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【神田夜宵視点】C組の白雪姫②

 体育祭も無事終わり、文化祭だ。


 なんやかんやで僕はいま、他クラスの演劇に急遽出演することになり、どういうわけだかお姫様の恰好をして棺の中に横たわっている。棺の中のお姫様でピンと来た方が大半だろう、白雪姫だ。いや別に白雪姫は棺の中でお姫様が横たわってるってだけの話じゃないけど。


 男子校の文化祭――しかも一般公開有りともなれば、生徒達の目的はほぼ一つ。他校の女子とお近付きになることだ。お近付きになることだ、って断定して良いかはわからないけど、全体的に女子ウケを狙った出店が多い。四方八方同性しかいないというこの環境では(ウチの学校は教員も全て男だ)、こういったイベントでもなければ女子と関わる機会なんて皆無なのである。


 それが本当に女子にウケるのかはよくわからないけど、辺りを見回せば、どこもかしこも何かしらの喫茶店ばかりだ。執事喫茶に女装喫茶、BL喫茶なんてのもあった。それに当てられてか、ウチのクラスでも、喫茶店はどうか、という案は出た。けれども、出したアイディアはことごとくどこかのクラスと被っていたのである。


 じゃあいっそ、せっかくの特進クラスなのだから、思いっきりお硬い方面に振り切ってみてはどうかということになって、近代文学の文豪の紹介パネルを展示するという、正直「絶対にお客は来ないだろう」と断言出来る、ほぼほぼ休憩所のような場所になってしまった。


 それでも一応、ここでいかがわしいことをするカップルがいないとも限らない。僕らの学び舎を、そんな乱れた場にするわけにはいかないため、交代で見張り(一応、解説なんかもしたりする)を置くことにしたのだ。それが終わって、僕は萩ちゃんのクラスの演劇を見るために、会場である多目的ホールへと向かった。


 一瞬でも会話が出来たら良いな。

 王子様役だって聞いていたから、お客さんより先にその姿を見られたら嬉しいな、なんて下心込みで演者控室となっている萩ちゃんのクラスをちらりと覗いた時だった。


 ぐい、と手を掴まれ、教室内に引っ張り込まれたのである。


「ちょうど良いところに来てくれた神田! なぁお前この後二時間くらいあいてない?」


 遠藤君だった。

 彼はこのクラスの委員長であり、それから今回の劇の脚本家兼監督である。残念なことに、演者である萩ちゃんは既にホールの方に向かってしまっていた。だけれども、神田には特別だぞ、なんて言って、王子様の衣装を身につけた萩ちゃんの写真を見せてくれた。あとで僕のスマホにも送ってくれるって。待ち受けにしたいけど、ぐっと我慢だ。


 さすがに高校生が用意出来るやつだから、コスプレ衣装みたいに立派なやつじゃなくて、ペラペラでテカテカした素材の衣装だ。それでも何となく天鵞絨ビロードのようにも見える真っ赤なマントをなびかせた萩ちゃんは本当の王子様みたいに恰好良い。撮影者の腕も良いのかもしれないけど。加工した偽物の色じゃない、透けるような茶髪が王子様度をぐっと上げている。どうしよう、他校の女子生徒、みんな萩ちゃんに見とれちゃうかも! いまからメイク担当の兎崎とざき君に直訴して眉毛つなげてもらえないかな? それともいっそ鼻毛書き足してもらうとか?! あっ、でもでも、僕はどんな萩ちゃんでも全然好きだよ!


「えっと、僕の方では今日はもう何も予定はないよ。萩ちゃんの劇が終わったら一緒に回ろうか、って話はしてたけど」

「よっしゃ! それならちょっと頼まれてくれない? なぁに悪い話じゃないんだ。ちゃーんとお礼もするしさ!」

「頼まれて、って。裏方とか? 僕あんまり役に立てないと思うけどなぁ」

 

 絵心もないし、と俯くと、遠藤君は「大丈夫、お前の絵心のヤバさは去年の美術で知り尽くしてる!」とサムズアップした上で、いそいそと紙袋からやたらとゴテゴテした布の塊を取り出した。


「これ着て、姫になってくれ!」

「……は?」


 という経緯で、いまここにいる。眼鏡も没収されてしまった。

 どうやら昨日まではこのポジションは美術室の石膏像だったみたいなんだけど、今日になってやはり石膏像へのキスではリアリティが足りないのではと思ったらしい。萩ちゃんが王子様をやると聞いて一番心配だったのはここだ。


 萩ちゃんがフリでもキスしちゃう! そんなの嫌だ!

