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【南城矢萩視点】保健室で二人きり③

 カーテンの向こうにいた夜宵は、ジャージの裾を捲り、左足首を露出させた状態で座っていた。先生が言った通り、そこには湿布が貼られている。


「萩ちゃん、グラウンド戻らなかったの? ええと、これ、お願いします」

 

 不思議そうな顔で、テーブルの上に置いてあったテープを俺に渡してくる。まぁそうだよな。そこ、疑問だよな。どう考えてもグラウンドから駆け付けたにしては早すぎるし。ていうか、さっきの先生とのやりとりだって聞こえてただろうし。


「いや、その、まぁ」


 だけれども、正直に「なんか門別がエロい目でお前のことを見ている気がしたから、張ってました」なんて言えるわけがない。おっとり天然気味の夜宵のことだから、ワンチャン、「そうなんだ、萩ちゃん優しいね」なんて超解釈してくれる可能性もあるが、普通なら「考えすぎじゃない? ていうか、萩ちゃんがそういう風に僕を見てるから、そう見えちゃうんじゃないの? 萩ちゃんのえっち!」となるだろう。ていうか夜宵の口から「えっち」なんて単語が出て来る方が何かヤバいな……。って俺は何を考えてるんだ!


「何ていうか、その、心配で」

「そんな心配してくれなくても大丈夫だよ。とりあえず今日一日様子見て、痛くなったり腫れたりしたら明日病院に行く感じだって」


 そう言いながら、湿布を擦る。折れそうなほど――は言い過ぎだけど、俺よりも細い足首だ。


 さっきまで門別が座っていたであろう向かいの椅子に腰かけ、ビッ、とテープを出す。親がジム経営というのもあって、この手の作業は慣れてる。多少無理して筋を痛めてしまう初心者は多い。その度に父さんは「俺がついてたのに、情けない」と肩を落とすのである。怪我や無理をさせずに理想の身体を作るサポートをするのがパーソナルトレーナーであるわけだから、本来はあってはならないことだと。けれども、痛みや己の限界を知らせずに頑張ってしまう人はいるらしい。


 そんなの言わねぇやつが悪いじゃんと思っていたが、うん、確かにこれは堪える。どう考えても俺のせいだもんな。夜宵が言ってくれなかったことも含めて。父さんもきっと、無理をしていると気付けなかったことにももちろんだが、そもそもそれを言い出しやすい関係を作れていなかったことが悔しかったのだろう。いまならわかる。


「……何か変なことされなかったか?」


 テープを巻きながら、恐る恐るそう尋ねてみる。もし何かあったとしても、たぶん夜宵は、俺が聞かなければ自分からは言わない。


「変なことって?」

「いや、その、変にべたべた触られるとか? 必要以上に、っていうか」

「大丈夫だよ、全然」

「……ほんと?」

「どうして疑うの?」

「疑ってるっていうか、そういうんじゃなくて。いや、疑ってるのか? 何だ、ええと、クソ、わかんねぇ」

「わからないの? 何か萩ちゃん変だよ? どうしたの?」


 テープを巻き終え、置いてあったハサミで切る。巻き終わりが浮かないよう、足首全体を包むようにして軽く押さえた。


「あのさ、さっきの続きなんだけど」

「さっきのって?」

「その、借り物のお題。あれは――」

「ま、待って萩ちゃん!」


 意を決して『大切な人』と伝えようとしたところで、待ったが入る。何やらかなり慌てた様子の夜宵が、「良い良い、言わなくても! もうわかってるから!」と両手を俺の顔の前に出してきた。


「え? 何で? わかってるって、え?」

「なんていうか、その、それを聞いたら何か立ち直れない気がして」

「えぇっ!?」


 大切な人って言われるのそんなに嫌なの?!


「ごめん、なんて言ったら良いのかわかんないんだけど、その、たぶん、萩ちゃんが思ってる以上にダメージを受けることになりそうっていうか」


 えぇ――っ!?

 

「め、迷惑だった……?」

「違うよ! その、迷惑とかじゃなくて! 僕の気持ちの問題ってだけなんだけど、ほんと! ほんとに!」

「いやでも、俺はその」

「大丈夫! わかってる! ちゃんとわかってるから!」


 えっ、わかってるって何……?

 どこまでバレてんの……?


「ちょ、ちょっと待って夜宵。お前、え? わか、わかってんの?!」

「わかってるよ、そりゃ」

「嘘、俺そんな、わかりやすかった?! え? 嘘」

「だ、だって、普段から……」


 普段から――?!

 普段の俺のどんな態度で――?!


「え、ちょ、てことは、その、夜宵は、その、なんていうか」


 ヤバい、声が震える。

 どうしよう。


 俺が夜宵のこと、そういう風に思ってるってバレた上でってことだろ? てことは、めっちゃ迷惑に思ってたってことじゃん? 夜宵は優しいから「迷惑とかじゃない」なんて言ってくれてるけど、つまりはそういうことじゃん? 決定的なことは聞きたくないってことだろ?


