5.即刻エンカウント【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「■◆◆■!!■■◆■ッ!」
「■◆!■◆!」
耳を劈く激情。影が伸びる高架下。
まるで不良のたまり場におあつらえ向きなスポットで、剣幕が飛び交う。
(う~わ、ヤな感じ)
罵声を浴びせられるのはヒテンジ。
複数の亜人に取り囲まれるも、口を挟まずただ神妙に立っている。
沙多は辟易しながら、この場を去ろうと手を引く。
「ねえヒテンジ、なんかめんどそうだし行こ?」
「◆■◆ッ!――"カナン・ミズクメ・レヴァンテイン"!」
だが、理解できる唯一の単語。
ヒテンジの元の名が耳朶を打ち、不意に止められた。
「■◆◆■■◆◆!■■◆◆■ッ!」
「ごめん、なんて?言葉わからんて」
次の標的は沙多となったのか、同じく指を刺され怒声が飛ぶ。が、ノーダメージ。能天気にハナテマークが浮かぶ。
「――それは看破できぬな」
刹那、明確な敵意が異世界の言葉ではなく、馴染みのある言語で発せられた。
長らく被っていたパーカー。
そのフードを外し、美貌を露わに言葉を紡ぐ。
「《控えろ》」
「…ッ!?……ァ……ア…」
数秒と待たず、暴徒は骨抜きに惚けてピタリと静寂が訪れる。
そしてこの場を去れば、今度は止められる事も無かった。
「なんて言ってたの?」
「どうにも妾は、国を捨てた売国奴となったようだ」
フードを被り直すヒテンジ。
その表情は隠れて見えない。
「現状この国は、長の地位に巣食う者が甘い蜜を吸っている。民は施しなど微塵にもあやかれぬ。その引き金となった妾の失踪、責任を問われたのみ」
沙多に吐かれた内容には触れず、自身に投げられた暴言、絡まれた理由を語る。
「酷くない!?知らん癖に言いたい放題っ。戻ってビンタしてくるッ」
「よせ」
シュッシュッと運動を始める沙多。
「アタシ一発かますよ?」という雰囲気を収めて閑話休題。
「あの名で呼ばれたのも久方ぶりよのう。もっとも今は忌み名も同然となっておるが」
空席を作り、私利私欲に満ちた者をむざむざと後釜に座らせた『カナン』。
愚かな君主として旧名は広まり、排他の象徴となっていると言う。
「…カナンの方の名前って、思い入れとかあんの?」
――だからこそ名前を他人事の如く評する様子に、違和感を抱いた。
もし"沙多"の名が犯罪だったり、軽蔑を表す意味で持ち言われれば、彼女とて不服になる。
だがヒテンジには一切それがない。
「全くと無いな。元より名無し子だ。長を務める都合上、そう名乗ったまで」
「ふ~ん…。……えっ……え?」
事もなさげな打ち明けを一度聞き流す。
しかし数拍してから理解、宇宙へ放たれた猫のような顔を作る。
「…ねえヒテンジ、昔の話とかって…するの嫌い?」
名無しからカナン、カナンからヒテンジ。二度も変えた名。
さらに身体には片耳、片腕、尻尾といった欠損による傷跡。
「これといって面白いものでは無い。足は止めぬぞ?」
視線と疑問を汲み取り、尻目に進む。
問われれば、沙多はコクンと首を縦に振った。
***
「《おい!なんだこれは!?》」
「《ただの丸薬だよ!》」
「《頭がクラクラする…ッ、ハァ…ハァ…!》」
一方で陽太郎は過酷な取り調べとなっていた。
とは言え、水責めや体罰ではなく、斜め上の方向で。
行商としての素材や品を押収される中、目を付けられたのは一つの薬。
効果は何かと開封すれば、匂いを嗅いだ亜人は錯乱。興奮状態に陥っていた。
「《なんでこっちのお約束は実現すんだチクショウがァ!!鎮まれ!》」
涎をボタボタと零し、もはや正常な捜査は期待できない。
加えて、ただの興奮剤ならば良かったのだが…。
「だぁクソッ、珍しいからって滋養強壮の素材まで仕入れるんじゃなかった!」
それは有体に言えば精力剤。
とある獣の内臓から獲れるそれを、薬師に加工してもらった一品。
本来ならば、ここまで効果は無い。
「なんでこいつ等にゃ効果抜群なんだよ!?この世界のマタタビってこれか!?」
しかし珍しいが故に、亜人に対する効果は新発見。
謳い文句以上の効き目が現れた。もはや共通語に翻訳する余裕もない。
「おいヤメロこっち来んなああァァァァッッ!!」
やがて刺激された本能は、誰でもいいとばかりに陽太郎をロックオン。
眼光を鋭く細め――そこから死闘が始まった。
***
「――単純な話だ。二叉の忌み子として生まれ、一つを切られた後に捨てられたまで」
朝焼けに照らされる九本の尾、内の二つをユラリ揺らす。
魔力による造りではなく実物の二本。
だが片方はバッサリと切り落とされている。
「妾の代はとある呪いが蔓延っていた。この尾は、その厄災を呼ぶとして疎まれたのだ」
