7.人外スクランブル【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
それは異形が放つノイズらしき呻き。
常人が聞けば、威嚇や咆哮としか処理できない叫び。
だが大穴に眠る力を、似た根源である"天恵"を宿す彼は、触れてしまった。
誰かの意思が口にしたのは――明野の苗字。
そして、沙多と詩春なる二人の名。
――明野が黒幕…?いや、襲われてんぞっ。
――詩春って何、誰だ?沙多はともかく誰の…ッ。
――血縁のプレイヤー!?いや苗字が被ってるだけの可能性は…!?
戦況がどうだの、気にする余裕もなかった。
瞳孔が開いたまま思考がブン回る。
「やっぱ帰らないッ?アタシらだけじゃ無理すぎっ」
「明野!お前って兄弟とかいるか!?」
「え、何その超限定的な質問っ。死に際だからって紹介せんよ?」
唾を飛ばす勢いだ。
沙多のフリーダムな返答すら反応できない。
しかし偶然にも、心当たりが彼女にあった。
「いいから答えてくれ、大事なんだ!」
「アタシには――」
そしてこの瞬間、一つの報告が張り上げられる。
「《――――暴君ッ!!暴君がッッ!!》」
異形が這い出る大穴。最前線で勇敢に戦う誰かが、蒼白に染まる。
喉に血を滲ませる鬼気迫った決死の通達。
絶叫は戦場を潜り抜け、広域へ確かに伝わった。
それは人間と亜人、両者にとって絶望に等しい忌み名。
理解できぬ者はこの世界に居ない。
導かれるまま、誰もが大陥没へ目を向ける。
――すると、"それ"は確かに存在した。
二メートルを優に超える鋼鉄の肉体、豪傑としか言い表せない巨躯。
地獄の業火を彷彿とさせる紋様。
迸る灰赤の皮膚はまさに悪鬼。
「《ベアル・ゼブルが出たぞォォォッッ!!》」
獅子のたてがみが如き山吹色の頭髪。
本人の荒々しさとは裏腹に、深緑へとグラデーションする神秘的な毛先。
これを七又それぞれに束ねるのは、圧倒的な魔力を有した水晶。
――そんな"暴君ベアル・ゼブル"は不敵な笑みを浮かべていた。
数百の異形の背後から悪魔は一歩、また一歩と進出。
悠然に肩で空気を切る。
まるで大群を従えた人外の将さながらだ。
誰もが悟る。間違いなく張本人だと。
例え時代が違い、目にしたことが無くとも、知識すら無くとも本能で思い知る。
これに帝国と連邦の両者は、精神が限界を超えた。
「《――ッゥアア"ア"アッ"ッ!!》」
敵味方かかわらず、構えての突撃だった。
もはや恐怖に狂ったのか、勇武の行動なのかも不明。
特に前者は自国の英雄が怨敵。
声にならない叫びのまま、剣を突き出す。
「吾と対峙するかっ面白い!」
しかし向かってくるならば、摘み取る。
悪魔にとって命は平等だ。
人外を蹴り飛ばすついで戦士の胴も射抜き、戦士の頭を掴んでは人外へ投擲。
ドシャリと鈍い音があちこちで響く。
異形も人も無関係。見境なく威を振るう様は、まさに暴君の名が相応しかった。
「…これ、不可能じゃねえか…?」
遠くからポツリと零す陽太郎。
現世に帰る為には、大穴へ向かう必要がある。
――しかし、そこに立ちはだかるベアル・ゼブル。
もはや瓦解した戦況だった。
異形の存在だけならば、なんとか抵抗はできた。
だが悪魔の降臨により、人々の活路は閉ざされる。
……
…
"生存者なし。遺体は全て行方不明"
"討ち果たした勢力は存在しない"
"人知の及ばない災害"
…
……
本で垣間見た言葉が、脳裏を駆け巡る。
もはや人手だの、探索部隊だの問題ではない。
言うなれば、降って湧いた無理難題のムリゲー。
いっそもう非現実感すらあった。
「俺ら…もう帰れなくね…?」
だが、両の脚で立っているだけでも褒めるべきだ。
他者は既に心を折られ、膝を突きかけている。
全ての人に、等しく絶望を映していた。
「――ベル?」
***
――ただ一人を除いて。
「やっぱベルだっ、間違いじゃない」
「何…言ってんだ…!?」
「だからアタシの相棒だって」
沙多は歩き出す。敵が大量に巣食うとも構わずに大穴へ。
思わず瞠目し、その腕を掴む陽太郎。
「本気かッ?あれは厄災の…っ、恐らく本人――」
「本気だよ、ベルはベルだもん」
「それに見えねえのか人外の数ッ」
とはいえ何百の異形、亜人と人間の両軍すらも入り乱れる。
そこへ無防備に突っ込むなど、一種の狂気だ。
「ん〜じゃ、魔力回復薬持ってる?なるたけ出してくれない?」
しかし沙多の目には信頼する相棒が、ベアルが映っている。
その事実を胸に一つ、謎のカツアゲを試みた。
「お、おう…?一応あるけど」
「マジ神。アタシ切らしてんよ、ちょーだい」
この異世界には無い貴重な資源。
数少ない高級品を四つ、彼はインベントリから取り寄せる。
沙多はそれを左手に所持し、右手には――剣を召喚した。
「てか、なんだ…その剣…っ?」
