魔開異変 陸~寂寥の置き処
「私は井鹿光氷。此の世界を統べる王、天津檸子様に仕える四天王の一人だ」
辰が口を開いた。
「さっきの彼奴らも四天王とか言ってましたね……」
「お前らは既に三人倒しているのだろう?」
「ん……?私は二人としか出会ってないですが。其れに、内一人しか倒していません」
辰はアリスの方を見た。
「私は四天王と名乗る者には出会って無いわ」
光氷は訝し気に彼女らを見た。
「では、誰が戦ったのだ……?」
「俺達が知ってる訳無いだろ」
花隈は打切棒に言った。
「そうだな。では、もう良い。氷符「透明で不純な結晶」!」
床と壁、天井、全てが凍り付く。そして、結晶化し、鋭く彼女らへと向けられる。
アリス達は宙に浮かんで回避した。
花隈は弾を光氷に向けて放ったが、其の弾は瞬時に凍り付いた。そして、其れは結晶化した。
驚いて見張る暇も無く、結晶は下へと落ちて行った。
破片が飛び散るが、左程脅威には成ら無い。
然し、彼女が前に伸ばした手からも氷晶が飛び散る。上からも下からも結晶が襲う。
「きゃ!」
悲鳴が背後から聞こえる。花隈とアリスは同時に振り返った。其処には足が氷に覆われている辰が居た。
凍っているのだろうか。
アリスはタイミングを見て、辰の方へ向かう。
「魔法で溶かせるかしら……」
氷にそっと触れる。じゅわっと氷が水に変っていく。
「すいません……」
「良いの、私しか回復出来ないんだから。痛みは無い?」
「凍傷はしていないと思いますが、冷たさで少し」
アリスは出来るだけ早く治せる様に急いだ。だが、背後から攻撃がやって来る。辰は直ぐには立ち上がれそうに無い。
マズイ……判断を誤った……。
「辰!アリス!」
花隈は二人の方へ飛び寄る。
途中、辰が落としたお祓い棒を拾い、二人と光氷の間に入る。
「花隈さん!危ないです……!」
辰はそう言うが、花隈が立ち下がる気配は無い。
「一方的に攻撃してんじゃねぇ!!」
花隈は飛んで来る氷晶をお祓い棒で打ち払う。アリスは其の間に急いで、辰を回復させる。
だが、魔力が込められているのか、中々溶けない。
花隈の方も、氷晶を払うのに大きな労力が使われている。長くは持たないだろう。
「貴様らが結託した所で無駄な事だ……」
もう、辺りは凍り付き、氷の結晶が飛び交っている。
一息吸うだけでも、肺が凍ってしまいそうだ。
「ダメだ……。体力が……持たない……」
花隈は力を失い、お祓い棒が弾かれ落としてしまった。そして、地面と共に凍り付いてしまった。
ヤバいヤバいヤバい……!
回復中の辰とアリスを守れない……。どうしようどうしよう……!
……あれ?
光氷が居ない。さっきまで、あの辺りを浮かんでいた筈では……。
其の時、目の前に青く、そして灰色の線が見えた。
何だ……?これ……?
よく見ると少し奥、というにはかなり近い程に光氷らしき姿。其の瞬間、理解した。
刀だ。
刀が今眼前に迫っている。
死ぬのか?此処で……?
まだ、彼奴にも会えて無いのに……。
思えば、今から千年程前、平安時代と言われる時代だろう。俺は庭園の叢で見つけられた孤児だった。
其の庭は貴族の屋敷の物だ。
丁度其の頃、後継ぎとなる男の子が死産したらしい。詳しい事は分からないが、直ぐにでも新しい男児が必要な状況だった様だ。
そんな中、俺の存在は、神から与えられた物だと感じられただろう。
俺は大層、大事そうに育てられた。
恐らく、大事には育てられていない。飽くまでも、都合の良い存在に過ぎない。
だが、不自由なく生活出来たのは事実だ。
窮屈さこそ感じる事は有ったが、それでも、穏やかで充実した日常だった。あの日までは。
ある時、俺が庭に居ると、ふと、視線を感じる様になった。
最初は気のせいかと思った。然し、日を重ねる事に其の視線は強く感じる様になった。
俺は御付きの人に誰かが見張っていると告げた。
瞬く間に其の事は貴族中の問題になった。
犯人は誰だ。人々はそういう噂で持っち切りだった。
そして、ある一人の庶民が正体では無いかと専らの噂になった。都を外れ、山奥に一人で暮らしている少女らしい。
間も無く、部隊を組み彼女の家に押し掛けた。
彼女は頑なに認めなかった。けれども、時間が経てば経つ程、彼女が犯人だという証拠が揃っていく。
痺れを切らした貴族らは彼女を襲撃するかの様に追跡した。
その少女は小さな体にそぐわず、かなりの長距離を逃げた。
場所は富士。距離にして300kmも逃走した。当然、数カ月も掛かる大事だった。
彼女は山へと逃げた。富士山を登った。それでも、大勢の軍を前には無力だったのだろう。彼女は殺された。
すると、其の時、山が噴火した。
当然、人々は火の海に飲み込まれ死んだ。
それだけなら、特に不思議な事も無かった。
そう、屋敷が原因不明の火事に見舞われたのだ。屋敷の奴らは全員、焼け死んだ。俺以外。
これは、少女の祟りだと、言われる様になった。
然し、俺にはそんな事如何でも良かった。悲しくも、怖くも無かった。
俺にとって一番の問題は衣食住を失った事だ。
世間は俺も死んだものだと思っていたので、今、姿を現すと放火を疑われるかもしれない。そう思い、俺は静かに森の中で隠居した。
偶に人里や都に出ては、食糧を盗んで生き長らえた。
其れは宛ら野生動物の様だった。
其処から何年そんな生活を続けたのだろう。ある時、気が付いたのだ。体が成長していない。
赤子の頃は成長していたのに、十四歳位の体から変化しなくなった。
人に拾われた事も有った。だけど、変わらない俺の姿を見れば、直ぐに捨てられた。
恐れられ、斬りかかられた事も有ったが、俺は無傷だった。そいつ等は随分俺を気味悪がった。
そうして、結局、孤独で寂しい生活は続いた。何十年、何百年、そうしていた。
もう、ずっと独りなんだと思った。唯、誰かに愛されてみたかった。でも、現実はそんな願い、叶えちゃくれなかった。
然し、再び転機が訪れた。
其の日何時も通りに俺は森の中、岩に座りボーっとしていた。それ位しか出来なかったから。
不意に背後から足音が聞こえて来た。
あぁ、野生動物かな。それとも、人間か?
