5.即刻エンカウント【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
日が沈み、再び顔を出した朝明け。
陽光すら不十分。元の世界で言うならば、始発電車すら走らない時間帯。
「《止まれ、通行の許可証はあるのか》」
遂に馬車は、一つの国を守る門番と接触。
そこは亜人連邦の土地。さらに言えば目的地だ。
――連邦の西端にて玄関。
この地こそまさしく、ヒテンジの治めた領土。
「《行商許可印ならちゃんとあるぞ?》」
練習の成果あって、御者代には陽太郎ただ一人。"共通語"で入国の許可を求める。
本来は許可印を持っていれば、パスできるはずの検問だが…
「《ダメだ通行を許可出来ん――お前は人間だろう》」
やはり戦争中の今は確執が生じ、まさしく門前払いの状況。
「《今は物入りだ、お前にも物資の援助を要請する》」
「《はぁ!?ふざけんな!》」
加えて門番は中でも過激派だったらしい。
入国を拒否した上、押収まで迫る。
これに反抗し暴れるも、結果は虚しく取り押さえられる。
(では征くぞ)
(え、いいの?)
一方、騒動の隣からスルリと抜けていく影が二つ。
"タマモ"ギルドへ赴いた状況と瓜二つだった。
(検問にて撥ねられるなど想像に容易い。故にあの男が隠れ蓑を買って出たのだろう?)
(あ~、馬車の練習したがってたのって、そゆコトね)
門をくぐり抜け、ひとまずの潜入には成功。
犠牲になった彼の姿を思い浮かべる。
***
「やっぱアタシらって歓迎されてなさげね」
「帝国が亜人を訝しむならば、逆も然りだ」
「てかさ、ヒテンジだったら顔パス出来るんじゃないの?」
人間の沙多は潜入に一手間。スキルすら行使した。
だが彼女は亜人、ましてや国の長という立場だった。
ならば正面堂々フードを外して入れないのかとも思うが、首は横に振られる。
「妾が治めていた頃とは、随分と変わってしまった故にな」
国の芳しくない内政に、遺憾と口を尖らせる。
それは新たな長の影響もとい、ヒテンジとは異なる意向。
素直に帰国を喜ぶ間柄ではないという。
「…先の孤児だが、全て妾の国から流れ者だった。働き手を徴兵された末の貧困ならば、後は語るまでもない」
「じゃあ前に言ってた犯人って、新しい王s…おっと」
珍しく、感情らしい感情が素直に覗く顔。
それを見つめていた沙多。だが通行人と接触した。
「ごめんね」と、相変わらず通じない言語のまま伝えようとするが――
「――《待て》」
刹那、ヒテンジが通行人の腕を掴む。発した言葉は日本語ではない。
成人前の幼なげな顔つきの亜人、その手には沙多の財嚢が握られていた。
「やばッ気付かんかった」
ポケットを確認すれば陽太郎から持たされた袋は無く、所持金を失う寸前。
「《返してもうぞ》」
共通語で語る美声に生まれた一瞬の空白、その隙に盗品を取り戻す。
次にハッと気を戻した犯人は逃亡。
路地裏の更に奥へ駆けて行った。
ヒテンジは目を細めてそれを追う。
咎める意思はさほど無いのか、足取りは緩やか。とはいえ充分すぎるほどの速さだが。
「亜人ってみんな足速すぎん〜?」
沙多が追いつく頃には盗人の叫び声が聞こえた。
言葉が通じずとも、怒りに身を任せたものなのは分かる。
角を曲がればヒテンジの後ろ姿。
「――■◆◆■■◆!!」
次いで再び飛ぶ怒声。
先には件の盗人と、兄弟らしき亜人が数名いた。
痩せ細っており、動機など沙多にとっても明白だ。
「サタよ、往くぞ」
「いいの?」
「目先を戒めたとて全体は変わらぬ」
しかしヒテンジは踵を返す。
罰を与えるでも、施しを与えるでもなく。
「頭が腐れば体も腐っていくものよ。故に――」
狙うのは争いの首謀者。
ただそれは、想定よりも大きな獲物だ。
「――まずは手始めに長を狩り、その首を以って争いを終わらせる」
「手始めってか王手じゃん」
それが全てを早急に切り上げる方法。
自分の国を自らの手で崩す。いわばクーデターだ。
――――――
――――
――
隠密に、そして迅速に足を運ぶ沙多とヒテンジ。
「"タマモ"と雰囲気似てるの、意識してる?」
「『たまもぎるど』の原典こそ、このミズクメ領である」
中心街を目指すにつれ、立ち並ぶ景観には既視感が強まる。
洋風の『帝国』とは一転、和や中華の統合といった様式。
特徴的な瓦や柱は、さながらな雰囲気を醸し出す。
「そんで、ちょい治安悪い感じ」
――しかし随分と寂れた印象が残った。
