6.大穴リバウンド【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「――其方はここで引き返せ」
「んえっ?」
ようやく温もりを放ち始めた、陽光の中での出来事だった。
これまで歩を共にするも、突如と突きつける撤退。
当然、面食らう沙多。
だがヒテンジは視線で語る。
その先には、宮廷が――長の元へ繋がる緑地が広がっていた。
「デッカぁ…」
「まさしく城の玄関とも言うべき場所だ。ここへ至るまで苦労を掛けたな」
自然あふれる庭園を目に映し、思わず感嘆を上げる。
手入れされた舗装路、飾る余裕のある鑑賞樹。
これまでとは明らかに違う景観。
本来は美しむべき晴々とした青空も、利権の象徴にすら映った。
(ドーム何個分だろ?)
指標としてありきたりな表現だが、いざ目にすればその言葉しか出ない。
それほどまでに敷地は広大だった。
「…でもどして?アタシ一緒に行くよっ?」
沙多は首を捻る。
この企てに、最後まで付き合うつもりで同伴した。
首を狩ると宣言されてもなお、尽力の意は変わらない。
「妾の優先すべきものが移り変わったまで」
「っわぷ!?」
しかしヒテンジは向き直り、沙多を抱きしめる。
大きな袖で、いっそ着物の中に仕舞い込むように深く、そして長く続いた。
「事を成した暁には、即座に争いの幕を引く。その時に備えよ。…求めるものがあるのだろう?」
有無を言わさない抱擁。
唱えた疑問は、とうに呑み込まれてしまう。
「其方の『すきる』のおかげで早急に辿り着けた。傍に居てくれただけで充分だ」
「ぁ…すご…めっちゃいい匂い…天国…」
脳髄まで染み渡る高揚感と安心感に包まれること数秒。
流石の沙多とて、ゼロ距離では表情が惚け始めた。
「妾の匂いをいましがた付けた。しばらくは人間と嗅ぎ分けられなかろう」
開放されれば、渡されるパーカー。
正体を隠すために貸した物。もう羽織る必要はないと言外に告げる。
「――其方は綺麗なままで居ておくれ。その手を真に汚すのは、妾の血だけでいい」
「…分かった」
ヒテンジは屈んで目線を合わせる。
柔和な表情から告げられた命令。従える意の無い親愛。
これを真正面から受ければ、何も返せなかった。
「けど、最後だけは頑張らせてもらうからね?」
一歩、二歩と足取り軽く進み、杖を召喚。手に携える。
見据えるは中央。
周囲に聳える別棟には目もくれず、王の宮殿を捉え――
「――【フレア】ッ」
白い閃光弾が花火の如く、館の空に何度も弾けた。
途端に騒々しくなる廷内。敵襲と促す叫びが駆け回る。
まさしく陽動。殺傷を目的としない殺意の点火。
――◆■◆!?◆◆ッ!
――◆◆ッッ!◆◆◆■ッ!
やがて武装を整え、軍を成して現れる警備兵。
鎧が忙しなく鳴り、庭園を埋めて広がる鉄色。
「礼を言う。後は妾に託しておくれ」
正面はおろか横手にも敷かれた包囲網。背後の逃げ道すら消されようという中で、ヒテンジは前へ出る。
瞬間、亜人の研ぎ澄まされた視覚は彼女を映し――
――ヒテンジはそれらへ向け、妖艶に微笑んだ。
揺れる白銀の髪。
ほんのり弧を描いた唇。
細められた、光を吸い込むような金色の瞳。
天女のように純真で、それでいて魔女のように深い堕天へ誘う笑みに――音は止まった。
沙多に向けたものとは全く違う、酷く冷たい甘美。
警報を告げる笛も、排除の為の行進も、ピタリと静止。
やがて構えた剣や盾すらも、ガラガラと音を立てて落ちる。
「これより幕引きだ。またな、サタよ」
「うん…じゃあね、ヒテンジ」
この沈黙の中、沙多は一人動いた。
【空蝉】と【神隠し】、【速度強化付与】の全部乗せ。
移動に特化したスキルで、この場をあっという間に駆け去っていく。
「…惜しいな」
分かりきっていた感想。
いずれ確定していた未来を、素直に残念と嘆いて歩く。
歩を進める中では、狼狽から彼女を呼ぶ声がちらほら。
――しかし全ての名が"カナン"。
"ヒテンジ"と呼ぶ者は誰一人いない。
「やはり、其方に呼ばれた名は恋しくなろう」
ツカツカと音を鳴らし、王の御前へと辿る。
これを邪魔する存在はいない。美貌に呑まれ膝を着く者、手を痙攣させる者、意識を飛ばす者。
数百を虜にし、人で象ったレッドカーペットの如く、静かに歩いて行った。
***
「さみぃよぉ〜ッッ」
一方しばらく、陽太郎は未だ肌寒さを訴えていた。
服という温もりに恋してやまない。
「なんで服着てないん?」
「うぉっ明野ッ!?いつの間にッ」
「スキル使いまくって全力疾走した。全然人も居なかったよ?」
