4話~側近、驚愕~
騎士になると宣言したアーネスト。でも、騎士になる方法は知らないという。
(どーしたらいいの?)
庭の草むしりをしつつ、私は頭を悩ませていた。
王宮の知り合いに声を掛けられる人がいないか聞いてみたけど、そもそも誰とも知り合いじゃないと言う。そりゃそうだわ。
もちろん私だって、そんな知り合いいない。というか、この王都での知り合いはアーネストぐらいしかいない。
そう思っていたとき、神は迷える子羊に遣いをくれるのだということを知った。
「やぁどうも、クレア様」
「あ」
そこには、相変わらず無駄にサラサラな蒼い髪をなびかせる、1週間ぶりのジュードがいた。
(…そういえば、アーネストにとってジュードは知り合いの類に入らなかったのね)
最近掃除が終わった応接間にジュードを案内し、まだちょっとかび臭いソファーに座ってもらう。
「イヤ素晴らしい。1週間経ってもまだ居られるなんて、これはもう奇跡ですね。しかもこの屋敷で紅茶が飲めるだなんて、まるで夢のようです」
「そうですか」
今まではずっと門前払いだったんでしょうね。とりあえず応接間を優先して掃除しておいてよかったわ。せめて来客の応対くらいできるようにしておきたかったもの。
「どうですか、屋敷での生活は」
「やっとここの掃除が終わりました」
「…確認ですが、クレア様一人で?」
「ほかに誰もやりませんので」
アーネストの野郎は全然手伝ってくれないという意味を含ませてにっこり微笑んだ。それにジュードは目を伏せる。
「その件は本当に申し訳ありません。使用人を雇えればいいんですが、その…」
これまではアーネストが使用人すら排除していたせいで、屋敷の維持管理すらできていない。それは今でも同じ。私じゃ掃除は出来ても、補修・維持は無理だ。さすがにそんな技術までは教わってないしね。
「それはまぁいいです。それより、ジュード様に聞きたいことがあります」
「まぁいいとで済ませていいこととは思えませんが…はい、何でも聞いてください」
「…あー、私じゃなくて、本人連れてきます。待っててください」
「えっ、本人?」
戸惑うジュードを置いて、私は今日も裏庭で素振りしているアーネストを呼びに行った。
アーネストが応接間に現れると、ジュードは明らかに戸惑いを隠せずにいる。
「ジュード、来ていたのか」
「え、ええ…」
それもそうだろう、だってジュードが私に連れられてこの場に姿を現したんだから。人嫌いの彼がそんな姿を見せるなんて、驚きしかないはず。
「ちょ、ちょちょちょちょクレア様!ちょっとよろしいですか!?」
そういうとジュードは私の手を引っ張って部屋の隅っこに移動した。
「どういうことですかクレア様!殿下がどうして…!」
「本人に聞いてください」
すぐさま私はジュードを引っ張り返してソファーに座らせた。説明するの面倒だもん。
「どうした、ジュード」
「い、いいええ、何でもありませんよ」
いや、何でもないわけないでしょ。聞きたいこと聞けよ。
「…まぁいい。それよりジュードに聞きたいことがある」
「はい、何なりと聞いてください」
アーネストはしばし視線をさまよわせ、その姿に私は「さっさと聞け」とばかりに背中をたたいた。それにまたジュードの目が見開かれるが、もう無視。叩かれてやっと決心がついたアーネストは口を開いた。
「…騎士になるには、どうしたらいい?」
「はっ…」
限界まで目を見開き、驚きを隠せないジュード。…貴族って、もっと表情とか誤魔化すの得意だと思ってたんだけどそうでもないのかしら?ああそういえば、あのおっさんは感情丸裸だったわね。私の思い違いだったわ。
「…どうなんだ?」
「はっ!ええとですね、騎士になるには入団試験を受ける必要があります。学科と実技の二つがありまして、それに合格すれば入団となりますね」
学科と実技。どちらも今のアーネストには難しそうね。特に学科。これは大変そうだわ。
「騎士になりたいんだ。誰でもいい、家庭教師を用意してくれないか」
「よ、よろしいのですか?」
この『よろしいですか』は、人を連れてきてもいいのかという確認の意味だろう。
「ああ」
それにアーネストはしっかりとうなずいた。
その姿に、ジュードは何か言葉を詰まらせていた。
「…クレア様!」
「なんですか?」
「い、いいい一体殿下に何をしたんですか!?」
「………何したんでしょうね?」
改めて聞かれると、どうなんだろう。屋敷掃除して、おはようって毎朝声かけて、部屋の前に食べ物置いて、シャワー使えるようにした…だけ?ああ、一喝したわね。でも、それだけでここまで変わったかというと、確かに変だ。
「クレアには感謝している。やっと、俺も前に進めることができるようになったからな」
「ほらこう言ってるじゃないですか!さぁ吐いてください!」
詰め寄ったジュードが私の両肩を掴んで揺さぶってくる。ちょっと肩痛いし、揺さぶられて気持ち悪い。
「やめろ!」
と思ったら、アーネストによってジュードは引きはがされた。しかもさりげなく、私の肩を掴んでる。
「…ま、ままままさか、本当にうまくいくとは…」
この人、さっきから驚きっぱなしである。
その後、落ち着いたジュードとアーネストが座り、やっと話ができるようになった。
「家庭教師については陛下と相談して決めさせていただきます。それで、殿下」
「それでいい。で、何だ?」
「……使用人を屋敷に、入れませんか?」
それにアーネストは体をビクッとさせる。どうやら、まだ他の人を近くに置くことには抵抗がありそう。
「無理は承知で申しております。ですが、現在はクレア様おひとりで屋敷の手入れをしている状態。この状態は、決して殿下も望んでいる状態ではないのではありませんか?」
「………」
「いや、私はこのままでいいんだけど」
どうせ手持無沙汰だし。それに、下手に使用人入ったりすると嫌な予感がするし。
「このままではクレア様に逃げられてしまいますよ?」
「!!」
「いや、逃げるとか人聞き悪いでしょう。婚約は解消するんですし」
「い、イヤだ!」
「えっ?」
まさかアーネストから拒否の返事。え、これってどういうこと?
