百戦錬磨と下駄の音
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
痛みと苦悶の緩和が一切何もないVRゲーム『ルシフェル・オンライン』において、ビギナーという洗礼の場を潜り抜け、ゲーム続行を選んだ酔狂なプレイヤーの行く末は大まかに分けて三通りだ。
一つは、利益を重視する者。
効率の良い狩場や商いを模索し、金銭を得る。
これは情報を共有しリスクヘッジの元、パーティを結成する者がほとんどだ。
一つは、世界を開拓する者。
VRという枠組みを超えた圧倒的なゲームに魅了され、世界を探検する。
天恵という夢が叶う超常、これを追い求める者もここに分類される。
そして最後に、我欲を満たすもの。
現実では決して認められない行為をゲームの世界で愉しむ。
嗜好をエネミーに開放するだけに飽き足らず、喜々としてプレイヤーへ襲い掛かる者もいる。
多様なプレイヤーが存在するが、その誰もが情報を仕入れる場所は、例に漏れず決まっている。
それが『ルシフェル・オンライン』専用のサイト。
外部からのアクセスは不可能な、ゲーム中にしか閲覧できない掲示板だ。
***
104.ccc鈿女市-千代区>
なあ、こいつ誰か知らねえ?
無機質で飾り気のないUIのサイト。
ゲームログイン中の現在地がユーザーアドレスとして表示されてしまう、危険極まりないそれ。
だがこれ無しに情報は集められない。
個人情報が筒抜けという代償を払ってでも、プレイヤーは値千金の噂を掴むために、利用せずにはいられなかった。
そんな中に書き込まれたのは一つの問い。
一緒に送られた画像には悪魔――ベアルがエネミーをなぎ倒す光景が納まっていた。
116.ape多福市-南区>
外国人?珍しいな。こいつがどうかしたのか?
127.ccc鈿女市-千代区>
めっちゃ強いわ、初心者っぽいんだけど一人でエネミー蹂躙してる
167.khe弁天市-八百富区>
うわ、俺そこ狩り場にしてんだけど。どうりで今日効率悪かったわけだ。こいつが資源全部盗ってたのか
240.bef-瀬織津市-小野区>
こいつ知ってるかも、なんかレアエネミーについて聞きまわってた
286.loo八上市-出雲区>
このデカブツ、マジで許さねえ。どうせゲームん中でしかイキれねえ癖に
301.tje八上市-出雲区>
↑お前何したんだよw初心者刈りでもして返り討ちにあったのかダッセぇ
308.loo八上市-出雲区>
↑は?お前地区一緒じゃん、見かけたら殺すからな
325.egu豊受市-鎌田区>
てかこれ、装備なんもしてなくね?その状態で戦ってんの頭おかしいだろ
334.gme稲荷市-穴守区>
ガチじゃん。え?じゃあリアルでも素でこの戦闘力なん?やばくね?
347.rem乙姫市-北区>
↑流石に何らかの身体補助系のスキルを有してるんじゃないですか?
352.dja弁天市-大盛区>
見たとこ無所属か?パーティでも組んでんのかね
361.bef瀬織津市-小野区>
レアエネミー探してんなら天恵が目的だろ?ならギルド所属してないほうが不自然だわ
387.ccc鈿女市-千代区>
強さ的に入団は余裕そうだしなぁ、もしスカウトされてなかったら誘ってみよ
404.afo大気都市-北区>
天恵追ってんならどっかのタイミングでかち合うかもな…速めに潰しとくのもアリか
480.hra鹿屋野市-中央区>
てかこんだけ目立つんなら、リアルでも見つけられそうな図体してんな
500.rem乙姫市-北区>
彼はどこで見かけました?
509.ccc鈿女市-千代区>>
↑二番目の街の近く。なんか戦うと叫ぶタイプでうるさい。近くに居れば声で分かるんじゃない?
