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5話~初めての使用人~

 それから2日後。ちょっとまだかび臭い応接間に、ジュードと赤い髪の執事服を纏った男性が来ていた。赤い髪を肩口で切りそろえ、橙色の瞳を輝かせている。さすが見目も麗しい。目が若干タレ目だ。


「彼が執事として候補に挙がったネイサン・ハッシュベストです」

「ネイサンです。ハッシュベスト子爵家の次男っす。よろしくお願いっす!」

「アーネストだ。こっちは婚約者の…クレアだ」

「婚約者『候補』のクレアです」


 元気よく返事をした男性が、執事候補だという。

 思ったよりも若い人が来たなーというのが私の感想で、執事ってなんかもっとこう…歳をとった人なのかなって思ってた。あと、なんか語尾が特徴的。

 アーネストはちょっと渋い顔をしている。まぁ初対面の印象からすると、アーネストとは雰囲気が合わなさそう。


「…若くないか?」


 訝しげにアーネストが訊ねる。同じこと思ったみたい。


「確かにまだ27歳と若いですが、優秀さは保証できますよ。彼はもともと伯爵家に仕えてたんですが、そこが財政難で暇を出されましたね。我が家で雇ったのですが、これがまた優秀でして。殿下の補助をするには最適だと思いますよ。…ちょっとクセがありますが」

「まー、自分でいうのもあれですけど、俺、すっごい優秀ですよ?できる男っす!」


 モノクルをクイッと上げ、いかにも…って、どうにもうさん臭さが否めないんだけど。


(執事って、もっと丁寧な言葉遣いかと思ってたんだけど、こんなものなの?)


 まぁ私も人のコト言えないか。

 渋い顔をしていたアーネストだけど、何かを飲み込むようにグッと顔を上げた。


「…まぁいい。ジュードが言うんなら信用しよう」

「ありがとうございます。彼には事情はそこそこ説明してありますので、遠慮なくこき使ってやってください」

「よろしくお願いっす、殿下、クレア様!」


 顔合わせが済み、ジュードはさっさと帰っていった。

 そういえば、彼って国王の側近だって言ってた気がするけど、こんな風に小間使いみたいな扱いでいいのかしら?ダメだと思うんだけど、でも彼が動いてるってことは国王が認めてるんだろうし…ま、いっか。

 あ、また契約書…


 そしてネイサンだけど、早速彼を連れて屋敷の中を案内していく。


「…なるほど。ちょっと放棄されてた期間が長いんで、かなり傷んでるっすね。しかも、あちこちカビも生えてるし、これはちょっと手を入れた程度じゃどうにもならないっす」

「そうなのよね。…ところで、あなたの語尾はそれ、何なの?」

「あ、これっすか?気を抜くと出ちゃうと言うか、耳障りなら封印しますがそのほうがよろしいでしょうか?」


 なるほど、それが彼の素なのね。

 私はどっちでもいいんだけど、アーネストはどうなのかしら。


「…俺は気にならない。外で気を付けてくれればいいと思う」

「おおー、さすが殿下、懐が深い!一生ついていくっす!」


 訂正。言葉遣いよりも、この調子者っぽさのほうが気になるわ。


「で、提案なんすけど、屋敷なんですが1回全部丸ごと業者を入れて綺麗にしたほうがいいし、そのほうが確実だと思うっす。特にこのかび臭さは、根っこから絶たないと取れないっすね」

