1.盛者に集え、ギルド崩し【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「――と、時間空いたな…」
そうして日が沈むと、沙多は『ルシフェル・オンライン』で活動を始める。
現実では、左右に分かれた桃色ウェーブの長い髪が特徴だったが、こちらの世界ではハーフアップの短くまとめられた髪型となり、インナーカラーの紫紺が反転して目立つ。
派手なギャル然とした装いから、大人しい見た目へ。物静かでダウナーな少女へと様変わりする。
装備である短く裾上げされた修道服と合わさり、堕落したシスターのような風貌。
見た目を一切弄れないこのゲーム、これも身バレ対策によるロールプレイの一種だろう。
祭りの後に撮った写真。そこに写る天真爛漫な笑顔と比べるとまるで別人。
現実の彼女と結びつくような要素は何一つと無い。
「――ム、妹君よっ。既にこの世界へ来訪していたかッ」
「えっ、ベル!?アタシ、ログインしたばっかなんだけど…早くね?」
だがベアルは、纏う雰囲気にも惑わされず見抜いてくる。
現実でも面識がある影響か、今までゲーム内で貫いてきた寡黙な人物像が乱されてしまう沙汰だった。
「まぁいいや、じゃあ前の続きしよ?今日からゲームに割ける時間増えたし」
「それは朗報であるなっ。では妹君よ、直ちに『ばとるぎるど』に攻め入ろうぞッ!」
「まずはレアエネミーを探すために…――ってエ?」
沙多とベアルの再会は数日ぶりだ。沙多はまだ学生で、都合のつく日時に限りがある。
おまけに先日のテストも惨敗だったため、なおさら時間が空いた。
なので久しぶりとなるゲーム内での活動。やるべき事の確認から始めようと沙多は思っていたが――どういうわけかベアルは既に目標を定めていた。
「どゆことッ?なんで?え、しかもバトルギルド?ってか攻め入るッ!?」
だんだんと情報を咀嚼し、飲み込む度にパニックになる沙多。
ついには、つんけんとしたキャラが消え失せ、リアルと同じ騒がしさが顔を見せる。
「アンタどこでそんな情報手に入れたの!?」
「――はいはいっ、そこからは僕に説明させて下さぁい」
そこで白衣を纏う、研究者然とした緑髪の男が割って入る。
突如現れた彼、だがベアルは動かない。この事態を予め知っていたように口を閉ざしていた。
「まぁ、立ち話も何ですから我々のギルドにお越しくださいよ」
これに沙多は苦虫を噛み潰したような顔をした。
――――――
――――
――
ガヤガヤと活気のある商店街、それを抜けた先に鎮座する巨大な時計塔。
時刻を告げる針の裏には書斎があり、彼らはそこに腰を据えていた。
「いやぁしかし、これは彼にだけの予定でしたが…思わぬ副産物がついてきましたねぇ」
飄々とした様子で件の男は沙多を副産物と呼び、ベアルとの接点に意外と目を細める。
ちなみにベアルは規格に合う椅子が無かった為、ソファ一つを丸々と占拠している。
「…アンタが出てくる方がありえんっての。絶対めんどい事絡みじゃん」
一方、沙多も眉を顰め口を尖らせる。そのやり取りは初対面ではなく、お互いに見知った間柄の距離だった。
「妹君よ、コヤツを知っておるのか?」
「あぁ、申し遅れました。僕は新堂 蓮。マインギルド系譜のギルドマスターです。彼女とは…上司と部下のような関係ですかねぇ?」
巻き毛の髪をクルクルと指で弄りながら男はそう言い放つ。
「まいんぎるど…ぎるどますたぁ…?」
「あ~、アタシが説明すっから」
当然ベアルはその単語の意味を知らず、沙多の補足が必要だ。
「まずこのゲーム、ギルドってのがあんの。人のたまり場みたいなやつ。そこに目的が同じ奴が集まるってわけ」
「フム、利害の一致、あるいは同志か。吾と妹君のような者の集合所というわけかッ」
「そっ。んで、ギルドって結構な数あるんだけど、派閥で分かれてる感じで…ざっくり分けると三つ!」
沙多は三本の立てた指をベアルに突き出して数える。
「天恵を探しまくってる派閥が『エースギルド』で、金稼ぎしか頭にないのが『マインギルド』。そして戦うことしか考えてないのが『バトルギルド』って感じ」
「そして僕はいわゆるマイン派閥のギルドマスター。――つまり金稼ぎ連合の団長というわけですねぇ」
最後は新堂 蓮によって説明は締められた。
「理解したぞっ、即ちウヌは金繰りの為、吾らへ助力を仰いだとッ」
「てゆーか、コイツの意図も立場も知らないで一緒になってたの…?」
沙多はジト目でベアルを見つめる。が、「考えても無駄」と諦め、ため息を吐いた。
いっそこういう奴だと肯定してやる方が心労は少ない、と考えを改める。
「詳しい話はまだだったんですよ。同伴がいるので待ってほしいとの事でしたから。…なので早速、次へ進めますねぇ」
