に連れ去られたことにお母さんが大激怒。伯爵邸に乗り込もうとしたらしい。おばあちゃんたちが全力で止めたとか書かれてる。
お母さんはおっとりしてるけど、やるときはやる人だ。その覚悟がある。
半年後には私が帰ると分かって、ひとまず大人しく待ってくれるそうだ。
今日も朝食を終え、食器を洗う。
アーネストは裏庭に素振りへ、私は市場にいって珍しいものでも…そう思って玄関前にいたところ、ネイサンが屋敷に入ってきた。
「お二方、お客様でっす」
「お客様?どちらさんなの?」
「そんな予定は聞いていないが」
「あー……やんごとなき身分の方、としか言えないっす」
「やんごとなき…」
それを聞いて私はアーネストを見る。
一応アーネストもやんごとなき身分なのよね。王子だし。たまに忘れそうになるけど。
これを指さしながら聞いてみた。
「一応、そういう人ここにいると思うんだけど?」
「えーっとっすね、もっと上の方…っす」
「えっ」
王子よりも上って…。そんな人、限られるじゃない。
「ネイサン、私出掛けてるから。そんな話聞いてなかったことにして」
「俺もだ。今日はクレアと出掛けたことにしてくれ」
「いや、あなたはいいでしょ」
どうせ身内なんだし。
「イヤだ。あの方はなんか苦手なんだ」
「苦手って…」
「お二方、残念ながらもう無理っす」
「その通りですよ。殿下、クレア様」
するとジュードが玄関から入ってきた。そしてその後ろから見知らぬ人も現れた。
「やぁやぁやぁ。アーネスト久しぶりだねぇ!おお、本当に毛むくじゃらが無くなってるじゃないか!よきかなよきかな」
爽やかに金髪を揺らし、その瞳はアーネストと同じ碧眼。目じりが下がり気味で、想像してたよりもずっと柔らかな印象を持った。もしかしなくてもこの方が…
「そして、そちらのご令嬢がクレア嬢だね?」
「えっ、あ、そ、そうです」
咄嗟に頭を下げる。雰囲気が違う、アーネストとは全然。
誰もかれもを包み込むような慈悲深さを感じさせつつ、その威圧感は凡人には出せる者じゃない。相対しただけで分かる。この方が誰なのか。
「自己紹介しておこう。私の名はシーモア・ブル・ヘーベルグ。アーネストの異母兄で、国王もやってるよ」
「陛下、国王をついでみたいに言わないでください」
「いいじゃないか。ここにはコッソリ来てるんだから。今はプライベート優先さ」
ジュードのツッコミにも陛下は笑って応えていた。ああ、やっぱり国王様なんだ。
「…なんで来たんですか、兄上」
兄と呼ぶ国王へのアーネストの態度は、なんだか挙動不審だ。
「もちろん、今の二人を見に来たんだよ。やっとアーネストにも春が来たんだと思ったら居ても立っても居られなくてね。本当はもっと早く来たかったのに、小姑がうるさいんだよ~」
「当然です。政務が滞りますから」
「まったく生真面目な側近だよ。ああクレア嬢、顔を上げていいよ。今日は私はアーネストの兄でしかない。かしこまり過ぎなくていいよ」
「は、はい」
ゆっくりと顔を上げる。陛下とバッチリ目が合い、さらにウインクまでしてきた。
(うわぁ…)
なんだか、雰囲気に一気に残念感が増した気がする。アーネストも自立できない弟って感じだけど、陛下もなんというか。プライベートだから、これが素ということ?
その後、ネイサンによって私たちは応接間に移動した。
私とアーネストが並んで座り、対面には陛下が座った。私たちの後ろにはネイサンが、陛下の後ろにはジュードが立っている。
「さて…」
そうつぶやいた陛下は、私とアーネストをまじまじと見比べる。何だろう?
「……はぁ」
あの、よくわからないため息つかないでほしいんですが。不安になるんですけど。
「ジュード、私はこの光景を何年待ったんだろうね」
「陛下、残念ながらこの光景が幻になるかもしれませんから、気が早いです」
この光景ってどんな光景?ああ、お屋敷がこんなにきれいになったことかしら?それともアーネストが毛むくじゃらじゃなくなったこと?
