4.飛天の唄と並ぶ猛者にも【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「ほら魔力足んないんでしょ?これ飲んでよ」
「ム?この青い液体は…」
「魔力回復薬!流石に覚えん?基本中の基本アイテムなんですけど」
魔力不足に陥れば即、存在が消滅すると言われたベアル。応急処置として差し出すのは、このゲームでは随分とお世話になっている必需品だ。
ラピスラズリのように深い色の、やや粘性のあるそれ。
彼は「この世界特有の物資かッ」と、酒の如く一口に飲み干す。
「…ム、僅かに魔力が満たされるのを感じるな。興味深いっ」
「うっそ、全然足んないっ?」
それは本来、瞬時にプレイヤーの魔力を回復させる効果がある。
魔力量の多い職の沙多ですら、全快する超高級品だ。
しかし彼にとっては小さなカップ一杯分以下、渇きを満たすには足りないと言う。
そこからヤケクソ気味に持ちうる魔力回復薬を全て彼に投与。
水晶の色は黒ではなくなるも、文字通りのグレーゾーンと言ったところ。ここまでしても、全回復には至らなかった。
底が知れない魔力量に、沙多は呆然と空になった大量の瓶を見つめる。
ついでに軽くなった財布を確かに幻視。乾いた笑いが溢れた。
「故に其方の現状、その魔力量は信じ難いものよ。もはやそこまで存在の"格"が墜ちていようとは」
とはいえヒテンジの言葉も意味が分からない。
並の武器ならば通さない肉体だったり、物理法則を無視したような馬鹿力だったり、山すらも割ってみせた莫大な魔力の放出。
それが全て本調子でないどころか、出涸らしに等しいと言う。
「本当なん?どしてそんなに弱っちゃってんの」
「"電気"とやらが要因であろうっ。あれを吾が魔力で補うには不得手である」
彼が巣食うは山中の廃屋。
インフラを当然整えられるはずもなく、本来ゲームなど不可能。
ならばどうやって可能にしているのかと言えば――魔力を大量に消費していた。
インターネットや電力も無い中、魔力を無理矢理に変換して代用。
そうして『ルシフェル・オンライン』に彼はログインしている。
「なんとも羽振りよく力を浪費しているらしい…まるで息継ぎもせず水底で叫び続けるようなものよ」
だがヒテンジが呆れるほど、あまりにも効率が最悪の行為らしい。
その結果が裏ギルドで起きたログアウト。魔力不足による回線落ちだ。
思えば、その翌日も彼は根城で精神統一をしていた。
「だが得心がいった。その枷により妾の爪牙は届いたと。――しかし傷を癒さぬ理由は無かろう?」
「ほんとそれな、アタシもめっちゃ言ってんだけど…」
敵対関係だったヒテンジにしれっと同調する沙多。
一方、手のひらを返されたベアルの胸には、今もなお傷が残っている。
治療を提案するも、拒否され続けているのだ。
加えて血は乾いたものの、衣服も大きく汚している。戦闘の余波も相まって、元々ボロボロだった革ジャンやジーンズは更にお粗末な状態だった。
「ベル〜、治さないと痛いままじゃん。我慢し続けるの辛いよ?」
「何を言う。痛みとは堪えるものではなかろう」
しかしそれを愚かと断じる。
沙多を映す彼の瞳には、人間には理解できない感覚、人外故の価値観が籠っている。
「痛みとは享受するもの。しかと反芻し、糧に変えずして意味などあるまい」
それから逃げれば、痛みの原因、己の不足を理解できないまま研鑽を積めないと言う。
「妹君もとくと噛み締めるが良いッ」
「いやアタシ普通の人間だから。んなの出来るほど精神強くないから」
自然治癒まで耐えられないと引き気味にツッコむ沙多。
この一連のやり取りを目にしたヒテンジは、ふっと息を軽く吐き出す。
「して、妾の素性などこの程度。これも『れあえねみぃ』に必要なものか?」
「アタシが気になっただけ。関係ないやつ」
「ほう、では何を確かめると申す?」
沙多がレアエネミーを目的としているのは明白。
お互いに膝枕を経て休戦となっているものの、譲れぬものは変わらない。
「えっとね、アタシが知りたいんは――」
ヒテンジとて天恵を追うエース派閥のギルドマスター。むざむざと情報をくれてやるつもりはない。
「――ちゃんとレアエネミー倒してくれるかどうか」
だからこそ、沙多の返答には目を丸くせざるを得なかった。
情報を盗むわけでも、獲物を横取りするわけでもなく、求めたのは撃破の意思。
そもそも前提から違った。
普通ならば天恵こそが動機だが、沙多が望むのはレアエネミーの撃破そのもの。
極端な話、全てのレアエネミーを倒せるならば、他の誰かに委ねてもいいと割り切っている。
「…何を申しておる?確かに討伐の備えは怠っておらぬが…」
「そ?じゃあいいや。なる早でお願いね?」
踵を返し、「ベル帰るよー」と退去の意思を示す。まるで友人の家から帰宅するかのように、気負いなどなく。
「待て、その為だけに訪ねたというのか?」
「まーね、アタシら的にはレアエネミーじゃんじゃん消えて欲しいし」
そんな理由だけで単身、最高峰の敵地へ乗り込んだ。
見返りを感じられない常軌を逸した行動に、ヒテンジは艶やかな唇をチロリと舐める。
「――では、其方らも一枚噛んでみぬか?」
「どゆこと?」
妙な提案をした彼女の口は、薄く笑みを作っていた。
一瞬前までの敵対関係すらひっくり返すように、利害の一致だと、鈴のような声音に乗せた。
「一つ、依頼を出そう」
ちなみにこの時、部下も実は意識あって聞いてます。
色々と叫びたい気持ちになってますが、瀕死すぎて動けない状況。ていうかツッコんだら死ぬ。
気持ち的にはNTRとBSS




