魔開異変 壱~人間関係人間半分
「ねぇ、ちょっと見てよ」
龍毬が自分の髪の毛先を触りながら言った。
「……何か髪が青っぽくなってきている気がするんやけど……。気のせい?」
「あー、確かに」
炬燵の上に置いてある蜜柑の皮。其れをいじっていた秋晶が龍毬の方を見て言った。
「何でだろうね……。やっぱ龍神の影響?」
「彼奴のせいで髪色が変わるん……?」
「似合ってるしいいんじゃない?別に。隈ちゃんはどう思う?」
秋晶は花隈に会話を振ったが返事は無かった。
そう。花隈は炬燵で気持ち良さそうに午睡していた。両手を枕にし、鬱伏せで大層のんびりとしている。
「隈。起きろー。まだ昼過ぎだぞー」
龍毬は花隈の肩辺りに手載せ、揺らした。体を左右に動かしたかと思うと、手で龍毬を叩いた。
「眠そうだし其の儘にしといたら?」
「ん……」
龍毬はギリ返事だと捉えられる声を出し、手を離した。
「夜ちゃんと寝てるよね?何時も昼寝してるけど……」
「うーん……。どうだろう?基本的に会話も無いから分からん」
「あんま仲良くない?」
「そんな事無いと思うけど……。俺的にはもっと色々話したいんやけどな」
「まぁ、タイプが違うからね。龍と隈ちゃんじゃ」
「残念!!」
秋晶が机に頬杖を付いた。
「龍ってさー……。隈ちゃんの事ちょくちょく気に掛けてるよねー」
「あんま自覚して無いけど、やっぱそう?」
「傍から見れば結構。好きなんじゃないかと思う位」
「好き?俺が隈を?そんな事無い……と思う……。後輩みたいな……?向こうも先輩!先輩!言ってるし」
「あー、確かに。前も籠球に誘ってたよね」
「断られたけど……」
「外にコート作ってもらったのは良かったけどなー」
龍毬は手を上げて欠伸をした。
「秋晶は隈と如何なの?」
「普通」
秋晶は立ち上がって蜜柑の皮を塵箱に捨てた。
「それにしても、もう、三月中旬なのにまだまだ寒いなぁ……」
「そうだね……。もう直ぐ一年位か……」
「何が?」
「……幻想郷に来てから」
「あぁ……、うん。そやな……」
少しばかりの静寂が続いた。外は風が強い様だった。硝子戸がガタガタと音を上げる。
「龍……はさ。此処に来れて良かった……?」
「まぁ……」
「御免ね……。もし、未練が有ったなら私が悪いから……。追いかけて来てくれたから、大丈夫って自分に言い聞かせてたけど……」
秋晶は窓の外を見た。桜はまだ咲かない。景色は枯葉色に包まれる。
「全然大丈夫やし、寧ろ感謝してる」
「それなら少し安心できる。有難う」
再び部屋は静かになった。この位の静けさが彼らに必要なのだ。
でも、静かだと如何しても昔を思い出してしまう。過去の過ちを抉り、苦しさの古傷が痛み続ける。涙さえ枯れたあの日の屈辱が、笑いあう日々でもフラッシュバックする。
幸せは訪れない。
「……疑問って程でも無いけど……。何でああしてくれたのかなって……」
秋晶は目を閉じて笑った。目の最奥の闇が見えない様に。
「態々聞かないでよ……。分かってるでしょ?」
「まぁ、そうだけど……。確信が……」
「……言ったら……。壊れちゃうかもしれないから……」
「そっか……。ちょっと散歩にでも行こうかな」
龍毬は小さめの声で言った。其の声は秋晶に聞こえている。隠したりする心算では無い。
「散歩?夕方までには帰って来てよ?」
「あぁ……、大丈夫」
龍毬は徐に立ち上がり、玄関へと向かった。秋晶は気を付けてねとだけ言って、寝っ転がった。
其の後、ガラガラと玄関の戸が開き、閉じられる音がした。
反対側で寝ている花隈の足が当たった。いや、寝ていた。花隈はゆっくりと起き上がって秋晶の方へと這って来た。
「うぉお。隈ちゃん如何した?」