 誰!? お姫様役誰!? 角田君!? 空手部の!? 角田君?! 角田君かぁ……。いや、角田君がお姫様って大丈夫なの? 萩ちゃんのクラスにもうちょっと姫役が似合いそうな人いなかった? えっとほら、それこそ兎崎君とかさぁ。


 ……いやきっと、なまじ姫感のある兎崎君辺りにしてしまった方が色々と洒落にならないんだろう。角田君のような、180度どこからどう見ても『男』の彼が演じることで、コメディになるのだ。だってこれは遠藤君の考える白雪姫なのだから。


 けれども僕のそんな心配は完全に杞憂に終わった。

 そもそもそのシーンの相手役は石膏像だったのだ。


 それだけでも僕としてはまぁ十分だったんだけど――。


「あぁ姫よ! どうか私の口づけで!」


 萩ちゃんがそう叫んで、僕のいる棺に手をかける。ガッ、という軽い衝撃が伝わってきた。


 き、来た!

 遠藤君に言われた通り目を瞑ったままだから、萩ちゃんとの距離がどれくらいなのかはわからない。ただ、確実に言えるのは、かすかに息がかかるほどのところに萩ちゃんはいる。


 フリでも良い。

 良いんだけど、欲を言えば、わずかに触れるだけでも良いから、萩ちゃんとキスがしたい。ねぇ萩ちゃん、遠藤君はリアリティを求めてるんだってさ。そりゃあ客席からは見えないけど。だけど、何て言うんだろう、空気感っていうか、そういうのもあると思わない? もちろんこれは文化祭の、それも演劇部のでもない、クラスの催し物だ。そこまでの演技を求められているわけではないのは知ってる。だけど、それを口実にして、とか。


 どうかな、ねぇ、萩ちゃん。

 僕じゃ駄目かな。

 いまの僕なら、お姫様だよ。

 女の子とうっかり間違えて、とかさ。

 それはそれで正直複雑だけど。


 ……ていうか、萩ちゃん全く動かないけど大丈夫なのかな。これ、いまどういう状態? 


『話は三週間ほど前に遡る――』


 おわ? 何か始まったぞ。

 へぇ、こういう演出があるんだ。


『狩りの途中で道に迷ったヤハギ王子は、どこからともなく聞こえてくる美しい歌声に馬を止めた』


 成る程、確か白雪姫にはそういうパターンもあるもんね。王子と姫は初対面ではなかった、みたいな。そうかそうか、遠藤君の脚本ではこうなんだね。


『ら゛~ら゛ら゛~ら゛ら゛ら゛~♪ る゛る゛~る゛る゛る゛~♪』


 あぁ……遠藤君、すごく良い人だし、色々器用だけど歌だけはちょっとすごいんだよね。うん。相変わらずだ。それでもこの堂々たる歌いっぷり。逆に尊敬すら覚えるよ。


 ……って、遠藤君の歌に聞き入ってる場合じゃないよ。どうするの、どうするの萩ちゃん!


 薄く目を開けてみる。

 思ったよりも近くに萩ちゃんはいた。

 なんかちょっと困ったような顔で僕を見下ろしている。

 

 ねぇ萩ちゃん。

 これはお芝居だから。

 ちょっと触れちゃってもさ、お芝居だから。


 大丈夫、この位置なら客席からは見えない。そっと手を伸ばして衣装の襟を掴む。そして、うんと潜めた声で言った。

 

「良いよ」


 萩ちゃん、僕は良いよ。


「い、良いよ、って」

「しても、良いよ」


 しても良いよ、っていうか、むしろ、してよ。

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