2.飛天の唄の座する先には【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
移動は一瞬だった。眩い光も無く、意識の混濁も無く、動画をバッサリ切ったように景色は移り変わる。
目が捉えたのは図書館。
背丈以上にあるギッシリと詰まった本棚、落ち着く木の香り。そして、大きめな茶色の机があった。
「鉄木さん、連れてきたっす」
軟派な彼と共に訪れたそこには、男が座していた。
ストレートに下ろした黒と灰の混ざるロン毛。
司祭服にスラっとした長身を包んだサブマスター、鉄木 成咲がいた。
「ご足労いただき感謝する」
「一瞬だったけどね。んで要件何なん。アタシ人探しで忙しいんけど」
社交辞令の、だが冷たさも感じられる言葉。
とはいえ沙多にとってはどうでもいい。悪魔の如く本題を急かす。
「無論、要求には答える。だが見返りに金ではなく、お前の紙に付いて詳しく聞きたい」
「…?まあ別にいいけど」
「では早速だが拝見させてもらおう」
どうせ名前らしき文字だけで、大したものは書かれてない。なにより読めるはずが無いと同意する。
プレイヤーが『古代言語』と呼ぶそれは、未だ解析されておらず謎のまま。
ゲームの世界で生まれたベルタや、何故か悪魔が読めた事は例外中の例外だ。
受け取った鉄木は、背中を見せる。
向かうのは、様々な文字や図が記された書面が散らばる大きな机。
「――カナ…ン、ミズ…クメ、レーヴァいや…レヴァンテイン、か」
しかし驚くべきことに、彼はその未知数の言語を完璧に解読してみせた。
「ガチ!?読めんの!?」
「読めるのは俺ではない。友人の成果だ」
「へ~すごっ」
眼下の書物を誇るように、慇懃無礼だった彼の眉間は少しだけ緩む。
「うちのギルドマスターな、天恵のおかげで色んな言葉分かったらしい」
「そうなん?…あれ、どっかでンな話聞いたような…」
「――新人、余計な口を挟むな」
だが軟派な彼の補足により、鉄木の顔は再び強張る。
「さて、"カナン"に該当する人物は数名だ」
「パッと出てくるの怖っ。記憶力レベチすぎん?ロボットじゃん」
「サブマスターは瞬間記憶?っての出来るんだぜ?」
「新人ッ、私語を慎め!給金減らすぞッ」
また軟派な彼により、鉄木の額に青筋が立つ。
「ゴホンッ。――だがこのフルネームとなれば該当者は…ふむ、…ゼロになるな」
「えっ」
「しかし名前ではなく、この言葉そのものに関わる存在ならば…心当たりはある」
気を取り直して告げた鉄木の言葉。
頭をトントンと指で叩き、次々と脳内で記憶を引き上げていく。
「さて、前金はこのくらいだろう。次はお前の番だ。それを何処で手に入れた?」
続きは沙多の情報を聞いてからだと、報酬をチラつかせ視線を彼女に投じた。
「…これ、噂んなってる『通り魔』のやつ」
――そして沙多は"設定"に従事する。
返されたメモの経緯を話せば、素性が明るみに出てしまう。それは避けたかった。
悪魔の口ぶりからして、プレイヤーに襲われるのはもはや常なのだろう。あの尋問はそれほどまでに被害が出ている。
同じ仲間と見なされれば沙多にも報復の刃は向き、情報を集めようにも行動は制限されてしまう。
「アタシもあの辻斬りには、ちょっと思うところあんだよね」
故に別行動。裏切ると称し、悪魔の一部を売り渡して敵側に回った。
そんなベアルから奪ったという建前の元、ヒラヒラと紙を揺らす。
「遺恨などどうでもいい。重要なのはそのプレイヤーが所有していたという点だ。嘘偽りでは無いな?」
鋭い眼光で問われるも、生憎その点に関しては事実だ。頷いたところで疑われようもない。
「…いいだろう。その通り魔についての情報はあるか?」
「めちゃ強いって事とか?」
これも喋りすぎれば関係が割れる。安易に嘘を付こうにも、諜報に長けた相手には見破られるだろう。
なので沙多は駆け引きもなく正直に行くことにした。
「それは把握済みだ。掲示板にも大量の被害報告を確認している」
「あ、あと火山でなんか暴れてたとか」
「…あの件にも関与していたと?…そちらも調査する必要があるな」
とはいえ、ベアルについて未知な点は多い。
