3.火蓋を落とすおんらいん【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
豪傑を体現した長身巨躯に、背まで伸びた髪。山吹色の長髪を七つの水晶でそれぞれ束ねた人外。それがベアル・ゼブル。
だが彼が悪魔とは言え、「ルシフェル・オンライン」においてビギナーである事実に変わりはない。
装備や世界観、バトルスタイルの確認などやるべき事は様々。
しかし剣や槍が性に合わず、服ですら大柄ゆえに手間とコストのかかるオーダーメイドが必要だったので、ベアルの見た目には一切の変更が無かった。
そうして時間が余ったので、早めに最初の街から抜ける。そんな中、ベアルは沙他へ訪ねた。
「して妹君よ、『れあえねみぃ』とは一体何である?何処に存在するのだ?」
「う~ん正直レアエネミーってもピンキリなんよね」
次のエリアへ向かう街道。初心者の何割かはここで狼に食い千切られるなどして、ゲームに痛覚があるという意味を嫌ほど味わう最初の一本道。
だが悪魔は通行上にある邪魔な石ころを退けるように、足払いのみで平和な旅路を作り上げる。三割のプレイヤーがゲームを引退したこの道で、彼が脱落することなどありえない。
「文字通りレアな敵なんだけど…正直、発生条件とかも分かってないし、完全に運って説もある。それにレアエネミーって言っても貰える天恵がバラバラだし…」
「ムッ?バラバラとな?」
「例えば超強い敵だったら倒したとき大抵の願いは叶えられるけど、そんな強くない敵だったら願いが叶わないとか、叶っても微妙な叶い方になるらしいよ」
余談だが、『彼女が欲しい』と願ったプレイヤーは対峙したレアエネミーがそれほど強大ではなかったのか、ゲーム内でのみ彼女が現れ、現実では相変わらずモテてないという微妙な結果に終わっている。
「あと戦うだけじゃなくて、隠されたアイテムをゲットする事が条件だったり、普通の敵を倒してたら『それレアエネミーだったの!?』って後から気づくパターンもあるし…」
「だがウヌは天恵を捜索の手段として提示した。ならば思案があるのだろうッ?」
どうやら単純な仕組みではないらしい。が、沙多も無謀な縋りや運頼みでこれを選んだわけではない。
「まーね、ついて来て」
***
予定よりも早く街道を抜け、次の街へ辿り着く――かと思えば、彼女らは方向を変え、逸れた先にある森へ深く潜っていく。
プレイヤーを歓喜させようというゲームらしい意図を全く感じない、ただ木々が不規則に立つだけの殺風景。強いていえば、樹海の最奥にある墓地がおどろおどろしく佇む程度。
「フム、この石細工…もしや墓場かっ?ここに何が眠っているというのだ?」
「いい?あくまで今日は準備ってこと忘れないでね?」
そういうと沙多は墓地の中でも一つ大きく聳える大樹、その根本に穴が開いた樹洞へ身を屈めて入る。
「ヌゥ、吾にとっては少々窮屈だなっ…」
「あっ、サイズ…」
中腰で頭をぶつけないよう進む沙多は、背後でメリメリという音に迂闊と汗を流すが、幸い崩壊はしなかった。
木の根が入り口となったこの洞窟も、数秒ほど進めばベアルも問題なく立てるほどの広さとなり、さらに奥から差し込む光を頼りに抜けると、やがて大きな空間へ出くわす。
「ムッ?この地は…」
「シッ、静かにっ!ここから体出さないでッ」
防空壕のような出口の傾斜からひょっこりと顔を覗かせる二人。沙多が制止して声量もそこそこに偵察を続けるが、ベアルの反応が妙だった。
「あの碑…吾の知る墓標と同一よ」
「えっガチ?」
悪魔が見たのは、彼の世界で相対した人間の墓だ。
憶測から墓と見破った先ほどとは違う。幾度と敵を屠った男にとっては見慣れた敵の成れの果て。物言わぬ残骸の痕だった。
逆に沙多にとっては妙な形をしたそれ。石の門を地面に寝かせたような造形をしただけのオブジェクトにしか見えていなかった。
「不可解なものよっ。ここは吾が生まれ落ちた地とは無縁の世界なのだろう?」
