10.果てに宿すは熱と喝采【章末-後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
示されたのは、両者の目標が異なる可能性。
ベアルの主君と、沙多の姉の能力は乖離しており、同一人物と裏付けられない。
加えて、進捗にも差が出てしまった。
悪魔は再会の為の核心を掴んだ様子。
対して沙多は、姉に会うための要素が何一つ埋まらなかった。
依然と手掛かりは、悪魔とあった初日、天使さながらの騎士を倒した際、天啓として導かれた声のみ。
――アタシもベルに付き合うよ?めちゃ助かりまくってるし
確かに先程の言葉に嘘は無い。だが焦りはある。
自分の姉だけ永遠に消えたままだったら、という不安が沙多の表情を暗くした。
「――大丈夫だよ、お姉さんの名前って『詩春』でしょ?」
しかしベルタは、尋ね人が同一たりえない矛盾を杞憂と言い切った。
「え、なしてルタっちそれ知ってんの…!?」
「思い出したの!ウチの記憶だと、ママと一緒だもんっ」
――明野 詩春。
他人の口から久しく聞いていなかったその名に、沙多は肩を揺らす。
「ウチはお姉さんからも色々教えて貰ってたんだ。外の世界の事も、大体お姉さんから仕入れてたし」
ベルタはこのゲームの住人。現実という外の世界には、一度も触れたことは無い。
では何故、ゲームに関係ない俗世の知識すらも知っているのか?その答えが姉の存在だった。
「だから二人は結局、同じところを目指せば大丈夫!」
「フム…?ならば何故、吾は妹君に姿を重ねた…?真に外様であるならば、吾が敬服するほどの魂など…――」
珍しく悪魔が不可解と考え込む。だがやがて彼は、本当に珍しく結論を保留にした。
一方、沙多は潤んでベルタとハグを交わす。
「ルタっちあ"り"がとぉ~」
「わわっ、むしろウチの方がありがとうだよっ!?」
とはいえそれは、確かな成果を前に感極まったわけではない。
「アタシ以外も…ちゃんとお姉ちゃんを覚えてる…っ」
ずっと一人で探し続けていた彼女にしか分からない、特別な琴線。
これにベルタは何も言わず、優しく受け止め――
「――してクラゲ娘よ、情報とはそれだけか?」
「…ちょいベル、空気読めし」
「もぉ~あんちゃん、ここはもう少し待つ場面だよ!?」
「ムゥ?」
己の宿願こそ最優先と、流れをぶった切る悪魔に微妙な視線が刺さる。
とはいえ人間の感情や空気を読めるはずもない彼はハテナを受かべた。
「…ほれ、皆いったんリセットせい」
給仕を務めていた菅原が仕切り直しを要求。
お茶を入れ、何とか持ち直して次の話題へと移させる。
「――ゴホンッ、それでね?これはウチも予想外だったんだけど、他のレアエネミーのヒントも手に入れました!ね~純貴、紙とペンちょうだい!」
自ら拍手をする少女。
思い出した記憶の中で一つ、特殊な思惑が混ざった情報があると告げ、受け取った紙にその文字を書き出していく。
「…これ、どう読むの?」
「『カナン・ミズクメ・レヴァンテイン』って読むんだよ」
それは全く見慣れない文字――『ルシフェル・オンライン』にも使用されている、多くのプレイヤーを悩ませる古代言語だった。
「吾の知る言語であるな。レヴァンテインとは、大陸の一部を人間が指したものと記憶している。…ならばこれは人間の名か?人間とは郷土を名に加えたがる傾向にあるのだろう?」
「あ〜、苗字みたいなの?あんちゃんの言う奴って」
「てかベル読めんの!?ってことは、これベルの国の文字?」
しれっと知識を有し、見解を深める悪魔に「超マイナーな国…?」と沙多は置いてけぼり。
