7.飛天の唄に並べるゴール【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
悪魔はVRを通し、プレイヤーとして適応された。
ベルタはゲームの世界で産まれ、住民として適応された。
一方で招来されたヒテンジは――何も適応されていない。
ゲームシステムという補助も、命の回帰という後ろ盾が何一つ無い。
挙句の果て、敵を決死の覚悟で倒しても報酬品の金銭や装備を入手できず、願いも叶えられない。
言葉通り、この世界では人権が無いかのように、その身一つで立たされていた。
この意味を正しく理解した沙多の呼吸音は浅くなる。
思えば先の戦いも、職のスキルを用いず、ベアルと同じく自前の技量のみで競っていた。
ましてやインベントリを開いた様子は一度と見ていない。
加えて、タマモというギルドが発足したのは一年ほど前。ならば最低でもそれ以上の期間、一度と死を許さず、金や道具という褒美も無く生き延びている事になる。
沙多に当てはめるなら、金もスマホ無しに百年以上遡り、外国のどこかへ放り込まれるような絶望だろう。
(え無理、普通に無理なやつじゃん)
境遇はあまりに理不尽そのもの。自分だったら三日も待たずにお陀仏という確信があった。
しかしヒテンジは、現在進行形で生き抜いている。それは紛れもない強者の証。まさしく自身が生き証人。
「妾が出向いたとて天恵を得られぬのでは意味がない。故に『れあえねみぃ』は家臣に委ねたまで」
「なる〜。…けどさ、アタシをここに呼ぶ意味は結局なくない?」
ヒテンジはこの事実を、何てことのないように咀嚼して続ける。
「意味ならばある。本来ならこの役目、シュウトに委ねる腹づもりであったが――」
そして、ちらりと尻目に彼を確認。
口を閉じてもなお、瞳は揺れ、激しい動悸に襲われていた。
「今から為す行いに耐えられそうにないのでな」
「なにすんの?」
「まずは『れあえねみぃ』を打破せねば話は進むまい」
頬杖をつくヒテンジは、再び通信器へと促す。
これを見れば、激戦の様子が広がっていた。
正念場の決着直前。多大な犠牲を払いながらも、レアエネミーの撃破まであと一歩。
流石はトップギルドに属するプレイヤーと言ったところで、各々の班に差異はあれど、勝利の色は濃かった。
やがて数分後。最初に湿地帯組が、遂にトドメの一撃をレアエネミーに喰らわせる。
命を穿つ決定打は転移前、シュウトが譲渡した"カナン"という名の太刀。
「お〜っ、やるじゃ…あれ?」
素直に称賛を送る沙多。こちらも、もしポップコーンがあれば頬張っていただろう。
聞かされた重めの話は棚へ置いて、既に観客気分だ。
だが妙な気配を感じた。
レアエネミーが討たれ、泡となって消える――その前に、プレイヤー全員が倒れた。
トドメを刺した者も、前衛のアタッカーも、後衛のヒーラーも例外ではない。
戦闘に参加した全員が泡となり、ゲームオーバーを迎えた。
「は?どうなってんの!?」
「狼狽えるでない。ほれ、他も同様よ」
食い入るように見つめる沙多と対象に、ヒテンジは落ち着き、次に地下迷宮の景色を映させる。
丁度こちらも撃破の瞬間。決定打は同じく太刀。こちらは"ミズクメ"と銘打たれた物。
本来ならば勝利の余韻が響き、歓声を上げ、仲間と喜びを分かつ場面。
しかし彼らはその瞬間――小刀を胸に突き刺した。
「何してんのっ…!?」
紛れようもない自殺だった。
それは見覚えのあるナイフ。沙多が湿地帯の班に所属していた際に確認した、タマモの全員が腰に携帯していた小刀。
これから天恵に願いを告げようという時に、全員が泡となり消え、誰もいない空間が出来上がる。
そして最後に映し出された三つめのグループも太刀の"レヴァンテイン"にて終止符を打つが、やはり結果は同じ自刃だった。
何より異常なのが、誰もこの集団自殺に臆していない。
『ルシフェル・オンライン』は痛覚が存在する。
無論、痛みの軽減や、触覚が異なるという仕様も無く、現実とそっくり同じ苦痛が現れる。
そんなゲームにおいて、自ら心臓を貫くなど正気の沙汰ではない。
ゴポリと鮮血が溢れ、ただそれを受け止め表情を変えずに死んでいく。
「『れあえねみぃ』を討ったとて、願いを告げる前に死すれば無意味。そう言いたげな顔よのう」
「だって天恵って倒した人しか使うの無理じゃん。もう誰のモンでも無くなっちゃうし」
沙多の目は、まさしく狂信者を映す。
天恵の所有権は攻略者のみに与えられ、第三者による横取りは不可能。
しかし当人も死亡となれば、約半日の利用不能時間がある。
そこからどんなに急いだとて、復活する頃には効力が失われ、願いを叶えるオーブは既に消えている。