【占星術士】にはチグハグの武器に彼は面食らう。
しかし見慣れないはずのそれには、どこか覚えがあった。
古くはない、むしろ目新しさを感じる既視感。
「ガブルって人の剣。ゲームで拾ったの」
「ガブル…ッ?…しかもゲーム!?」
つい先日、目にした巨像と記憶が重なった。
ガブル・エルシオン。帝国の英雄と呼ばれ、崇められた石像。
それが手にする剣と全く同じ形。
「なんでそれが…ゲームにあったんだ…」
狼狽の中で陽太郎が呟くも、沙多は止まらない。
刀身から白百合が咲き始める。
そして、一つの博打へ踏み出した。
「この技さ、前に試そうとしたら無理だったの。魔力全然足らんくて」
彼女の力を莫大に喰らうチャージ。
ガンガン減っていく魔力量とは裏腹、溢れんばかりに咲き乱れる白百合は散り、また絶え間なく咲き続ける。
やがて地へ落ちた花弁は瞬時に芽吹き、白百合へと姿を変える。
かつてのレアエネミーは荘厳な花畑へと、一瞬で領域を変えてみせた。
しかし沙多の場合は、魔力の関係か非常に緩慢。
ここで一つ魔力回復薬のコルク栓をキュポンと外し、口付ける。
(ま、もし失敗してもベルがいるし、大丈夫でしょきっと)
徐々に優しい音色が花々から漏れる。まるで輪唱をするかの如く。
そして百花繚乱の絶景が広がる頃、耳朶を打つほどにまで成長を遂げた。
鳴り響く音はもはや破壊的。
世界の終焉を告げるラッパさながら。
……
…
「《……っ、この音はっ…》」
――誰かは拾った、英雄の旋律を。
思わず零した声。
それは膝をついた両軍にも伝播、次々と沈んだ面持ちは上を向く。
ベアル・ゼブルを知らずとも絶望を悟ったように、例えその英雄を知らずとも、希望は広がる。
知識に無くとも、亜人であろうとも、音色に導かれた。
――そして、彼らが辿る先には、明野 沙多がいた。
その手に持つ『白百合の華剣』は、横薙ぎを繰り出すかの如く水平。
あのレアエネミーと、"英雄ガブル・エルシオン"と全く同じ構えだった。
…
……
「使えるのか?」
「スキルの話ならだいじょぶっ」
陽太郎が問うのは武器に備わる固有スキル。かつてベアルも呼んだ奥義。
使用条件は、使い手が十分な技量にあること。
例を挙げれば、銃を用いた固有スキルの"マギア・バースト"。
これは【銃術】をセットすることにより条件を満たしていた。
そして『白百合の華剣』ならば――
――"…お前、その武器どこで拾いやがった。固有スキル持ちだろ"
沙多は既にこれをクリアしていた。
宗仁に指摘された一件から――
――"にしても、インベントリとかスキル使えるん謎すぎ"
ヒテンジと共にした初日の一泊。
不機嫌になりながらも、手帳にスキルを書き込んだあの日。
――既に切り札は、"銃"から変更されている。
沙多は二つ目の魔力回復薬を使用。
空き瓶がカランと地面に転がる。
それはチャージ完了の合図。
たった今補給された魔力も喰らわせ――沙多は動いた。
「凄い英雄だってんなら…」
盛大に響く残花の轟音から、一瞬の静寂。
同時に、斬撃が振り抜かれる。
「これくらいはできっしょ!」
花弁の剣の刀身が強大に膨れ上がった一撃。
広大な地平線を全て埋め尽くした剣筋は、ただ静か。
ザンッと儚く穿つ、真空刃のような透明の斬撃。
それは圧倒的な範囲で、敵を全て捉えた。
人類にその衝撃は走らない。人外にのみ、中枢を正確無比に選び抜く。
――だが消滅までには至らしめない。
草木一つ揺らさぬ横薙ぎは、これで終わり――
「――【返し咲き】」
刹那、同じ範囲、同じ場所に追撃が現れた。
時空の歪みに切り裂かれるように、染まる白の閃光。
遂に足元まで広がった花畑。
その花弁すら呼応して弾け、大気も揺らせば――
――パンッと瞬く花々の喝采。
***
「すげぇ…」
それらが鎮まる頃、異形は視界から全て、消滅していた。
守るべき者は一切傷を付けない、超広範囲の二撃必殺。
動くことも忘れ、呆然と見守る陽太郎。
沙多は水平に剣を振り抜いたまま固まっている。
やがて幾多の視線が彼女の元へ注がれる。
「「《――…ッッウオオオオオォォォッッッ!!》」」
宙へ消える大量の泡沫。
まるで帝国の英雄が再来。
威光が目を焼き、彼らの身を震わせた。
言語は違えど、痛いほど伝わる歓声。
今度は人の喝采を全身に浴びる沙多。やがて彼女は水平の剣をだらりと下げる。
「…っ」
数々の注目に穿たれる沙多。しかし剣を下げたまま動かない。
やがて静止から、フラッと姿勢を崩せば――
「――頭痛あ"あ"あ"ア"ァッッ!!」
盛大にのた打ち回った。
序章のリメイク、四章の編集、五章の書き留め。
「両方」やらなくっちゃあならないってのが「幹部」のつらいところだな。
両方どころか三つや。特に五章のストックが無くてヤバイ。
定期投稿がこの作品で唯一褒められる所なのに、それサボったらいよいよ終わりだぞ