「先輩、何処かに行ったの?」
「中有の道へ散歩。自堕落だと地獄に落ちるの」
「……何の話?」
「禁断の果実を口にしたら戻れ無い。隈ちゃんもきっと其の内分かるわ」
「別に分からなくてもいいけど。てか厨二病みたいになって無い?」
「貴方と同じ位」
「嫌味?」
「感傷的になる事もあるのよ」
「不幸自慢は嫌われるぞ。嫌味な奴も」
何とも言えない無言。御互いが黙る事で成り立つ関係もある。相反する縁は再び結ばれるのだろうか。
「因みに龍毬が好きな食べ物は知ってる?」
「ハンバーグか何かですか?」
「違ぇよ!」
「何の茶番?」
「龍はミートローフが好きよ」
「粗ハンバーグだろ」
「冗談冗談、豚カツ」
「あんまり琴電に触れる事するなよ」
「琴線ね」
秋晶は笑顔になった。花隈も釣られてか、笑った。
「三国って下?」
「地下?うん、そうだよ」
「本取りに行きたいんだけどなー……」
「付いて行こうか?」
「御願いします……」
二人は立ち上がり、地下への階段を下って行った。
「此の地下って何か一日位で出来てたけど……。一体如何いういう力で……?」
「あぁ……。守谷神社の神様達に頼んだの。知ってる?神奈子と諏訪子って言うんだけど。何か土着神を従えて地形を変えたり色々出来るらしいよ。知らんけど」
「あの二人ね。知ってる」
「二柱ね。人間が神様を数える時は柱と数えるのよ」
「御柱だから?」
「御柱だから」
地下の図書室に着くと、花隈を見るなり、其処に居た三国が囃し立てた。花隈は溜息を付いた。
「隈ちゃん!隈ちゃん!隈……」
「はいはい、うっさいうっさい」
花隈は面倒くさそうに言って、本棚から本を取った。三国はちょっと残念そうに秋晶の方へと視線を向けた。
「何?三国?隈ちゃんの気分は変えられないよ、私は」
「隈ちゃんの気位簡単に変えられる……」
「何読んでるの?」
「話を聞きないよ。え?で、此れ?此れは「非ノイマン型計算機の未来」」
「何か難しそうな本読んでるね。こういの好きなの?」
「うん!理数学って面白い!」
秋晶は改めて、本棚を見回してみる。「惑星を追うヴァンパイア」……。「レーエンデ村物語」……。此の辺は花隈の小説だろうか?
「抑々動物とは何か」「もう一度の微分・積分」「純粋知性批判」……。此れが三国の本?確かに、何か難しそう。
再び、三国の方を見るともう本に喰らい付いていた。
「ジャンルは違えど、三国と隈ちゃんって読書家として意外と相性良いのかなぁ……」
「其れは無い」
割と離れているのに、花隈の声が鮮明に聞こえて来た。其れ程、嫌いなのだろうか。
「でも、本読む人って賢そうだよね」
「いや、本は飽くまでも知識や世界を断片的に教えてくれる物だから其ればっかり縋っていたら、逆に頭が悪く成ると思う。考えない様になってしまう」
「へー。三国って若しかして聡明?」
「うん」
そんな自身有り気に。
「私も何か読もうかなー……」
秋晶は適当に本棚から論説文を取り読み始めた。花隈は秋晶が一階に戻らないのを見て、其の辺に有ったソファに転がって、本を広げた。
其れから五時間位経っただろうか。
「辰も龍も遅いね」
「辰は何処行ったの?」
「何時も通り神社」
「龍ちゃんは?」
「散歩って言ってたけど……」
「其れにしては遅くない?何時出たの?」
「お昼過ぎ……」
「ねぇ、ひょっとして前みたいに……」
「まさか……。そんな事……ある……かも?」
秋晶と三国は勢い良く立ち上がった。花隈も釣られて立ち上がる。
「探しに行かなきゃ!」
二人は全速力で階段を駆け上がって行った。花隈は再び本に戻ろうと思ったが、秋晶が降りて来て、花隈の手を引いて行った。