つまり完全な無駄死に。何も意味は残らない。
「――違うな。所有権は妾にある」
しかしヒテンジは目を細め、狐が化かしたような薄い笑みを作る。
その瞬間、三つのオーブがヒテンジの元に顕現した。
「それ何で!?意味わからんてッ!どしてそうなったん!?」
「仕掛けはあの刃、妾の名を分けた三振りよ」
謎の事象に慌てる沙多。ヒテンジは軽快に喉を鳴らす。
まるで子供に手品のネタを披露するかの如く。
「太刀には妾が――髪や爪といったこの身の一部が編み込まれておる。それを用いれば天恵との縁は繋がり、"妾が討った"と誤認させるのだ。単純であろう?」
「めっちゃ裏技…。けど変じゃね?そんなの出来たら、武器作れる人みんなそうすんじゃん」
もしそんな抜け道めいた手段があるなら、話題にならない訳がない。
【鍛治師】や【錬金術師】といった職種ならば、自分の一部を素材に、武器を自由に作り放題。
それを他人に売るなりして、もし持ち主がレアエネミーと偶然相打ちにでもなれば、製作者は寝ているだけで天恵を得ることが出来てしまう。
「無論、幾度と検証した。『ぷれいやぁ』が己を素材とすれど、ただの不純物と見なされる。妾のみが成し得る事例だとな」
では何故、彼女だけが特別なのか。
爪や髪が他人と違うとか、製法に秘密があるとか?と、沙多は頭を捻る。
だが、真実はもっとシンプルな答えのような気がして彼女を見つめれば――
「――『どろっぷあいてむ』と、其方らは言うのだろう?」
ヒテンジは自身の右手に生やした鋭い爪を撫でる。
沙多の思考は理解と同時に、フリーズした。
敵を倒した報酬品。それは生物の一部として入手でき、装備の素材にも使える。
確かに体から切り離されてなお、その存在は消えずに残る例だろう。
「妾は人と見なされぬ。では残った席は『えねみぃ』しかあるまい」
爪や髪が効力を残し続ける理由はただ一つ。
ヒテンジはエネミー側として組み分けられている。
だからゲームシステムの恩恵も、天恵も意味がない。
「これで三つの天恵が一堂に会し、妾へ募った。願いの効力も大きく伸びよう」
「あ、だからレアエネミー三体を同時に倒したかったんだっ」
彼女の正体はエネミー。この事態を完全には咀嚼できていない。
だからこそ、沙多は一旦思考を置いておく。自分の分かる箇所――ヒテンジは強力な天恵を求めている、という点から納得を求めていった。
「左様。――だが足りぬ」
「えっ?」
「その希少価値は妾とて理解している。昨今では『れあえねみぃ』が減少傾向にあると耳にするほどだ」
天恵を合わせて使うなど前代未聞。
質はピンキリと言えど、三つ分もあれば大抵の願いは実現してしまうだろう。
しかしヒテンジは満足せずに念を入れる。
「失敗は許されぬ――ならば、妾自身も賭け金としよう」
「賭け金て…?」
彼女の知りうるレアエネミーの情報はこの三体のみ。既に出し尽くした。
ならば残った天恵の出所は――。
「妾という存在も『れあえねみぃ』と見なし、新たにもう一つの天恵を出現させる」
「はッ!?ヒテンジってエネミーの中でも、レアエネミーだったの!?」
「確証などない。思い違いやもしれぬ。己が"れあもの"であると祈るばかりよ。だがしかし――」
ヒテンジはまぶたを閉じること数秒。
そして開いた瞳には、憂いの色など浮かんでいなかった。
「――妾が『れあえねみぃ』という、そこらの凡骨に劣るなどあり得なかろう?」
垣間見えるのは圧倒的な自負。人はやがて死ぬように、一と一を足せば二となるように、それを当然とする自己肯定。
プレイヤーが死に物狂いでようやく倒す脅威を、取るに足らないと片付けてしまう覇者たる威厳。
彼女には確証は無けれど、確信があった。
「しかし、はて困った。三つの天恵を身に宿したとて、妾では願いを叶えられぬ。自害を図ろうにも、それこそ真に無意味となってしまう」
ヒテンジはわざとらしく困り眉を作り、それでいて挑発的に目を細め、唇を釣り上げる。
そして沙多は、次に来る言葉を理解できてしまった。これこそが、この場へ呼んだ目的だと。
「それって…」
「其方らのどちらかが――妾を殺せ」
ヒテンジは『ルシフェル・オンライン』を作られた世界と認知してますが、現実世界の文化には疎いです。ゲーム内で頻繁に出る職やスキル、レアエネミーという概念は某ベアルより理解してるものの、「VR」とか「MMORPG」とかの用語で言葉攻めしたら、おばあちゃんのように固まります。
沙多さんは呑み込めないことがあっても、「まあいっか」で進めるのは長所であり短所。
ゲームの戦闘においては迷いなく次の行動を素早く繰り出せる。素晴らしい。
一方で勉強も理解不能な箇所もフワッとしたまま進むので点数が危ない。やっぱ素晴らしくない。