「きっと名前かなっ?レアエネミー関連で、この言葉だけ妙に記憶が残ってるの」
「じゃあ…その人がレアエネミーで、なんか変な事してるん?」
「う〜ん、そこまで詳しいことは分からないかなぁ」
実際にはどんな人物で、どこで何をしているかまでは分からない。と補足され、渡された紙を沙汰はインベントリに収納。
「おけ、つまり人探しすればいい感じね。…スガはこの名前知ってる?」
「全く聞いたことないわ。有名なプレイヤーなら耳に入るんやけどなぁ」
ゲームで表立って活動しているタイプではないらしい。
あるいは名を上げないよう、意図的に伏せている可能性もある。
「う~ん…ならガチで迷う…。ヤバい奴の可能性あるかもって事でしょ?また裏ギルドとか出てきたら泣くし…」
せっかく貰った貴重な情報。
これを目標にすぐ行動するか、慎重に様子見で地盤を整えるか、選択を迫られる。
「でもこのゲームって早いもの勝ちみたいなところあるし…あ〜っ、慣れてる人だったらこういう時に正解選べるんかな…」
沙多は『ルシフェル・オンライン』に触れるまで、この手のゲーム経験は皆無だ。
故に、ゲームにおける情報の価値や、その扱い方はまだ不慣れ。
「サっちゃんならどんな事をしても、どんな答えを出しても、受け止められるはず。――心配しないでっ、この世界はちゃんと生きてるよ」
だが、ベルタの包み込むような言葉に、沙多は意味も分からないまま緊張が抜けていくのを感じた。
「――クハハハハッ、ウヌは役目を果たした。後は吾らが詰めるのみっ!さぁ往くぞ妹君よッ!」
「え、まだルタっちと一緒に居たいんだけど。他のみんなとも夜まで会えないし」
一方、初志貫徹で微塵も揺れないのが悪魔だ。答えなど決まっていると高笑う。
これに「てかもう『妹君』じゃなくね?」というボヤきすらも口から出るが、それら一切を無視。
足踏みしている暇など無いと沙多を肩に担ぎ、次の目標へ向け、走り出した。
「ちょォ!?どうやって探すかもまだ決まって…――あぁもうッ、またねルタっちッ~!!絶対すぐ会いに行くからァ~!!」
「サっちゃぁ~~んッ!?」
まるで暴走機関車のように砂埃を巻き上げ、恐ろしい勢いで下山していく。
その圧倒的な速度に諦め、せめて別れの挨拶だけはと切り出せた沙多。
この適応具合もある種の成長と言えるだろうか。
「忙しない…マグロみたいやな…止まると死ぬんか?」
「ほんとはレアエネミーもまだ倒すつもりじゃなかったのにね…」
目を点にしたまま残される菅原とベルタ。
この場に居ない光平、真美、宗谷にどう説明したものかと頭を悩ます。
「あっ、どうしよっ、まだ二人に言いたいことあるんだったっ」
「もう無理やろ…足早すぎてもう影すら見えんぞ。大事な話だったらオレがメッセージ送っとくで?」
ベアルが余韻すら残さず後にした為、機会を逃したようだ。
代わりに連絡先を交換していた彼が確認するが、火急の内容ではなかった。
「大した事じゃないの。ただ、ちゃんと知ってるのか聞きたくて」
「…?どういう意味なん?」
「多分二人とも…お互いの事、全然知らないで一緒に居るよね?」
沙多とベアル、二人は理解を深めず、素性を知らなくとも良しとして行動している。
現に、尋ね人は別々だと今更に発覚し、出自にすら驚いていた。
つまり、目的が似通っている。ただそれだけで背中を預けているドライな関係とも言えた。
菅原とベルタとはまるで対照的だ。
相手を深く知りたいと願い、大事に扱うが故に停滞する。そんな兆しは微塵も無い。
「だから、きっと何回も意見が食い違うと思うの。特にあの二人は遠慮なんてしなさそうだし」
「確かに…ゴリマッチョとギャルはこれ以上ないくらい凸凹コンビ感あっけど…」
