浮かれる旅の日差し足らず
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「ぅウ~んっ…」
意識が移り変わりる。
頭部に付けた重み――VR機器を外すと、カーテンから光が眩しく入っていた。
これに目を細めた少女はスマホで時刻を確認。昼過ぎだった。
先ほどまで居たゲームの世界では夕方という時差に、少々頭が混乱しつつ周囲を見渡す。
部屋には誰も居ない。衣服と化粧道具が散らばるだけ。
当然といえば当然だ。一人になる為に借りた部屋なのだから。
ここに両親の姿は無いし、姉は失踪中。メッセージの類も、半年近く家族からは何一つ来てない。
「…バイト行かんきゃ」
スマホを尻目に、少女――明野 沙多はシャワー室へ向かう。
今日は朝に起床し学校へ登校。昼前に早退し、『ルシフェル・オンライン』にて復活するベルタを待つという予定だった。
しかしその後は、唐突にレアエネミー討伐を掲げられ延長戦。
結果、達成してしまう形で終わった。
あまりに予想外な精神の消耗に、寝汗を流し、髪を乾かしてリフレッシュ。身支度を整える。
桃色の髪を両肩に流し、インナーカラーの紫紺を目立たないようセット。
ゲーム内の紫紺をハーフアップで強調するスタイルとは対照的な印象となった。
「あぁ…ダルぅ…」
バイトが憂鬱とはいえ、生活費は必要だった。
『ルシフェル・オンライン』で手に入れた通貨を現金に置き換えるという手もある。
しかし、当然ゲーム内でも金銭は必要なので、取れる行動が狭まってしまう。
加えて死亡が重なりでもしたら、死の代償の請求額は、彼女の家賃一年分を軽く超える。
つまり、なるべく手を付けたくない虎の子だ。
そうして彼女は一人の静かな部屋を出た。
***
「オタくん、これサンキュ」
翌日、学校に出席した沙多はクラスメイトの机に乗り出した。
「結構オモロかったよ」
「あ、あぁ…。それは何より」
それは漫画だった。
腰掛けた机の所有者に返却する。
学業にバイト、友人との付き合いに加え、彼女には『ルシフェル・オンライン』がある。
本来ならその類の娯楽に時間を割いている暇は無い。
しかし沙多はゲームなど全く遊んだ試しがない。
つまり、それらの知識や経験がゼロの状態で、非正規のVRゲームに臨んでいた。
それでは何をすべきか、何に注意すべきかなど分かるはずも無い。
今では慣れたVR機器ですら、当初は違いが分からず、全く別のゲームハードを誤って購入しかけたくらいだ。ベアルに偉そうな態度を取れる立場ではなかった。
故に、取った手段が漫画。
ゲームなどに関わるジャンルを読破することで最低限のノウハウを掴む。言わば、知識の仕入れ先だった。
「でもさ、これあんまゲーム要素無くなかった?後半なんかずっと異世界?ってのばっかでゲームの技とか言葉出てこんね」
「それ異世界転生系のジャンルだし…転移ならまだしも」
「ずっと思ってたんけど、転生と転移?ってどう違うん。あ、あとさ『レイド』とか『トップメタ』ってどういう意味?ここのシーンで…――」
怒涛の質問攻めに相手はたじろぐ。
とはいえ、専門用語や知識を最低限理解できているのもこれのおかげだ。
若干効率は悪いが、彼女らしいといえばらしい、人を頼った学習の手段だった。
「あ、明野さんっ」
しかし応酬が一区切りと言った所で、眼前の男子生徒は何かを思い出したように声を上げた。
「班決め、くじ引きで僕らと一緒の班になったよ。昨日早退してたでしょ?」
「ん、班のくじ?なんのやつだっけ?」
「ほら、もうしばらくしたら修学旅行あるでしょ」
「あ〜っそれね」
そして彼女も思い出す。『ルシフェル・オンライン』に集中するあまり、すっかり忘れていた行事を。
(ベルに伝えとかんとなぁ)
***
「沙多っちどこ回る?」
「とりま絶叫系?」
「意外とガッツリやん」
それから数日。
季節は初夏、修学旅行先は屈指の知名度を誇るテーマパーク。
グループに分かれて各々、好奇心の赴くままに回る。
当初の予定では、沙多は修学旅行に参加しないつもりだった。
姉の手がかりは何一つ掴めずにいた。故に思い出作り返上で、『ルシフェル・オンライン』で探し続ける。そう決めていた。
しかし、ベアルと会ってからは劇的に目標に近づいた。
明確な指標を得て、これまでの軌跡は正しいと励まされた。
ならば、身を削りすぎる必要はない。むしろ過剰に進めば、周りが悲しむ。そう思えるようにさえなった。
全ては彼と出会ってから。ひとえにベアルの影響だ。
「んー、沙多なにしてん」
「ただメッセ見てるだけ~」
――しかし彼のおかげといえど、心配事はちゃんとある。
