3話~ちょっとだけ進展しました~
「ん~…」
窓から差し込む朝日に目が覚める。
カーテンはボロボロで日除けの効果がなく、朝日が直に部屋に降り注いでる。でも今はそれがちょうどいい。
「さーて、今日も始めますか!」
早速とばかりに今まで寝ていた布団を外にだす。まだまだかび臭さがあるから、しばらくは毎朝の日課になりそう。
顔を洗い、キッチンに向かう。昨日残ったスープを温め直し、朝食にしようというところで思いだした。
(そういえば、食べたのかしら)
昨日おいていったスープはどうなったのか。
確認するために階段を上り、たしかアーネストの部屋はこの辺だったはず。と、探していると見つかった。…中身がそのままのスープが置かれてるドアを。
「………まぁいいわ」
胸の内に湧き上がる感情をグッと飲み込む。
(そうよね、勝手に私が置いただけだもん。あいつが食べる筋合いはないわよね。ふ、ふふふ…)
スープを回収し、そのまま冷蔵庫に入れる。あとで加熱し直せば問題ないだろう。
サクッと昨日と同じ食事を済ませ、今日やるべきことを考える。
(とりあえず今日はお風呂と玄関ホールね。窓開けて、ホコリを拭いて。お風呂はどうなってるか確認してからかしら。王族の屋敷だし、火と水の魔石両方ついてるはずでしょ)
食器を洗い、玄関ホールに向かう。すると、階段を下りてきたアーネストとばったり会う。
「おはよう」
「………」
アーネストは何も言わずにそのまま外に出ようとした。
プッツーン。
私はツカツカ歩み寄ると、アーネストの肩を掴んでこちらに向かせる。
「お・は・よ・う」
「………」
それでもなお奴は、無視を決め込んできやがった。
あーはいはい、そうくるのね。
髪もヒゲも伸びすぎて毛むくじゃらの顔は表情が読めない。だけど、目線をそらしてるのだけはなんとなくわかった。
(こうして近くで見ると、結構背が高いわね)
肩を掴んでるけど、伸びつかないと届かない。私自身はちょっと低めなので、アーネストの背が高いのだ。それに肩はかなりがっちりしてる。相当鍛えてると思う。それだけに、あんま保存食だけの食生活で大丈夫かと心配になってしまう。
まぁそれは後でいいわ。今はこの礼儀知らずに礼儀を叩き込んでやるわ。人嫌い?そんなの、礼儀の前には些細な問題よ。
私はスーッと息を吸う。それで何が来るのか分かったのか、アーネストは耳を塞いだ。
「おっ!はっ!よっ!う!」
思いっきり耳元で叫んでやった。
すると、やっとアーネストは反応した。
「っ!俺にかまうなと言ったはずだ!」
「おはよう!」
「だから俺に」
「おはよう!!」
「いい加減」
「おはよう!!!」
「うっと」
「おはゴホッ!」
いけない、叫び過ぎた。私がむせてる間に、手を振り払ったアーネストは外に出てしまった。
「ゴホッ…やれやれだわ」
水を飲んで一息つくと、玄関周りの掃除から始めた。
まずは窓という窓を開ける。もちろん玄関も。続いてホウキでどんどんゴミを掃き集める。それだけなのに、それなりの屋敷の大きさの玄関だから一苦労だ。なるほど、貴族様のお屋敷にあんなに使用人がいるのも分かる。
掃除にひと段落が付くと、ふとアーネストのことが気になった。
一体彼は外に出て何をしているのか。
外に出て、草が伸び放題の庭を進む。屋敷の周りは石塀が高くなっており、外の様子が見えづらい。屋敷の裏側に近づくと、そこにアーネストの姿を見つけた。
(いったい何をして…素振りかしら?)
アーネストは剣を握り、ひたすらに素振りを繰り返してた。
しかも、素人目に見てもその速度はかなり速い。鉄の塊の剣をあの速度で振るえるということは、かなり鍛えている証拠だ。
(騎士団に所属…いや、そんな話は聞いてないわね。じゃあただ剣持って振ってるだけ?)
人嫌いの彼が、どうして剣を振るっているのか。さっぱり理由が分からない。
どうせ聞いても答えてくれないだろうし、今は放置しておこう。
でも、ふと気になったことはある。
(なんで、あんなに鬼気迫った表情で剣を振るってるのかしら?)