手入れを怠った舗装路や建造物。
本通りから外れ、路地裏を垣間見れば、横たわる人をチラホラ見かける。
朝方の空気すら、やけに冷たく感じてしまった。
(…やっぱ財布インベントリにしまっとこ)
軽装すぎる不自然さを掻き消すため顕現させていた荷物。
だが背に腹は代えられないと、トラブルに備えて収納する。
「アタシは"タマモ"のが好きかなぁ。なんか街の進化版って感じする」
「間違ってはいない。この国を志半ばで離れた故、生還し、復興させる際の試金石としたのが『たまもぎるど』だ」
「あのギルドは練習台ってこと?」
ギルドは国を立て直す為の経験値、そう割り切った運営。
だから規模が大きいギルドだったのか、と沙多は記憶を振り返る。
「とはいえ、政を始めれば世情が全く異なった。あちらで得た知見は、この世界では通用せぬ」
「えー、なして?」
「あの世界は退屈など程遠く――愉快であった。まるで誰かが糸を引いてるが如くな」
――それはゲームだからだ。
痛覚があろうが、財産が介入しようが、曲がりなりにもVR機器からログインする娯楽。
プレイヤーを楽しませる要素が最低限ある。本当に最低限だが。
「あれは一挙一動が好奇心からなる混沌の世界。片や、こちらにあるのは生きる為の営みだけ。比べようもなかろう」
「…ヒテンジってあのゲーム、ちゃんと楽しんでたんだっ?」
説明も無しに突如『ルシフェル・オンライン』に放り込まれ、プレイヤーと見做されず圧倒的なハンデを背負ってきた彼女。
それはエネミーを倒しても報酬を得られなかったり、復活の無い一度きりの命だったり。
だがそれでも悪くなかったと、唇の端が仄かに上がる。
「意外~。てっきり帰るためにしゃーなしでやってるんかと思った」
「無論、責務を果たす為でもある。一度得た長の役目、異界に飛ばされた程度で投げ出して良いものでは無い」
生還を目指したのは民を率いた立場だから。
その為だけに、文字通り死んでまで遂げて見せたという。
「――しかし何故、其方はこの身を救った?追いかける理由などなかろうに」
だからこそ、沙多の行動が分からなかった。
異世界に巻き込まれたのは、ヒテンジを案じたが為。
逆に言えば、それ以外の理由が見当たらない。リスクとリターン以前の話だ。
「…妾の毒気にやられたか?」
一拍おいて上がる、か細い声。
見捨てなかったのは意志ではなく、放たれる魔性に寄るものか否か。
「そんな『推しだから何でも』的なマインド無いよ?アタシ自己チューだから」
しかし、バッサリと切り捨てた。
真っ直ぐ見つ返すその目に、雑念は灯っていない。
「ただ、あそこで終わるのはなんか違うな~って。人助けで良い事したいとも思ってないし」
僅かに開けた路地裏を歩く沙多。
一瞬だけ日の光に晒されるも、再び日影へと潜っていく。
「むしろ陽太郎のが"良い人"って感じ。子供だって最初に何とかしようとしてたじゃん」
この潜入も彼が矢面に立てばこそと、例に挙げる。
誰に言われるまでもなく自らその役目を買って出た。
あのゲームのプレイヤーとは思えないほどの善性だと、彼の知らぬところで評価される。
「だからもしあん時さ、一緒に居たら、陽太郎のが先にヒテンジ助けそうじゃね?」
「…それは妾の顔を知らぬが故であろう。この羽織を取れば、あの男とて邪念が入る」
***
「《おい、何で服まで没収すんだよ!》」
「《お前の服は見慣れない代物だ、怪しい物が紛れてないか精査する必要がある》」
「《男相手にこのサービスシーンいらねーだろが!馬車ん中にあるもんだけ突っついてろよ!!》」
一方、陽太郎は身ぐるみを剥がされていた。
彼の着る革鎧は『ルシフェル・オンライン』産。
それも上級プレイヤーなのかレア素材をふんだんに使用した逸品。目を引くのは納得だ。
理由は分かる。が、なんとも間抜けな光景が広がっていた。
「くっそ、野郎相手に脱ぐ趣味はねえのに…美人の警官が相手とか都合の言い展開になんねえもんか…」
一人でボヤく陽太郎。
もういっそスキルで暴れるか…?と思案するが、街に居る二人を思えば、騒ぎを起こしたくなかった。
「ハッ、我ながら何てひたむきな奴なんだ。…尊厳が削られてる気がすっけど」
結局、彼は無抵抗を選択。
大人しく調査に従った。
陽太郎「本編で俺の財布、盗られかけてね?」
沙多「ぅぐっ」
陽太郎「しかも駄々こねて返すの渋ってたやつ」
沙多「…ゴメンナサイ」
沙多の家賃分くらい入ってたので、もしあのまま取られてたら土下座ルートです




