1.異世界オフライン【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
上空から奈落へ落下するような浮遊感。
暗闇に埋め尽くされ、何一つ感覚が存在せず、意識すら濁っていく中で――大気が入れ替わる。
「ぷはぁッ!?」
息継ぎをするように、沙多は肺へ空気を取り込む。
気絶寸前だった意識が回復したところで視界はヒテンジを、眼下に広がる容態を再確認。
その胸からは血が溢れ、服と体を真っ赤に染めていた。
「これ、ガチで死ん……遅かった…?」
出血を手で押さえようにも既に無意味。
その美貌と合わさり、人形のように美しくも冷たかった。
ダメ元で取り出す回復薬も効果が無い。新堂ご用達の泡沫化を防ぐ薬も先延ばしだけで、死亡そのものは変えられない。
「なんか…何かない…っ?」
沙多はインベントリ内を手当たり次第に探る。
やがて血の匂いに鼻が慣れる頃――コツンと、一つのアイテムが指先に当たる感触がした。
瞬間、無意識にそれを掴み取る。
「あっ、まってこれ…」
取り出したのは、中に灰が詰まった小さな瓶。
不死鳥を操るレアエネミーの報酬品。
それの正確な効果は分からない。検証する時間も無かった。
今からやる事は、見切り発車のぶっつけ本番だ。
瓶の口を開け、ヒテンジに灰を纏わせる。
灰の持ち主は、何度倒しても復活した。ならば、このアイテムも同様の効果を持つ可能性はある。
固唾を飲み一秒、また一秒と絡みつく時間を見届けると――
「――カハっ…ゴホッ…コホっ……。ここは…」
ドクンッと細い体が跳ね、思い出したかのように生命の活動が始まった。
無理矢理に息を吹き込まれたかの如く荒い咳を繰り返し、やがて、願った通りに意識が戻った。
(うわ"っ、ガチでありがとぉ…スガぁ~)
一度は要らないと拒むも、彼が折れずに山分けとなった報酬。空になった瓶をギュウッと抱きしめる。
天空の向こうにその顔を思い浮かべた。ちなみにまだ故人ではない。
「其方の血塗れた手は…そうか」
体は灰が傷を埋め、血痕どころか衣服の汚れすら綺麗に消失。
ヒテンジは周囲と己を確認し、歪な結果の尻拭いをさせてしまったと現況を理解する。
「大きな借りを作ってしまったな」
「ん、アタシも人殺したまま終わりたくなかったし」
沙多はゴシゴシと血に濡れた手を雑草に擦り付ける。
「…して、サタよ」
とはいえ、取り巻く事態は緊急。
ここは『ルシフェル・オンライン』の場ではない。
「どっかに水ないかな~」とボヤき、辺りを見渡している場合でもない。
「――其方はどうするのだ?」
「……ガチでそれな」
見知らぬ草木が揺れる。こちらの事情も知らず空は快晴。
嗅いだことのない土の匂いと疎外感を散らすそよ風。
ゲームとは違う、本物の臨場感。
「確認だけど、ここが…ヒテンジたちの故郷なんだよね?」
故郷へ帰る手段など分からないまま、今度は沙多が異世界へ放り込まれる番となった。
***
忽然とした"タマモ"ギルドの天井に、ドカンッと穴が開く。
「誰も居らぬな」
ガラガラと音を立てる瓦礫、空から降りた影はベアルだった。
器物損壊も甚だしいが、今回は誰も苦言を呈さない。
そもそもプレイヤーが誰一人として居なかった。
殆どがレアエネミー討伐に出払い、そして自殺した。復活までの約半日、しばらく活気は戻らぬだろう。
しかし王の間へ踏み入れば、一つの人影があった。
「ウヌは…銀狐の腰巾着か」
氷漬けにされ、部屋に独り取り残された宗仁。
ベアルの侵入にも気付かず、ブツブツとうわ言を吐いている。
「妹君を見ておらぬか」
彼が降り立った動機は、沙多という存在の消失。
預けた水晶ごと、突如と感じ取れなくなった。
ヒテンジの計画を知らされておらず、何が起こったかは掴めていない。故にようやく腰を上げた。
「…ヒテンジ様は…俺を……何故だナゼだ何故何故…」
しかし宗仁取り憑かれたように自問を繰り返す。
次にベアルは氷を砕いた。打った拳は、薄氷が如く容易に拘束を解く。
床に投げ出され、ようやく自由となった彼。だがやはり上の空だった。
体力と体温を奪われ、手足が痙攣するも、それすら意に介していない。
「ウヌの主君はどこに居る?」
次に問い直すのはヒテンジの所在。
共に姿が見えない人物について尋ねれば、今度はピクッと反応した。
「ヒ…テンジ様…ッ何故あのガキは選ばれたッ!!」
彼に立つ体力などない。それでも壁にもたれ掛かって上げた慟哭は、とても瀕死とは思えなかった。
