7.飛天の唄に並べるゴール【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「――ヒテンジ様ッ!!」
彼女の言葉が放たれた瞬間、一瞬の間も許さずにシュウトが声を荒げる。
口を噤めという命令、絶対たる言い付けを破ったのは初めてだった。
「何を言うのですかッ!!その為に俺をッ……決別させる為に俺を呼んだというのですかッ!!」
怒声は空間を揺るがし、隣で聞いていた沙多をフラつかせる。
「そうだ。これが最後の一振りである」
一方、彼女は冷静に着物の懐から四本目の刀を取り出した。
「名を"ヒテンジ"とした。妾の名を最後に冠した余り物よ」
"カナン"、"ミズクメ"、"レヴァンテイン"を作成した際に、余った材料で叩き上げたという小さい刃。
敵を切り捨てるほどの刀身も無く、完全に胸に突き立てる自刃以外の用途は無かった。
「俺は納得できません!俺は貴方に全てを捧げてきたッ!その結果がこれだなんて…」
「というかさ、殺したら死んじゃうんだよ?」
ツンとした音色で、純粋な疑問が飛ぶ。
慟哭する彼とは対象に、沙多は落ち着いていた。
「もし元の場所に帰れても、死体だけ行くんじゃない?」
「それこそ賭けよのう、同時に肉体の回復を願う他あるまい」
――三つの天恵だけを使用し、無傷のまま生還を願う。
――あるいはヒテンジの存在も勘定に加え、その分願いも一つ多く加える。
確かに願いを欲張れど、天恵の質は後者の方が高そうに思える。
しかし彼女の存在価値に絶対の保証は無い。
まさしくピンキリ。悪手の可能性もあり得る。
変な工程だと沙多は唸った。
自ら傷ついてまで、不確定要素を増やすのは何故かと。
その視線を察したヒテンジは、己の肘から下が機械仕掛けの左腕をさすった。
「こればかりは妾の我儘でしかないな。戻るのであれば、傷に塗れた過去を清算したい。その浅ましさも含まれておる」
ペタンと残った片耳を伏せる。それは人目を忍ぶようだった。
欠けた右耳と左腕、そのどちらも切り落とされたように残る古傷があった。
『ルシフェル・オンライン』で受けた傷は、回復さえすれば再生する。
つまりこれはゲームへ転移する以前、元の世界で受けた傷だ。
「して、結論を問おう。どちらかが…妾の望みを叶えてくれるか?」
「俺はっ…俺は出来ませんッ!!」
「…そうであろうな」
とはいえ計画を練る中で、薄々気付いていた。
もし事情を打ち明けたとて、彼が承認することは無いのだろうと。
「ヒテンジ様を傷付け、その結果居なくなるなど…ッ」
崇拝する対象の殺害など、誰より心酔する彼にはことさら荷が重い。
シュウトは瞳孔が定まらないまま拒んだ。
本来なら、この時点で計画は頓挫。達成が不可能になるが――
「――じゃあアタシがやる」
沙多が無情に声を上げる。
修道服を揺らし、コツコツと靴音を鳴らしてヒテンジへと歩く。
「ここへ呼んで正解であったな。其方との出会いは僥倖であったな」
「なんでアタシだって思ったの?」
招いたのは刃を突き立ててもらうため。
僅かな付き合いにもかかわらず、沙多を見出し、その大役を委ねた。
「前に口にしたであろう。其方は魔王を――"ル・シファル"なる存在を想起させる」
「ル・シファル……」
よく悪魔が口にする尋ね人の名。
未だ人物像が掴めない、沙多には謎の存在だ。
唯一分かる情報は『お姉ちゃんじゃない』という一点のみ。
(てかベルにも似てる的なこと言ってたな)
それこそが計画を実行した経緯だと言う。
全貌をいまいち飲み込めなくとも、沙多は差し出された小刀を握る。
間もなく、シュウトを置き去りに、本懐は達成されようとしていた。
「――ふざけるなアァッ!!」
刹那、ナイフが投じられる。
既視感のある背後からの奇襲。
だが嫌な気配を察したのか沙多は寸前で回避。
ナイフは流れ弾として奥のヒテンジへ向かうが、彼女も右手で弾き、床に金属音が転がり終わる。
「ぽっと出の貴様にッッ!ヒテンジ様をっ……ヒテンジ様の行く末を決める権利などあってたまるかァッ!!」
激昂のままに吠えるシュウト。投擲した手が震えるも束の間、爪が食い込むほど堅く拳を握った。
インベントリから別の凶器を出し、瞬時に詰め寄る。
沙汰も反応するが、この距離感は魔法を主力とする職に不得手。
間合いは数メートルしかなく、何も出来ず気絶させられた嫌な記憶が蘇る。
「――待て」
すかさずヒテンジは、冷静に言葉を投げかける。
「ゥグッ…!?」
それが耳朶を打てば、シュウトは本能に刻まれたように硬直。
「――ァア"アアアア"ッッ!!」
だが執念で振り切った。
慟哭のように聞こえる叫びが鳴り響く。
一方で、同じくヒテンジの声を受けた沙多は――僅か一瞬の怯みもなくスキルを発動。
「【絶対零度】!」
杖を振りかざし、氷の結晶を展開。
内一つが彼に接触した瞬間、氷漬けにした。
「貴ッ、様アアァァッ!!」
警戒した固有スキルを持つ銃ではなく、単純なスキルで先手を取られた。
狙撃という直線的な射線ではなく、面での包囲網。
首から上は辛うじて凍結を防いだものの、身動きは封じられた。
「自分がこれから何をすんのか分かってんのかッ!殺すんだぞ!?ヒテンジ様を!!」
「ちゃんと分かってっし、アンタらみたくポンポン自殺できる人よか感性死んでねーから」
心外と頬を膨らます沙多。
動けない彼はもはや視界に入れず、小刀を受け取った。
「けどさ、どうしてもってんなら、アタシもやれる事したげるだけだし。これでも、結構好きでリスペクトしてんだからね?」
優先順位をはっきりと付けている沙多。
これにヒテンジは面白そうに肩を揺らし、薄く笑みを溢す。
次には舞踏会のように、お互いが向き合って手を取った。
「一つ違っておろう。其方も到底平常とは言い切れまい」
「…?ガチで言ってる?」
「其方の心音はまるで揺らいでおらぬぞ?」
ヒテンジは沙多が手に握る小刀を上から包んで誘導。エスコートさながら目を細める。
今から人を殺めようという中、その刃先は震えずに安定していた。
「おい、や…やめ…」
シュウトが絞り出した言葉も届かない。
右手で自身の心臓、その真芯へ運び――
「ここだ、刺せ」
そう囁いた数秒後、"ヒテンジ"と銘打たれた刀身に血が滴った。
「やめてくれエエェェェッッ!!」
彼の叫びも虚しく、ドサリと倒れる長身。
美しく仕立てられたドレスと、美貌に溢れた顔は赤く汚れた。
――『世界の結び、その破壊を確認』
そして、遂に"声"が響き渡った。
まあ人を殺すってかエネミーを殺したんですけどね
処理がエネミー側なので、沙多の業値は増えてません。依然ゼロです。変わりなく。
ちなみにヒテンジはレアエネミーの中でも質がいい方なので、大抵の願いは叶うほどの強力な天恵が発生します。過去改変とかもギリギリいける。
話のストックがあまりに無いので次回更新は金曜です、お許しを。ポケモンも発売したのにどうすんだこれ