「ってことはアンタと同じ出身の人がこのゲーム作った感じ?これが墓なら製作者は日本人じゃなさげかぁ」
不明の製作者の追及もままならず、肩をすくめる沙多。
しかし、気の抜けるひと時はここまでのようだ。
「して妹君よ、あれは何だ?」
ベアルが変化を感じ取ったのは空気の淀み。
この鬱蒼とした墓地に霧が立ち込め、さらに不気味に。
次第に青白い燐光だけが頼りの暗さとなった時、数十もあった墓標が一斉に震えだす。
「こっから動いちゃダメ。見つかったらマジヤバいから」
墓石でしかなかったはずの扉が開門する。
ギィィィ…と重々しい軋みと共に現れたのは甲冑を装備する騎士然とした何か。
白金の全身鎧に剣や槍といった武器。使い古されたそれらや、佇まいからただの一兵卒ではない事は明らか。――しかし覇気がない。汚れや摩耗で色褪せ、本来の輝きは既に失われている。
フラフラと守るべき者を失った庇護者のようにこの墓地を彷徨い、意味もなく徘徊するエネミーだ。
「ふむ、こやつらがウヌの言う『まじやばい』であるのかっ?であれば些か――」
「違うッ」
言葉を遮ってベルに釘を刺す。
それが皮切りか、やがてどこからか不自然な音色が響く。
「この唄はっ…まさかッ!?」
「声でかいっての!!」
ベアルの口に掌底をかます勢いで蓋をする。そのまま地面に押し倒す形になったが幸いエネミーに気付かれてはいない。
唄は途絶えず、その力強さは増してゆく。
グラスハープのように高く、美しく波紋を広げ――やがて唄は完成した。
その瞬間、独自の言語で銀河を描いたような円陣が墓地全体を飲み込み、一瞬の空白に包まれ――その跡地には一人の騎士が現れた。
純白の鎧に、叡智を表す青藍色のマントを身に着けている。
その一人が現れた瞬間。行き場を求めた騎士の意志が蘇る。
ざっと足並みを揃え、整列する音すら心地よいほどに統率が取れた騎士団へと昇華した。
「これがアタシの唯一知ってるレアエネミーかもしんない敵。ってもアタシの勘だけど」
自暴自棄なほどに探し回り、執念と偶然が重なった結果がこの場所だ。
場合によっては、この情報を他プレイヤーとの取引に使おうとも決めていた少ない手札。沙多はそれをベアルに開示した。
「けど気を付けて、一人一人は大した事ないけど連携がありえん厄介で、あの親玉っぽいやつの――」
「あれは――ガブルかッ?」
「えっナニ?」
「ガブル・エルシオンであるっ。帝国の英雄と謳われていた人間よ。…しかし何故ここにおるのだっ?」
「あ~もうっどこの誰ッ、話ついてけんし…」
ベアルが興味を示すのも無理はない。何故なら、彼の世界でその者とは既に一度対峙し、ベアルが確かに打ち取った相手であるからだ。
豪傑の悪魔が雑兵ではなく、敵として記憶に残した兵。それが霊園の主として佇んでいた。
「…面白いッ!!吾と相対すべく蘇ったかッ、あるいは上辺だけの紛い物かッ、その真価を見せてみよッ!」
「――ハアッ!?ッ静かに…」
騒ぐなという沙多の忠告も意に介さず、狭い洞窟から身を乗り出して己の存在を知らしめる。
天を衝く轟声と、大地を揺らして進む豪脚はすべての視線を掻っ攫った。
亡き者同然だった騎士が盾を構え、武器を突き出す。
それを背後から束ねる純白と青藍の騎士も鞘から抜剣、その切っ先を突き付ける。
「…ねぇなんでッ、なんでなんっ!?」
「いざ往くぞ妹君よッ」
「様子見るだけって言ったじゃんっ!!」
ベアルの後ろ髪――金髪から深緑へグラデーションした毛先を引っ張りながら、それでも止まらず逆に引き摺られる沙他。
とうとう敵陣の中央、完全に包囲されるほどにまでなってようやく悪魔の足は止まる。
「――いざッやらいでかァッ!!」
現在のベアルの脳内辞書では
・ぶいあある=異世界へ転移する術。
・げぇむ=転移先の総称。
・おんらいん=我々の地球のように、星を区別するような名称
・れあえねみー=どっかの誰かの名前、田中れあえねみー
大体こんな感じ。いつの日か正確な認識を持って流暢に発言できる日が来てほしい。