最終話~結ばれるとき~
あのパーティー以後、わたしの周囲は騒がしくなった。
私とアーネストの婚約に口を出してくる輩は減ったけど、いなくなったわけではなく、たまに屋敷に突撃してくるご令嬢がいる。もちろん丁重にお帰り願っているけれど(ただで帰したとは言ってない)。
アーネストは入団試験を受け、無事に合格。事前に教師に言われていたとおり、彼の実力はすでに騎士並で、新米騎士の中では頭一つ抜きんでているらしい。順調に行けば、近衛騎士になるのもそう遠くないとか。
一方私は、無事にお母さんと祖父母が王都に引っ越してきたので、その受け入れ準備から、商売準備に追われている。
まずは居住は当初の予定通り私も住んでいる屋敷に。祖父母は恐縮していたけど、お母さんは「家賃がが浮くわ!」と喜んでいた。さすが我が母。
また、お店をつくるよりも、工房としておばあちゃんがレースを作り、その手伝いをおじいちゃんがする方がいいだろうと言うことに。お母さんはおばあちゃんにレース作りを習っている。街で働くより、レース作りのほうが儲かりそうだからということらしい。これまで地方の店ではあまりいい値が付かなかったレースが、王都では高値が付くとわかった途端これだ。つくづく我が母である。
私も工房の一角で装飾用の魔石への魔力込めをしている。小さいから一つ一つは大したことないけど、とにかく数が多い。それだけに増える利益には笑みがこぼれた。
これは後でジュードから聞かされたことだけど、私の生家であるルートロード家は取り潰しになったとか。小物の性格な割にずるがしこいおっさん…いや、お父様は、実は色々とヤバいことに手を出してたことが発覚。王弟妃となる私の生家だから残したほうがいいのではという温情の見方もあったが、むしろあんな家残したほうがマズイという意見が多数を占め、取り潰し決定。
そして私はなんと、ジュードの生家であるサイラン侯爵家の養子となった。つまり、ジュードと義兄妹になったのである。
アーネストが騎士としての訓練に落ち着きをみせ、私も工房が安定軌道に乗り始めた頃。
婚約から1年後に私たちはつい結婚式を挙げることとなった。
ウェディングドレスは以前ドレスを作ってもらったお針子さんに依頼した。
すでに顔なじみとなり、ウェディングドレスはおばあちゃんやお母さんまで加わって、それはもう豪勢極まりない品に仕上がった。
「いいのよ~、どうせ王家から出してくれるんでしょ~?」
とはお母さん。母よ、王家は財布ではないのだけれど。
「いいんだよ、使えるものは使っときな。金ってのはそうやって回すもんだ。それに、クレアがあたしのレースの広告塔になってくれるんなら、利用しない手はないだろ?」
とはおばあちゃん。やはりこの二人、親子である。
そう、今回のウェディングドレスには、おばあちゃんとお母さんが作ったレースが大量に使われた。そのドレスを私が纏い、大勢の人が見る。これほど効率的な宣伝が他にあるだろうか、いやない!
そんな私たちを、アーネストは少し遠い目をして見ていた。
「…いや、クレアたちが喜んでいるならそれでいいんだ。うん、いいんだ…」
なんだかその背中が黄昏ているように見えるけど気のせいかしら?
そして結婚式当日。
私は増えた屋敷の使用人たちにこれでもかと磨き込まれ、最高傑作と言ってもいいウェディングドレスを身に纏った。
真っ白でかつ最高級の絹を贅沢に使ったドレスは、手袋や首周りにふんだんにレースを使っている。顔を覆うヴェールもお母さんの特製レースだ。
「…うん、綺麗だわ、クレア」
「ありがとう、お母さん」
お母さんの言葉に、本当に自分がこれから結婚するんだと実感がわき、涙がこみあげてくる。
お母さんはあんなおっさんのせいで、結婚式を挙げていない。お母さんより先に結婚式を挙げてしまうことに罪悪感を覚えたこともあったけど、お母さん直々に叱られてしまったわ。
「い~い?私の人生は私のもの~、あなたの人生はあなたのもの~。あんな男を選んだのは~私だし、あなたはあなたがいい~と思う人を選んだの~。クレアが気にすることではないのよ~」
「そうだよ。全くこのバカ娘は、あんな阿呆に釣られおって。いい気味だ」
「ちょっとお母さ~ん。分かってるからやめて~。結構グサッときたわよ~?」
「だったらいつまでも未婚のままでいるんじゃないよ!男の一人や二人、さっさと見つけてきな」
途中から親子喧嘩が始まった気がするけど、そうだわ。お母さんにはお母さんの、私には私の人生があるの。無暗に口をはさむものではないわ。
…私、アーネストの生き方に思いっきり口挟んだ気がするんだけど、まぁあれはいいとしましょ。
支度を終え、屋敷の玄関へと向かうと、そこに待っていたのは義父となったサイラン侯爵だ。
花嫁を送り届ける役割を引き受けてくれたのだ。サイラン侯爵はジュード含め息子しか子供がいないため、花嫁を見送る役割を受けることができてうれしいと言ってくれた。
サイラン侯爵とともに馬車に乗り込み、教会へと向かう。