「ああ、そうだったね。アーネスト」
「…何ですか、兄上」
「しっかりつなぎとめておくんだよ。もうこんな女性はいないかもしれないんだから」
「分かっています」
(ん?)
女性?いつの間にか話題が私になってる?
さっきから何の話をしてるのか、さっぱりだわ。
「クレア嬢」
「はい」
「君から見て、アーネストはどんな男だい?」
「えっ、それは…」
「クレア!言わなくていい!」
言おうとしたら焦った様子のアーネストに強く制止された。一体何よ。
「アーネスト、ご婦人にそんな大声を出すもんじゃないよ」
「問題ありません。俺以上に大声を出すのがクレアなんで」
「ちょっと」
「何度喝されたことか…」
「よしわかったわ、もう1回喝してあげる」
その喧嘩、買ったわ。私はアーネストの耳を掴む。
「いっ!兄上の前だぞ」
「関係ないわ」
「ブッ」
ジュードがなんか噴き出した。
「あ、お気になさらず。どうぞ続けてください」
「じゃあ遠慮なく」
「わかった、俺が悪かった。だから勘弁してくれ」
「分かればいいのよ」
耳から手を離す。アーネストは掴まれた耳をさすっている。そんなに強く握ってないのに。
そこに陛下の大笑いが応接間に響く。
「はっはっは!なるほど、これは想像以上だ。ジュード、確かにお前の報告通りだ」
「そうでしょうとも」
ちょっとジュード、どんな報告してんのよ。あとで問い詰めましょうか。
にらみつけると、ジュードはあわてて咳払いした。
「へ、陛下。あの書類を…」
「ああ、そういえばそうだったね。クレア嬢、これを」
「あ、はい?」
陛下から何か書類を2枚渡される。2枚は同じ書類で、そこには『婚約契約書』と書かれていた。あ、やっとできたのね。
アーネストとネイサンも覗き込んでくる。アーネストは途端に不機嫌そうな顔になるし、ネイサンは何か天を仰いでる。
「どれどれ…」
ざっくり中身を見るとこんな感じ。
①婚約を前提として6か月同居すること
②6か月過ぎたら報奨金として金貨200枚と出店許可証を王家は負担する
③6か月過ぎても同居を希望する場合は、婚約者として契約を新たにすること
④6か月過ぎた時点でそれ以上の同居を希望しない場合、クレア・ルートロードに干渉しない
ん?③④に追加されてるわね。③はありえないでしょ。④は、私が6か月過ぎても同居を希望しない、つまり婚約する気が無いなら王家が強制することは無いってことね。
そしてさらに見ていくと、この契約書の責任者は陛下だった。
「中身が確認できたら、君のサインをもらえるかな。そうすれば契約は完了だ」
「はい、わかりました」
内容は問題ない。私はサインを2枚に済ませる。
「ジュード、確認を」
「はっ」
陛下に指示を受け、ジュードが契約書を確認する。
「はい、2枚とも両名のサインを確認しました」
1枚が私に渡され、もう1枚はジュードが懐にしまった。
これで勝手に契約が無かったことにはされないはずだ。これで一安心。
「………」
「殿下、そんな拗ねちゃダメですよ」
そっぽを向くアーネストを、ネイサンがなだめていた。どうしたのかしら?
