3.火蓋を落とすおんらいん【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
いの一番に繰り出された騎士の槍による刺突。
それをベアルが拳で弾き、全身鎧の彼らを数人まとめて蹴り抜いた事で開戦の火蓋は切って落とされた。
「あぁもうっガチ最悪ッ!バカァ!!」
衝撃波が出るほどの威力で悪魔の脚が薙ぐ一閃。それによって出来た包囲網の穴から沙多は脱出し、警戒すべき角度を絞る。
一方ベアルは全方位から敵意に晒されるまま乱戦に身を投じる。
「ヤバ…何であれで無事なん…?」
攻撃を凌ぐどころか金属製の鎧や武器を己の拳のみで破壊し、ちぎっては投げる戦場の悪魔に沙多は軽く引いた。距離を置いたのに足元まで騎士は投げ飛ばされてきた時は引き笑いもした。
とはいえ沙多も安全圏にいるわけではない。彼女を狙う敵や、吹き飛ばされてきた敵を相手取るため杖を手元に召喚し応戦する。
「やはりこの兵士らも妙よっ、打破したと思えば跡形も残らず消え失せるとはッ」
慣れ親しんだ者からすれば体力が切れた際の消滅。当然の撃破演出に過ぎない体の霧散。
だがゲームなど触れたことのない悪魔は、見知った兵装をする彼らが残骸すら無しに去る事に違和感を覚えるようだ。
「いいから集中して!もうそろアイツ動く感じだからッ!」
戦いの中で思い耽け、もはや心ここにあらず状態で蹂躙しているベアルは沙多の一喝で思考を戻された。考える為に両手を組み、もはや足による蹴りだけで戦闘していた姿勢を解き、注意する方へ意識をやる。
そこにはガブル・エルシオンと呼ばれた騎士――兵の長がいた。
剣の切っ先を向けたまま静止していた長はついに長身の剣を水平に振りぬき、構える。
「その構えまで瓜二つと来たかっ。兜の下でウヌはどんな顔をしておるかッ、正体を現すが良いわッ!」
「いやソイツの部下どうすんだしッ!一騎打ち出来る状況じゃないでしょこれ!!」
何十といた騎士は減った。だがそれでも両手の指は埋まるほど残っている。
そんな中ベアルは有象無象を放り出し、大将首の元まで尋常ではない加速を持って踏み出した。
「配下はウヌに預けるのみっ。妹君ならばこの程度造作もなしよッ!」
「謎の信頼なんなんっ!?勝手にアタシに期待したいでよも~ッ!」
言うやいなや、敵将を除く全ての騎士が沙多の元へ殺到。
敬拝する主君の妹と勝手に決めつけ、勝手に妹君ならば相応の力があると、バトルスタイルすら知らない少女へ丸投げ。当然、怨恨の叫びが後ろで響いた。
そんな恨み節を背中で受けながらもベアルは猛攻は止まらない。
ガブルと呼んだ騎士長の独特な剣術を意にも返さず、確実に痛手を与えていく。
剣筋を捌くのではなく、敢えて全てをその巨躯で受け止め、それ以上の致命傷を幾重にも格闘にて叩き込む。
「やはり…紛い物か?あまりにも虚けよッ!」
悪魔のあまりに強靭な体は、まともに斬撃を食らっても浅い傷に留まる。
対してこちらの攻撃は鎧を歪ませ、破壊し、武器や盾すらも削り取る。
まさに攻撃は最大の防御、肉を切らせて骨を断つの最終形だ。
そうして一方的な劇が始まってから数分。鎧という外装が剥がれ、剣も欠け折れ、その兜にも亀裂が音を立てて広がる頃。再び騎士長の纏う空気が変貌する。
「それマジで気を付けてッ!ソイツこっからヤバくなるからッ!」
恨み節を零しながらも、意外にも十数の敵を捌き、残り数体となっている沙多から鋭い喚起を飛ばされる。
今までの困惑や狼狽からなる声とは違う――明らかな警告。
沙多はベアルと出会うよりも以前、単身でこのエネミーに挑んでいる。
そして敗れた要因――配下である騎士を半数倒すと長が動き出し、さらに半数を倒すと覚醒する。ゲームではもはやお馴染みの形態変化。
騎士長が頭を覆い隠す兜に手を運び、自らそれを砕く。
割れた破片がボロボロと地面に落ち、そこにあるはずの顔は――何もなかった。
マネキンのようなのっぺらぼう。全てが黒に染まったような、顔の輪郭のみしか識別のつかない様相。
「ムッ、体が闇で出来ておるのかッ、最近の人間は面妙よ…――そうかッ、これが巷に聞く『めいくあっぷ』というものかッ!!」
「絶対ちゃうし」
