8.異世界オンライン【章末-前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「これ頭っ割れるッ"ッ"!魔力…ッ限界っ…ヤ"バイ"ッ!!」
「お、おい明野!?」
歓声が止み、首を捻る。
全員が時を忘れて固まった。
呆然と静まる空間。今度は沙多の絶叫のみが響いた。
「よ…、た…ろ…ッあれ…っちょうだッ…、飲ませてッ!」
「おい人に見せちゃいけない顔なってんぞッ!?」
もはや一人で飲めないほどに暴れる沙多。
涙と汗で顔が酷いことこの上ない。
必死に押さえつける陽太郎は、無理矢理にでも魔力回復薬を口に注ぎ込む。
「ぁ…ふぁ…っ……ガチで死ぬかと思ったッ…。これどんだけエグいの…」
頭から手が離され、容態は安定。
と同時に、これを平然と撃つガブル・エルシオンの存在が脳裏をチラつく。
「あん時って実はヤバかった…?」と、かつてのレアエネミーの対峙に、沙多は戦慄した。
「――クハハハハッ、見事なりッ!妹君よッ!!」
ザンッと踏み抜かれた大地。豪快に鳴らした悪魔。
同じく彼も強者を重ね、高笑いにて大気を揺るがした。
その姿には傷一つ無い。
というより、そもそも攻撃対象にベアルは選ばれていない。狙う理由が沙多には無かった。
「あっ…」
しかし外野には露知らずな事情。
両軍は、思い出したかのように息を呑む。伸ばした手と視線は、再び少女へと注がれる。
対して沙多は、ポツリと呼吸を漏らすだけ。
そんな中、陽太郎は沙多よりも前に立つ。
「あいつは…敵…か?――ッ?明野…!?」
面識があるらしいとは言え、警鐘は鳴る。
本来なら逃げ出したいくらい。
陽太郎がそんな感情に呑まれる一方、沙多は剣を収納し、ゆっくりと前へ歩き出した。
足取りは小さく、ゆっくりと。
だが一歩一歩進むごとに早く、軽やかに。
やがて駆け足となる頃には――
「ベルぅ〜〜ッッ!!会いたかったぁ〜ッ!」
「やはりウヌこそが渦中であったかッ」
全開の笑みを咲かせた。
嬉々と声を上げ、悪魔に抱きつく。
全身を預けたダイブだった。
「ヤバかったんですけどっ!ガチで死ぬかと思ったッ!!てかどやってここまで来たん!?魔鉱晶ってやつ!?」
悪魔は彼女を振り払わず、ただ高笑いを繰り出す。
周囲は唖然と、奇異の目を寄せた。
「ウヌに介した魔力を手繰り、次元を跨いだのみよ。魔鉱晶に願うまでもない」
「ガチで!?要らんのッ?やばっ、じゃあ帰ろっ今すぐ!」
しかし沙多は人目構わず、溜まりに溜まった鬱憤を解放。
まるで旧知の仲。二人の間に壁は無い。
急かすように背中を押し、跡地に背を向ける。
「…えっと…本当に相棒…?」
人間も亜人も、誰も口を開けない中、意を決して慎重に尋ねる陽太郎。
顔だけ振り返る沙多は、平然と応答する。
「だから言ったしょ、一緒にゲームで人探してんの」
「…『ルシフェル・オンライン』でか?…その探してるのって――」
目線の先には悪魔ことベアル。
確かに外傷を加えてはこないが、冷や汗は依然止まらない。
「――アタシはお姉ちゃんで、ベルは『ル・シファル』って人。なんかゲームを作った人らしいよ?」
だが、緊張とは違う汗が一気に流れた。
呼吸が止まり、彼の心臓がドクンと跳ねる。
「なっ…それって…」
体温が急激に上昇。
酷い興奮状態。それを自覚してもなお、思考は巡って止まらない。
「よーたろー!!どしたん〜!?」
その間、二人は大穴の入り口にまで歩を進めていた。
時間にして僅か三十秒程度。
全くもって行動が早い。
「"大穴"の奥にワープしてきた魔法陣あんだって〜!先いってるよ〜!?」
「…っ、あ、ああっ!」
大声で知らされた魔法陣という言葉。
これにようやく思考の海から引き上がる。
「――■◆■…?◆◆■■◆■■ッ…!?」
しかし、向かう足がピタリと止まる。
「…あれ?こいつらは…良いのか…?」
振り向かせたのは、後方からの狼狽。
陽太郎の表情が疑念に固まった。
……
…
『人外』を一挙に倒す、まさしく英雄の再来だ。
加えて、それ以上の衝撃である『ベアル・ゼブル』の出現。
結果から言えば、一人の少女と大穴へ消えていった。
確かに被害は軽微。死傷者も極僅か。
――とはいえ"次"の保証は無い。
数年間の"失踪状態"は取り消され、今この瞬間、厄災が復活。
早急に対策が必要だ。誰もが賽を投げるような『暴君』への抑止力が。
そして過去に一人、『暴君』と張り渡った人物――その"英雄"を体現した少女が、この戦場に現れてしまった。
まさしく僥倖、これに縋らない者は居ない。
人間も亜人も、一様に少女へ救いを求めたが――
――彼女は裏切るかの如く、『暴君』と行動を共にした。
…
……
陽太郎は大穴に背を向け、広がる大衆を見据える。
普通ならば異を唱える。
ベアルの復活を嘆いたり、沙多の動向を非難したり。
(――なのに、どうしてこんな落ち着いていられる?)
