6話~初めての王都観光~
ネイサンの不手際(?)で、不承不承女主人の部屋に住むことになった私。
片手で足りる荷物を運びこみ、そして早速悩んでいた。
「なーに、しようかしら…」
婚約解消まであと5か月ほど。のんびり屋敷を掃除しながら暇つぶしするつもりだったのに、その予定も無くなって完全に手持ち無沙汰になってしまった。
(そういえば、まだ王都観光とかしてなかったわね)
せっかくだし、今の王都の流行りとか、出店に良さそうな場所とか探してみよう。空き家とかならなお良し。
早速とばかりに私は王都へと繰りだそうと、ネイサンに声をかけてから出掛けようとした。そうしたら…
「でしたら、俺が案内するっすよ」
「でもあなた貴族でしょ?私は庶民向けのお店が見たいし」
「ふっふーん、これでも庶民向けの店だって網羅してるっす。できる男を舐めてもらっちゃ困るっすよ?」
「あらそう。なら頼もうかな」
ネイサンの案内のもと繰り出そうとしたら、そこにおまけがついてきた。
「く、クレアがいくなら俺も行く!」
「………」
「クレア様、そんなあからさまにイヤそうな顔したら殿下が可哀そうっす」
「だって、着いてきてどうするの?」
「クレアを守る!」
「………」
「クレア様、白けないであげてくださいっす。当人は大真面目なんすから」
というわけで、3人に王都に繰り出すことになった。
私は普段と同じ、街娘らしい綿製で茶色のワンピースとエプロンを。
アーネストは白シャツとミルク色のパンツスタイル。ネイサンは変わらず執事服のまま。
食べ物とか雑貨品を買うために何度も外に出てるけど、こうしてのんびり歩きながら観光するのは初めてだわ。
ネイサンの案内のもと、いろんなお店を眺めていく。服飾店、かわいい雑貨を扱うお店、武具店、魔石店、市場…どれも新鮮で楽しかった。
太陽が真上に上がったころに、ネイサンオススメだという食堂にご飯を食べに行った。
「ここはピザがウマい店っすよ」
「へぇ、じゃあそれで」
「俺も」
「ではピザ3つで」
料理を待つ間、周囲の視線がどうにも気になる。その視線の先には、アーネストとネイサンがいる。
(まぁ見目はいいものね)
毛むくじゃらから卒業したアーネストは、王子様然とした優れた容姿をしている。体を鍛えているから体格もいいし。ネイサンも中身はアレだけど、見目はいい。赤い髪を肩口で揃えた髪型は目立つし、やはり貴族として所作も美しい。
この2人が揃ってるせいで、私のなんとも場違い感が痛ましい。
「クレア様は、お眼鏡にかなうお店はあったっすか?」
「さすがにすぐには見つからないわ。もうちょっと色々見て回りたいし」
「…まぁ、見つかっては困るんすけどね」
「ネイサン、何か言った?」
「いえ、クレア様が気に入りそうな店が無いか思いだそうとしてただけっす」
「そう」
「………」
「殿下、そんな目で見ないでほしいっす」
「?」
なぜかアーネストがネイサンを親の仇がごとく鋭い目でにらみつけてる。何かあるのかしら?
(ネイサン、貴様分かってるだろうな?)
(分かってるっす。良さそうな物件はわざと外してるっすから)
(ならいい)
男二人で何かこそこそ話してる。何なのかしら?
到着したピザを堪能して食堂を出た。すると、アーネストが次に行きたい店を提案した。
「次は、宝飾品店に行かないか?」
「えっ、なんで?」
「なん……」
「…クレア様、それ聞くっすか?」
「そりゃ聞くでしょ。私は用無いもん」
「………」
「殿下!ここでくじけちゃダメっす!」
なぜかアーネストが膝から崩れ落ちた。私、そんなに変なこと聞いたかしら?