屋敷に戻り、今度はお風呂を見てみる。
お風呂はやっぱりと言うべきか、ひどい惨状だ。あちこち苔むしてるし、タイルが傷んでるところもある。排水口もちゃんと生きてるのか、確認しないといけない。
お風呂は一般庶民の家にはまだ浸透していない。設備として高額だからだ。お風呂だけでも高いし、それに必要な火と水の魔石はさらに高価だ。それに魔石に込められた魔力は有限だから、その補充にもお金がかかる。
もっとも、魔力の補充については私には問題ない。
「…よし、とりあえず補充だけは済ませたわ」
魔石に魔力が満ちたのを確認する。
何と私、魔力がある。魔力もちは平民では少ない。まぁ親が貴族様だったということがわかったから、何で私に魔力があるのか理解できたけど。
貴族に魔力もちは多い。というか、魔力を持っているからこそ貴族と名乗れるというか。
魔法は使えないけど、魔石に魔力を込めるくらいはできた。これにお金を掛けなくてはいいのは助かるのよね。安くないから。
(あー、実家の魔石に魔力込めてこればよかったわ)
実家では、魔石を使ったコンロと水道の魔力補充を私がやっていた。たまに近い家の魔力補充も、市場の価格よりもお得にやったこともある。
私が戻るまで、その出費が大変だろうなぁと思いつつ、お風呂掃除を始める。水を流し、それからブラシでひたすらこする。ある程度磨いたら水で流し、またこする。
(はー、このくらいやればシャワーだけは浴びれそうだわ)
とりあえずシャワー周りだけはそこそこ綺麗になった。
浴槽はまだまだだし、本当は早く浸かりたい。でも広いから、今日はまだ無理。
時間はもう日が傾始めている。
(よし、早速浴びましょ)
部屋から着替えを持ってくると、早速シャワーを浴びる。
火と水の魔石を調節することで、気持ちのいいお湯が流れてきた。
「あー……幸せ」
やっぱり水浴びよりも気持ちいい。これがあるだけでも、この屋敷に来た価値があったわね。
新しい家には絶対シャワーは付けたいわ。お風呂は無理かもしれないけど。
シャワーを浴びてさっぱりし、浴室から出るとちょうどアーネストが戻ってきていた。
「………」
彼は無言で階段を上っていく。その背中に私は声をかけた。
「シャワー、浴びれるようにしたから好きに使ってちょうだい」
彼は振り返ることなく、そのまま進む。
(やれやれだわ…)
その後、少しずつ屋敷の掃除を進めていった。
私がこの屋敷に来て1週間が経った頃。
ちょっとした変化が訪れ始めた。
「…あら」
朝。アーネストの部屋の前に置いていた食器を回収に向かったら、スープの皿が空になっていた。周囲にこぼれた様子はない。ということは、多分食べたということだろう。
さらにその日の夕方。
シャワーを浴び終えて、夕飯の準備をしていると浴室から水音が聞こえてきた。
私以外に浴室を利用する人間は一人しかいない。
そして極めつけは、その翌日の朝。いつもと同じように階段を下りてきたアーネストに挨拶をする。
「おはよう」
「………………おはよう」
ぼそっと、やっと聞こえるぐらいの声量で挨拶が返ってきた。
私は口元がにやけるのが抑えられなかった。
「朝食、食べていきなさいよ」
「……いいのか?」
「誘ってるのは私のほうよ」
同じテーブルに付き、朝食を用意してお互いの前に準備。
「いただきます」
「……いただきます」
(少しは丸くなってきたかしらね)
そう思いながら朝食を食べる。
なんだか野良猫がなついてくるのに似てる気がする。顔面毛むくじゃらのせいで余計にそう思えてくるけど。
「ごちそうさま」
「…ごちそうさまでした」
食べ終わった食器を片づけても、アーネストは椅子に座ったままだった。
なんとなくだけど、今の彼はうつむいて悲壮感を漂わせている…気がした。
(何か、言いたげって感じね)
食後の一杯ということで、紅茶を入れる。それを自分とアーネストの前に置き、私も椅子に座る。
それからしばらく沈黙が続いた。
一杯を飲み終え、二杯目を注ぐ頃には私の方がじれったくなってきた。
「…それで?何か私に言いたいことがあるんじゃないの?」
もうこちらから聞くことにした。今日も屋敷の掃除をしたいし、これ以上は待てない。
「…クレア、だったか?」
アーネスト、初めて私の名前を呼んだ。とはいえ、初めてだから覚えてるか本人も不安みたい。
「ええ、私の名前はクレアよ。アーネスト…様」
「アーネストでいい。いや……」
いやって何よ、いやって。変な所で切られると気になるじゃない。
「クレアは…出て行かないのか?」
そう言われ、一瞬プツッときたけどこらえる。アーネストのほうが、何かを我慢しているかのように震えていたから。
「ええ、出て行かないわ」
「…俺の周りにいたら、死ぬかもしれないのにか?」
「っ!」
アーネストの言葉に息を呑む。死ぬかも?アーネストの周りにいるから?