しかし突如と現れた沙多に、腰を抜かして上裸を隠す。
【空蝉】と【神隠し】スキルも合わさり、まさに神出鬼没の速さだ。
「で、なして裸?」
「珍しい素材だからって剥がされた…」
「あーね」
「ん?明野が来たってことは、もういいのか」
合流を無事に果たせた陽太郎はスキルを発動、腕力を増大。
次に鉄の牢を自力で捻じ曲げる。
沙多は「なんで大人しく捕まってんだろ」という疑問も湧いたが、呑み込んで彼を連れ出す。
「とりまこれ上げる」
上裸は見るに耐えなかったのか、返却されたパーカーを彼に譲る。
切り裂いている都合上、前は閉じられないが無いよりはマシだろう。
「サンキュ…なんかいい匂いすんな。お日様の香り」
「えっキモ、返して」
「待ってごめんってマジで寒いからっ!どっちかっていうと悪寒の類で!」
――――――
――――
――
「こっち真っ直ぐで合ってるっけ?」
「方角は間違ってないはずだ」
馬車も取り返し、亜人連邦の門を強引に出る。
例の騒動のためか、手薄で容易。
「後は探索隊が組まれるのを待つだけだな。明野も参加するだろ?」
「うん。学校やばいし、ヒテンジが頑張ってくれたし」
「あの姉ちゃんとは、ちゃんと話ついたんだな」
彼女を信じるならば、やがて戦争は幕が引かれる。
二人の残る問題は"大穴"のみだ。
「満足な別れなんてないが…明野が良いなら俺が口を挟む事も無いか」
「陽太郎は何か後悔あんの?」
暗い表情は作らなかった一方、ふと尋ねる沙多。
やけに実感の籠った問いだったからだ。
「一緒に『ルシフェル・オンライン』やってた奴とな。ギルドも作ってたんだが…一言も残せなかったからなぁ」
その言葉に沙多も思考を飛ばす。
友人やバイト先の者はどうしているかと。
親も関心を寄せるだろうか?と数々を思い浮かべ――最後にベアルの存在が頭をよぎった。
「…アタシちょい寝る。徹夜でしんどい」
「おう、疲れてんだろ?しばらくは俺に任せとけ」
型破りな悪魔ではあるが、ふと思い出せば懐かしさと安心感の睡魔に誘われる。
乗り心地が悪いとは言え、疲労が勝ったのか瞼は数秒で閉じられる。
「結局俺は、あの姉ちゃんの事は分からず終い…もっと寄り添うべきだったか?」
寝息が背中で立つ中、陽太郎は独り言を零す。
――――――
――――
――
突如、衝撃が襲った。
「うぇっ!?」
睡眠を中断され、沙多は訳の分からないまま奇声を上げる。
あったのは宙に身を投げ出される感覚。体に何かが触れている感覚。
また衝撃が襲った。今度は地面に着地したような感覚。
「え、なになに!?」
馬車の中ではない、外だ。
土の匂いが近く、晴天が寝ぼけ眼を穿つ。
そしてようやく理解する。陽太郎に抱えられていると。
「…悪い、しくった」
面目ないと沙多を腕から降ろす。
周囲には木片や車輪の歯車。馬車だった残骸が散らばっている。
「罠系統の魔法陣を踏んじまった」
苦虫を噛み潰す視線の先、地面には仄かに光る紋様。
効力を発揮し終わり、その陣は消失していく。
無残な痕を見るに、致命傷もありえた威力だった。
「まじか、こっからどうしよ」
命に別状は無し。しかし馬が逃げた。
となれば移動手段は徒歩のみ。
馬の脚で一日移動した距離を人が進むには過酷だ。
「…ちょっとあっち行ってみてもいいか?」
ガサガサと揺らす草木の中から、石の塊を拾い上げる陽太郎。
これを観察すれば、茂みを慎重に進み、獣道を北に歩いていく。
「どしたん?いいけど」
「いやな、こんな所に罠なんて仕掛けられてた原因は、恐らくこれだ」
「…宝石?」
見せつけるのは先ほど手にした石。
淡く輝く謎の欠片で、砕けたガラスのように散乱していたという。
「魔鉱晶って呼ばれてるらしいぜ?魔力が籠ってて珍しい資源だとか」
といってもこれは端物も端物。
本来は更に大きく、煌めいているという。
「んで、これの取れる産地が――」
やがて馬車の破壊から数十分。
向かって昼日に晒され、坂道を上り、木々を掻き分けて抜ければ――
「――"大穴"?」
それを知らぬ沙多の口からでも、ポツリと零れた。
切り立った崖から見下ろす遥か前方。
地平線が丸みを感じる先に――巨大な一つの陥没があった。
沙多が陽太郎の元に来るまで3時間程度。もしヒテンジの全力ダッシュ(沙多のスキル補助あり)なら1時間程度です。小国なので意外と移動はお手軽。
隠密とか体力温存とか考えなければ「もう最初からヒテンジ1人で行けよ」状態だった。
沙多は完全に移動のバフ要因。どちらにせよ陽太郎は置いていく。




