【遠藤初陽視点】好きなキャラは?③
今日こそは。
今日こそはと決意を固めて迎えた本日は、ちょっとした小道具を用意してみた。
週刊少年チャンプである。
いつの時代も少年の心をときめかせてくれるバイブル、それが週刊少年チャンプだ。俺だってその『少年』にカテゴライズされる、ピッチピチのDK。もちろんこのバイブルは毎週楽しみにしている。
その中でも注目しているのは、昨年二月から始まった『闘玉演舞』という、宝石や鉱石を擬人化させたキャラ達によるバトル漫画である。あっという間に人気作となり、この度めでたくアニメ化も決定した。俺がこの漫画の連載を楽しみにしているのは、もちろんストーリーの面白さもあるのだが、最近ではそれ以外の要素もある。
主人公の『金剛堅志』とその親友の『黒曜清雨』が、南城と神田に激似なのである。もちろん、健全なバトル漫画であり、BLの要素は皆無なのだが、例え公式の見解がそうであろうとも、某お絵描きサイトでは『金×黒』だの『黒×金』だのの二次創作が乱立しているのだ。そちらの方も少々嗜む俺としては、もう彼らの一挙手一投足が二人と被って仕方がない。
そこで、ふと思ったのである。
南城と神田に『闘玉演舞』の推しキャラの話題を振ったら、なんやかんやでお互いの思いとかゲロったりしねぇかな、と。
少々乱暴な発想ではあるが、何せこの二人はこれまでもウルトラCばりの離れ業で美味しい展開をもぎ取ってきた(ただし活かしきれずに終わる)実績があるのだ。軽い感じで問い掛けた結果、なんやかんやで何かがおっ始まる可能性は大いにある。大いに。
そんなことを考えたらとてもじゃないが放課後まで待てなかった。だって、放課後に買うってことは、また明日これを持って登校しないといけないってことなのである。高校生にもなって、わざわざ家から少年漫画を持参するとか、お前何しに学校来てんだ。しかも俺、委員長だし。だけど、登校のついでとなれば話は別だ。どうしても読みたい連載があったとか、そういう感じでいけば良いのだ。委員長だって読みたい漫画はある。
という経緯での、週刊少年チャンプである。
放課後、首尾よくクラスメイトを追い払って、いつものようにウチのクラスの前をウロウロしている神田を捕まえる。役者は揃った。昨年同じクラスだったとはいっても、神田とはまだなんとなく距離がある気がする。今日の本題が『好みのタイプを語り合う』というディープなトークテーマである以上、そこに入る前に多少緊張をほぐして警戒を解く必要がある。ということで、神田に姉がいるという話から、やたらとヒロインの多いラブコメの中から、その姉に似ている人を選んでもらう、というプチイベントでウォーミングアップだ。よし、若干温まって来たな。
さて、時間もないのでさっさと本題である。
「そういやさぁ、ほら、これアニメ化すんじゃん」
そう言って、『闘玉演舞』のページを開く。ちょうどアニメ化記念でキャラクター人気投票を開催しており、それの結果発表ということでキャラ一覧が載っている。
「ああ、『闘玉演舞』か。正直言って、やっとか、って感じだな。俺も毎週追ってる」
「そうだね。連載開始からずっと人気だもんね。遅いくらいだよ。僕もこれ好き」
よしよし、さすがは人気作、二人共食いついてきた。
「登場人物すげぇ多いけど、それぞれキャラが立ってて良いんだよなぁ。ちなみに、二人は誰推し?」
畳みかけるようにそう言うと、どうやら『推し』という言葉は二人には耳馴染みがなかったようで、揃って首を傾げられた。クソッ、そんなところまで仲良しかよ! 俺の『ご馳走様カウンター』がカシャンカシャンと音を立てて回りまくる。これは、俺が脳内で『ご馳走様ボタン』を押すか、あるいは実際に口に出すことによって加算されていくやつだ。
とりあえず、尋ねる以上はこちらの推しも示すのが礼儀だろうと、俺の一押しキャラを指差す。『蛇紋馬丞』という、サーペンティンなんて全く聞いたことも見たこともない宝石がモチーフのキャラである。すると南城は「成る程なぁ」なんて小さく呟いてから、「俺はこれかな」と『黒曜清雨』を指差した。
だな!
だよな!
お前ならそれを選ぶと思ってたよ!
もうご馳走様だよ、マジで! まーたポイント入りましたわ!
