5.果てに崩すは熱と喝采【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「アタシだって好きでやってんじゃないし!」
不貞腐れた沙多は口を尖らせる。
彼女は強い拘りがあった訳ではない。
むしろ逆。これまでゲームに全く触れて来なかったが故に、誰でも手軽に扱えて強い職を望んだ。
「始めたての時、占星術師が強いってウソ吹き込まれたのっ!」
「あー愉快犯が居ったんか。ちなみに誰や?友達にでも言われたんか?」
「いや?最初の街の知らん人から」
「それ信じちゃアカンやつでしょうがッ」
しかし結果は御覧の始末。あまり知識もなく、蔓延るのが狂人ばかりと知らなかった時代。ゲームに純粋だった彼女は、外れの職種へと誘導される。
この真相に気付くのは、『ルシフェル・オンライン』を始めて二か月後だった。
「じゃあ『ジョブチェンジ』すればいいよ!リーダーもやった事あるし」
ベルタは名案とばかりに手を挙げる。
それは、プレイヤーの職種を再選択できるシステムだ。
このゲームは、最初に選んだ職を気軽に変えられない。場合によっては生涯ついて回る程に重要な要素だ。
唯一、変更できる機会は『ジョブチェンジ』でのみ。少女の意見は正しかった。
しかしこのゲームに詳しい面々は、唸り始める。
「ルタっち、それめっちゃお金かかるやつだよ?かなり前アタシもやろうと思ったけど、ウン百万するってなって普通に辞めた」
それはゲーム内通貨の単位であるが、同時にリアルマネーの額でもある。
『ルシフェル・オンライン』は、現金をそのまま通貨として使用することが前提の非正規ゲーム。当然、掛かった分の請求は現実にやってくる。
「――てかスガはジョブチェンでわざわざそれ選んだの?アタシと同じで騙されたん?」
「確かに守り特化で一人だと攻撃が弱いしな…聖騎士」
「そう言えば私達と出会う前からスガくんって聖騎士だったわね…」
「言いたい放題やな。オレは後悔してへんからな!?マジで」
思わぬ話の転換から矛先が菅原に向かう。
一方で、ジョブチェンジの圧倒的なデメリットを前にベルタは口を閉じていた。
「…にしても鳥のエネミー、やけに出ぇへんな」
ベルタを尻目に菅原は話題を再度転換。無理やり脱線した話を戻す。
時折、道中でエネミーに遭遇するも先のように岩石の蜥蜴や、マグマさながらのナメクジばかりで炎の鳥には出会わなかった。
――――――
――――
――
熱く閉ざされた空間。肺が焦げ付くような感覚が纏わりつく。
火山岩はもはや見飽きるほどの数で、流動する溶岩がノイズとして耳朶を打つ。
そんな精神が磨り減るような環境でも進めば――やがて通過する空洞は段々と開けていき、光が差した。
それは外気へと繋がる噴火口。火山の活動によって生まれた山頂の凹地。
いわゆるカルデラへ出た。
「え、ヤバ。これ空!?こっから空見えるくない?壁、バリ高ッ」
「ホンマや、なら噴火する時はオレらの足元からドッカーンってわけやな」
「うへ~、これ下に落ちたら…考えたくないね」
「地味に落石も注意な、こんな上から降ってきたらシャレにならんで」
見上げれば、トンネルのように深い縦穴から太陽が彼らを照り付ける。
天井が解放されたドームのように広く、規模だけで言えば闘技場すらも彷彿とさせる。
一方で、目下の斜面をずっと下れば沸々と煮えたぎるマグマが待ち構えていた。
もし足でも滑らせようものなら一巻の終わりだ。
「でさ、その下の方に丸い岩あんじゃん?そこに鉱石を置けばいいらしい」
沙多が指を向ける先には、確かに楕円で卵型の巨岩がポツンと聳え立っている。
補足するなら溶岩湖の中心に、だ。
彼らの現在地を観客席と例えるなら、そこは試合を行うフィールドに位置する。
そんな孤島のように位置する場所にまで、文字通り火の海を渡らなければいけない。
「ならば吾が赴こうぞ」
「え、どうやってあそこまで行くん?」
「ム?飛び移れば良いだけであろう」
「アンタはともかく鉱石が傷ついちゃうでしょ」
もはや悪魔の身体能力に関して沙多は疑っていない。
過剰すぎるフィジカル故に衝撃を懸念し、飛び出す寸前のベアルを引き留める。
「じゃあウチに任せて、道なら作れるよッ。【ロック・リザード】!」
人差し指と親指で交互に結んだカメラワークを閉じる。
その瞬間、ベルタの足元から壁がせり出した。