「どういうこと?」
尋ねると、ポツポツとアーネストは語りだした。
彼が10歳の頃。
彼はまだ王宮で暮らしていた。彼は側妃の子どもで、上に第一王子と第二王子がいる。
彼の部屋に母である側妃と乳母がいたとき、部屋に突然暗殺者が襲撃してきた。彼の侍女と侍従が真っ先に殺され、乳母も殺された。残るは側妃とアーネストだけになったとき、側妃はアーネストをクローゼットに押し込めて自分をクローゼットの前に立ちはだかった。
側妃はすぐさま殺されたが、自分の体を使ってクローゼットを塞いでいた。暗殺者が側妃の死体をどけようとしたとき、扉の外にいた衛兵が異変に気付いた。部屋に押し入ってきたため暗殺者は逃亡。アーネストはかろうじて生き残った。
この事件のせいで、アーネストは自分の周りに誰かいると人が殺されてしまうと思い込むようになった。
彼は逃げるように王宮を離れると、王家のタウンハウスに一人で住むようになった。誰にも死んでほしくないから。
「…そうだったのね」
つまりアーネストは、人のことが嫌いではなかった。嫌いだから遠ざけていたのではない。
自分のせいで人が死ぬのが怖くて、人を遠ざけていたんだ。
それは彼のトラウマで、そして優しさから。
「犯人は捕まったの?」
「犯人は…第二王子だった。俺が、第一王子に味方するのを恐れたから、らしい」
「そんな…」
まさか…という思いだった。そんな話があるとは聞いたことはあったけど、まさか本当に身内で殺し合いをするなんて。
「でも…それは終わったのよね?だったら…」
「そんなの分かってる!分かってるさ!」
突然彼は大きな声を上げた。それは、悲痛な叫び越えのようだった。
「でも、怖いんだよ!母様が、俺が…俺がいたせいで殺されたかと思うと…」
10歳の子どもが、目の前に母親が殺されたのを目撃したとき、それは果たしてどれだけのトラウマとなったのだろう。私には計り知れない。
彼の無念さが、膝に置いた手を握り締める力に現れている。
(私は…なんて言えばいいのかしら)
もう終わったことということだけでは彼は納得しない。
でも一つだけ言えることは、彼を生かすために身を挺した側妃は、きっと彼がこんな生き方をすることを望んではいないと言う事。でも、それを彼にどうやって伝えたらいい?私なんかが、勝手に彼の母親の気持ちを代弁したら、彼は不快に感じないだろうか。
(いや、そんなことはどうでもいいわ)
私は、私らしく伝えればいい。どうせ最初から縁がない関係だもの。アーネストが不快に感じようと感じまいと、私なりのやり方でいいんだから。
「アーネスト」
私が呼びかけると、彼は顔を上げた。その顔めがけて、私は両手で顔の顔を平手打ちした。
思ったより鈍い音がしたわね。
「いってえぇぇ!何すん…」
「いい、アーネスト?」
平手打ちした手をそのまま、彼の顔を掴む。そして、彼の顔に自分の顔を寄せた。
「こんな古ぼけてカビ生えた屋敷で、髪もヒゲもボーボーな姿になってほしくてあんたの母親はあんたを守ったんじゃないでしょ!?そんな顔して、墓前に花くらい供えたの!?」
「っ!そ、それは…」
「花も供えられず人にビクビクして!それでいいの!?いいわけないわよね!だったらどうしたいの!」
「う、あ…」
「はい答え!3,2,1!」
「うっ…お、俺は!誰も傷つけさせない!人を守れるようになりたいんだ!」
「よくできました!」
はっきりと答えを言えた彼の頬を、もっかい叩いておく。
「いってぇ!なんでまた叩くんだよ!?」
「言えたご褒美よ」
「そんなご褒美あるかぁ!」
いい感じじゃない。やっとどうしたいかが言えて、ちょっと表情がすっきりした気がするわ。毛むくじゃらで判別つきにくいけど。
「で、具体的にどうしたいの?何かになるつもり?」
「…騎士になろうと思う」
「いいじゃない。で、どうやったらなれるの?」
「知らない」
「………」
「………」
「はぁ~……」
「ため息つくな!」
前途多難だわ。
まぁ、やっと一歩進めたし、よしとしますか。