だが動揺は一握り。
これほどの人数、もっと大きな声が上がってもおかしくはない。
戦場の跡地は、異常なほど静かだった。
「まるで魂でも抜かれたみたいな――」
やがて陽太郎は、一人の影を捉えた。
***
頭を垂れて、全員が道を開けている。
血生臭いはずのここに、レッドカーペットが敷かれたみたいな…ランウェイを錯覚した。
なんだ?俺の目は正常か?
一人、そこを歩いてる。何かを持ってる……大名行列?いや、違うだろ。
やけに超がつくほど、いや、そんな言葉じゃ足りない美人。
輪郭からして亜人の――待て、俺はそいつを知っている?
「――《退け。其方らの牙は抜かれた》」
響いた声、綺麗。
鈴が凛とするような…覚えがある、覚えしかない。
ずっとフードを被って朧げにしか分からなかった全貌。
――数日間、一緒に居た姉ちゃんだ。
「《カナン・ミズクメ・レヴァンテイン…》」
誰かの声。それは俺の知らない名前、読んだ本で知見にあった名前。
誰もこれを否定しない。
いつもなら驚く。けど今はそんな余裕すらない。
いざ目にすれば、動けない。足が竦むくらいに艶やかだ。
「《――王の御前である。妾に従え》」
手からドサッと落とす荷物。
衝撃で布が捲られる。
そこには人の生首が包まれていた。
亜人の虚ろな目、鼻と口から血が零れる、本来グロテスクな頭部。
けど気にもならない。これすら些細な小石程度に思えてしまった。
そうさせてしまう姉ちゃんの存在感にゾッとした。
「「《…ハイ》」」
両軍が傀儡みたいに膝を付く。
疑問や反発が無いはずない。なのに追及も許されず、ゾロゾロと引き上げていく。
まるでゾンビみたいだ、危険すぎる。鳥肌が立って仕方がない。
頭が惚けながら警告を鳴らす温度差で吐きそう。
だけどやっぱり手足は麻痺したみたく動かない。
「…さて、其方はどうした」
おい待て…その状態でこっち来るな。
…いや、まつ毛長っが!?嘘だろ整いすぎだろ…。
唇ってこんな艶のあるものだったか…ッ?これ見ちゃダメなやつだッ。
まるで絵の中から出てきた天女とかそういうレベルの…。
「サタと共に居るのではないのか?」
やばいッ、動悸が激しい、ほろ甘い。気持ち悪い。
呼吸はまともに出来てるか?
【格闘家】の【タフネス】って精神異常の抵抗もあんだぞ?なのに動けないってどんだけ――
――パァン、と軽快な音が頭と頬に響いた。
「っふァ!?えっ、はっ…えっ!?」
…ビンタを食らわされた。
数秒遅れて理解する。
気付いた途端、ジンと頬に熱を感じた。
…ちょっと待って、冷静になるとかなり痛い。
「気を取り戻したか」
「あ、ああ…」
転がった視線を戻す。
すると布切れを口元に巻き、ベールのように隠した姉ちゃん。
…あれだ、これ、ご褒美じゃなくて目覚ましだ。
顔の半分が隠れて、どうにかまともな思考と会話が出来るようになった。
***
「わぁ、すご…」
大穴の中へ進む沙多は感嘆を上げた。
そこは、宇宙に投げ出されたと思えてしまう広大な空間。
進んで僅かであろうにもかかわらず、既に天井が見えない。
首を痛いほど見上げても、上にあるのは、もはや岩肌でなく黒い空だ。
「にしても暗すぎん?」
陽光など届くはずもなく、光源はほぼゼロ。
小石や段差に躓いた回数は数知れずだ。
「ウヌはこの場に覚えは無いか?」
「えっ特になんも無い。少しチルいってくらい?」
「…フム」
興味深く散策するも、当然特別な感想は出てこない。
「此処は吾ら発祥の地よ」
その言葉に沙多は振り向く。
おおよそ人の居住に適さない場所で、人と異なる出自を持つ彼。
今まで姿が似通っていた故に、目を逸らしていた人外という事実。
それを再確認する。
「どやって生まれたん?」
「不可測である。吾が吾であるとしたその時から、存在したのみ」
故に沙多に見解を求めたも、結びつく発見は結局無し。
「…お姉ちゃんだったら、何か分かったんかなぁ?」
それが誰に面影を重ねての疑問だったのかは、察している。
だからこそ、何の情緒も湧かない彼女は確信する。
「さっき、やけに陽太郎もお姉ちゃんのこと聞いてきたし。言ったことも無いのに」
求められているのは自分じゃない。
ベアルも最初、"妹君"として沙多を見出した。
「きっとル・シファルって人も、お姉ちゃんが特別だったんじゃない?」
主君と仰ぐ存在と、沙多の姉。
二人は別人であれど、と何か共通するものがある。
「フム、ウヌの姉君を吾はこの目にしておらぬ。要因でないと否定できぬな」
「ちぇ~っ、アタシは特別じゃない方ですよ~」
――深まるばかりの謎。
――遠くに感じた姉の存在。
どちらの理由かは分からない。不貞腐れて口を尖らせる沙多。
「ウヌもまた特別であろう?」
これに悪魔は、さも不思議そうに首を傾げた。
異世界はちょろっとやる予定でした。ゲームが舞台じゃないので小話程度に。そしたら三倍くらいに内容が膨らんでた。
一週間滞在ってなんやねん。本来は日帰り旅行の予定だったぞ。




