5.果てに崩すは熱と喝采【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「待てー!」
沙多と菅原が出会う同時刻、ベルタも炎の鳥を捕まえるために奔走していた。
【仕掛け屋】の宗谷に作ってもらった虫取り網のような道具を振り回す。
やがて金属に氷と水の属性が付与された特別な対火仕様のそれで、ようやく一体をキャッチ。
耐火の加護がもうすぐ切れるという所で、成果を上げる。
「ムッ?クラゲ娘か」
すると、派手な粉砕音と共に壁の向こうから悪魔が現れた。
ドガンッとお構いなしに岩壁を殴り飛ばし、溶岩すら飛散する中、最短経路でエネミーを鷲掴みにしていた。
「その呼び方なんかヤダなぁ…というか凄い捕まえてるね!?」
悪魔の手元を見てみれば、六つの鉱石が握られている。無論燃えたまま。
一方、数少ない少女の鉱石を見て彼は意外と首を傾げる。
「ウヌの技を用いれば容易であろう?何故行使しない?」
「あー、これって別にエネミーを捕まえる技じゃないの。これはママがウチに持たせてくれた、ちょっと特別な技!」」
ベルタはこの世界の住民であるが故に、プレイヤーのように決まった職種やスキル、体力や筋力といった能力値の補佐が存在しない。
そんな少女が対抗すべく有しているのが、この強力な技だった。
「しかし果たしてそれだけか?ウヌが身はル・シファル様より創られたのであろう?ならば他者の力を――」
「まだその人がママか分からないからね!?それにウチは【召喚士】で通してるの。もし変な事したらバレちゃうでしょ!」
【召喚士】とは文字通り、エネミーを使役し、必要に応じて呼び出す職種。これにはエネミーを捕獲、調教する為のスキルが存在する。
一方で、ベルタのそれはカメラワークに収めたエネミーを強制消滅させ、対象が得意とした技を模倣し強化、再現するもの。
火炎の鳥に使用してしまえば、捕獲の範疇を超えてしまう。
「記憶の件もそうだけど、内緒にしてよね?」
「しかし何故黙している?それに利などあるまい」
天恵を少女へ捧ぐ分には異議が無い。が、少女の背負う記憶という代償。これを打ち明けない事に悪魔は異を唱える。
今回の火山攻略で、ベルタは天恵を欲しがる理由を何一つ話していない。
それでいて、彼らは何も聞かずに手を貸してくれた。
もし他のプレイヤーだったならば成し得ない結果だ。
「記憶消えちゃうなんて知ったら、絶対みんな気を遣うでしょ!?特にウチのリーダーなんて心配性だからッ…」
「フム、人間は集合意識を持つと聞く。ならばその群れから外れるのを嫌うというわけか?」
悪魔はどこまで行っても悪魔だ。
人間の個ではなく、種族単位の観点でしか推測できない。
「違う違う!そんなのじゃ…――いや、意外と…そう…なのかも…?」
しかし機微な感情に疎いからこそ、無機質に下した結論が少女に刺さった。
「ウチのせいで皆がギクシャクしたら…一緒にいても、遠く感じちゃう。みんなが一人ぼっちの気分になっちゃう。それって寂しいもんね」
「ムゥ…?それほどまでに失いたくないものであるのか?ウヌの立場とやらは」
「図太い人にゃ分からないだろうけど、きっとこれが親愛ってやつなんだよ?できるならずっと続けば良いって思うもん!」
これが素晴らしいものだと説き、破顔するベルタ。
「難解なものよ。人間の交流など、瞬きもすれば消えうるほどの刹那であろう」
対称に、悪魔がこの脆く短い関係を理解するには、もっと長い時間を要するらしい。
***
集合地点に赴けば、解散前よりもその空間は荒れていた。
見れば、至る所に岩石やマグマに似た残骸。
捕獲対象以外にも、数多のエネミーが押し寄せた痕跡だが、光平が全てを凌いでくれたようだ。
宗谷が作った防火製の檻にはエネミーが数体。再燃せず、鉱石のまま大人しく入っている。
「ム?戦闘の痕跡があるなっ」
「なんや、珍しい組み合わせやな」
「あれれ?バッタリ?」
「ホントだ、ベルとルタっちが一緒なのレアじゃん」
丁度姿を見せたベアルとベルタ、菅原と沙多のペア。全く同じタイミングでの帰還だった。
「この数で足りるんか?」
「う~んどうだろ、でもこれ以上エネミー沸いて無くない?」
これで累計は十四体となる。
四人が一気に合流したことで、収監する鉱石が目に見えて増えた。
「ところで真美姉を知らないか?そろそろ水の加護が切れる」
「うわ、コーヘーが真美ねえって呼ぶと従姉弟って感じでエモみある」
この場に居ないのは【属性術師】である真美だけ。
彼女が居なければ火山内の活動に大きな制限がかかってしまう。というか、悪魔以外は灼熱に耐えられずダウンしてしまうだろう。
「戻ったわよー。…加護あっても暑くて嫌になっちゃうわね」
「お、真美さんめっちゃ捕まえとるやん」
噂をすれば、残り数分といったところで当人が現れる。
菅原が驚く先――彼女の背後には、以前に悪魔を捕らえたスキルの水球。
その水の檻には十体前後の鉱石が含まれており、誰よりも捕獲に貢献していた。