岩石の蜥蜴が障壁として使用する技を横向きに発動。橋としてマグマ溜まりの中心まで伸ばす。
「ルタっち天才、これなら安全じゃない?ここ滑らすだけでいいじゃん」
「じゃあ動かせるようにローラー付ける?」
【仕掛け屋】である宗谷がインベントリから工具や材料を取り出す。下り坂を転がる車輪付きの檻へと改良するのに時間はかからなかった。
「じゃあ行くよ~?それ!」
ベルタにより押し出され、ゴロゴロと音を立てて加速していく。
やや不安定な挙動を見せるも、卵型の巨岩へ届かせるには充分。
「エネミーの数も傷も大丈夫よね?」
「真美姉、油断するな。いきなり現れるかもしれないぞ」
やがて檻が終点へ辿り付く。
情報が正しければ、この後に顕現するのは雑兵ではなく強敵。
いつ何時、会敵しても問題ないようレアエネミーに備え、視線が空にある悪魔以外に緊張が高まる。
しかし固唾を飲んで見守る中、遂に作戦の成功を予感した瞬間。
マグマへ落下するよりも先に、頭上から影が降りかかり――
――上から降り注いだ落石が檻を潰した。
「「「あっ」」」
ベアルを除く一同は、呆気とられた声を上げる。
――地味に落石も注意やんな、こんな上から降ってきたらシャレにならんで。
そんな少し前の声が脳内でフラッシュバックし…。
「これオレか!?オレんせいなんか!?」
粉砕された全ての鉱石が檻ごとマグマに沈む中、菅原は自身の発言がフラグだったと気付いてしまう。
だが思考を放棄している暇は無い、既に賽は投げられた。
「えまって、これ…ヤバくない?」
冷や汗が滝のように流れる沙多。
近藤は五体のエネミーを捧げたと記録にある。
そのケースでは、傷はあれど破壊までは行ってない。が、それですら無視できない被害の噴火が起こった。
――では、全てのエネミーが粉々の状態で捧げてしまったら…?
「アカン逃げろォォッ!!」
「あ"あ"ぁ"焼け死んじゃう"ぅ"ぅ"ッ!」
菅原の叫びと同時、卵型の巨岩が鼓動を始め、周囲の溶岩湖が呼応するような唸りを響かせる。
ベルタが泣いて狼狽する先では、何十メートルと下にあったマグマが凄まじい勢いで上昇。荒れ狂うように迫り始めた。
「どこに逃げるんだスガ!!」
「引き返しても通路に流れてくるわよ!?」
光平と真美が焦るように退路は無い。
そもそも噴火とは、震源地に居合わせた時点で助かる見込みなど無い災害。
スキルという超常的な力は存在すれど、人の身でとれる選択は少ない。
「サっちゃんアレちょうだい!重力のやつ!!」
「お、おけ!【重力操作】!」
それでも足掻かなければ、待ち受けるのは焼死。
催促され発動するのは祈祷師が持つスキルの一つ。
魔法陣が全員を囲うように展開し、体が羽のように軽くなる。
「走れ走れ!上や!!」
その魔法の意を汲み、リーダーは号令を出す。
彼が示したのは――岩壁。唯一の避難路を噴火口とした。
重力を無視した文字通りの垂直方向に、一斉に駆け上がる。
「人間の脚じゃ限界があるだろ!!」
「待って…ッ社会人に全力疾走はきつすぎ…ッ」
従姉弟である光平と真美が言うように、それでも自然現象には抗えない。
もはや一人でも生き残れれば御の字だ。
走るよりも遥かに、マグマのせり上がる速度が勝っている。
「――ベル!これガチで無理!!助けて!」
噴火に呑まれる寸前、沙多の叫びを聞いた悪魔は、ここでようやく動く。
一人動きもせずに、眼下の上昇を見守っていた彼は跳び上がり沙多を回収。背中にしがみ付かせた。
「他のみんなもお願い!」
「捨て置かぬのか?蘇るのであろう?」
「それありえんから!」
沙多だけを救出するつもりだった彼は、その言葉で方向転換。
「ぐぇ~ッ」
「すまんっ」
「腰が…ッ」
「ぅ…」
「悪いっ」
岩壁に着地し加速。螺旋状に縦穴の壁を駆り、多種多様な反応の五人を両手で担ぎ上げる。
蹴った轍は深く刻まれ、渦巻くコイルのように跡を残して削り取られていく。
その速度は十二分。迫り来るマグマを引き離し、大空へ飛び出した。
風を鋭く切り裂き、冷たさすら感じる中――数秒後、盛大な噴火が彼らの背後で轟いた。
多分ベアルは岩落ちるの見てたけど、噴火とかどうでも良いからって無視してそう
ジョブチェンジは別にスキルとか引き継げるわけでもないし、今までの装備も職が変わるので使用不可。一からやり直しになるので誰得な機能。
言うまでもなく菅原が金欠なのはこれのせい。今日の昼食はパスタにめんつゆ掛けただけ




