【遠藤初陽視点】サプライズお泊まり③
奇跡だ。
奇跡が起きた。
推しカプの成立を願う俺の強い思いが天に届いたのだろう、俺の精神の一部が、本体から切り離され、自宅から数キロ離れたここ、南城家は矢萩の部屋の壁に取り憑いたのである。
世の腐女子――いまは腐男子も結構いるけど――の夢の上位にランクインする『彼らの部屋の壁になりたい』がいまここに実現したのだ。
今日も今日とてこいつらは神様のいたずらか、なんやかんやで美味しい展開に持ち込まれている。ゲリラ豪雨からのお泊まりコンボである。本来であればこいつらは隣同士に住んでいるため、鍵を紛失でもしない限りは、たとえべっしょべしょに濡れたとて、各自の家に帰ればそれで終わりなのだ。
つまり、
「お前ん家、遠いだろ。このままでいたら風邪引いちゃうから寄ってけよ」
が通用しないのである。お前ん家も俺ん家もさほど変わらねぇよ。隣なんだから。
けれども、何がどうなったか神田家の家電という家電がイカレた上に風呂まで壊れるという、経済的打撃を一切無視すれば美味しいことこの上ないトラブル勃発により(いっそミラクル)、この夢のような展開になったというわけだ。断じて俺の仕業ではない。そこまでやったらさすがの俺でも犯罪だ。
さて、親友が全身びしょ濡れなわけだから、そりゃあ風呂も着替えも貸すことになる。それが人として当然の行動だ。俺が南城の立場でもそうするだろう。ただし、こいつらは互いに思いを拗らせている両片想い。さっきから、南城がチラチラと己の服を着た神田を見ては、下唇を噛んで緩みそうになる口元を必死に抑えているのが面白い。
あいつ絶対脳内で「うおおお夜宵が俺の服を着てるぅぅぅぅ!」とか叫んでいるはずだ。
そんで神田も神田で、意味もなく、借りたシャツを擦っては頬を染めている。こちらも絶対に「萩ちゃんのシャツ、ちょっとおっきいな。カッコいい」とか思っているに違いない。俺にはわかる。
やはりこの距離で眺める推しカプは最高だ。よしよし、順調にイチャイチャしてるな。
さすがに今回はもう誰の邪魔も入らないはずだ。
神田のご両親はそれぞれ夜勤と県外出張、お姉さんの弥栄さんも夜勤だ。調べはついている。何せ俺は、恋愛ゲームなら『攻略対象の好感度や流行のデートスポットなど、何でも教えてくれる親友ポジ』との呼び声も高い遠藤初陽である。
南城のご両親はパーソナルジムを経営しており、そこの営業時間が二十二時までということもあって、帰宅時間はいつも二十三時すぎだ。さすがに二十三時なら大丈夫だろう。
不安要素としてはお兄さんの椰潮さんだ。彼もそこでパーソナルトレーナーとして働いているのだが、やはり帰宅時間はご両親よりは早い。
とはいえ、平均帰宅時間は二十一時。現在時刻は十八時だ。三時間ある。これなら告白&キスくらいのメニューはこなしてもお釣りがくるはずである。お釣り部分でライトな身体接触くらいはあっても良いのではないのだろうか。
などと思っていた矢先、その『ライトな身体接触』の方が先に来た。なんてこった! こいつら、二段飛ばしでコトを進める気か!? い、いや、これこそが令和スタイルなのかもしれない。身体から始まる恋があっても良い、いや、いっそおっ始まってしまえ! ――と暴走してから気が付いた。よく考えたらこいつら、普通に幼馴染みだ。昔は一緒の風呂に入ったりしたこともあると聞く。何なら子どもの無邪気さで具体的にナニをとは言わないが、握り合ってる可能性だってある。腹を触るくらい朝飯前かもしれない。
良いぞ神田、南城の腹が割れているという点をついてのファーストタッチ! こんなことされたらさすがの南城も意識せざるを得ない!
案の定、妙な空気になりやがった。いや、この場合、妙な空気というよりは、ズバリ言っちゃうとえっちな雰囲気というやつだ。こりゃあマジで何かがおっ始まる可能性大! 期待出来るが、一般誌の枠をはみ出してしまわないかが心配だ。
と、成り行きを見守っていると、ドォン、と一際大きな音が鳴った。雷が近くに落ちたらしい。
ほぼ同時に部屋の灯りが、ふ、と消える。
ちくしょう! 何も見えねええぇ! だって俺、壁だもん! クソッこんなことなら部屋を自由に動き回れるエージェントGにでもなれば良かった! いや、普通にGは嫌だな。
いや、プラスに考えるんだ遠藤初陽! 俺はいつだって何事も前向きにとらえて来たじゃないか。どんなやつの短所も長所とアピってターゲットにプレゼンしまくって来たじゃないか。その結果得たのがあの『ハッピーエンド請負人』という輝かしい称号なのだ。
逆境を好機に変えるんだ!