沙多にツッコまれるも悪魔は気にしない。眼前の敵の行く末を仁王立ちのまま見届けている。
剥がれた鎧の箇所を羽毛に似た硬物質で補強し、折れた剣は放棄。代わりに白い百合の花弁が無数に集まり、合わさったような歪な形をした刃を握る。
失った青藍のマント、それを背負っていた背中には天翼が生える。
「吾の記憶ではウヌは人間であったはずだが…しかしこの気迫は…」
人ならざる姿が現れても未だ判別に悩む悪魔。その理由は今、かの騎士長が繰り出そうとしている一撃にあった。
絶え間なく散り、また咲き続ける花弁の剣。
地に落ちた花びらは瞬時に芽吹き、白百合へと姿を変える。数秒も待たないうちに薄暗い墓地は荘厳な花畑へと侵食されつつある。
そよ風に揺れる百花繚乱。
まるで中に楽器でも入っているかのように優しい音色が花々から漏れる。
その花の輪唱は勢いを増し、耳朶を打つほどにまで成長を始める。やがて世界の終焉を知らせるラッパのように破壊的な音になる頃――騎士、否その天使は動いた。
花弁の剣の刀身が強大に膨れ上がる。空気を震撼させるそれを持つ天使の構えはやはり水平。遠くない未来に横薙ぎの一閃が待っていることは想像に容易い。
「ウヌの真価はついぞ分からぬが――その絶技は偽り無しと見たッ!帝国の英雄たらしめる『返し咲き』が如何程かッこの吾を穿ってみよッ!!」
『返し咲き』と呼ばれた奥義、圧倒的な威光を前にベアルはやはり動かない。
防御の動作すら無く、もはや迎え入れるかの如く無抵抗。
それは相手の力量を全て己の身で受け、その上で相手を完膚なきまでに打ち負かす。悪魔の矜持にして悪癖だった。
そして敵からすれば、これ以上ないほど格差を直視させられる悪夢のような品定め。
とうとう盛大に響く花の轟音が最大に達し、一瞬の静寂。――刹那、振り抜かれる斬撃がベアルに届くその時――。
「バッカじゃんッもうッ!!普通に倒せッ!」
沙多の声と共に、打ち込まれた魔法の火炎弾が天使を包み、後方まで吹き飛ばした。
いつの間にか全ての兵を倒し、星屑を模した杖を敵へ向けている。
「自分からケガしに行ってどんすんの!ヒヤヒヤさせんなしッ」
「ヌゥ、しかし妹君よ、吾の――」
「アンタがアタシに期待すんならっアタシも勝手に期待するから!!」
それは意趣返しでもある。
駆け寄る彼女は息を切らし、修道服と肌に傷を作りながらも、大勢の騎士を対処してみせたのだ。
「ベル!アンタなら文句なしに倒せちゃうんでしょッ?」
今度は沙多が無条件の信頼を挑発じみた眼光で睨みつけ、ベアルの背中を叩く。
「――クッ、ハハハハハァッ!!そう願意されたならば答えぬ訳にはいかぬまいッ!!」
悪魔は気を昂らせる。
かつて至高の主君の右腕として奮った感覚、失われつつあった万感。それが沙多によって蘇った。
崩された態勢を立て直し、再び眼前に塞がった天使を前にベアルは歩いていく。
一度横槍を食らったとはいえ、敵の携える白百合の剣の活力は衰えない。いつでも最大の一撃を放てる状態にある。
「改めよう、吾にその剣撃は届かぬっ。穿つ血肉すらも与えぬよッ!!」
静かに距離を縮めるベアル、だが油断と隙は存在しない。無抵抗とは違う、迎撃の為の構えだ。
そうして機が熟した僅かな空白に、天使は再度剣を水平に振り抜く。
空気ごと抉るように迫る一閃、それがベアルを右半身から断ち切る瞬間――。
――悪魔の鉄槌が天から堕ちた。
片膝と片足の合わさった三転着地。振り下ろされた右腕は剣の平地を捉え、その勢いのまま地面をかち割る。
これに剣が耐えらる訳もなく粉砕。散った残骸が花吹雪のように空へ舞い上がる。
彼の拳が大地を震撼させる。常人ならよろめくほどの揺れに、天使も重心を乱し――。
「これが妹君へ捧ぐ戦果よッ!!」
刹那の隙を左腕が捉えた。
膝を下ろした状態から繰り出された拳が一直線に天使を打ち抜いた。
ドォンッと重低音が響くよりも先に天使が盛大に吹き飛ばされ、聳える大樹に激突。
そこから数秒、ザワザワと揺れる大樹と葉擦れ音が見守る中、やがてその敵は蒸発するように泡となって消えていく。
トドメが某殺意さんの滅殺豪昇竜のラストみたいな一撃になっちゃった。
そこから追加の左ストレートで対あり。
戦い方がストリートファイト。