「【属性術師】だし、このくらいは当然よ。火山とも相性良いのよね、水って」
「流石、強職やな。俺もなってみたいわ」
「じゃあ【聖騎士】なんて変なの選ぶんじゃないわよ、全く」
「え、聖騎士って変人用なん?アタシ地味にショックなんだけど」
そんな軽い談話も程々に、彼らは移動を始める。
――――――
――――
――
「して妹君よ、こやつらを何処へ捧ぐというのだ?」
「うーんとね、多分こっち」
沙多が先頭となり彼らを導くこと十分弱。
檻を片手で担ぎながら尋ねるベアルの先には、段差や起伏が激しい上り坂が待ち受ける。
それはいわば、火山の頂上を目指すような道のりだった。
「もっかい確認だけど、レアエネミーは炎系らしくて、火の玉とか飛ばしてくるらしいよ。遠距離タイプの敵ってあるけど、だいじょぶそ?」
メモに目を通す沙多は、改めて綴られた情報を共有する。
「火なら私が有利な相手だけど…攻撃面は不安ね」
「物理攻撃が通じるのなら俺も加勢できそうだが、剣は届かないか」
「だったら僕が足場用のネット張る?そしたら高い所まで行けるよ」
聞くや否や、彼らはすぐさま役割と対策を決めていく。
これに一人での活動ばかりだった沙多は新鮮さを覚えた。
新堂のギルドに身を置いてからもチームプレイの経験は少なく、相互理解と信頼を前提とした『パーティ』という概念は彼女にとって珍しい。
だからなのか、その輪に嬉々として参加する。
「アタシも何か手伝うよ、出来そうなことある?」
「あ、じゃあ気になってたんだけどサっちゃんの職って【魔導士】で合ってる?」
「そういや氷の魔法しか見とらんな、ってことは氷属性専門の【魔導士】か…?いやけど前に回復魔法も…」
「あれ、言ってなかったっけ?アタシ【占星術師】」
占星術師は使用できる技が非常に少なく、ネタが割れれば最も弱い職種だ。
唯一の対抗札は、その弱さ故に、職種を悟られにくい『未知』であると言っても良い。
しかし沙多は惜しげもなく開示。それは信頼の裏返しでもあった。
「うぇ!?沙多ちゃんって占星術師!?縛りプレイ…じゃないのよね…?」
「アンタ…そんなのでよく戦えるな…」
とはいえ『ルシフェル・オンライン』ではハズれ扱いの絶滅危惧種。
初めて実例を見たと、真美と光平は目を見開く。
弁明しようと沙多が口を開こうとするも――側方の壁が揺れ、崩壊。
複数体のエネミーが現れた。
「ム、敵かッ」
即、荷物持ちで、いかにも退屈そうな悪魔が笑みを浮かべる。
肩に保管用の檻を担いでるにもかかわらず、片手で十分と前へ出るが――
「――ベル、アタシにやらせて。今から凄さ見せっからっ」
対峙するのは岩石めいた体の蜥蜴が二体、マグマを帯びたナメクジのような敵が三体。
一度は戦った経験のある敵に、沙多が杖を構え、戦闘を買って出た。
「【区画結界】!」
開戦の合図とばかりに敵は自身の身体からマグマを噴射。
人など容易に溶かすそれを、沙多は結界による半透明なバリアで阻む。
「からの【重力操作】!!」
反撃として前回から引き続き愛用のスキルを行使。
地面に魔法陣が出現し、強い重力が敵の動きを止めた。
見るからに鈍重な蜥蜴のエネミーには効果が著しく、身動きの一つすら取れない。
しかしナメクジもどきは軟体ゆえか、動けなくとも噴射攻撃は可能。故に後者を優先して排除にかかる。
防壁として宙に固定された結界を散開。
ガラス片のように細かく、そして鋭利に分かれた無数の結界がナメクジを襲った。
「おぉ~サっちゃんやるぅ~!」
ベルタが歓呼する頃には、二体の蜥蜴型エネミーを残すのみとなっていた。
未だ動けない隙を沙多は逃さず、杖を一閃。薙ぎ払って奥へ突き飛ばし、エネミーが現れた壁――崩れて崖となった箇所へ落下させる。
「重力…【祈祷師】に、【僧侶】の結界スキルか」
「どう?意外とアタシ、出来る子っしょ?」
五体のエネミーを相手取り、無傷で終えた完全勝利。
沙多は占星術師の可能性を知らしめたつもりだった。が――
「確かに氷魔法と合わせたら火山向きの構築やけど…使える枠はカツカツやんな?」
「もしかして沙多ちゃん、攻撃スキルばっかで埋めてたりする?痛み軽減とかの補佐スキルも無しとか…度胸あるわねぇ」
「でも人気ない職って使いたくなるよね。僕と一緒だ」
一同の反応は微妙だった。
彼女の有用性はともかく、どうしても占星術師という部分に意識が集まり、職種の弱点と懸念点を挙げられる。
「なんかアリーナマジ冷えしてない?凹むんですけど」
菅原、真美と続き、宗谷に至っては謎の共感すらも抱いていた。
宗谷【仕掛け屋】――罠を作成、設置できる職。原始的な機械仕掛けの物から、未知数な魔法に関与する罠まで扱え、簡易的だが小道具も作成できる。
広く浅くだけど割と何でもアリな職種。もし戦闘も出来たら大人気な職だった。
人によっては【錬金術師】の下位互換呼ばわりされる。
ギルドの中で最小年かつ中二というお年頃もあり、尖った職種を選んだ模様。後で後悔しそう。
学校生活では友達は少なく、いつも寝てる。けど成績優秀。