驚いてアーネストを見ると、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。いやいや、本当にどういうこと?意味が分からず、首をかしげるしかない。
なんかジュードは目にハンカチを当てて泣いてるし。
「ああ、殿下。もうそこまでクレア様のことを…」
「い、いや、そういうことでは…」
「そうよね。私はさっさと実家に戻りたいし」
「えっ」
あれ、今度はアーネストの顔色が真っ青になった。忙しい顔色ね。
「…その件は後にしましょう。殿下、まずは一人からいかがですか?」
「一人…なら」
「見る限り、クレア様がこの屋敷の全てを管理しているご様子。今後使用人を増やすにしても、まずは屋敷の全体を把握し、外との連絡ができる執事が望ましいと思います」
「……任せる」
「よろしいですね、クレア様?」
「うーん……別に私はいらな」
「わかりました、それではさっそく手配してきます」
「ちゃんと聞きなさいよ!」
抗議したいのにさっさとジュードは帰ってしまった。見送る暇もなく。残されたのは顔が青いままのアーネストと、意見を遮られて不機嫌な私だけ。
「く、クレア!」
「なに?」
「じ、実家に戻るって……本当か?」
「そうよ、そういう契約だもの」
あ、契約といえばジュード、契約書持ってきてないわね。次は持ってきてもらわないと。あれ、なんて言えばいいのかしら?雇用契約書…は違うわね。婚約契約書かしら?
そんなことを考えていたら、悲壮感を漂わせたままのアーネストが、さらに尋ねてきた。
「どうやったら、ここに居てくれる?」
「えっ?」
「どうしたら、この屋敷に居続けてくれるんだ?」
そんなこと聞かれても困る。だって半年経ったら婚約者じゃなくなるんだし。私が決められるコトじゃないもの。…そういう契約だったわよね?あれ、ちょっと曖昧かも。
それで、この屋敷に居続けるなら…よね。
「……使用人としてなら?でも、平民がこの屋敷に雇われるわけ無いし、それも無理よね」
「し、使用人…」
あれ、なんかガックリきてる?さっきからアーネスト、変だわ。
それからトボトボと応接間を出たアーネストは、裏庭に戻って素振りを再開してた。なんかちょっと鬼気迫る表情をしてて、ちょっと怖い。
私は気にせず、物資が入った木箱の中身を確認してから、今日の夕飯の食材を買いに出掛けることにした。
それから3日後。屋敷内を軽く掃除してから門周りの掃き掃除をしていると、カタンと音が聞こえた。
音が聞こえたほうに顔を向けると、走りさる配達員の後ろ姿。門に近寄り、郵便受けを確認すると中に1通の手紙が入っていた。
「アーネスト宛だわ」
裏返すと、ジュードのサインが入ってた。そのまま今日も素振りをしているとアーネストに手紙を渡す。さっそく開封して読み始めた。
「…執事が見つかったそうだ。2日後には来ると」
「へぇ、もう見つかったんだ」
さすが仕事が早い。
でも、手紙かぁ。
(そういえば、お母さんに手紙でも送ったほうがいいわよね)
多分、心配してるだろう。手紙の一つでも送って安心させてあげたい。さっそく便箋と封筒、ペンを買い、屋敷に帰ると部屋に直行して手紙を書き始めた。
(婚約者がアーネスト…王子ってことは書かないほうがいいかしら。半年後には帰れるのと、おまけがもらえるからこっちで商売しないかは書いても…う~ん、でもさすがにまだ気が早いかしら?)
あれこれ悩みつつ、とりあえず今は婚約者と暮らして特に問題ないこと、半年後には婚約解消で帰れる旨だけ書くことにした。他はまだ書いていいか分からないし、余計な心配を生むことも避けたい。
手紙を封筒に入れ、閉じると机の上に置いた。
(明日の朝にでも出しにいきましょ。さってと、夕飯の支度でもしますか)