性別、体格、考え方に優先順位。それらは何一つ合わないだろう。
「けど頑固さと、ひたむきさはお揃いやん。多分二人とも、そこだけは譲れんのを自分でも分かってる。やから相手も同じスタンスやと逆に心地いんやない?」
相互理解を妥協という形ですり合わせるのではなく、喧嘩して理想を目指す。
その工程から逃げずに、ちゃんと向き合えるからこそ成立している関係だと彼は推測。ついでに「知らんけど」と末尾に足した。
「そういう付き合い方もあるのかぁ…。でも一緒に居るなら、とにかくウチも嬉しいかなっ」
「なんかそれ含みあらへん?」
「あの二人は特に思い入れがあったからね」
「ほ〜ん…」
気を取り直すベルタと対象に、彼は少し空返事だった。
「――ねえ、純貴も我慢しないで色々聞いていいんだよ。変に思ったこといっぱいあるでしょ?」
「まあ…天恵で叶えた事とか、さっきの会話とか、正直オレは置いてけぼりやったな」
もうこれ以上、少女は記憶の件を隠すつもりは無い。
しかし事態の収拾や、機会をくれたベアルと沙多への恩義を優先した結果、彼への説明が後回しになっていた。
彼からすれば、天恵へ何かを願ったのを機に、唐突に妙な知識を身につけたように見えているだろう。
「じゃあ全部話しちゃうよ!ウチの本音とか記憶とか、この世界の秘密とか」
「おい待たんか、最後めっちゃ凄そうなワード出たんやけど」
「大丈夫、純貴なら受け止められるから!たぶん」
「ってかそれ、あの二人にも聞かせた方がいいやつやん!」
吹っ切れたのか、しれっと重要なワードを吐くベルタ。
沙多とベアルを呼び戻そうと菅原はメッセージを打とうとするが――
「――ダメ。それだと意味がないよ」
細められた瞳を開き、少女は釘を刺した。
おちゃらけた様子は消え失せ、淡々と語る。
「この世界は誰のものでもない。強いて言えば、ママだけのもの」
まるで、誰かを代弁するようだった。
天恵が発する声の如く、これが当然の理だと、ただ事実を述べるように。
「だから介入できるのはあの二人だけ。これ以上余計な言葉は誰も送っちゃいけない」
そう言い終えると、少女は明るい普段の様子へと戻った。
「だからねっ、ウチらは見守るしかないの。何も出来ないまま、もしそれで世界が消えても」
「…オレにそれ、言って良かったんか」
それは妄言などではなく、少女の起源。このゲームの根幹に関わる何かだと察するのに余りあった。
菅原の疑問にベルタは「ほんとはダメかもだけど」と言葉を続ける。
「それでも特別に、知ってて欲しかった。誰も覚えてないのは寂しいもんねっ」
「…じゃあ後でじっくり聞かせい。幾らでも逃げずにその話、付き合ったる」
「流っ石〜。なら純貴だけでも覚えておいてね?」
「ただな――」
拒否されなかった事が嬉しかったのか、笑みを作るベルタ。
しかし彼は、そんな様を訂正した。
「――お前もオレの特別や。ベルタが忘れる時は俺も一緒に忘れんで」
少女は一瞬の硬直。やがて、これ以上ない程に破顔した。
「ウチらも末長くサッちゃんとベッちゃんを見守ろうね!?」
「…べ、ベッちゃん…?」
「あだ名。可愛くない?」
「ノーコメントで」
沙多とベアルが消えた火山では、そんな下らないやり取りが残った。
とりあえず二章は終わりです。お付き合いいただきありがとうございます。
無駄にイチャついて話を伸ばした罰として、二人には重めの情報を背負わせました。謂れない肩こりに苦しむがいい。
意味深な会話だったけど、しばらくその設定と関係ないストーリー展開になりそう。
背負ってるの漬物石か何かかってレベル