半身とも言える一部は、齢五つにも満たない内に失った。
止血などする暇もないまま、おぼつかない足取りで逃げ出す。
「次に拾われた集落で過ごし、じきに妾の顔立ちが原因で村は潰えた」
僅かな平穏を享受するも、体が成長するにつれ、色目に晒されることが増える。
歳が十を過ぎれば、既に村が成り立たないほどの美女だった。
「耳はこの時、姉のように慕っていた者からの傷だ」
村で暮らす切っ掛け。暗い森を彷徨う彼女と遭遇し、同居を提案した亜人。
しかし、想い人すら惑わす彼女へ次第に嫉妬は募り、就寝時を狙って片耳を奪われた。
「それから村を転々としたが、結果は全て同じよ」
争いを望まなかった少女とは裏腹に、容姿は成長し続け磨きがかかる。
いつしか、老若男女全てが魅入る美貌へと至る。
そうなれば、行く先々で羨望や嫉妬から争いが勃発。
傷を増やし、村は消え、同族からの迫害は増していく。
抵抗するには己も牙を研ぎ、必然的に強さを求める他無かった。
「気付けば、辺り一帯の同族は絶滅しておった。当時の長も含めてな」
一人の強者へ成る頃には、王すらも切り捨てていた。
これで近辺の狐耳、狐尾の種族――ミズクメ族と呼ばれる者は、彼女だけ。
片腕は、最後に王位を得る戦いで失ったという。
その後、長へとすげ変わった彼女は、初めて己に名を付ける。
――生れ落ちた村の名である"カナン"を刻み
――王位に正当性のある一族"ミズクメ"を連ねて
――長のしきたり、大陸の"レヴァンテイン"の言葉を最後に締めた
「――兎も角、名であれば、もはや今の方が耳馴染みが良い。其方らの世界では、『飛天』なる言葉があるそうな」
ヒテンジは眩しいものを映すように青空を見上げる。
それは天界に住まう者を意味する言葉。
亜人でも人間でもない。空を優雅に舞い、人を導く天人。
「この身、この"婢を転じる"べく、付けた名だ」
故にヒテンジ。
体現すべき在り方を写した。名を呼ばれる度、思い出すように。
「聞けば、『玉藻』なる言葉も妖狐の化身を指すらしい」
長の矜持を忘れぬ戒めは、ギルドへと刻む。
あっけからんと、だが儚さを笑みに含む彼女は言う。
「妾に似合っておろう?」
沈黙していた沙多の足は止まった。
代わりに、問いを一つ投げる。
「――ねえ、もっかい聞くけど、アタシらの世界楽しかった?」
「先の言葉に嘘偽りは無い。…藪から棒にどうした?」
「じゃあこれからずっと"ヒテンジ"って呼ぶ。だって、その時の方が良いでしょ?」
身の上を誰かに打ち明けたのは初めて。
だからこそ、反応を慎重に待てば面食らった。
「誰がなんて言ってたとか、カナンがどうとか関係ない。ずっと楽しかった"ヒテンジ"を、全部アタシが思い出させてあげるッ」
労りや慰めでもなく、ただそれだけ。
送る言葉は、ヒテンジという名前のみ。
ただ沙多には、柔らかい表情が浮かぶ。
「…ッ…カカカッ!それは良いっ」
しかし彼女は朗らかに喉を鳴らした。
それは艶やかな麗人としてではなく、純白な可愛らしい笑顔。
「其方はずっとこの名を、其方だけは妾の名を口にしておくれ」
この世界で聞く初めての声音に、沙多もつられて天真爛漫に笑った。
***
「《お前の罪状に暴行が追加された》」
「《んなもん不可抗力だろっ、正当防衛だっての!》」
いつの間にか陽太郎は、尋問室から牢屋へと移されていた。
色々な意味での危機を凌いだ陽太郎。
しかしスキルまでもを使用した抵抗に、衛兵は大打撃。
「《てか"追加"ってなんだ"追加"って!元から無罪だろうがっ》」
「《いや、あれは危険物だ。すぐさま入荷や取り扱いの制限を設けるよう掛け合う》」
次々と増援が駆け付けては、決まりきった運命のように大乱闘となった。
ちぎっては投げを繰り返し、百人切りを達成すればようやく事態は鎮圧。
人員の大部分が負傷を抱え、任務に支障をきたす結果となってしまった。
ちなみに陽太郎は無傷だ。
「《この件は記録を取らせてもらう。大衆に広め再発を防止しなければならない。後世にも確実に伝える必要がある》」
「《何で俺はこの国で新しい歴史作ってんだよ》」
まさかの大事に遺憾を示す。
とはいえ傷害の後ろめたさはあるのか、素直に従っていた。
「《お前の名は?》」
「《おいヤメロ記録すんな俺の名を!それをどう書くつもりだッッ》」
妙に真剣な声音に、陽太郎は笑うことすら出来なかった。
最初は陽太郎の視点無しで書いてたんですが、居ないとお通夜みたいな空気になった。
彼の存在意義は緩衝材みたいな所ある。潤滑油として就活に有利。
関係ないですが近いうち、序章~2章あたりまでを手直しする予定です。
本筋に支障は無いので読み返す必要は無し。せいぜい小言が増えるだけ。身勝手ですがご了承を