沙多自身あまり気にしなかったり、深入りしないスタンスも相まって、ゲーム内で得られる情報に大差はないだろう。
『アタシって意外とベルのこと知らんなぁ…』という寂しさすら覚える。
「てかそんなにヤバいんだ被害」
「"腕に自信がある"という言葉に収まらない強さは確実…。いっそ言葉を理解するレアエネミーであってくれた方が納得だ」
「う~ん、じゃあ後はアタシもそんな詳しくないかなぁ」
「…承知した」
人に話を信じ込ませるには、真実に嘘を混ぜるのがいいらしい。が、彼女は真実に無知を混ぜているだけ。
嘘は言ってない、事実知らないだけ。全て正直に答えたならば、疑われようもなかった。
しかし現実について問われれば、立場は一気に怪しくなる。
何せベアルに会っている上、住所や生活、このゲームをする動機まで彼女は知っている。
話がそちらに寄ってしまえば、即座に接点を見抜かれるだろう。
「新人、お前も心当たりがあると言っていたな。吐いてもらうぞ。その為に残したのだ」
「あーおれ、そいつとリアルで会ってるかもしんないっす」
「…ッ!本当か!?何処でだ!!」
だが現実部分の関心は軟派な彼が持って行った。
沙多が辟易していたナンパ、それを退けたのが紛れもないベアルだ。
とは言え当人に追い払った意思はなく、人間と悪魔、生物として異なる風格の眼光に怯んだ結果にすぎない。
それでもあの瞬間、僅かなれど面識は出来ていた。
「八上市の中央区あたりっすね。デカい外国人で、めっちゃ厳つくてチビるかと思いました」
「後半の情報はいらんッ!…これもあの記録と関連性が…」
さらに先述したように、彼は沙多がナンパした同一人物と気付いていない。
幸運にも沙多は置いてけぼりのまま、尻尾を掴まれずに情報が完結した。
「よくやった新人っ、給金を上げてやろう」
「急に人変わるやん、二重人格?」
「おっしゃッ」と喜ぶ軟派な彼を隣に、鉄木は殴り書きして文献に残していく。
その様は沙多が引き気味になるほど異常だった。冷徹な印象から一転、執念が溢れている。
「っても、人違いの可能性普通に高くね?ゲームとリアルで同じ人に会うなんてありえんしょ」
それでも個人情報には変わりない。
ベアルなら大丈夫な気がするが、さりげないフォローを試みておく。
「普通のゲームならな」
余計な口は挟まない主義の鉄木。
だが今は昂っているのか、特異性を仄めかす。
「このゲームに限っては人口分布に偏りが見られる。現実でも会う確率は比較的高い」
「…なして?」
「知らん、ただでさえ非正規のゲームだ。未解決の疑問など山ほど存在する」
言ってしまえば、都市伝説やゴシップの類。
しかし事実として、沙多は軟派な彼とこうして邂逅している。
否定する材料は何も出てこなかった。
「――まあいい、どのみちゲーム内でも接触せんことには始まらない。お前にも随時、そのプレイヤーについての報告を求める。これが情報開示、最後の条件だ」
「え、なにそれ変じゃね?しかもいつまでの話よそれ」
あまりにも不明瞭な期間、かつ強制力も無い契約。
極論、沙多が雲隠れしたとしても情報は開示される妙な条件だった。
「アンタってサブマスでしょ?ギルドマスターじゃないのに勝手に決めちゃっていいん?」
「現在は俺が代理だ。つまり総意と捉えて構わない」
古代言語に関わる何かなら、不確かな情報ですら強引に欲する。
そんな鉄木のスタンスは、仮にも厳正で、規律事項すら決めている"アカシック"には沿わない歪さを感じた。
やがて沙多は「ま、なんとかなるか」と承諾。
連絡先を交換し、鉄木から一つの情報が開示された。
「――…ふ~ん、おけ。一応ありがと」
「礼はいらん。だが報告だけは忘れるな」
そして数分後、どこまでも隔意のある態度を尻目に沙多は軟派な彼と共に退出。
再び強化された天秤で転移する瞬間、鉄木が残る部屋――その妙に広い空間がやけに印象に残った。
ナンパ男がこのゲームをプレイする理由はお小遣い稼ぎのため
天秤を所持し、さらにアイテム強化に秀でた付与術師であることが採用の決め手になりました。
この天秤は数本しか存在しない超希少ものなので、PKに怯え続けてる。逃げ足は超早い。
彼に名前はまだないので一生ナンパ男って呼び続ける所存。