威風を強く放つ悪魔だからこそ、情報網に長けたプレイヤーは彼の存在を認知する。
実利を伴うゲームだからこそ、目敏く吟味する様は真剣そのもの。
好奇心を実らせる者、芽を摘もうとする者、利用しようと企む者。
水面下でベアルの存在は、注目を集め始めていた。
***
「…コヤツも『れあえねみぃ』では無いかっ」
山吹色の長髪を靡かせ、ベアルは唸る。
あれから手当たり次第にエネミーを狩りつくすも、何一つとして成果は無し。
天恵を運ぶレアエネミー、やはり一筋縄には遭遇しないらしい。
「ウヌ、れあえねみぃなる存在を知らぬか?」
「え、何?レアエネミー?ってかお前誰…?」
闇雲に探す行為が徒労に終わるとなれば、今度は誰かに尋ねてみる。
「れあえねみぃの所在を知っておるか?」
「知らんよ。もし仮に知ってたとしても、んなもん教えるわけねえだろ」
が、レアエネミーとは本来誰もが血眼になって探すもの。
まともな感性をしていれば、無償で情報を流す利点などない。
「いたッ、テメェか!くたばっとけや!」
「ム?ウヌがれあえねみぃであるかッ?」
「何言ってやがる!?」
他のプレイヤーを刈る『PK』に遭遇しても全く動じずレアエネミーについて尋ねる悪魔。
「ヌゥ…無駄足かっ」
一瞬も経たず足元に転がったPKを前に、二つの意味での手応えの無さを嘆く。
灰赤の肌にかかった返り血を振り払いながら次は活気の溢れた街へ向かう。
「やあやあそこの君。ちょいと良いですかぁ」
そこで悪魔は、とある男に呼び止められた。
***
「あ~ガチ最悪…ッ、テスト赤点とかありえんて」
沙多は倒れるように机に突っ伏す。
ちょうど今、追試となった科目が終了した。
「沙多っちおつー、あんだけ赤点パスするとか息巻いてたのに点数終わってるのウケる」
「みんなぁ…待っててくれてありがと~」
教室へ戻ると、たむろするクラスメイト達が待っていた。
燃え尽きたようにそこへ倒れ込む沙多。
よしよしと頭を撫でられる労いもそこそこに、彼女らは学校を後にする。
「でも今日じゃなくて良かったのに。アタシのせいで遅くなっちゃってるし」
「最近めっきり予定合わないじゃん。今遊んどかんと、次いつになるか分からんて」
都合がつかない理由はもちろん、『ルシフェル・オンライン』にある。
このゲームに触れてから沙多は可能な限りの時間をこれに注いだ。
「え~懐深すぎ、皆愛してる」
「その代わり、沙多の奢りね」
「えっ」
だが友人との縁は残っている。
彼女らと歓談し、そんな楽しい思い出をいつか姉への土産話にできるよう、街を練り歩く。
「そういえば、なして忙しいの?」
「ん~、ゲームにハマった感じ?」
「えヤバ、沙多オタクじゃ~ん」
ショッピングを重ね、カフェで一息。さらに露店で小腹を満たしつつ時間を過ごせば、辺りはすっかり黄昏時だ。
夕日が差し込み彼女らの影が長く伸びる。
そんな中しばらく歩くと、人混みが見え始めた。
「あっお祭りやってんじゃん」
「マジじゃん、教えてくれれば行ったのに」
「いや誰も知らんから今気づいたんでしょ」
大きい公園を会場に、ずらっと屋台が立ち並ぶ。
春と夏の境目に開催された縁日。人は多く賑わっていた。
「ちょっと寄ってく?」
はにかんで沙多は皆を誘う。
「あり!あ~でも今ウチら浴衣じゃないやん」
「まぁ浴衣じゃない人も多いから浮かんでしょ」
「私は制服のままでも良いよ~。むしろ制服が良い的な?」
「なんやそれ」
「じゃ、けって~いッ!」
反応は様々。そんな友人の背を押して中へ入る。
会場は、綿菓子や焼きそばといった定番の食べ物から、輪投げやくじ引きといったゲームまでもが揃っている。
「やっぱ規模広いね~」
「あっ的当ての奴あるやん、やる?」
「やる」
彼女らは射的に目をつけ、やがて各々が競う流れとなる。
「沙多っち、やけに乗り気だね。自信あんの?」
「まあね、見ててよ」
得意げに銃を構える沙多。
雰囲気だけは一流だが、実際に撃つと――弾は掠りもせずにノーコン。
結果は最下位で終わった。
「ダメじゃん」
「あれ…?これ銃口ひん曲がってる?」
「現実を受け入れてもろて」
ビリだったので、代金は沙多持ちとなった。
地名とかはテキトウにつけたので、実在する街とはなんの関係もありません。
ちなみに沙多とベアルが書き込んだら『八上市-道明区』と『八上市-一宮区』になる。土地が広い都会なイメージ。
アドレス文頭のローマ字はランダムで振り分けられ、日が変わると更新される。