異星異変 弐~ヒツヨウセイ
幻想に逃げる事は逃亡では無く、新たな試練だ。逃げられるなら逃げる。現実逃避には何時か終わりが訪れる。
産まれた時から苦しかった。
父は俺が物心がついた頃から居なかった。別の女と出て行ったらしい。
母は所謂毒親だと思う。体罰は少なかったが、言葉による暴力が多かった。
「邪魔」「産まなきゃ良かった」「とっとと死ねばいい」
ぶっちゃけこれが当たり前だったから、違和感が無くなっていた。
それに、親から離れられる学校も決して安息の地ではない。虐めだ。小学三年生くらいから始まった。最初は物を取られたり、軽く殴られる程度だった。
高学年になると、物を破壊したり、血が出るまで暴力を振るわれたりした。更に、
先生からも随分と嫌われていたと思う。成績を下げれるとか明らかに嫌がらせだったのに、誰も言及しなかった。それは特に中学で顕著だった。
体育倉庫に閉じ込められた事もあったな。
もう何も変わらない。何処に行ったって誰にも求められない。そう考えていた。
でも、ある日突然光が射し込んだ。
中学二年生になってから暫くったった。その日は雨だった。傘は持って来てない。どうせ無くなるからだ。
校舎から出ようとしとた時、「あの、何時も傘無いですよね?大丈夫ですか?」と声をかけられた。
振り返ると、自分と同じ位の背の女子が居た。顔に覚えがないので一年だろうか。
然し、どう返せばいいだろか。大丈夫と言う?
お互い気まずい空気が流れた。ようやく彼女が口を開いた。
「良かったら傘要ります?」
貸してくれるのか。それはシンプルに嬉しい。でも、見たところ彼女は一本しか持っていない。
「一本しかないけど…?態々借りるのも悪いし、いいよ」
「あっ、いや、あの。良かったら、入りませんか」
どういう意味だ?若しかして同じ傘で帰るってこと?流石に初対面の人と相合傘はキツい。ここは適当に断っておくべきだろう。
「いや、ホントに大丈夫なんで。心配してくれてありがとうございます」
其の儘出て行こうとした。だが、外に出ても常に後ろか視線を感じた。彼女がずっと付いてきている。若干、イライラして速足になった。一体何が目的なのだろうか。
晴れなら家に帰らず街をぶらぶらするが、雨なら濡れたくないので家に帰る。出来れば、外にいたいが。
家まであと少しとなった時、雨が止んだ。いや、遮られた。傘によって。まさか彼女が付いてきているのか。
振り返ると案の定彼女が居た。どういう執念なのか、と思い心臓がバクバクした。もう話さずとっとと家に帰った方がいいんじゃないか。
水溜まりも気にせず歩いた。然し、ずっと視線を感じるので恐らく付いてきているのだろう。
家に着き、急いで玄関に入った。さっさと部屋のベットに飛び込んだ。何か疲れた。今日はもうさっさと寝たい。着替えて、また寝転んだ。
それにしても、彼奴は何だったんだ。追いかけてきて不気味だ。というか家に入ったから、自宅がバレたけど大丈夫かな。また心臓が激しく動く感覚がする。偶にああいう変人現れるよな。
そういえば彼奴は俺の傘がいつも無いのに気付いてたな。よくそんな事見てたな。それに、傘も差し出して…。突然視界が歪んだ。どんな感情だろうか。嬉しいとは違う気がする。光の暖かさだろうか。
今日は晴れている。だから、また彼女に追いかけられる事は無いだろう。でも、心の何処かでそれを願っている気がする。校舎を出ると、また後ろから視線を感じた。振り返ると、彼女がいた。
まさかとは思ったが、怖いとは思わなかった。
「今日は晴れで良かったですね」
自然に笑みを向けているが、何か思惑がある様に思う。然し、その思惑を信じてみる事にした。つまり、一緒に帰った。
最初は普通の世間話だった。今迄、こんなに他人と楽しく御喋りした事は無かったので、上手く話せるか不安だった。然し、彼女が話上手なのか、すらすらと会話が続いた。
暫く話していると、突然、彼女は深刻そうな顔になった。如何したのかと尋ねると、低い声で言った。
「ねえ、先輩、虐められていますよね?」
時間が止まったように感じた。一体何が言いたいんだ?唯々困惑していると、彼女が抱きついてきた。
ゑ?頭が空っぽになった。何?何て言えばいい?
冷静になると、道でこんな事をしている事が恥ずかしくなって、彼女を剥がそうとした。
彼女は小さく笑ってごめんと言った。然し、顔は真剣に見える。
「初めて見掛けた時から、様子が変だなと思ったんだけど……。やっぱり……?」
言葉が出ない。でも、頬に涙が伝った。頭の中は空っぽなのに。
彼女は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい……。でも、如何しても無視出来なくて……」
声が出そうになった。必死で抑えた。
初めての体験。初めて心配してくれた人。
祖母だって優しいけど、今の現状を知っているかは分からない。
「ありがとう……」
気が付くとそう呟く様に言った。
其の日から、二人でよく一緒に帰るようになった。
友達の様に話して、笑って、それだけで嬉しかった。
此の日常が続いて欲しいと願った。嫌、其れは違うかもしれない。出来れば逃げ出したい。此の人と。
或る日、何時も通り帰っていると、ふと其の考えを伝えたくなってしまった。そして、小さく言ってしまった。
「逃げたい……」
「え?」
当然の反応だ。言ってから悔やんだ。一体何て返される?
「まあ……、そうだよね……。良いよ!待っててね!」
ん?如何いう事だ?良いよって?待って?何を待てば良いんだ?
そう思ったが何か恐ろしく、口が動かなかった。
「ふふふ……」
小さく笑っているが、其の意図は汲み取れなかった。不安になったので、話を変えた。
ふと、彼女の名前を知らない事を思い出した。名前を聞かないなんて事有るか……?彼女も聞くのを忘れていたのか?と思いながら口を開いた。
「そういえば、名前何ていうの?俺は祟州龍毬だけど」
そうは言ったものの、何故か聞かなくてもよかったなと思った。
彼女は頭を掻いて、笑った。その仕草は大袈裟な感じがした。
「忘れてたね!」
一息置いて言った。
「私は島田秋晶だよ!」
風で彼女の黒髪が靡いた。