「さて、私の用事はこれで済んだ。君たちは、何か言いたいことはあるかな?」
言いたいこと…ずっと気になっていたことがある。私はスッと手を上げた。
「どうぞ」
陛下から許可をもらえたので、私は口を開いた。
「陛下は、黒髪の女が弟のそばにいてもいいんですか?」
「……ふむ」
黒髪。それは忌み子の証。
平民の間ではさほど問題にされないけど、貴族には大層嫌われている。それが原因で私は屋敷を追い出されているわけだし。
まして、そんなのが王族の近くにいて問題無いのか。それを聞いておきたかった。
「まず最初に、私は君をアーネストの元へ送る前に君のことは調べている」
「はい、それはジュード様からも聞きました」
「それは身分や生まれはもちろん、君個人の情報もだ。当然、黒髪であることも含まれる。それを分かった上で、指示している。つまり、答えは『よし』だ」
良かった。その辺がちゃんと了承済みで。
契約書は交わしたけど、後になって『黒髪の忌み子との契約なんて破棄だ』と言われたら私にはどうすることもできない。
一安心していると、アーネストが割って入ってきた。
「ちょっとまて。黒髪だからなんだと言うんだ?」
「えっ」
そんな疑問が飛び出てきたことに私が驚いた。
(ああ…そういえば)
アーネストも全然教育を受けてないとか言ってたような。ジュードが。
だから知らないのかしら。
見ると陛下は天を仰ぎ、ジュードは明後日の方向を見てる。
「…ジュード、アーネストの教育係の選定を」
「かしこまりました」
「ちょっと、勝手に決めないでいただきたい。あとどういうことなのか、誰か説明してくれ」
なんだか誰も説明しなさそうなので、私が説明することにした。
「黒髪は忌み子っていう迷信。以上」
「クレア、簡潔すぎる」
「迷信なのは確かですが、そう単純に言えるものでもないんですけどね」
ジュードからもフォローが入る。もっとも、そんなお貴族様のご都合なんて、私の知ったことではないわ。
「忌み子…まさかクレアは、それでひどい目に合ってきたのか?」
「………ソンナコトナイヨ?」
「おい、こっちを見ろ」
だって、説明したら面倒くさくなりそうな雰囲気プンプンだもん。聞いたのは失敗だったかしら。
こっそり後悔してたら、陛下からさらに面倒なことを言われた。
「アーネスト、未来の自分の妻のために、君がしなければいけないことができたんじゃないかい?」
「…ええ、そうですね」
「私も、国王としてそのような根拠のない迷信によって差別が起きることを良しとする気はないからね」
一瞬やめてほしいと思ったけど、陛下にそう言われては何も言えない。
黒髪なのは私だけじゃない。おばあちゃんだってそうだったし、他にも苦労してる人もいるかもしれない。
「アーネストが黒髪の娘を妻にすれば、その迷信を払拭するきっかけにできるだろうね」
その場の視線が私に集まる。
私はそんな視線に居心地の悪さを感じ、紅茶を飲んで誤魔化した。
(とんだ藪蛇だったわ)
それから話はようやくひと段落し、陛下たちが帰る時間になった。
「じゃあ私が来なくても大丈夫なように、しっかりと愛を育むんだぞ。愛があれば人生バラ色!さぁ、二人で人生のバラ園を開くんだよ!」
両手を広げ、まるで観劇のラストシーンみたいにセリフを紡ぐ陛下。
ますます残念感が漂ってきそうで、少しうんざり。しかしバラ園ねぇ…
「バラ園なんて食べられない物を育てる趣味はないわ」
「あんな刺さる花なんて御免だ」
「お二方……」
私もアーネストもバラにはまるで興味がなかった。そのせいでネイサンから残念な目を向けられる
。失礼な。
そして陛下は上機嫌で帰っていった。まるで嵐のようだったわ。
「疲れたわ……」
「俺もだ…」
「お疲れっす、お二方」
ネイサンの入れた紅茶を飲み、一息ついてソファーの背にもたれかかった。。
はぁ、ほんとうにドッと疲れたわ。プレッシャーはあるのに、なんだか残念だから、緊張していいのか、緩んでいいのかが判断付かない。こんなに面倒な人見たことない。陛下だけど。
「ネイサン、あなた今日陛下が来るの知ってたわね?」
きっとこの執事は知っていたはずだ。知ってて、黙ってたに違いない。そうしないと、私が逃げると予想して。
じろっとにらみつけるも、ネイサンの答えはそうじゃなかった。
「いや、知らなかったっす」
「嘘つき…」
「いやほんとっすよ。いきなり門に来たもんだから、こっちが慌てたっす」
「ええ……」
じゃあこれからも、いきなりこんな風に襲来されるの?勘弁してほしいんだけど。
「兄上にはちゃんと先触れを出してもらおう」
「先触れ?」
「先触れとは、まぁこれから行きますよって伝える手紙のようなものっす」
「…そうして」
それが来たらちゃんと逃げるから。
「クレアさんには伝えないほうがいいっすかね」
「そうしたほうがいい。次は本当に逃げそうだ、クレアは」
ネイサンとアーネストがこそこそ話してる。たまに二人でそうやってるのよね。気になるけど、まぁ主従だし、そういうこともするでしょ。
「このクッキー美味しい」
「ああそれっすか、今王都で人気の菓子店の一品でして…」
もう今日はクッキーの美味しさと紅茶で、この疲労感を流したい。