「そもそも貴様らが存在しなければこんな事には…ッ」
遂に意識は初めてベアルを捉え、憎悪を滲ませる。
しかし既に死に体。氷は砕かれたものの、やがて体力はゼロとなり泡沫化が始まった。
「俺に…貴方の元へ行く資格が…」
嘆きと共に消え、ゲームオーバー。
結局残されたのはベアル一人だ。
「戯言であるな。それは己が脆弱である他あるまい。存在一つを変えられぬのならばな」
誰にも聞かれぬまま、弱肉強食という自明に従った矜持を手向けに残す。
だが結局、具体的な手がかりは得られずだ。
拾えた情報は、沙多と共に何処かへ移動したという根も葉もないもの。
「フム、吾も『ろぐいん・ろぐあうと』を試みる必要があるかッ」
だがベアルは己の直感により、「この世界に居ないのならば別の世界」と断じた。
『ログイン・ログアウト』の意味を"別世界への転移術"と未だ勘違いしているが、兎にも角にも行動を始める。
しかし、魔力が足りない。
ヒテンジが言っていたように、今の魔力量は出涸らし。
故に一度、ネットや電気を変換せずに済むよう、現実世界へのログアウトを決めた。
「妹君の言う『ろぐあうと』とは…」
前回は魔力不足の強制シャットアウト。以来ずっと『ルシフェル・オンライン』で活動している。
つまり、ログアウトの操作は今回が初めて。
――いい?この手帳の、このページに自分の名前あるでしょ?これに線引いて消すの。したらログアウトできっから。
教えてもらった方法をいざ実践。
行為自体は横線を一つ引いて塗りつぶすという単純なもの。ゲームに疎い悪魔とて理解は容易だ。
――手帳はインベントリから出すの。だからいつでもサッと取り出せるよう練習マジで大事だからっ。
しかしインベントリという概念は未だになれない。
苦戦しながらも試し、十分という時間をかけてようやく成功。
フッと泡沫化とはまた違った残像を残し、消失。
初めて悪魔は、一人でVR機器の操作を終えた。
そして遂に、この場には誰一人として居なくなる。
これにより、最大級のエースギルド――"タマモ"は、事実上の解体となった。
***
「ガチで迷子すぎて草〜…ぁぁ草ばっか……」
変わらぬ晴天、適切な気温、広く生い茂る緑。
こんな日はピクニックに洒落込みたい気分だろう。
ただし、異世界だという一点さえ無ければ。
その事実に、全ての加点は消え去る。もはや空気の重みさえ異なる気がしてくる。
沙多の言葉通り、辺りは草しか生えていない。
「もう少しすれば、ある程度の見当も付こう」
土の道を辿る沙多とヒテンジ。
それは人の足や馬車によって踏み鳴らされた証拠。
これをなぞれば、やがて人里に出る。そうすればどの場所に投げらされたか、現在地を割り出せるという算段だ。
「あっエネミー…じゃなかった、猪…?」
しかし舗装路とは程遠く、獣に何度か遭遇する。
その度ヒテンジが爪牙にてバラバラに刻むが泡となって消えず、死体はそのまま残る。
消え去った命の感触と、血に染まる土。ゲームではない実感を改めて突きつけられた。
「やっぱログアウトも無理よなぁ」
インベントリから取り出した手帳。
ベアルと同じくログアウトを試すが、何も起こらない。
ゲームでは所謂オプション機能を司っていた手帳をパラパラと捲るも、各種ページに書かれていた文字が消えている。
ログアウト用のページはおろか、メッセージなど連絡用のページ、掲示板にアクセスするページや、VR機器のバッテリーやネット回線の速度表示といったページもまっさら。
自分の意志で取り外せず、一生中断できないゲーム画面を見せられている気分だと、沙多は辟易する。
「スキルだけは生きてんの謎すぎるけど…ま、いっか。使えなかったら完全にアタシ足手纏いだし」
「使えずとも良い。其方には指一本たりとも触れさせぬ」
唯一残っているのは、職の詳細を記すページ。
現在の所持スキルや、取得可能スキルなどが事細かに記載されている。
つまり先んじて使用したインベントリ機能と、スキルの恩恵の二点だけは辛うじて使用可能。
(てか『ルシフェル・オンライン』から直で来てるよね?ここってゲームなのに現実?意味わからん。どうやったら戻れんの?)
その理由も、それが意味することも、沙多は全く分からないままヒテンジと共に歩を進めた。
ゲーム世界と違うので、タイトルの雰囲気も変えてます。
カクヨムにも同じの投稿してるんですが、後書きとかで手帳の説明してないから急に謎のアイテムを持ち出したことになってそう。突然生えた設定に恐れおののけ。