「やっぱりそうよね」

「そうっす。家具も物によっては大分カビが侵食してるんで、磨いたって時間の問題ですから」


 それは私も薄々感じてた。家具がもうやられてるのよね。一度カビが中にまで入り込んだ以上は、もう家具の対処は難しい。

 それからはもうネイサンがどんどん手配を進め、あっという間にお屋敷丸ごと大掃除の日程が決まった。本当にこの執事、優秀だったわ。


「それで、お屋敷のほうが完了するまではお二人には宿に泊まってもらうことにしたっす。すでに宿は取ってありますんで」


 優秀過ぎ。私、出る幕ないわ。

 私とアーネストはネイサンに急き立てられるまま、貴重品だけを手に持って屋敷を後にした。そのまま宿に…と思ったら、宿じゃなかった。


「じゃ、殿下。ここでさっぱりしてくださいっす」

「えっ……えっ?」

「…それは名案だわ」

「ですよね、さすが奥様は賛同してくれると思ったっす」

「奥様じゃないわよ」


 連れてこられたのは、美容室だった。つい見慣れて忘れかけていたけど、アーネスト、毛むくじゃらのままなのよね。


「だ、だが……」

「宿は殿下の身の安全も含めていいお宿にしてるっす。だから、ある程度エチケットは考慮してほしいっす」

「し、しかし…それなら俺は屋敷の庭で…」

「殿下をそんな場所で寝させるわけにはいかないっす」


 逃げ腰のアーネストにグイグイ押すネイサン。


(人嫌い…というか、対人恐怖症になっちゃってるわね)


 元々は自分と関わる人が害されることを恐れて、独り屋敷に逃げたアーネスト。しかしそれが長期に及んだ結果、人と関わることを怖がるようになってしまった…というところかしら。

 ネイサンは自分の執事ということでぎりぎりだけど、美容室みたいな全く見ず知らずの人間に身を預けるなんて、怖くして仕方ない…っていうところかしらね。


 アーネストは逃げ腰だけど、鍛えてるせいかネイサンの押しにも耐えてる。ああもう、まどろっこいしいわね。

 私はアーネストの手を握った。


「ほら、さっさと行くわよ」

「えっ、あ、く、クレア?」

「おおー、さすが奥様っす」

「ネイサン、次言ったら張り倒すわよ?」


 手を握ったまま、強引に美容室へとの扉をくぐる。


「いらっしゃいませ。おお、ネイサン様。ということはこちらが…?」

「ええ、こちらがカットしてほしい方です」


 中にいたのは男性の美容師だった。一目で誰をカットする相手なのかは分かったらしい。


「ささ、アーネスト様。覚悟の決め時ですよ?」

「そうよ、さっさと座りなさい」


 2人係で椅子に座らせる。ネイサン相手にはずいぶん抵抗してたのに、ずいぶんと大人しくなったわね。


「よし」


 椅子に座ったのを確認して手を離そうとする。なのに、いつの間にかアーネストからがっしり掴まれていた。


「アーネスト?手を離してほしいんだけど」

「だ、ダメだ。離さ…ないでほしい」

「………はぁ」


 ため息を吐くと、アーネストは体をビクッと震わせた。もう、そこまでビビってる姿見せられたら離すに離せないじゃない。


「店主、隣におく…お連れの女性が座っていてもよろしいですか?」

「…ええ、大丈夫です」


 ネイサンが確認を取り、店主が許可する。こうして、私がアーネストの手を握ったまま、カットが始まった。

 …それからどれくらい待ったか。

 ただでさえ長い髪の毛やらヒゲやらとカットが大変なのに、隣に私が座ってたせいで余計に大変そうだった。ほんと、申し訳ないわ。


「…はい、これで完了です」

「お疲れ様です」


 周囲には呆れるくらいの毛が散らばっていた。そのおかげで、やっとアーネストの顔も見れるようになった。

 あれほど長かった銀髪はさっぱり短くなり、両脇は刈上げている。ヒゲも無くなったことで、やっと年相応に見えるようになった。


「っ…まぶしい」


 閉じられていた瞼が徐々に持ち上がる。

 ずっと髪に隠れて見えなかった瞳は碧眼だった。エメラルドのような透き通ったその輝きに、一瞬胸が高鳴った…気がする。

 これまで隠れていた顔の全貌がようやく明らかになった。目は切れ長で、鋭い。丁寧に産毛まで剃られた肌は恐ろしくなめらかで、顔の造形はこれ以上ないくらいに整っている。


(こんな美形だったのね。これなら私がいなくなっても、婚約者なんてより取り見取りでしょうに)