南城! 神田! ここなら誰も見てない! いまはこの暗闇(と俺)がお前達の味方だ! やれ! やったれ! 具体的にナニをとは言わないが存分にやれぇ!
ひそひそとささやかな、二人の声。
「大丈夫だよ、萩ちゃん。僕がいるから、怖くないよ」
「べ、別に全然怖くなんかねぇし!」
うん、南城。好きな子の前で強がってるところ残念だけどな。
お前が暗いトコ駄目なの、前のクラスの奴ら全員知ってんだよ。もちろん俺も。
ほら、一年の時の宿泊研修でさ、寝る時に豆電球をどうするかってやつでさんざん揉めたじゃん。あの時も神田が必死に「僕、灯りがないと眠れないんだ!」ってお前のこと庇ってたけど、その後ろでお前が震えてんだもん。バレバレだっつーの。
夜宵? と焦ったような南城の声の後で、「じゃあ、僕が怖いってことにして? だから、落ち着くまでこうしてて良い?」と、線の細さの割に男前な神田の言葉が届く。
えっ、何。
お前ら、そっちなの?
南城が受けなの? 茶髪チャラ男受け?! いや、俺はてっきり黒髪真面目君受けなんだとばかり。いや、この場合は黒髪男前受けと呼ぶべきだったのかもしれないが。えー、嘘。神田が攻めなの? 意外~。神田、お前、南城の何をどうしてるのかはわからないが、台詞が男前すぎるだろ。
いや、まだ神田が襲い受けの可能性も捨てきれない。断定するのはまだ早い。むしろ俺はまだ、神田が受けの可能性を諦めたくない。
いずれにしても、だ。
何が何やらまったくわからないが、神田が南城の何かしらを何かしらしているらしい。耳を澄ましても生々しい水音的なものは一向に聞こえて来ないので、キスはしていないものと思われる。いや、ライトなやつならもしかすれば……?
雨と雷は依然として止まない。この停電が雷によるものだとすれば、朝までこのままかもしれない。もしかしたら、このまま一緒の布団で朝を迎えるなんてことにもなるかもしれない。もう一度言う。身体の関係から恋が始まったって良い。特にこいつらの場合、それくらいのきっかけがないといつまでも進展しやしないのだ。
この暗闇に後押しされたとはいえ、何も見えないというのは正直もどかしい。けれども、見えないからこそ掻き立てられるものもある。彼らはいまこの闇の中で一体何をしているのだろう。雷鳴と雷鳴との間に微かに聞こえる吐息混じりの声。
――いやもうこれは始まってね?
というのが正直なところではある。
それはそれで――と思いかけていたその時だ。
「矢萩っ! 夜宵もっ! 大丈夫かぁっ! お兄ちゃんが助けに来たぞ! 家にいるお前達が心配で、早退してきたんだ!」
椰潮さん――!
ドアを蹴り破らんばかりの勢いで、雷鳴よりも元気よく、筋肉馬鹿が乱入してきた。手に持っているのはちょっとした工事現場とかで使うような投光器だ。馬鹿みたいに明るい。いや、こういう時はさ、キャンプ用のランタンとか、良いとこ懐中電灯でしょうよ。何でそんなの持って来ちゃった? 何千ルーメンか知らないが、ガンガンに照らされた二人はまるで見つかった脱走兵である。ああ何だ、神田が南城の頭を抱えてただけか。いや、頭を抱えるってどんな状況?!
「お兄ちゃんが来たからにはもう大丈夫だぞ、お前達! さすがにこれだと寝る時には明るすぎるから、寝る時はほら、ちゃんとランタンも用意してある!」
だったら、それで突入して来いっつーんだよ! ムードとか考えろ! この、ブラコン筋肉野郎!
結局その後は椰潮さんを加えた三人で、馬鹿みたいに明るい投光器の光の下、仲良くトランプに興じ、最終的には「何だか昔を思い出すな! ワハハ!」と何が面白いのか一ミリもわからないが、終始楽しそうに笑いまくっている椰潮さんを真ん中に配置しての川の字で就寝する、という地獄のような結末を迎えた。
今回も安定の進展なしである。
さすがの俺も多少打ちひしがれて本体へと戻った。
★次回予告★
なんやかんやで互いの好きなタイプを語り合う二人!
好きなキャラの話の体で進められる推し語りは最早告白!
悶える遠藤の『ご馳走様ポイント』がどんどん加算されていく!
守護神遠藤は今回こそ無粋な乱入者を止め切れるか?!
次回、『なんやかんやで互いの好きなキャラを語り合う二人』!
ご期待ください!