そう思いながら振り返ると、其処には俺と同じ背丈位の少年が居た。年齢で言っても、俺の体と同じ位だろう。
人間に会うのは少し久しぶりだった。
だからだろうか。何時もより高揚した気持ちで口を開いた。
「こんな所に何をしに来た?」
彼は、俺と同じ様に嬉しそうに言った。
「やっと会えたね、三浦花隈」
俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。奇妙な汗が額を伝い、岩へと落ちた。
何故、俺の名前を知っている……?
三浦花隈。
此れは親達が付けた名前では無い。彼奴らが付けたのは確か……藤原……何だっけ。まぁ、良いや。
他にも付けられた名前は有ったが、兎に角、其の中に花隈と言う名は無かった。
此の名前は、無意識の内に脳裏に浮かんでいた言葉だ。
俺は自分が三浦花隈だと、知らず知らずの内に自覚する様になった。
だから、誰も知らない筈なのだが……。
困惑により、二の句を継ぐ事が出来なかった。見かねて彼が再び語る。
「御免、御免!何が何なのか分かんないよね。俺は久住新原」
「……何故、名前を知っている……?」
声色は険しかったと思う。
「だって、俺が君の名付け親だもん」
更に困惑は増してゆく。
此奴はまだ十四、五歳に見える。其れなのに、何故?
「って、いうか、俺が親みたいなもんだけど」
……親?
年齢の事は置いておいても、此奴は如何見ても男だ。
「可笑しいやろ……意味分らん」
すると、彼は面白そうに笑った。
「何、笑ってやがる……」
「いやぁ、割と令和的な口調で面白くて」
令和的な……とは、如何いう事だろう。
確かに、俺の口調は周りとは違うと感じた事が有ったし、其れについて笑われている事は理解出来る。
「やっぱり、ちょっとは俺の記憶を引き継いでいるのかな?」
さっきから言っている事が良く分からない。
「うーんと……何から説明しようかな……。まずは、俺が君の親って話からかな?」
「親って……色々、矛盾点あるじゃねぇか」
「そう思うのが普通だよね。けど、君は長く生きているでしょ?想像付かない?」
「想像……」
若しかして、俺と同じ様な生き方をしているとか……?
「俺は君と同じだよ」
あっ、予想当たった。
「でも、1つ違う事が有る。俺は未来からタイムスリップしてきたんだ」
「タイムスリップ……」
初めて聞く言葉な筈なのに、何故か聞き馴染みがある。
「其の時、俺は君を生み出した。俺の精神から」
話が突飛過ぎて付いて行けない。然し乍ら、心の何処かで沸々と怒りが湧いているのを感じた。
「何で生み出したんだ、俺を」
口調が険しかった気がする。
「な、何か怒ってる……?」
其れは彼も感じ取った様だ。新原は俺に近付いて来て、何をするかと思えば、肩に手を置いてきた。
稚い行動に更に腹が立つ。
「俺にはやらなければならない事があって、其れで君を……」
置いてきた手を振り払う。
「花隈……?」
「巫山戯るな!!!俺がどんな思いで数百年生きて来たと思っているんだ!!!お前の下らない自己利益性で!!何で俺は苦しまなければならない!??」
大きな声に驚き、木々から禽達が飛び立つ禽
「花隈?ど、どうした……」
「お前には分らないだろうな!!俺がずっと抱えてきた受難が!!!」
俺は反射的に新原に殴りかかってしまった。
後から振り返れば、此の言動は思春期の子供が親に反抗をしている様だった。けれども、俺には反骨精神をぶつけられる人間が居なかった。だから、新原を攻撃するしかなかった。
寂しさも、怒りも、新原にしか押し付けられなかった。
何の意味も無いし、解決にもならないと俺は頭の中では理解していても。
「誰が生み出せと頼んだ!!??誰のせいで俺はこうなった!?お前のせいだろ!!????」
あぁ、ほら、反抗期に有りがちな発言だ。
「……御免ね……」
先程とは打って変わり、神妙な声色になった。
「ちゃんと人間らしく生活させてやれなくて」
俺はゴクリと息を呑んだ。
「勝手に俺のエゴで生み出した事も……。俺と会えば楽になってくれると思ったけど……御免、其れも難しいみたいだね」
新原は俺から一歩下がり告げた。
「生まれ変わろうか、一回」
……何を言っているか分からなかった。
「一回生まれ変わろう。俺も君も。そうすれば、或る程度の期間普通に生きる事が出来るから」
一言一言が軽い様で、重たく圧し掛かる。
「でも、ずっとそうやって生きて死ぬ事は出来ないからね。時が来たら迎えに行くから、其れ迄は楽しく過ごしてね」