 美容室を出て、少し伸びをした。座りっぱなしの体はバキバキだわ。


「…すまない。俺のせいで座りっぱなしにさせてしまって」


 そう言って謝る姿は、こういっては何だけど子犬みたいだった。はぁ、こんな姿見せられたら怒るに怒れないわよ。


「気にしてないわ。それよりネイサン、そろそろ宿に向かいましょう?」

「ええ、そうっすね。こっちっす」


 そうして宿に案内された私たちは、それから屋敷の掃除が終わるまで宿で寝泊まりするようになった。

 ネイサンが言うには、宿の大掃除だけでなく、家具もほぼ新調したとか。そんなお金どこから出てくるのか気になったけど、気にしないことにした。

 でも、全部新調するには時間が足りないということで、アーネストと私の部屋、それと住み込みで働く使用人用と一部に留めたらしい。他の部屋は準備が出来次第運びこむとか。

 というわけで、数日ぶりに屋敷に戻ったら、それはもうびっくりした。


「…これが、あの屋敷って本当なの?」

「…俺の目には、違う建物に見えるが」

「もちろん、王族所有のタウンハウスっす!」


 いやもう見違えたのなんの。

 門から塀から屋敷まで伸びまくってたツタは1本残らず撤去。苔むしていた壁もきれいに磨かれ、元の白色を取り戻していた。草が伸び放題だった庭は綺麗に伐採済み。

 中に入れず、あれだけ漂っていたかび臭さは完璧に消えていた。敷物から家具まで至るところまで新調済み。さすがに絵画や置物といった品は無いけど、生活する分には問題ない程度に揃えられていた。


「お二人の部屋はこちらっす」


 ネイサンの案内で部屋へと向かう。まずはアーネストの部屋。


「いかがっすか、殿下?」

「…ああ、見違えるようだ。元があんな部屋とは思えない」

「まぁそうでしょうねー、アハハー」


 アーネストの部屋の中で男二人が確認をしている。私、部屋の外で待機中です。

 以前のアーネストの部屋にも入ったことはないけど、正直入りたいと思ったことはない。だって、あんなズボラにしてた男の部屋とか、どうなってるかなんて知りたくもないわ。

 今?別に知りたくないし、なんかお貴族様だと異性の部屋には簡単に入っちゃいけないんだとか。


「それでは次はクレア様の部屋っす」


 ネイサンが部屋から出てきて、私の部屋へと向かう。が、なぜかすぐ近くの部屋で止まった。


「ネイサン、私の部屋はそこじゃないわよ」

「いいえ、こちらっすよ。だってここは…」


 そう言って、部屋の扉を開く。


「この部屋こそが、この屋敷の女主人となる方の部屋っすから!」


 バーンと開かれた部屋の中は、一言で言って豪華だった。

 まず広い。前まで寝泊まりにしてた部屋の4倍くらい広い。床にはふかふかの敷物が全面に敷き詰められてて、素足でも歩けそうなほどだ。

 天蓋付きのベッドに、綺麗な装飾が施されたテーブルに椅子。奥には衣裳部屋があり、今は空だがいずれ私の衣装で埋まるとか。

 そして、入ってきた扉とは別の扉が見える。


「ネイサン、あの扉は何?」

「ふっふっふ…もちろん!夫婦の寝室に繋がる扉に決まってるじゃないっすか!」

「えー………」


 ものすごく決め顔で言われたけど、私の気分はダダ下がりだ。


「クレア様、何か不満がおありですか?」

「不満しかないわ」

「こ、この部屋のどこに不満が!?」


 どこに不満がと言われたら、私はこめかみに指をあてながら一つずつ上げていった。


「広すぎ」

「えー…」

「フカフカし過ぎで転びそう」

「えー…」

「こんなデカイベッドとか洗濯とか大変そう」

「いやそれは使用人の仕事っす」

「こんな高くて売ったほうが良さそうな椅子とか座りたくない」

「売っちゃダメっすからね?!」

「こんなにでかい衣裳部屋いらないから、商品倉庫にしたい」

「ここは商店じゃないっす!」

「その扉の先に行く予定はないから塞いで」

「これ、一番大事っす!」

「だからここには住まない。前の部屋にするから」

「そんなー!?」


 ネイサンは崩れ落ちた。

 ついでに後ろでも何か崩れ落ちた音がしたけど、聞こえなかったことにする。見ることもしない。


「ふ、ふふふ…さすがに手ごわいっすね」


 ネイサンが何かブツブツ言いながら立ち上がった。言いすぎたかなって思ったけど、目を見る限り大丈夫そう。


「でも残念ながら、前の部屋には家具が無いっす!だから嫌でもここに住んでもらうっすよ!」

「えー…」

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