参列者には私とアーネストそれぞれの親族はもちろん、知り合いにも声をかけた。
アーネストは騎士として所属しているので、騎士団長や所属する隊の隊長、同僚など。私はお針子さんたちなどを呼んだ。
教会の入り口に着くと馬車から下り、閉じられた扉の前でサイラン侯爵と共にその時を待った。
そして扉が開かれ、ヴァージンロードが目に入る。その先にいる、これからずっと共に過ごすアーネストの存在も。
サイラン侯爵に導かれ、緊張のままに一歩踏み出す。一歩、一歩と歩むごとに、アーネストとの距離が近づいていく。遠目で分かりにくかった彼の表情は、近づくほどに私と同じく緊張していることが分かり、なんだか安心してしまった。
エスコートしてくれたサイラン侯爵からアーネストへと。
「緊張してる?」
私は小声でこっそり問いかけた。
「当たり前だ」
「私もよ」
そう言うと、緊張でガチガチだったアーネストの表情にやっと笑みが戻った。
「…かなわないな、クレアには」
その後、神父によって誓いの言葉を交わし、無事に結婚式を終えることができた。
誓いのキスのときには、またガチガチになってしまったアーネストに嗤いそうになってしまったのは秘密。
そのまま披露宴となった。披露宴は屋敷で行われ、庭を使って参加者をもてなした。庭師渾身の庭園を、多くの花と魔石を使った灯りで彩り、たくさんの料理とお酒が振る舞われた。
さらに私はお色直しということで、以前に作った魔石を装飾に使ったドレスのお披露目。夕暮れ時には魔石の輝きがあらわになり、アーネストとダンスを披露すると舞い踊る星屑のような神秘性を演出。
大勢の夫人からドレスについて質問された。
私とアーネストは披露宴の途中でコッソリ退席。ドレスを脱いだ私は再度磨かれ、香油を塗られ、薄い夜着を纏って寝室にいる。
この寝室は最初、不要だから塞いでいいといった部屋。その部屋に自分がいるかと思うと、なんだか可笑しいような、気恥ずかしいような、複雑な気持ちになるわ。
ソファーに座って待っていると、扉が開いてアーネストが入ってくる。アーネストもまた、ガウンを纏っただけの姿だ。
部屋はほんのわずかに灯りの魔石が照らしているだけ。互いの輪郭は見えるけれど、はっきりは見えない。それでも、相手がどんな格好をしているかくらいは分かり、これからを想像させるには十分だ。
アーネストが近寄り、隣に腰を下ろした。
「…疲れていないか?」
「大丈夫よ。このくらい」
アーネストの気づかわしげな言葉に、しっかりと返す。それに彼はわずかに笑った。
「クレア、今日はありがとう。俺はいつも、君に助けられてばかりだ」
「そうかしら?」
真剣にそう言い放つアーネストだけど、そんなことはないと思う。最近の彼は騎士に、そしてほんの少しだけ王族としての政務も始めているという。そんな頑張っている彼を、私が助けているというのは、不思議なことね。
「ああ。今日も、結婚式で緊張していた俺に声を掛けてくれた。あれに、俺がどれだけ救われたか」
「そんな大したことではないわ。私だって、緊張してたんだもの」
「それでも、だ。あのままだったら、俺はとんでもない失敗をしでかしていたかもしれない」
「大げさだわ」
「大げさじゃない」
そういうとアーネストは立ち上がり、私の前にひざまずいた。それに私はきょとんとしてしまう。
「今日にいたるまで、俺はたくさんのことで君に助けられてきた。俺の心の闇を晴らしてくれ、以降もいたるところで君は助けてくれた。…正直言って、俺は君にどうしたらその恩返しができるのか、想像ができない」
そう言うアーネストは顔を俯かせている。一体今、彼はどんな表情をしているのだろう。
「そんな情けない俺だが、それでもクレア。君にはこれからもずっと俺のそばにいてほしい。俺には君が必要だ。そのためになら、俺は君のために何でもしよう」
そう言って、ようやく顔を上げる。見下ろす形になったアーネストの表情には、決意が現れていた。
(そう、これは…アーネストなりの誓いの言葉なんだわ)
結婚式のときは違う、アーネストの言葉を使った、彼にとっての本当の誓いの言葉。
言わされるままの言葉と違う、彼の弱さを含んだ、真実の誓い。
それに私はどう応えるべきか。そんなのは決まってるわ。
「アーネスト」
そう呼び、私は笑みを浮かべたまま両の腕を広げた。その構えに覚えがあるアーネストはギュッと目をつむった。
そのまま私は両の腕を勢いよくアーネストの頬にたたきつけ…る寸前で減速し、そっとアーネストの顔を両手で挟み込んだ。
「…クレア?」
「これからも、ずっとあなたのそばにいるわ。何かあってへこたれてるようなら、いつでも張り倒してあげるわよ」
そう言って、彼の唇にそっと自分の唇を触れさせる。
ほんの少しリップ音の後、呆然としたままの彼の顔が一気に赤くなった。私も顔が熱い。きっと、アーネストと同じようになっているかもしれない。
「…ありがとう」
立ち上がったアーネストは私を抱きしめる。それに私も応え、抱きしめ返す。
「愛してる、クレア」
「私も…愛してるわ、アーネスト」