結局、アーネストが捨てられた子犬みたいな目でこっちを見てくるので、しぶしぶついていくことにした。
ネイサンが案内したのは、見るからに高級店漂うお店だった。2人はともかく、ただの平凡な街娘の私には入りづらいわ。ついてきたの、失敗。
「ねぇ、私場違いだから入りたくないんだけど」
「大丈夫っす。個室に案内してもらうっすから」
「いや、私入る必要ないでしょ。行きたいのはアーネストなんだし、私は待ってるから」
正直興味はある。けど、さすがに私だって、自分が雰囲気にそぐわないのは分かってる。だからそう言ったのに。
「ダメだ」
「えっ、ちょっと!」
それなのに、アーネストは私の手を掴むと、引っ張って店の中に入ってしまった。続いてネイサンも入ってくる。
ネイサンが手際よくお店と交渉し、本当に個室に入ってしまった。いつの間にか、私とアーネストが並んでソファーに座り、後ろにネイサンが立っている。正面にはお店の店主の男性がいる。
室内はふかふかのソファー、全面ガラス張りのテーブル、壁にはよく分からない絵画。
(あーもう、本当に場違いすぎ!)
そわそわと体が落ち着かない。今すぐ逃げ出したいのに、アーネストが手を握ったままで逃げられない。
「本日は当店へお越しいただきありがとうございます。どのようなアクセサリーをお求めで?」
「彼女に似合うアクセサリーを買いたい」
「かしこまりました」
「ちょっと。私は要らないって」
「非常に奥ゆかしい奥様でいらっしゃいますね。お待ちください」
「奥様じゃ…」
あっという間に店主は奥に消えてしまった。恨みがましい目でアーネストを見ると、なぜかそっちのほうがいじけたような顔をしている。
「…贈り物の一つくらい、贈らせてほしい」
「えっ」
贈り物を贈らせてほしいって、どういうことかしら?別に私、贈られるようなことしてないわよね?
「婚約者に贈り物をするのはおかしいか?」
「婚約者『候補』よ」
「いや、それは…」
「?」
「……もういい」
なんかすごくがっかりしてるっぽい?もう、何が何なのかしら。
「……殿下、ここは耐え時っす」
ネイサンはネイサンでよく分からない励ましをしてるし。
その後、店主が持ってきた宝石を前に欲しいのは無いかと聞かれたけど、無いと言ったらアーネストは泣きそうになってた。結局、ネイサンが選んだ宝石を贈られることになった。
それは大きなエメラルドが付いたネックレスだった。
「お似合いですよ、奥様」
「違います」
店主の言葉がまた聞き捨てならないものだったので、速攻で否定しておく。
「では恋人でいらっしゃいますか」
「それも違います」
「…では、婚約者で?」
「婚約者『候補』です」
「…左様ですか」
店主はアーネストに向き直った。
「心中お察しいたします」
「うむ……」
うむって何よ、うむって。
結局、何度言っても聞いてもらえず、ネックレスは購入されてしまった。
ネックレスは箱に入れてもらい、やっと店を出ることができた。あー、なんだか肩が凝った気がするわ。
その後、ネイサンの案内で王都の服飾店を中心に案内してもらった。さすがは王都、地方では見たことが無い装飾やデザインが見れて勉強になった。レースも見せてもらったけど、おばあちゃんのレースだって負けてないと思った。
(多分、王都に来てもおばあちゃんたちのお店ならやってけるはずだわ。そのためにはもっといろいろ調べないと)
素材の仕入れ先や、対象とする客層。そういうのをあらかじめ調べておけば、引っ越しも開店準備もスムーズに行くはず。そんなことを屋敷への帰路の途中に考えていると、ふとこちらを見ているアーネストと目が合った。
「何かしら?」
「…いや、何でもない」
何でもないは無いでしょ。明らかに何か言いたそうにしていたのに。でも、まぁ別にいいか。
そう思っていたら、アーネストから声をかけてきた。その表情は、ずいぶんと深刻そうだ。
「クレア」
「何?」
「クレアは…俺のことを、どう思ってるんだ?」
「どう…って」
どういうことなのかしら?そんなの聞いてどうするつもり?
(う~ん、アーネストのことをね。ふむ…)
「……手のかかる弟、かしら」
「っ!」
「一言言わないと動けないし、一人でまだ何もできないし…まだまだ手がかかるって感じだもの」
「殿下…」
アーネストは天を仰いた。どうしたのかしら?
そんなアーネストを、ネイサンは気の毒そうに見ている。
「ふっ、ふふふ…そう、か。弟…か」
「殿下、まだまだチャンスはあるっす。ここはこらえ時っすよ!」
「ああ、わかってる。そうだよな、そう見られても仕方ない、よな」
「大丈夫っす!嫌われてるわけじゃないから、いけるっす!」
「?」
主従がよく分からないやり取りを繰り広げていた。結局、アーネストは何が聞きたかったのかしら?