「俺のこと、その、き、嫌いなん……?」


 その言葉と同時に、ぼろ、と涙が落ちた。

 おかしいな、俺、普段そんな泣く方じゃないのに。全然泣くつもりなんてなかったんだけど。


「えぇぇっ!? は、萩ちゃん? どうしたの!? 何で泣くの?!」

「だ、だって、そういうことだろ、お前」

「そんなことないよ! どうしてそうなっちゃうの?!」


 だって、と言いながら、ぐいっと袖で涙を拭う。


「全部わかってるんだろ。わかってて、聞きたくないんだろ」

「そ、そりゃそうだけど……。だって、僕にも一応、その、なけなしのプライドってものが……」


 プライド?

 

「プライド?」

「え? プライドっていうのは、日本語で言うと、自尊心とか、誇りとかそういう意味で――」

「違くて。それくらいわかるよ俺だって」

「ご、ごめん」

「そうじゃなくてさ。そこまで夜宵のプライドを傷つけるようなやつなのかよ」

「え?」

「だとしたら、やっぱり夜宵は俺のこと、嫌い――まではいかなくても、好きじゃないってことに」

「ならないよ! 何でなると思ったの? むしろ逆だよ! 僕はいよいよ萩ちゃんに情けないやつって愛想尽かされちゃうって思って」

「何でだよ。なるわけないじゃん!」

「だって!」


 一瞬、間があく。

 こうやって夜宵と言い合いになることなんて最近ではほぼない。うんと昔は、それこそ当時流行った漫画だかアニメだかで、どっちの好きなキャラが最強か、みたいなくだらない言い合いを良くしていたものである。


 だって、と夜宵が繰り返し、ぐっと下唇を噛む。言えば夜宵を傷つけることになるんだろうか。そう思ったけれども、何となくだが、夜宵は何か勘違いしているようにも思える。どうして俺が愛想を尽かすなんて結論に至るんだ。


 それに、『大切な人』って言葉は必ずしも、恋愛的な意味を含むとは限らない。もし仮に夜宵がそっちの意味で嫌がったら、「親友としてだよ」って逃げれば良い。そんなずるいことを考える。いや、親友として大切に思っていることももちろん間違いではないんだし。


「良いか、夜宵。よく聞け」

「やだ。聞きたくない!」

「頼むから。俺は、夜宵のこと、絶対に愛想尽かしたりなんてしないから」


 余程聞きたくないのだろう、両手で耳を塞いで、いやいや、と首を振る。

 どうしてそこまで頑なに聞いてくれないんだろう。

 俺のこと嫌いじゃないとは言ってくれたけど。


 ぎゅっと目まで瞑り、必死に耳を塞いでいる夜宵の、その細い手首をそっと掴む。怖がらせないよう、優しく握ったつもりだったが、驚いたのだろう、びくりと身体を強張らせている。塞いでいても、うんと近付けば聞こえるのではないかと浅知恵を働かせて、こつん、と額同士をくっつけた。


「お願い。ほんとに、夜宵を傷つけたいわけじゃないんだ。ただ俺は、『大切な人』って書いてあったから、そんなの、夜宵しかいないって思って」


 話しているうちに、強張っていた力が抜けていく。夜宵はというと、何だかぽかんとした顔をして、「ふえぇ」と気の抜けた声を発している。


「た、『体育の苦手な人』、じゃなくて……?」

「え、違うけど。何? お前、そんなお題だと思ってたのかよ!」

「だっ、だって、絶対眼鏡だと思ってたら、高野君じゃなくて僕だったし、それで、『たい』から始まる言葉なんて言ったら、もう『体育の苦手な人』しか浮かばなくて……!」

「そんなわけねぇだろ! お前、体育の成績なんぼだよ!」

「四だけど」

「四取れるやつは苦手じゃねぇんだよ!」

「だって、それは筆記で……」

「筆記だけで取れるか!」


 ああもうクソ、なんだよ夜宵ぃ~。ビビらせんじゃねぇよマジでよぉ~。


 俺もまた、「ぶへぇ」と息を吐く。そうしてから、いまだに夜宵の手首を掴んでいたことを思い出し、慌てて放した。


「し、しかし、アレだな! 俺達、マジで馬鹿みたいだな! ハハハ!」


 気まずい空気を吹き飛ばそうと、無理やり明るい声を出す。


「そうだね、馬鹿みたい。お互い勘違いして。でも、僕の方が馬鹿だね。萩ちゃんのこと疑うなんて」

「そうだぞ、俺を疑うなんて」

「ごめん。もう疑わないよ。萩ちゃん、僕のこと大切に思ってくれてるんだね」

「ンッ、お、おう! もちろんだよ! だ、大事な親友だしな!」

「……だよね。僕もそう思ってる。僕も萩ちゃんのこと、大切に思ってるよ」


 そうだ。大切に思ってることに変わりはないんだ。

 俺は、親友としてだけじゃなく、お前のこと、恋愛の対象として大切に思っているけど。

  

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