5.飛天の唄に与するチップ【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
次は月曜に上げます。マジでどの曜日に投稿すれば読み易いのか分からない。
「へー、これで強くなってんの?」
「妾の家臣を見くびるでない。腕は確か故にな」
「いや家臣て」
翌日、城下町の片隅にて。沙多は星屑の杖をまじまじと見つめていた。
その場にはヒテンジも居合せ、 手を何度か握りしめ、新たに調整された義手の感触を確かめる。
沙多の相棒とも言える武器は、タマモ有する職人プレイヤーによって強力に鍛え直されていた。
有り体に言えば、装備のグレードアップだ。
とはいえ見た目は殆ど変わらない。彼女の修道服も、同様に変化は乏しい。
「アタシの杖に固有スキルとか新しく付いたりしてない?」
「聞いた限りでは、そのようなものは発現せずと報告を受けた」
「そっか〜残念」
曰く「既に元が良い装備」だったらしく、強化幅はさして目立たなかったらしい。
(ちゃんとしてた奴で安心したような…なんか勿体無いような…)
この装備の送り主である新堂に複雑な感情を抱く。ついでに借金のことも思い出して口をへの字に曲げる。
「ベルはホントにそのままでいいの〜?」
しかし奥で仁王立ちしているベアルは、一切の変更が無かった。
ボロボロな焦げ茶色の革ジャンと、文字通りの燻んだダメージジーンズ。
それは現実と変わらぬ装い。つまりは初期装備。
言ってしまえば、なんの防御力も特殊効果もないただの布切れだ。
「衣を変えたとて生物の力量は左右されなかろう」
「現実だとそうだけどこれゲームっ、変わるから!」
「ムゥ…?」
しかしまだ『ルシフェル・オンライン』ひいてはゲームのシステムを理解出来ていないベアル。装備の重要性を分かっていない。
というより、今までが強すぎて『外部の要素に頼る』という発想が存在しない。
まさしく己の肉体こそが資本。"レベルを上げて物理で殴ればいい"の究極系だろう。
「…もしかしてアタシの修道服、特に意味なく着てると思ってる?」
「違うのか?」
「違うから!性能重視!!魔力の消費抑えてくれるの!プレイヤーの服にはみんな意味があんの!」
やれ攻撃力がどうの、俊敏力がどう、スキルの相性がどーのと、ベアルに装備という概念を説き始める沙多。
(妾は好き好んで着ているがな…意味もなく)
一方、二人を見守るヒテンジは無言だった。それを口にすれば色々ややこしくなる気がしたからだ。
ベアルと同じく、己の技量が絶対だからこそ取れる選択。猛者故の余裕だった。
だが結局、ベアルの装備に変更は無し。
「せっかくなら貰ってけばいいのに」と沙多は惜しむ表情。
ベアルを着せ替え人形にしたかったという無念もおそらく入っている。
「コホン。では、妾の隊列に加わってもらおう」
呼吸を一つ、仕切り直しカツカツと石段を上がるヒテンジ。二人はその後に続く。
武具の保管庫――城下町を昇り、渡り廊下を歩き、本殿へと合流。
"タマモ"ギルドの一階にはホールが広がっている。ヒテンジらが足を運んだのは、その上層部へと通じる二階の大々的な襖だ。
そこを開ければ、吹き抜けとなる目下には、二百を超えるプレイヤーが待機していた。
「狩りの算段がついた。『れあえねみぃ』の討伐にあたり、この二人を添えることとした」
高台から、まるで演説さながらの宣言。声を張るヒテンジは当然のように美しく、所作すらも堂に入っている。
それでも動揺は必須だった。
沙多が侵入者としてギルドを騒がせ、トドメにベアルが半数を屠ったのはつい昨日の話。
(普通みんな納得しなくない?)
沙多はヒテンジに倣って一同を見下ろす。身長が足りなく、やや背伸びして柵に手を乗せながら。
すると、決して友好的ではない視線に晒された。
死亡後、再ログイン可能までのクールタイムは一日経った今、終わっている。
つまり沙多のベアル、二人の被害にあった者たちが、直にこの場に居合せているのだ。特に後者の被害は甚だしい。
「これは妾の意向である。――妾に従え、良いな?」
「「――ハッ!!」」
しかし、軋轢などそれだけで終わった。
凛と響く静かな声音を、圧倒的な美貌に乗せて見下ろす。
そのひと撫でのみで、百を超える意思は統一された。
魅了という域を遥かに抜きん出たカリスマ性。
命令された彼らの幸福然とした表情を見て、沙多は固唾を飲む。
プレイヤーを掌握するのにかかった時間は三十秒も無かった。
ヒテンジはたった一言を配下に告げただけで、踵を返す。
「これにて提携は成された。存分に働いてらおう」
彼女の話によれば、近々レアエネミー撃破を実行に移す予定だったようだ。
しかしその兵力を持ってしても不安は残り、考えあぐねていた状態。
――そこで、沙多とベアルを傭兵として抱き込んだ。
わざわざ装備の新調を請け負ったのも、報酬の一部だった。
「けどさ、アタシいる?ベルはともかく、そんな強くないよアタシ」
沙多は肩を竦め、去りゆくヒテンジの背を呼び止める。
ベアルは過去にも新堂に腕を買われ、裏ギルドに突入した。
これで傭兵の経験は二度目だ。
しかし彼女は、傭兵を個人的に務めるのは初だ。
裏ギルドの件も"信用できるメンバーのかさ増し"に過ぎず、実力面では買われていなかったと自負している。
「謙遜は要らぬ。それに其方には別の役割がある」
対して、振り返るヒテンジは何かを期待し目を細めていた。まるで何かを見定めるように。
沙多はその意図が理解できず首を傾げた。
「決行は今、この瞬間からだ。用意は出来ておるな?」
「よく分からんけど、おけ。アタシらは何時でもいけんよ〜」
間もなくレアエネミーの討伐隊は組まれ、沙多とベアルもそこに加わって速やかに出発。"タマモ"ギルドを後にした。
ヒテンジのチャイナ風ドレスは丈夫だとか斬撃に強いとか色々ありますが、結局は見た目で選んでます。性能は二の次。
沙多のシスター服は性能重視。元が無骨すぎたので彼女の手によってカスタムされてます。丈を切り詰めたり差し色いれたり袖を縫ったり。
ベアルはマジで適当。現実でそこら辺のやつ拾ってそのまま使ってるだけ。当然オシャレの意識は無い。奇跡的に捨てられてた革ジャンとジーンズという噛み合った組み合わせに感謝しろ。