そういって男は、あまり光の入らない瞳で二人を見据える。
「結論から言いましてぇ、僕がお二人に協力して貰いたいことは――裏ギルドの掃討です」
「――まさかッ、裏ってバトルギルドのッ…」
バンッとテーブルを両手で叩き、沙多は向かいに座る新堂を睨みつける。
「アンタが余計なことベルに吹き込んだんでしょ!だから『攻め入ろう』なんて言い出したわけッ!?」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて最後まで聞いてください。僕は儲け話しかしたくない主義なので」
手元に杖を召喚し、モーニングスター状になっているその先端で、何時でも相手に打撲をお見舞いできる構えを取る。
「――天恵が欲しい君にとっても、損にはならない話ですよぉ」
ピクッと、沙多の手が震え、やがて握った杖の切っ先が下がる。
これに両手を挙げ、無抵抗を示していた新堂も手を降ろす。
「また聞かぬ言葉が出たなっ。妹君よ、『裏ぎるど』とは何を指すのだ?」
「…人が集まるギルドは真っ当な人しか入れないの。迷惑かけたり、指名手配されてる奴らは当然むり。だから断られた人は非正規のギルドを作んの」
「フム、それが『裏』か。ならば『裏のばとるぎるど』とは、法を順守せぬ人間による武闘組織というわけかッ」
「大体合ってる。…でも、なしてそいつ等と天恵が関係あるん?」
悪魔との認識のすり合わせが済んだ所で、沙多が本題を急かす。
その言葉を待ってたと言わんばかりに、彼の口からでたのは、とある質問だった。
「沙多さん、今の『業』の数値はおいくつですかぁ?」
この世界には体力や魔力など、ゲームにありがちなパラメーターを視認できる術は存在しない。
だが、数少ない知覚できる項目として、業というものが存在する。
「…?ゼロだけど。『業』ってあれでしょ?悪いことしたら数字がデカくなって、死んだときに失うお金とかがデカくなるやつ」
「そう、犯罪行為をすればペナルティが課せられる。そのリスクを考えれば、裏ギルドでもおいそれと動けない。――にも関わらず、最近は強盗や殺人といったPKが頻発している。妙でしょう?」
このゲームの所持金は、そのまま現実の資産に直結する。
故に業の深さによっては、損失が生涯収入すら上回る危険がある。
そんな反動を無視し、悪事をところ構わず働くのは余程の破滅主義者か――あるいは秘策を持っている者だ。
「たしかに。そういやベルがこのゲーム始めた時も、初心者狩りに襲われてなかった?」
「ム?そんな輩が存在したか…?」
「嘘でしょアンタ…」
痛みを感じるこの『ルシフェル・オンライン』において、誰かに悪意を持って襲われるという経験は、人によって大きな心的外傷を負う。
現実にすら影響を及ぼし、人間不信となった例や、ショックのあまり心肺停止で病院に運ばれた例すらも存在する。
しかし、この悪魔にとっては些事のようだ。
「もし、その業の累積。積もりに積もったそれを帳消しにしようとするなら――天恵でしかありえない」
本来、プレイヤーについて回る業の値は、下降することなどない。
一度ゲームオーバーになろうと、罪を懺悔しようと、徳を積もうとその数値は一生刻まれて戻らない。
――だが、このゲームには常識を覆す力が、夢を叶える力が『天恵』としてプレイヤーに与えられる。
「内偵の末、彼らはレアエネミーの所在を掴んでいると判明しました。だから『どうせ天恵で代償が消えるなら、襲えるだけ襲っとけ』という風向きらしいですねぇ」
「マジ?そんなん襲い得じゃんっ」
「えぇ」
だからその前に叩く。と、新堂はニヒルに笑いながら意気揚々と拳を掲げる。
「相手の『業』値が高ければ高いほど、倒した際に報酬が上乗せされるので、僕らの実入りがいいのも事実。――いわば攻め時なんです」
「…やってることチンピラと変わらんくない?それ」
「だが全容を把握したぞッ。吾らは賊を狩り、れあえねみぃの在り処を暴くのみよッ!」
溜息を吐く沙多と相対して、ベアルは乗り気だ。
大人しかった悪魔だが、目的が明確になった途端、豪快さが戻る。
「単純明快でしょう?戦力がやや不安だったので是非ともお力添えを願いたいですねぇ」
「てことは人と戦うんかぁ…やだなぁ」
「あ、沙多さんは強制で徴集ですよぉ」
「は?何でよっ」
「何故って…――君がこのギルドに所属してるからでしょう?」
至極当然であるとばかりに首を捻る。
沙多を頭数としてカウントした理由もとい、沙多と新堂が見知った仲である起因だった。
この人が絡むと会話が長くなるから新堂は嫌い。
存在するギルドの割合は『マインギルド』派閥が6割、『エースギルド』派閥が3割、『バトルギルド』派閥が1割。
ちなみに新堂の所属するギルド名は『アルケー』。そこそこ有名、悪い意味でも有名。