「どの辺が推しポイントなわけ?」
正直もう、思った通り過ぎて腹が痛い。
「推しポイント、って言われると――。いや、まずビジュアルが良くね? シュッとしててカッコいいじゃん」
「ビジュアルと来ましたか。黒髪サラサラヘアーの、優等生、ねぇ。南城とは全然タイプ違わね? むしろ神田寄りだよな、なぁ?」
神田寄りも何も、神田なんだよ! お前、もうそれは俺の中ではほぼほぼ告白だからな!?
「いや、僕はこんなにカッコよくないよ」
はいはいはいはい。
そう来るとは思ってた。
神田は謙虚だからな、わかってた。でもな神田、よく見てくれ。俺じゃなくて、目の前の男をよく見てくれ。あれはな、真っ赤な顔で否定しているお前に対して「何だこいつ、めっちゃ可愛い!」とか思ってる顔だからな!?
こんなのもう焚きつける一択である。
「そうか? 結構設定なんかも被ってたりしない? 清雨って何でもそつなくこなす優等生キャラじゃん」
「まさかまさか! 僕こんな優等生じゃないよ! 勉強だってお父さんお母さんやお姉ちゃんに比べたら全然だしさ。それに鈍臭いし――」
と。
「そんなことない!」
眠れる獅子が動いた。
「確かにちょっと能力を活かしきれてないところもあるかもしれないけど、いざって時には案外行動力があるっていうか、結構男らしいところもあるっていうか! マジで、本気を出した時が最強っていうか! そういうの、普段とのおっとりキャラとのギャップですげぇカッコいいと俺は思うし、すげぇ好き! あと全然鈍臭くなんかないっ!」
くぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
お前! お前それはな、もう告白なのよ! お前いま「好き」って言ったからな!? こんなのもう清雨のキャラじゃねぇから! あいつ、おっとりじゃなくてクールキャラだから! それはもう公式設定だから! 作者がクールって言ってるから! おっとりキャラは神田だから! あとそもそも清雨は鈍臭い要素もねぇし能力も活かしまくってるわ! 何せ作中最強クラスのスマート野郎であるからして!
俺の中の『ご馳走様カウンター』はとっくにカンストしてしまったらしく、脳内のボタンを何度連打してもうんともすんとも言わなくなってしまった。
「そ、それじゃあ神田は?」
這う這うの体でそう尋ねる。
「僕はやっぱり主人公の金剛君かなぁ。ベタかもだけど」
だよね!
ですよね!
わかりきってた!
この展開もわかりきってましたよ俺は! 小道具さん! ボタンもう一個持ってきて!
「むしろベタではないだろ。主役の割に人気ないしな。ちびっこだし。でもちょっと見た目は南城に似てるかもなぁ。それで? 神田は金剛のどの辺が良いわけ?」
正直、虫の息も良いところだが、ここで俺が諦めてしまったら終わりなのだ。俺がやらねば誰がやる。我こそはハッピーエンド請負人、そして推しカプ誕生見届け人、遠藤初陽なり!
「えぇと、やっぱり元気が良くて、いつも前向きなところかな。一緒にいるだけですごく心強いっていうか、ぽかぽかしてお日様みたいっていうか。さらさらの茶髪もすごくカッコいいと思うし、にこって笑った時の八重歯も可愛いと思う! あと、ちびじゃないよ!」
ごふぅぅぅぅぅぅぅっ!
お前もお前で!
それはもう完全に南城なんだわ! 金剛は確かに前向きキャラではあるし、あの髪もまぁギリ茶色と言えなくもないけど、大抵のトラブルは全部あいつのせいだから、一緒にいるだけで心強いとかはないから! むしろ作中では疫病神扱いされてるからな?! にこって笑った時の八重歯も南城のやつなんだわ! 金剛の歯は八重歯どうこうじゃなくて全部ギザ歯なんだわ! あそこまでのギザ歯で八重歯だけに注目するのなんて最早不可能っていうか、たぶん作者だって描き分けてない部分なんだわ!
致死量だわ。
じれじれが致死量だわ。
お前らもういい加減にしろ。
お前らのじれじれで俺が死ぬ。
「いや、なんていうかさ、お前ら、その何ていうか、何か気付かない? お互いに、っていうか」
ちょっと一旦二人きりにさせた方が良いな。それで、答え合わせさせりゃ良いんだ。
「ちょっとさ、南城は神田の、神田は南城の好きなキャラ、もっかいまじまじとよく見てみ。ちょっと俺、トイレ行ってくるから」
そう言い残して、教室を出る。もちろんトイレになんて行くわけがない。扉をうっすらと開け、耳を澄ませる。この隙間からでは、二人の姿はよく見えないが、会話だけで我慢するしかない。こういう場合、どういうわけかそう大して大声で話しているわけでもないはずなのに、会話はばっちり聞こえるようになっているのだ。