まず、ベアルを一人にすると何をやらかすか分からない。
何せ常識が通用しないのだ。そんな彼が沙多不在の中で、長期間単独プレイ。
嫌な予感しかしなかった。
というかログイン・ログアウト等の操作回数が異常に少ないだけで、未だに『VR機器を破壊する』という可能性すら孕んでいるのだ。
沙多の協力無しに、無事ゲーム機を扱えたという場面を想像できない。
『ちゃんと何やってるかメッセージ送ってよ!?変な事やめてね?あとVRとか壊れてないか慎重にチェックすんだよ!?』
『ム…この奇妙な文書か…吾には向かぬ』
『いいから絶対!アタシとしばらく会えないんだからね?』
それが最後に彼と交わした言葉だ。
VR機に備わっているメッセージ機能を必死に教え、お開きとなっている。
そうして、沙多は緊張しながら送られてくる報告を確認。
文面には「われ にんげん かなん とう」という内容。稚拙ながらも意味はギリギリ伝わる。人に『カナン』という名を訪ねて回っているのだろう。
とりあえず報連相の第一段階を突破できたことに、胸を撫で下ろす。
そこから合間合間に来る着信に、沙多は逐一チェックを入れた。
――――――
――――
――
「彼氏?」
「ありえんて、ただの友達」
そんな事を何回も繰り返していれば、あらぬ関係も疑われ始める。
万に一つも無いと否定するも、中々に食い下がられる。
「え~でも今フィーバータイムじゃん」
既に日は暮れ、旅館へ身を移した学生一同。
友人が視線を促す先には、夜空に花火が打ち上っている。
自由時間となっている現在、乱れ咲く光の元には、カップルが多く集っていた。
「おーデキてんねぇ」
「流石にガン見しすぎてエグい」
「いーじゃん、他の学校の奴だし」
「そそ、アオハルと花火見てチルってこ~」
「それオヤジくさすぎ」
外を練り歩く沙多と友人達。
浴衣に身を包んだ清廉さとは真逆に、野次馬の精神丸出しだ。
「――なあ、ちょっといいか」
と、夜景を写真に収めたり、告白の場を嗅ぎ付けたりと好き放題していると、同じ班の男子生徒に声を掛けられる。
緊張した顔つきに、やや強張った声。
何を意味するものを、女子たちはすぐ悟った。
やがて予想通りに、それは沙多――ではなく隣に向けられ――
「あ、うち?」
友人が一人、パチパチと弾けて鳴る夜に消えていった。
「まじかーアタシ今日ビジュ自信あったのに」
「沙多っち彼ピ募集中だっけ?」
「してない。けど、されんかったらされんかったで何か悔しいやん」
「少し前まで学校あんま来てなかったし、親密度が足らんよ」
ガクリと肩を落とす沙多、しかし次には何かを誇るように胸を張る。
「あ、でも最近恋のキューピットには自信アリかも」
「うさんくせー」
――――――
――――
――
「男子ってすぐ木刀買いたがるよね」
「それな、てか木刀ってどこにも売ってんだ」
楽しい時間は終わりを迎え、帰路へ着く最終日。
バスの待ち時間までに立ち寄った雑貨屋で、男子陣は木刀コーナーに関心を寄せていた。
「沙多も買ったら?」
「何に使うんよ」
「防犯?」
「武士じゃん」
振り回して不審者を撃退しろと言う友人を他所に、沙多はスマホを開く。
かろうじてベアルからのメッセージは送られてくる。
通信のやり方を忘れたり、ゲーム機を壊してはいないらしい。
今日で修学旅行は終わる。
家に帰ってくるまで無事であってくれと祈るばかりだった。
「そういえば、昨日の告白どうなったん?」
「え普通に拒否ったけど」
「ガチ?なんかいい感じの雰囲気っぽかったのに」
しれっと実らない恋の行方を聞かされた沙多。
恋のキューピットでは無かったらしい。
「今どき正面切って堂々なんは結構エモかったねぇ」
「じゃあ何がダメなん?」
「うち今"推し"いるから」
「あ~ね」
スマホに映るのは、有名なVRゲームストリーマー。
『ルシフェル・オンライン』とは違う、金銭も痛覚も絡まない正規ゲームが舞台となっていた。
「やっぱこういうゲームだと安心すんね」
「沙多っちまじ?このゲーム結構グロいほうだけど…」
彼女の言う"推し"に沙多は理解を示しつつ、「うちのゲームはあんま配信する人いないよなぁ」と、非正規VRゲーム故の寂しさを感じる。
そんな事を考えていれば、やがて帰りのバスが到着し、教師から声がかかる。
こうして沙多は、一つの思い出を胸に刻み終えた。
オタくんと呼ばれるクラスメイトですが、別にオタクだからとかじゃなく苗字が太田だからです。
沙多は「見た目派手で欠席や早退が妙に多いし、なんかヤバい事に首突っ込んでそう」という理由であんまり告白されない運命
もし姉が学校にいたらめちゃモテで告白されてると思うので、遺伝子は頑張ってる。




